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4月15日諫言苦言

 桜並木の坂道を上っていく。

 既に花は大分散り、所々空白も目立って来ていた。

 来週まで持つか持たないかだろう。

 それでこの景色も見納めになるかもしれない。

 俺達が守れなければ……。

 その時、一際強い風が吹き、淡いピンクのカーテンが視界を遮る。

 それが晴れると、そこには髪とスカートを押さえて身を竦めている女子生徒の姿があった。

 渚さんだ。

 その小さな背中が、どこか頼りなく儚気で、散り際の桜と重なって見える。

 今日もここで立ち止まっているんだろうか?

 秋生さんから昨日はちゃんと授業に出たと聞いてはいるが……。

 それはつまり、周囲の反応や空気を直に感じたという事だ……。

 「おはようございます」

 後ろから挨拶をして、振り向いた所に軽く頭を下げる。

 「あっ!おはようございます。オーちゃん」

 俺だと判るとにこりと笑って会釈を返してくれた。

 意外と元気そう……か?

 少なくともその笑顔に影は見られない。

 「……どうですか?」

 「えっと……今日も少し休んだらちゃんと行くつもりなので、大丈夫です」

 「そうですか……」

 本当に大丈夫なら、こんな所で立ち止まったりはしない事はわかってる。

 それでも、彼女が独りで頑張ろうとしているのなら……俺の出る幕では無いだろう。

 「じゃあ……」

 「あっ、あの……古河渚です。オーちゃんにはいつもお世話になってます」

 「これで」と言って行こうとした所で、いきなり渚さんが俺の背後に向かって頭を下げる。

 少し驚きながらそちらを見ると、そこには同じく面食らっている智代が立っていた。

 さっき俺がキツイ事を言ってから、少し距離を空けて後ろを付いてきていたのは知っていたが……しかし、渚さんには智代の事を紹介してはいない筈だが……?

 秋生さんから善からぬ噂を吹き込まれていたとしても、今はそれ程近くに居た訳でも無いのに……昨日会った時に一緒に居たのを見られていたのか?

 「あっ、ああ、坂上智代だ」

 気をとり直して智代もいつもの調子で名乗る。

 「やっぱり、貴女が坂上さんでしたか」

 「ん?私の事を知っているのか?」

 「はい。昨日、校内新聞で読みました」

 そういう事かよ……!!

 「ああ……」

 「えっと……あの……これからもオーちゃんと仲良くしてあげて下さいね」

 そう言って渚さんは、再び智代に対して深々と頭を下げた。

 なっ、渚さん何を……!?

 まるで本当の身内の様な……思いもよらぬ渚さんの行動に、ただただ唖然とする。

 そして智代もまた、あんな事が有った後だけに戸惑っている様だった。

 だが、それも数瞬。

 「ああ、もちろんだ。私とオーキは仲間だからな」

 智代ははっきりとそう言い切った。

 自信に満ちたいつもの坂上智代の笑顔で。

 それを聞いて、顔を上げた渚さんも「えへへ」と嬉しそうに笑う。

 「いい奴だな。お前」

 「えっ?」

 「てか、さっきから、どうしてお前の方が偉そうなんだ?」

 いい加減、二人のやりとりが恥ずかしい。

 耐え切れなくなって、横からぺシッと智代の頭にチョップを食らわす。

 「……何をする!?痛いじゃないか」

 「古河さんは先輩だって昨日教えただろ?」

 「だからって、叩く事ないじゃないか」

 智代が叩かれた所を擦りながら、むくれて抗議してくる。

 そこまでは予想の範囲だったのだが、

 「オーちゃん……女の子叩いちゃダメです」

 渚さんに注意された!

 「いや……でも、やっぱりタメ口は良くないと……」

 「わたしは別に気にして無いです」

 「ほら、古河もこう言ってるじゃないか」

 「だから、呼び捨てにすんなって」

 「細かい事を気にする奴だな……本人がいいと言ってるんだからいいじゃないか」

 「……」

 閉口して湧き上がる怒りを押し止め、嘆息と共に吐き出す。

 渚さんの手前もあるし、今は何を言っても分が悪い。

 「それじゃあ先輩、先、行きますね」

 まあいい、渚さんの様子を窺うと言う目的は達した。

 不利を悟った俺は、この場から早々に退散すべく、軽く頭を下げながら踵を返して、返事も待たずに歩きだす。

 「あっ、はい。オーちゃん、またです」

 「オーキ?……私もこれで失礼する」

 「はい。坂上さんも、また今度お会いしましょう」

 「ああ。また」

 そして智代も慌てて渚さんと別れ、小走りで追き横に並ぶと、バツが悪そうにわかり切った事を訊いてくる。

 「……怒っているのか……?」

 「別に……」

 「怒ってるじゃないか」

 「お前が敬語も使えないアホな子と思われても、俺には関係の無い事だ」

 「馬鹿にするな。敬語くらい使える」

 「なら使え」

 「……」

 部活もやっていなければ、先輩後輩といった事柄自体意識した事が無いのだから、敬語に馴染みが無いのはわかる。

 だが、だったら尚更今の内に慣れておく必要があるだろう。

 「お前にとっては些細な事でも、それで他人を不快にさせる事もあるんだよ」

 「だから使おうと思えば使えると言ってるじゃないか……」

 不貞腐れた様に呟いて、それっきり智代も黙る。

 前途多難なのは覚悟していたが……こんな初歩的な事でイチイチ難色を示されるとはな……。

 どうせ苦労するのなら、もっと大きな事でしたい物だが……。

 俺だってこんな小言を言いたくは無い。

 でも、仕方が無いだろう?

 のんびりとこいつの成長を見守っている時間は無いのだから……。

 





 「ホームページ?」

 四限目が終わって昼休み、俺達は今日も屋上に陣取って作戦会議を始める。

 「ああ、ネット上に俺達の目的や活動報告なんかをのっけて、より多くの人達に見てもらえる様にする訳だ。掲示板やメールとかで、意見を聞いたりも出来るしな」

 「なるほど。確かにそういう物があれば、町の人達にも私達の活動を知ってもらえるな」

 前々から考えていたホームページを作る案を持ち出すと、まずまずの反応が返ってくる。

 どうやら今回はすんなりと乗り気になってくれた様だ。

 まあ、この時点で嫌と言う奴も居ないとは思うが。

 「でも、私もインターネットでホームページを見た事はあるが、あれを自分達で作ると言うのは難しいんじゃないか?色々なイラストや写真なんかも載っていたのを見たぞ。それとも、頼めば作ってくれるお店があるのか?」

 しかし、智代が当然の疑問を口にする。

 「いや、そういうトコはあるがそれなりに高いし、自分達で管理出来ないと不便だろ」

 「それはそうだが、正直、私はあまりパソコンの事は詳しく無いんだ……お前が作ってくれるのか?」

 「いや、俺もお前程じゃないが、ホムペを作れる程詳しくは無い」

 「じゃあ、一体どうするんだ?」

 「作れる奴を仲間にする」

 流れから読めそうな俺の提案に、しかし智代は表情を固くした。

 仲間を増やす事にまだ抵抗が有るのか……。

 だが、今日推挙する奴なら、きっと智代も喜んで賛成してくれるだろう。

 「ホムペの作成と管理は、鷹文に任せようと思うんだが、どうだ?」

 「!!」

 自信を持って挙げたその名に、智代は目を丸くする。

 大方、同級生の誰かだと思っていたのだろう。

 でも、仲の良い弟の鷹文なら、智代も嫌とは言わないハズだ。

 そう確信していたのだが、

 「ま、待ってくれ!鷹文がパソコンをやっている事は知っているが、あいつにそんな事まで出来るのか?」

 またも俺の予想に反して、智代は困惑の色を示すのだった。

 「ああ。何度かメールでやりとりしたが、あいつの知識は相当なモンだ。俺なんかよりよっぽど詳しいと思う」

 「そんな事をしていたのか……でも、あいつはまだ足が完全に治ってはいないんだ……そういった事は無理じゃないか?」

 「もちろん、頼むのはパソコンの前に座ってやれる事だけだ。あいつが管理してくれるなら、何かと便利だろ?お前と一番近しい人間なんだし」

 「それはそうだが……そうだ!写真はどうするんだ?あいつは外に撮りに行ったりは出来ないぞ」

 「今は画像データとして写真くらい送れるんだよ」

 「そうなのか……そうだ!でもあいつは、夜遅くまでパソコンをやるなと親からよく叱られているんだ。それなのに、これ以上あいつにパソコンをやらせるのは良くないだろ?」

 「別に管理は毎日時間かけてやる必要も無いし、やる奴は管理があろうと無かろうとパソコンやるだろ……むしろ、そういう事なら親も大目に見てくれるんじゃないか?」

 「だからって……そうだ!あいつは今年受験生なんだ。それなのに、そんな仕事をやらせる訳にはいかないだろ?」

 「受験つったって、今から始める訳じゃないだろ?もちろん、あいつが専念したいって言い出したら他に引き継げばいい。その頃には仲間も増えて、詳しい人間も居るだろうしな」

 「だったら、初めからそいつに任せればいいじゃないか」

 「今居ないだろ?それとも、当てがあるのか?」

 「それは居無いが……」

 「管理を任せるからには、何より信用出来る奴じゃないとダメだろ?それにあいつは頭も良いしな。誰よりも側でお前を支えてくれるハズだ。あいつ以上の適任者は居ないんだよ」

 「そうかもしれないが……でもな……出来れば鷹文には、私達の活動の事は内緒にしておきたいんだ……」

 俯き加減で案の定な事を言う智代を見ながら、俺もまた頭を抱えたくなる。

 訳が解らん……。

 いや、身内を頼る気恥ずかしさは解らなくは無い。

 だが何度も言うが、今はそんな悠長な事は言ってられないのだ。

 「そうも言ってられんだろ……どの道活動を始めたら鷹文にもバレルだろし。そもそも、より多くの人間の力を借りようと言うのに、お前は自分の家族は巻き込みたくないって言うのか?そんな理屈は通じねえし。守りたいのは、お前達家族の思い出だろ?だったら、内緒にしながらコソコソやるより、家族に全て話して協力してもらった方がずっといいだろ?」

 そうすれば……例え並木道を守れなくても、新たな家族の思い出にはなる……。

 思い出の桜が失われても、お前の家族を大切に思う気持ちは、他でもなく家族の心に残る筈だ。

 そうじゃないのか?

 「……まあ、よく考えておいてくれ……宮沢と門倉の事も含めてな」

 手早くパンの包みをゴミ入れにした手提げ袋につっこんで片付け、ビニールシートから立ち上がって背を向ける。

 今は顔を付き合わせるより、独りで考えさせた方がいいだろう。

 「ど、何処に行くんだ!?」

 「もうすぐチャイムなるだろ……先に戻るよ」

 「……」

 時計を見ると実際にはまだ暫く昼休みは残っていたが、俺は構わず智代を置いて屋上を後にした。

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