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番外編日本人なら天皇誕生日だろ!
 それは、彼と一緒に二学期の期末試験の試験勉強をやっていた時の事だった。
 小休止に私がコーヒーを淹れて部屋に戻ってくると、思い出した様に彼が呟く。
 「そういえば、試験が終わったら……」
 うん!そうだ!
 もうすぐ恋人達の日だぞ!
 さすがにお前でもちゃんと憶えていたんだな!
 「天皇誕生日だな」
 「うわぁっ!!っとっと!!」
 予想外の一言に肩透かしを食らって、危うく手にしていたお盆を引っくり返しそうになる。
 なっ、なっ、何なんだそれは!?
 「おい、大丈夫か?」
 「お前は毎年、天皇陛下の誕生日を祝っているのか!?」
 「いや、ただ休日だなって話だが?」
 シレッとした顔でそんな事を言う。
 「12月には、それよりもっと大切な日があるだろ!?」
 「ん~?そうだな……」
 そうそう、あの日だ!
 「終業式が終われば、冬休みはお前も暫くのんびり出来るのか?」
 「違う!あっ、いや、活動の方も後は役場の正式な決定を待つだけだし、この冬休みは久しぶりにのんびり出来るとは思う」
 「そうか……なら、どっか行くか?」
 「行こう!!」
 嬉しさのあまり、思わずテーブルに身を乗り出してしまった。
 だって、仕方が無いじゃないか。
 今まで本当に忙しくて、彼と出かけたりは出来なかったんだから。
 「それで、どこに行くんだ!?」
 「そうだな……前にお前が行きたがってた遊園地にでも行くか?」
 「うん!約束だ!!」
 遊園地か!
 クラスの友達に聞いて一度行ってみたかったんだ!
 もちろん『彼と一緒に』!
 その夢が遂に叶うのだな……ああっ、今から楽しみだ……!!


 
 「そうじゃないだろ!!」
 勉強を再開して暫くした所で、肝心な事を思い出した!
 「ん?どっか答え違ってたか?」
 「勉強の事じゃなくて、24日の事だ!」
 「24?ああ、イブか」
 そうそう!
 「そうだな。24、25は特に混むだろうから、遊園地は止めておいた方が無難だろうな」
 「それもそうか……って、クリスマスはどうするんだって訊いているんだ!」
 彼に言わせようと思ったのに、あんまりはぐらかす物だからつい自分から言ってしまった。
 しかし彼は嘆息すると、憂い顔で口を開く。
 「別に俺クリスチャンじゃないし、世間と一緒になって騒ぐのもな……ぶっちゃけ、浮かれ過ぎで引くって」
 「引くな!!」
 「だって、よく考えてみろ!サンタやケーキどころか、その日のパンにすらありつけずにいる子供達が世界中にどれだけ居る事か!いや、クリスチャンとして祝日を祝うのはいい。だが、クリスチャンでもない日本人までがお祭りムードで騒ぎ立て、あまつさえ、恋人といちゃつく日みたいになっている。これはある意味、貞淑を重んじるキリスト教への侮辱だ」
 「確かに世界にはそういう子供達が居るのは確かだし、私もクリスチャンでは無い……でも、いいじゃないか!一年に一度くらいそういう日があっても……」
 「それに、正直俺は、“あの人”を聖人だの神の子扱いしたくはないんだ……」
 そう言って彼は、寂しそうに目を伏せる。
 私の心までも切なくさせる、いつもの彼の顔だ。
 「“あの人”は確かに偉大な人だった。彼ほど多くの人の心を救った人間はいないだろう。だが同時に、それと同じかそれ以上の悲しみと不幸が、彼の名の下に世界中に撒き散らされたんだ。彼を神の子と祭り上げた人間達によってな……」
 「……だから、聖人としての彼の誕生を祝うのも嫌だと言うのか?」
 「彼はただ誰よりも優しかっただけなんだ……Hな事を考えるだけでも罪とされる厳格な一神教の教えは、脆弱な精神の人間にはとても守れない。些細な罪でも地獄に落ちると言われ、多くの人々は恐怖を抱きながら日々を生きていた。そんな人達の心を救ったのが、彼なんだ。『罪を悔い改めれば、主は許してくれる』と説いて」
 「……でも、人は神様の愛に、彼の愛に溺れ、驕った。神様に謝ればどんな罪も許されると。そして、それが権力と結びついた事で、大いなる不幸は起きた……だったな?」
 『世界情勢を正しく知るには、まずキリスト教とイスラム教の歴史について知るべきだ』
 以前そう言って彼が話してくれた事を、私は思い出していた。
 愛を説いて、人々が互いに他人を思いやる優しい世界を目指したキリスト教。
 より厳しい砂漠の環境に適応する為に、一神教の厳格さを受け継いだイスラム教。
 どちらもより多くの人々の心を救う為に生まれたハズなのに。
 一部の人間の私利私欲を満たす為に歪められ、利用されてきた悲しい歴史を。
 「人の業と言うのは、本当に深い物だな……」
 何だかクリスマスだと浮かれる事が、とても罪深い事の様に思えてきた。
 いや、ダメだ!
 都合が悪くなると大きな事、深い事を語って私の気を削ごうとする。
 これがいつもの手なんだ。
 「なら、クリスマスは何もしないつもりなのか?」
 「特に何も」
 「……会ってもくれないのか?」
 「別にそれはいい良いけど?」
 「そ、そうか……」
 それを聞いて少しだけ胸を撫で下ろす。
 まったく、クリスマスをやる気がないなんて、いつもながら仕方が無い奴だな。
 まあ、彼にその気が無くても、私だけでもケーキやプレゼントを用意するとしよう。
 「そう言えば、お前はいくつの時までサンタさんを信じていた?」
 「信じるも何も、家に来た事ねえし」
 「そ、そうなのか?」
 「家じゃパーティーとかもやらなかったし、ケーキも無かった。幼稚園のクリスマス会で初めてクリスマスとサンタを知ったんだ……その時出てきたサンタは、送迎バスの運転手だと直ぐ判ったし。初めから、そんな都合の良い存在が居るはずないと思ってたよ」
 彼の意外な答えに、驚くと同時に納得がいった。
 だから彼にとってその日は、初めから特別でも何でも無かったのだ。
 そうか……そうだったんだな……!
 こみ上げて来る切なさと、親近感。
 「実はな……私もそうなんだ……家にもサンタが来た記憶が無い。いつも、『これで好きな物でも買え』と、親がお金をくれるだけだったんだ……」
 だから私も、思い出した昔の記憶を自嘲を含んで語った。
 だが、
 「いいじゃんか!金くれるなんてサイコーじゃん!家なんか、初めから無かった事になってたんだぞ!」
 「それでも、家族は一緒に居たんだろ?私の家なんて、その日に両親が揃った事は無かったし、どちらも居ない事だってあったんだ!」
 「いいじゃんか!親なんて居たって邪魔くさいだけだ」
 「どうしてお前は直ぐそういう事を言うんだ?あんなに優しいご両親なのに」
 「外面がいいだけだ。本当に優しいなら、クリスマスだって誕生日だってプレゼントくれるだろ普通。忙しいのはわかるが、いつもスルーだったぞ」
 「そう言えば、お前は誕生日も祝ってもらった事が無いと言ってたな……」
 張り合う様に彼が反論するので、何か不幸自慢みたくなってしまう。
 さっきまでの暗い気持ちが、どっかに行ってしまったじゃないか。
 まったく、仕方の無い奴だ。
 来年の誕生日には、私がちゃんと祝ってやるからな!
 覚悟しておけ!
 そう思っていると、
 「まあでも、どうせ近くなったらお前にはパーティーの誘いとか来るだろうし、生徒会長としての付き合いとかで行かなきゃいけなくなるだろうから、空けといた方が無難と思うぞ」
 彼は全てを悟っているかの様に、そんな現実的な事を言った。
 そうか……そういう事か……。
 まったく、いつもお前はそうだ。
 何よりもまず私の事を考え、何食わぬ顔をして、進むべき方向を示してくれる。
 時に素っ気無く、時に冷たく、時に悪者を気取って。
 私が、自分で選んだ道だと思える様に。
 変に期待させて、後でガッカリさせない様に。
 本当に不器用で照れ屋で、本当は優しい奴なんだ。
 でもな。
 私はお前が本当は何をしたいのか知りたい。
 お前の本当の気持ちが知りたいんだ。
 「なあ……もしもだ。あくまでもしもの話だぞ?お前に子供が出来たら、あっ、いやっ、違うんだ!お前の子供が出来てしまったとか、そういう話じゃないんだ!」
 自分で言ってて途中から舞い上がってしまい、つい訳の判らない事を口走ってしまった!
 顔がカッと熱くなって、きっと今の私の顔は真っ赤に違いない。
 「いや、出来たも何も、やる事やってねえし!」
 「そ、そうだ!出来てない!もしもの話だ」
 「俺達の子供が出来たらか?」
 「うん。私達の子供が出来たらだ……うわあああっ!」
 いつもの誘導尋問にはまってしまった事に気付いて、頭がショートしそうになる。
 そんな私を見て、彼は意地悪な笑みを浮かべて“してやったり”と言う顔をしていた。
 また私をからかっているんだな!
 恥ずかしさと悔しさで昂ぶった感情が、臨界点を超え爆発する。
 「そうだ!お前と私の子供が出来ても、クリスマスをやらないつもりなのか!?」
 開き直って一気にまくしたててやると、流石の彼も驚いた顔をしたので、少しだけ溜飲が下がった。
 そして暫くあっ気にとられていた彼だったが、真面目な顔をして答えてくれる。
 「どうだろう?子供の頃は『何で家だけ?』って思った事はあるが、今となってはそれはそれで嘘を教えるより良いとも言えるし……」
 「私は嫌だぞ!自分が子供の頃に寂しい思いをした分、子供達にはそんな思いを絶対にさせたくは無いんだ!」
 「そうだな……じゃあ、するか!」
 「うん!やろう!」
 その穏やかで優しい笑顔に、二人の未来が重なって見えた。
 きっとこの先も、意見が食い違う事や、時に喧嘩をする事もあるだろう。
 でも、どんな困難が待ち受けていようとも、彼とならいつまでも共に歩んでいける。
 いや、歩んでみせる!
 だって私達は、“比翼の鳥”なのだから……。


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