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4月15日失敗の本質

 家に帰って汗を流し、布団に入って寝たフリをする。

 今日もあいつは押しかけて来るんだろうか?

 昨日気まずい感じだったから……今日は来ないかもしれない。

 別に来て欲しい訳じゃ無いと言うか、いい加減マジで勘弁して欲しいんだが……。

 世間の目もあるし、何より恥ずいし。

 あいつにとっても、いや、生徒会長になろうとしているあいつの方がデメリットは大きいハズだ。

 妙な噂にでもなればイメージダウンに繋がるし、そこから過去の事がばれるかもしれない。

 そう思うのだが……あいつは一体どういうつもりなのだろう?

 ……何も考えてない気がする……。

 考えるより先に行動するタイプと言うか、野生の勘で生きてると言うか。

 歴史シミュレーションゲームで言えば、典型的な猪突武将。

 もちろん、それが俺には無いあいつの良さでもあるんだが……。

 そういう物だから仕方が無いと割り切った方がいいのだろうか?

 元より考えるのは俺の役目、それはそれでいい。

 問題は……あいつがそうは思っていない事か……。

 



 時計を見ると、そろそろのんびり寝てもいられない時間になっていた。

 やはり来なかったか……。

 来なきゃ来ないで一抹の寂しさを感じないでもないが……まあ、これで良いんだ。

 行く用意をするかと、布団から出て制服に着替え始める。

 と、その時だった。

 タッタッタッタッと何者かが高速で階段を上がってくる。

 なっ!?来やがった!!

 「オーキ、朝だぞ!あっ……!」

 やはりノックも無くドアは開け放たれ、いつもと変わらぬ笑顔でカチューシャ頭が顔を出す。

 だが、さすがに俺の姿を見て少女は驚きのあまり声を失った。

 当然だ。何しろ今の俺はパンツ一張……のハズなのだが、

 「何だ……もう起きていたのか……」

 「って、そっちかよ!」

 残念そうにそう言って構わずズカズカ入ってきた!

 いや、まあ、前に見られた時もほとんどノーリアクションだったけど……。

 「……だから、パンツ一張の男の部屋にほいほい入ってくるなよ」

 「別に私は気にしないから平気だ。それより、ほら、朝御飯を持ってきてあげたぞ。冷めない内に食べるんだ」

 俺の苦情をまったく意に介する事無く、当たり前の様にテーブルを出してきてその傍らに座り込む。

 まったくいつもどうりの智代だ……。

 その事に内心少しホッとしつつも、今日もこの展開かとベルトをしめながら嘆息する。

 「はい、あ~ん」

 俺が座るなり早速来た!

 嬉しそうにおかずをつまんで差し出してくる。

 「いや、いいから、箸よこせ」

 「遠慮するな。昨日みたいに今日も私が食べさせてやる。あ~ん」

 「ぐっ!!」

 折角忘れていたのに!

 恥ずかしい記憶を呼び戻され、言葉に詰る。

 だが、ここで弱味を見せれば、この先ずっとネタにされかねん。

 ここは毅然とした態度で対応して、禍根は断つべし。

 「昨日は寝ぼけてただけだ。ほら、箸貸せって。もたもたしてると、また今日も走って登校する羽目になんだろ」

 「だったら、つまらない意地を張らずに、素直に食べればいいじゃないか」

 「いいから自分で食わせろっての!落ち着かねえから!」

 「仕方の無い奴だな……じゃあ、この一口だけだ。それならいいだろ?」

 「たく……」

 仕方が無いのはどっちだと思いつつ渋々口を開けてやる。

 「どうだ?美味しいか?」

 「普通……ほら、返せ!」

 どうせ作ったのはお袋だ。

 素っ気無く答えて、半ば引っ手繰る様にして箸を奪う。

 さすがにそれには少しムッとした智代だったが、直ぐに気を取り直すと今度は自分のカバンをあさり出し、中から数冊の本を取り出した。

 「お前から借りていた本だ。ありがとう」

 「ああ、どうだった?」

 「うん。色々な考え方が有るのだな。それにずっと昔の思想なのに、十分現代にも通じる所がある。とても為になった」

 「そうか……まあ、紀元前の中国は、恐らく世界でも最高の文化レベルにあったからな。いわゆる諸氏百家の時代だ。食客や諸国を回って持論を説く遊説家を国の有力者達が厚遇したり、時にそういった人間にいきなり国政を任せる様な大抜擢をする風潮があったから、大志を抱く野心家達はこぞって己の知性に磨きをかけた訳だ。もっともそれも、始皇帝の恐怖政治や儒教が国教化されるまでだけどな」

 そうして自由闊達で夢とロマンに溢れた風潮は永遠に失われ、凝り固まった思想に雁字搦めとなった文化は衰退の一途を辿り、今に至る。

 「なるほど。それでその時産まれた多くの思想の中の、特に優れた物がこうして今に残っているんだな」

 「ああ。特に“孫子”は、世界最高の兵法書だ。俺も座右の書として愛読してる」

 「孫子か……」

 俺が孫子の事を持ち出すと、智代の表情から笑顔が消え、困った様な顔になった。

 どうやらあまり御気に召さなかったらしい。

 「正直、私にはよく解らなかったんだが……兵法とはつまり戦争のやり方の事だろ?」

 「確かにそういう物もある。でも、孫子の考え方はスポーツや学業、ビジネス、およそ人と人とが競争する物になら何にでも応用出来るし、それが孫子が現代でも評価されている所以だ」

 「そうなのか……」

 「まあ、向き不向きがあるから、ピンとこなくてもそれはそれでいい。ただ、そういう考え方も有るって事は憶えとけ」

 「そう言う物か……」

 一応フォローしたつもりだったのだが、負けず嫌いの智代は腑に落ちぬと言った顔をして、飯を食っている俺を見ていた。

 



 「うん。これでよし!」

 仕方なくネクタイを智代に結んでもらい、お袋に見送られながら二人並んで家を出る。

 余裕が有る訳では無いが、どうにか今日は歩いて行けそうだ。

 そう思って油断していると、ポケットに入れていた腕の隙間にすっと彼女の腕が通され、そのまま身を寄せてくる。

 腕に触れるたまらなく心地よい弾力。

 魅惑的ないつもの智代のにおい。

 気を抜くと、このままどこまでも流されてしまいたくなる。

 でも、そういう訳にもいかないのだ。

 「だから、こういう事は……」

 「いいじゃないか……大通りに出るまでだ」

 注意しようと口を開いた所を、妥協案で遮られる。

 クソ……何か俺に対する要領だけよくなってきてないか?

 「人通りがどうとかって問題じゃなくて、こういう事をしてる事自体マズイんだって」

 「どうして?前はかまわないって言ってたじゃないか」

 「その時はその時、今日は今日」

 「まったく……本当にオーキは照れ屋さんだな」

 照れ屋さん言うな!

 「もちろん恥ずいのも有るが、それ以上に変な噂にでもなったら、選挙に支障が出るだろ?」

 「そんな事にはならないから平気だ」

 「何の根拠も無いくせに、都合のイイ事を言うな」

 「根拠ならあるぞ」

 「何だよ?」

 「その時は、お前がきっと何とかしてくれるだろ?」

 俺の腕を抱きながら、智代は自信に満ちた笑顔でそんな事を言い切った。

 さすがに一瞬、騙されそうになる。

 だが、

 「だ・か・ら、その俺の言う事を、お前はちっとも聞かねえじゃんか!それで何とか出来る訳ねえだろ!」

 苛立ちを混めながら言って、フイと顔を背ける。

 まったく、本当に訳がわからねえ……!

 俺を信用しているとか言うクセに、言う事ちっとも聞きゃあしねえし。

 「……そんなに怒る事無いじゃないか……」

 智代も落ち込んだ様に俯く。

 しかし、それでも尚腕は放そうとはしてくれない。

 互いにそっぽを向いて黙ったまま腕を組んで歩くと言う、奇妙なカップルの姿がそこには在った。

 「……そろそろ通りに出るぞ」

 暫く歩いてから、人通りが多くなる事を示唆して暗に離れる様に言ったのだが、智代は気付いていないのか、まったく離れようとする素振りも見せずに代わりに口を開く。

 「お前が本気で桜並木を守ろうとしてくれてる事も、その為に私を生徒会長にしようとしてくれている事もわかってる……でもな、少し気が早いと言うか……何か焦っている様にも見えるんだ」

 何を言うかと思えば、そんな事か……。

 「気が早いって、お前の認識が甘いんだよ。伐採計画を止めるには今年いっぱいが勝負だっつったろ?それに選挙ってのは、選挙期間中の活動や演説だけで決まるモンじゃない。むしろ前評判や普段からの行いで、半分は結果が見えてる物なんだ。お前は編入したてでただでさえ知名度が低いのに、そこで悪い噂が立って過去がばれてみろ。もうそういう人間だと思われちまうぞ」

 「そんな事はわかってる……でも、本当にそれだけなのか?」

 思い詰めた様な真剣な眼差しで、智代はじっと俺の目をみつめてくる。

 やはりこいつも何かを感じ取っているのだろう。

 まあ、いい。

 別に隠す程の事でも無いしな。

 「俺はただ、何でも無い様な事や、未然に防げたはずの事で失敗したく無いだけだ。明日が必ず来るとは限らないからな」

 「明日が来るとは限らないって……どういう意味だ?まさか、お前は病気なのか!?」

 案の定な誤解をして、必死の形相で詰め寄ってくる。

 「そうじゃない。そうじゃないが……いつそういった病気にかからないとも限らないし、健康だからって事故に遭う事もあるだろ?」

 「それはそうだが……だからって……」

 「例えばの話だよ……ただ、俺は一度失敗してるからな」

 「失敗?」

 「言ったろ?サッカーやってたって」

 「ああ。それは聞いた」

 「サッカーを通して俺が学んだ一番の事が、さっき言った事だ。失敗てのは、何でも無い様な事や、未然に防げたはずの事から起こる。そして、その一度の失敗で、それまでの努力も、想いも、全てが水泡に帰す事もあるんだ……」

 「……」

 俺が味わった挫折。

 それは“絶望”と言ってもいい。

 その絶望を、こいつには味わわせたく無い。

 だからこそ、はっきり言っておくべきだろう。

 「もう朝は家に来るなよ……」

 「どうして!?」

 ショックで智代が立ち止まり、絡めていた腕がするりと抜けた。

 だから俺もその場に立ち止まって振り返り、尚も宣告を続ける。

 「選挙に支障が出るかもしれないって、言ってるだろ?」

 「出ないかもしれないじゃないか!」

 「出てからじゃ遅いだろ?それに、もしそんな事になれば、俺はお前の側にはもう居られない」

 「何でそうなるんだ!?例え、もし、そうなったとしても、その時の責任は私にある。私はそんな事でお前を咎めたりはしない!」

 「俺が気にするんだよ……それに、そうなるとわかっていて防げなかったんなら、やはり俺の責任だ」

 「そんな事、お前は気にしなくていい」

 「だから、そんな事になるくらいなら、初めから来るなと言ってるんだ!お前が生徒会長になれないと、俺も困るんだよ!」

 食い下がる智代を振り払う様に言い放ち、そのまま踵を返して歩き始める。

 胸がチクリと痛んだが……きっと、これでいいはずだと心に言い聞かせた。 

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