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番外編10月14日比翼の鳥

智代誕生日記念作品です。


 10月13日


 「坂上先輩、明日の放課後って何か予定あります?」

 昼休み。いつもの様に生徒会室に向かう道すがら、後輩達に呼び止められた私は、今日何度目かの同じ質問を訊かれた。

 「あるぞ。生徒会の仕事だ」

 「えっと……じゃあ、明日先輩のお誕生日ですよね?パーティーとかやらないんですか?」

 「はっきりやるとは決めてはいないが、明日の夜は家族と過ごすつもりだ」

 私の答えを聞いて、後輩達は失礼しましたと足早に去って行く。

 もちろん誕生日を祝ってくれようとしてくれる事は嬉しいし、少々可哀相な気もするが、明日は家族と過ごすと一年前から決めていた事だから仕方が無い。

 去年の10月14日。

 それは私にとって、初めて両親から誕生日を祝ってもらえた日だ。

 両親と退院した鷹文と四人、一つの大き目のケーキを囲み、皆で分け合って食べ、三人からプレゼントまでもらった。

 「誕生日おめでとう」

 そう言われた時には、涙が出そうなほど嬉しかった物だ。

 だから、その時心の中で祈った。

 来年もまた、家族一緒に誕生日を過ごしたいと。




 二年前までの私にとって、誕生日にはあまりいい思い出は無かった。

 いや、正しくは“思い出に残るほどの日”では無かった。

 いや、それも違うか。

 “思い出したくも無い日”

 それが一番正しいかもしれない。

 ろくに会話もなく、顔を合わせることすらあまりない冷え切った家庭。

 私に怯え、目を合わそうともしないクラスメートや教師達。

 寄って来るのは、ろくでもない敵ばかり。

 「私は、一体何の為に産まれてきたのか?」

 疑問に思った事は一度や二度じゃない。

 産まれてなど来なければ良かったと思った事すらある。

 その憂さを晴らす為に、私は荒れた。

 そして私は、ますます一人になった。

 今にして思えば、それは当然の事だし、本当にバカな事をしていたなと思う。

 でも、当時の私にとっては、それしかなかったのだ。

 荒れることでしか、生を実感できなかった。

 本当に、バカげた事だったとは思うが……。



 

 10月14日  

 

 いつもなら決まった時間に寝る事の出来る私が、どういう訳か今日は布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

 少なからず興奮しているからだろうか?

 時計を見ると、間も無く日付が変わろうとしている。

 仕方が無い。

 寝ることを諦めた私は、部屋の明かりを点けて、じっと明日が来るのを待った。

 ……後数分。

 ……後数秒。

 ……0時!

 ……。

 あまり実感が湧かない。

 まあ、当然か。

 一つ歳をとったからと言って、何がどう変わる訳じゃない。

 いや、これが18とか20だったら、また違うのかもしれないが……。

 17歳か……。

 「坂上智代、17歳です!」

 ……早苗さんの真似をして言ってみたが、恥ずかしいだけだった。

 そもそもこれは18歳以上の人が言う物であって、実際17歳の人間が言ってもだからどうしたという感じにしかならないだろう。

 気分転換に窓を開け、空を見上げる。

 よく晴れた綺麗な星空が広がっていた。

 お月様も煌々と光っている。

 『新月の方が、星が良く見えるから好きだ』

 あいつはそう言っていたが、私はお月様も好きだ。

 いくら明る過ぎて他の星が見えなくなるからと言って、邪魔者にしたら可哀相じゃないか!

 まあ、あいつも『月は月で好きだが』とは言っていたが。

 フフッと思わず笑みが漏れる。

 あいつは今頃どうしているだろうか?

 ちゃんと寝ているだろうか?

 また夜更かしして、寝坊して遅刻したりしないだろうな?

 今の私は、迎えに行ってやれないんだぞ……。

 


 

 明日、と言うか既に今日も早いから、あまり外を眺めている訳にもいかないな。

 いい加減に寝ないと、私の方が寝坊してしまいかねない。

 そう思い、窓を閉めかけたその時だった。

 「!!」

 家の敷地内、物陰に怪しい影見た気がして手を止める。

 間違いない。

 窓の下に誰かが居て、相手もこちらを覗っている様だ。

 「待て!!」

 深夜である事も忘れて思わず制止の声をあげた。

 私に気付かれた事に気付いたのか、その不審者が動き出したのだ。

 だが、それで止まる筈も無く、影は敷地内から出て走り去ろうとする。

 逃がさん!! 

 私は、躊躇なく二階の窓から飛び降りた。

 着地時の衝撃で、そういえば裸足だった事に気付く。

 靴ぐらい自室に置いておくべきだったか。

 そんな事を一瞬思ったが、

 「なっ!?」

 と言う不審者の驚きの声で、もはや追跡意外の事に感心は無くなった。

 男は初め停めてあった自転車に向かおうとするも、それをあっさりと断念しそのまま走り抜ける。

 クッ、私がそれを読んでいた事に気付いたか。

 もし乗っていれば、余裕で走り出しを捕らえられた物を。

 逃亡者は私を撒く為に、闇雲に角を曲がり、細い路地を抜け、袋小路に追い詰めたかと思えば、人の家の庭を抜け、塀や柵を乗り越え、ワンワン吼える犬をかわし、猫の集会をにゃ゛ーと追い散らし、くま……はさすがに居なかったが、中々にしぶとく往生際の悪い奴だった。

 しかし、ついに直線で距離を詰めた私は、一足飛びに跳びかかる。

 「おわ!」

 後ろから背中に乗りかかられ、男は前につんのめりながらも倒れまいと必死に抵抗した物の、遂に力尽きてアスファルトの地面に倒れこんだ。

 勝った!!

 私の勝ちだ!!

 「……お前しつこ過ぎ!」

 「お前が逃げるからだ!」

 突っ伏したままそんな事を言う不審者に、負けずに言い返してやる。

 「まったく……どこまで逃げれば気が済むんだ?」

 「お前が諦めるまでだ」

 「違う!私がお前を捕まえるまでだ」

 下から溜息が聞こえた。

 「とりあえず退いてくれ。てか、お前靴履いてんのか?」

 「履いている訳ないだろ。お前を見失うと思って、そのまま追い駆けて来たんだからな」

 また下から溜息が聞こえた。

 本当に失礼な奴だ。

 「まったく、誰の所為だと思っているんだ?」

 「わかったから、とりあえず退いてくれ。てか、怪我とか平気か?」

 そう言われて不信な男の上から降りた私は、片足立ちで左右の足の裏を交互に確認する。

 が、どんなに目を凝らしても、暗くて正直よく判らない。

 「ん~……多分平気だ。少しジンジンするが、傷の痛みでは無い……と思う」

 「多分て……まあ血とか出てなきゃ平気か……じゃあ、乗れ」

 男は私の前で背を向けながらしゃがみこむ。

 おんぶしてくれると言う事だろう。

 「すまない」

 その好意に甘えようと肩に手を置いたその時、ある名案がひらめいた。

 「なあ、どうせなら一つお願いが有るのだが、聞いてくれるか?」

 



 「うん!楽チンだ」

 おんぶしてもらう代わりに、私は彼の両腕に抱えられていた。

 いわゆる“お姫様抱っこ”だ。

 「そうか?おんぶの方がお前も楽じゃね?」

 「そんな事はないぞ。中々快適だ」

 そう言いながらも私は、少しでも彼の負担を減らそうと、彼の首に回していた手に力を込める。

 それでも全然きつくなんて無かった。

 むしろ、夢の様ですらあった。

 ……ひょっとして、これは夢なのか?

 本当は、私は既に寝むっていて、今まであった事は全て夢だったのだろうか?

 「お、おい」

 更に力を込め、彼をギュッと抱きしめる。

 例え一夜の夢でも構わない。

 彼を近くに感じていられるのなら……。



 本当に、夢であって欲しかった。

 「……ねぇちゃん、こんな時間に、外で何してたの?」

 「散歩だ」

 「裸足で?二階の窓から飛び降りて?」

 「星を眺めていたら、したくなったんだ」

 「まさか、夢遊病とかじゃないよね?」

 「いいから、お前もパソコンばかりしていないで寝ろ!!」

 「ええー、こんな夜中に呼び鈴鳴らしたの、ねぇちゃんでしょ?」

 「……私じゃない……」

 「え?」

 「いいから寝るんだ!それと、今あった事は全て忘れろ。お前は何も見なかった。いいな?」

 「いや、忘れろと言われても……まあ、父さん達に言ったりしないけどさ」

 あの不審者は私を家の前まで送ったはいいが、鍵がかかっていて入れないと知るや、あろう事か呼び鈴を鳴らしたのだ。

 幸か不幸か、出てきたのが鷹文だったからまだ何とか誤魔化せた物の、両親だったらと思うとゾッとする。

 しかもだ。

 あの男は帰り際、ポケットから鳥の翼を模ったキーホルダーを取り出すと、意味有り気に

 「これ、何だかわかるか?」

 と訊いて来た。

 嬉しかった。

 本当に、夢の様だと思った。

 「ひょっとして……私への誕生日プレゼントか?」

 「ブー。これは俺の羽だ。ただ見せたかっただけだ」

 そう言って、あの男はそれをポケットにしまった。

 久しぶりに誰かに対して殺意を覚えた。

 「な・ん・な・ん・だ・そ・れ・はー!?」

 だが、そんな私の乙女心をとことん弄ぶように、彼は不意に呼び鈴を押し、今度こそ自転車に乗って逃げてしまったのだ。

 そうして今に至る……。

 最悪だ……。

 裸足で走り回らされて、ぬか喜びさせられて、鷹文にまでこんな恥ずかしい姿を見られて……。

 本当に最悪の誕生日だ……。

 「ああ、そうそう、はい、コレ」

 俯いたままトボトボと歩いていた私をチラチラと気にしていた鷹文は、思い出した様に言って包装されリボンの付いた小さな長方形の箱と、くまのシールで封のされた手紙を差し出した。

 「あっ……ありがとう鷹文!!やっぱりお前は最高の弟だ!!」

 「うわっぷ!違うよねぇちゃん!僕からじゃないって!」

 苦しげに吐かれたその言葉に、感極まって抱きしめた弟を放す。

 鷹文からじゃない??

 じゃあ、誰のだと言うんだ?

 くまを破らないよう慎重にシールを剥がし、中を読む。

 そこにはたった一言だけ。

 でも、それで十分だった。

 十分過ぎた。

 慌てて私は箱の包装を破り取り、中を確認する。

 やはりそれは、先程見た翼を模ったキーホルダーだった。

 「ごめん。なんかねぇちゃん凄く落ち込んでたからネタばらしするけど、実は『ポストに入れておくから、明日の朝にでも渡してくれ』ってにぃちゃんから頼まれてたんだよ。でも、まさか普段は寝ている筈のねぇちゃんが起きてて、しかもにぃちゃんが見つかるなんて思いもしなかったからさ……でも、にぃちゃんから何も聞いてないみたいだし、とぼけた方がいいのかなって……ねぇちゃん!?」

 「……まったく……お前達は……本当に仕方の……無い奴等だ……!!」

 とても立っていられず、プレゼントを抱いて私はその場に座り込んだ。

 涙が止め処なく溢れてくる。

 比翼の鳥は、生まれつき片翼しかなく、つがいでないと飛べない鳥。

 この世に生を受けて、私は今日程産まれてきて良かったと思えた日は無い。

 

『 

  俺の比翼へ

  産まれてきてくれて、ありがとう                             

                                             』


 まずはぐっすり寝て、朝起きたら両親に「ありがとう」を言おう。

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