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4月13日:暗雲

 「何してんだテメエ!?」

 携帯を切ると同時にパンチ頭がいきり立ち今にも掴みかからん勢いで向かってくる。

 それに気付き腕の中の智代が対応に出ようとしたが、それをグッと腕に力を込めて抑えると、「どうして?」と向けてくる問いの眼差しにニヤリと不敵な笑みで答え、片手を添えたまま半身になって男達と対峙する。

 「悪いな。俺も一応コイツの先輩なんでね」

 「何!?」

 拳を振り上げながらも、パンチはまったく怯んだ様子の無い俺の目の前でその動きを止め、そのままの体勢で歯噛みした。

 そう、容易には手出し出来まい。

 何しろ、ここでもたもたしていれば警察が来てしまう。

 何しろ、数の上でこちらが上。しかも、一人は先程自分の攻撃を余裕でかわした女と、その彼氏だと言う得体の知れない、しかも『カツアゲするくらいなら銀行襲え』とか言ってのけるヤバイ男だ。

 たかがカツアゲで負うにはリスクがデカ過ぎる。

 「光坂の川上だ。さて、どうする?駅前の交番からチャリでここに来るまで二、三分。それまでにどこまでやれるか試してみるか?」

 「ク、クソ!!」

 「覚えてろよ!!」

 「ああ。忘れてくれと言われても覚えておいてやる。あんまインテリなめんなよ!」

 お約束の捨て台詞を残し走り去る二人組に対し、こちらはとぼけた言葉の中に含みを持たせ釘を刺す。

 これで奴等も当分懲りたろう。

 後は……こっちの懲りない奴をどうしてくれようか?

 「お前は何がしたいんだ?」

 「え?」

 ぼんやりと逃げていく男達を眺めていた智代に、皮肉っぽく訊いてやる。

 「そ、そうだな……やってみたい事は色々有るが、ボーリングとかカラオケはどうだ?私は行った事が無いんだが、普通の女の子はそういう所に遊びに行く物なのだろう?」

 素の答えが帰ってきた!!

 「そうじゃない……お前は奴等に説教したかったのか?それとも、奴等をぶちのめしたかったのか?」

 「……違う。同じ学校の生徒を助けたかったに決まっているだろ?もう私は昔の私じゃないんだ。何度も言わせるな」

 今度ははっきりと言ってやる。

 すると智代は一瞬ショックを受けた様に寂しそうに俯き、ムッとしながな顔を上げ不機嫌そうに答えた。

 「だったら、余計な事しようとすんな」

 「余計な事とはなんだ?」

 「いちいち真っ正直に説教すんなって言ってるんだ」

 「じゃあ、どうしろと言うんだ?」

 「紙袋かパンストでも被って、背後から問答無用でぶちのめせ」

 「そんな変質者みたいな真似が出来るか!!」

 想像してみる。

 目の所だけ開けられた紙袋を被った怪人が、そこから伸びる長い髪を振り乱し暴れ回る姿を。

 「でも、それなら誰もお前だと思わないだろ?」

 「そんな事が誰かにバレたら、もう生きてはいけない!それに、どうして顔を隠す必要が有るんだ?別に悪い事をする訳でも無いのに」

 「人をぶちのめすのは十分悪いし、喧嘩は御法度だと言っただろ」

 「だから、喧嘩する事が目的じゃないと言ってるじゃないか!」

 「でも、俺が止めなきゃ確実にやってただろ?」

 「だからそれは仕方が無いだろ……て、そうだ!お前は何て事をするんだ!いきなり女の子のスカートをめくるなんて!」

 チッ、順当に問い詰めていたのに余計な事を思い出した様だ。

 「大丈夫だ。俺にしか見えてないから」

 「H!!スケベ!!変態!!変質者!!お前なら見られてもいいなんて、一言も言った覚えは無いぞ!!」

 「じゃあ、誰ならいいんだ?」

 「そもそもパンツは人に見せる物じゃないだろ!!折角今日は少し長めのスカートをはいてきたのに、これじゃあ意味無いじゃないか!」

 おお、そういえば。

 今日の智代は膝が隠れるくらいの淡いクリーム色のスカートに、上は黒いハイネックのセーターとかなりシックな装いだった。

 いつもの眩いばかりの白い太ももが常に拝めないのが少々寂しいが、これはこれで悪くないと言うか、これから連れて歩く事を考えればむしろ好ましい。

 「大人っぽくていいんじゃないか?」

 「それは似合っていると言う意味か?」

 「ああ」

 「良かった……。これくらいのスカート丈の方が落ち着くんだ。お前は制服の様な短いスカートの方がいいのだろうけどな」

 褒められて機嫌が良くなったのか、笑顔でそんな冗談めかした事を言った。

 だが、

 「……それなのに、長いと今度はめくってまで中を見ようとするのかお前は?」

 やっぱり怒を思い出したらしい。

 「……もし、ズボンだったらどうするんだ?脱がすのか?立派な変質者だな」

 さらに酷い想像を勝手に膨らましていた!

 「スカートも脱がしてやった方が良かったか?」

 「良い訳があるか!そんな事をされていたら、あの場に居た者全員記憶が無くなるまで殴っていた所だ!!」

 「でも、ああでもしないと、お前は止まらなかっただろ?」

 「普通に『止めろ』と声をかければいいだろ?」

 「それじゃあ、面白くない」

 「お前は面白いからスカートをめくったのか!!」

 「だからそうじゃなくて、布石だろ」

 「布石?」

 「そうだよ。まず、あいつ等を驚かせておく為にやったんだ」

 「どうしてそんな必要が有るんだ?」

 「後々の展開を優位に進める為に決まってるだろ?大体、お前はさ。あいつらにまともな説教が通じると思ってたのか?」

 長い長い脱線を経て、ようやく軌道修正に至る。

 「……そんなのやってみなければ判らないじゃないか」

 「判るだろ。お前は人に説教するには可愛い過ぎるんだよ」

 「えっ!?」

 不貞腐れていた表情にたちまち赤みがさしていく。

 説明する為にあまり意識せず言ったのだが……。

 ま、まあ、いいか……鞭だけでなく飴も必要だろう。

 「か、可愛過ぎるって……そう言ってくれるのは嬉しいが、さすがに面と向かってだと照れるじゃないか……」

 「お前がゴリラみたいな女だったら、奴等も大人しく従っただろうけどな」

 「ゴ、ゴリラ!?たった今可愛いって言ってくれたじゃないか!?それとも、お前はそういう女性のタイプが好みで、私がゴリラみたいな女だから可愛いと言ったのか!?」

 物凄い早とちりだ。

 「“だったら”つったろ……お前は見た目普通の女の子だから、舐められ易いって言ってるんだよ。それと、その偉そうな態度だ」

 「偉そうなのはお前も一緒じゃないか!」

 「俺のとお前のは違う。お前は自分を“正義の味方”だと思ってるんだろ?」

 「そんな大それた物じゃない。ただ、カツアゲは立派な犯罪じゃないか。注意して当然だろ?」

 「昔の自分の立場になって考えてみろ。お前が荒れてた頃にだって、お前に説教した奴くらい居た筈だ。その時にお前は、そいつをウザイとは思わなかったか?」

 「……私はカツアゲなんてした事は無い」

 「不良狩りはしてただろ……奴等にとってみれば、お前は最初から相容れない存在でしかない。そんな奴に上から物を言えば、怒らせるに決まってるだろ」

 「……じゃあ、どうしてあいつらはお前の話は聞くんだ?」

 「俺が奴等以上の悪党だからだ」

 「悪党だから?」

 「結局人は、“何を”言うかでなく、“誰が”言うかだ。つまり、相手にこちらの言い分を聞かせるには、まず相手に自分と対等かそれ以上の存在だと認識させなきゃダメなんだ。あの手の輩は、基本的に堅気を見下している。なめられたまま説教した所で聞くはず無いだろ?でも同じ悪党、特に自分よか強い奴やズル賢い奴には案外容易く従順になる物だ」

 「……だからお前は、カツアゲをして見せたり、銀行強盗を勧めたと言うのか?」

 「そういう事だ。まず相手を驚かせて度肝を抜き、いい女を侍らせてステータスを見せ付ける。相手に『ただ者じゃねえ』と思わせ一目を置かせ、そこであくまで“損得”を説いてやれば、言い含めるのはそう難しい事じゃない」

 「……“いい女”だなんて……褒め過ぎだ……」

 イチイチそこに食いつくなよ……。

 「……とにかく、相手を怒らせるだけの説教するくらいなら、後ろから奇襲をかけて顔を見られる事なく倒せ。お前ならそれくらい出来るだろ?」

 「そんな乱暴な事出来る訳無いだろ!さっき喧嘩するなと言ったのはお前じゃないか」

 「説教して顔も見られて、それで結局怒らせて喧嘩してたら意味無いだろ?」

 「だからそれはあくまで正当防衛だ」

 「正当防衛だろうが、相手から恨みを買う事に変わりないだろ?もっとよく考えろよ。どうしたら戦わず済むのか。お前は強いんだから尚更それに頼るな」

 「……どうして人を助けようとした私が怒られなければならないんだ……?」

 人がまとめに入ろうとした所で、ソッポを向いてぼやく様にこの台詞。

 さすがにちょっとカチンと来た。

 この不貞腐れ娘は……今までの話全てを台無しにするつもりか?

 「あのなあ……!」

 「あ、あの……」

 智代の態度にイラついて更に説教してやろうとしたその時、横からおずおずと割り込んでくる奴が居た。

 さっきのカツアゲされていたウチの学校の一年生だ。

 そういやまだ居たのかよ。

 まあ、いきなり目の前で説教タイムが始まって、帰るに帰れなかったのだろうが。

 「た、助けていただいて、ありがとうございました。ご迷惑をおかけして済みませんでした」

 少しビクビクしながらも、俺達に向かって礼を言いながら頭を下げてくる。

 「ああ、怪我は無いか?これからはあんな奴等にからまれない様気をつけ……」

 「別にテメエなんか助けた覚えはねえんだよ!」

 一年を気遣う智代の言葉を遮り突き放すと、彼はうっと怯んで一歩後ずさった。

 そこに俺は更に追い討ちをかける。

 「俺は無鉄砲なこいつを助けたかっただけだ。お前もウチの生徒なら、あの程度の奴等にビビッてねえで、テメエで何とかしろ」

 吐き捨てる様に言って「行くぞ」と智代を促す。

 眉を寄せて何か言いた気にしながらも、何も言わずただ一年を一瞥して彼女も俺の後に続いて歩き始めた。

 「あんな言い方は無いだろう?可哀相じゃないか」

 横に並びながら、俺だけに聞こえる声で智代がとがめて来る。

 あの場で直ぐそれを言わなかったのは、一応彼に気を使ったからか。

 「じゃあお前は、ずっとあの一年の側に居てあいつを守ってやれるのか?」

 「そんな事出来る訳無いだろ?」

 「だったら甘やかすな。もしまた何かあっても、次はあいつ自身が自力で何とかする他無いかもしれないんだ。それに同情される事の方が、男には屈辱なんだよ」

 「……!」

 俺の言葉に智代は大きく目を見開き、そして寂しそうに微笑んで無言のまま俺の隣を歩く。

 「あ、ありがとうございましたー!」

 背後から、恐らく今の彼の精一杯の礼が聞こえてきた。

 「そういえば、警察を呼んでおいて、待たなくていいのか?」

 「いいだろ別に。かけたのただの時報だし」 

 




 

 結局、昼は駅前のジャンクフード店と相成る。

 「こういう店にはあまり来ないんだが……意外とカップルも多いんだな」

 と智代が結構入りたそうだったのでそこにしたのだが、いざ食べると、

 「う〜ん、少し味が濃すぎないか?あまり身体には良く無さそうだ」

 などとお約束的にケチをつけてくる。

 「じゃあ、今度とても身体には良さそうなパンを食べさせてやるよ」

 「そんなパンが有るのか?何が入ってるんだ?」

 「それは食べてからのお楽しみだ」

 「……言っておくが、“睡眠薬”は身体に良いとは言えないからな」

 「用量さえ間違えなければ平気だろ?ぐっすり寝れるぞ」

 「正しい用量でも入れるな〜!」

 などと、結構和気藹々と食事を終えた。

 もめた後だけに、多少ギクシャクしてしまうかとも内心心配していたのだが。

 機嫌が直って何よりだ。

 その後は智代の携帯を買いに行った。

 鷹文と昨日の内に前もってどんな物を買うか決めてあったらしく、これも思ったよりも時間がかからずに今日の目的を達成する。

 もちろん彼女の携帯に一番初めに登録されたのは、俺の番号だ。

 「これで何時でもお前と連絡が取れるな」

 慣れない手つきで携帯を打ちながら、無邪気に笑う智代はたまらなく可愛かった。

 そんな笑顔にほだされ、ついつい俺は次にボーリング場に行く事を承諾してしまう。

 いや、カラオケと二択で、どっちも初めてだと言うので人前で歌うよかマシかとボーリングにしたのだが……やはり失敗だったと直ぐに後悔する事になる。

 好きな玉を持って来いと言うと、彼女が選んで来たのは「他の女の子達が一番多く使ってるみたいだから」と一番軽い物。

 悪い予感がした。

 お約束のニオイだ。

 でもまあ、最悪ピンを破壊するくらいだろうと高をくくり、やらせてみる。

 甘かった。

 速攻で後悔した。

 智代の全身のバネからアンダースローで放たれたそれは、まるでソフトボールくらいのノリで大きな弧を描いて飛んで行き、

 ドガーーーーーーン!!

 よりにもよって隣のレーンのピンを直撃した!!

 ただの力任せのノーコンだったのだ!!

 「済みません!済みません!本当に済みません!!」

 あまりの事に呆気にとられていたお隣さん達に、平謝りした事は言うまでも無い。

 その後、難色を示す智代を『ほら、おそろいだぞ』となだめながら、ボールを転がせる様になるまで一番重いボールを使わせる。

 酷い試合だった。

 元々俺もボーリングは苦手で、アベレージは100行くか行かないかだったが、久々でリズムもしっかり智代に乱されガーターを連発し、89点と90にも届かない始末。

 それでも初心者には負けないと思っていたし、現に8投目まで30点以上差がついていた。

 ところが、9投目にして初ストライクを決めた智代は、

 「うん。何となくわかった気がする」

 と不穏な事を言ったかと思うと、10投目に2連続ストライクを決めてしまった。

 そう、3連続ストライク“ターキー”である。

 当然点数も逆転されてしまった。

 「しょ、初心者に負けた……」

 「あれっ?私が勝ったのか?」

 あまりの結末に、思わず俺はその場に崩れ落ちた。

 「くそ……化け物め……」

 「なっ……!!やっぱりお前も私をそんな風に思っていたのか……?」

 そしてつい失言を漏らしてしまい、それにショックを受けた智代まで落ち込み始める。

 ああっ、やはりボーリングなんて来るんじゃなかった……。

 「例え私が何をしようと、お前だけは私を普通の女の子として見てくれていると思っていたんだ……それなのに……化け物なんてあんまりだ……!!」

 「……いや、お前が“普通の女の子”だなんて思った事無いから」

 「ッ!!何だそれは……!?酷いじゃないか……!!じゃあ、今まで私を可愛いと言ってくれたのも、アレは全部嘘だったのか!?」

 「違う。そうじゃなくてだな。もしお前が“普通の女の子”だったら、こんなに興味なんて持たなかった。お前は『元・この町最強の少女』で、化け物じみた才能を持ってて、だからこうして一緒につるんでんだし、それも踏まえた上で、その……例え化け物でも、そんなお前が……その……可愛いと思ってる」

 真剣に彼女を見つめ、俺はありのままの素直な気持ちを告白した。

 それなりに賑わう休日の町ボーリング場。

 しかし急速に周囲の雑多な音は消え、周りの景色も見えなくなってゆく。

 ただ目に映るのはお互いの姿だけ。

 世界に二人だけの世界。

 そして少女は、ゆっくりと口を開く。

 「……それでも、私は化け物なんて言われたく無い」

 やっぱりそうですか……。

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