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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第一章 流れゆく首都への旅
18/94

1‐16 繋がる雨の日の記憶(1)

「この国には水を自由自在に操れる者が一人だけいる。その者は魔法使いと呼ばれ、かつては国の重鎮として地位を得ていた。だが百年前、ある者の逆鱗に触れたために、その地位を奪われてしまった。それ以後、国のどこかで静かに生きていると言われている」

 師匠は座学で習う内容を淡々と言った。彼は煙草に火をつけて、それを吸うと口から白い煙を吐き出した。

「何でこの話をしたのか、不思議に思っているようだな、レナリア」

「はい。魔法使いの話は、水環省を語る上でなくてはならない存在ですから、耳にタコができるほど聞いています。かつてはその魔法使いが中心となって、水の循環を守っていた。しかし国全体を見るには、その人だけでは足りなかった。だから組織を作って、皆で循環を守ろうと決意したのが、ここの始まりですよね」

 十代半ばのレナリアはさらさらと答える。師匠は嬉しそうに頷いた。

「魔法使いはいわば俺たちにとっては師匠みたいな存在だ。あの人たちが骨を折って、水環省の者たちに知識と力を与えてくれたおかげで、ここまでやってこられた。――レナリアが持っているそれも、魔法使いの力を強く受けている」

 レナリアは両の掌にのっている、黒い物体に目を落とした。渡されてはいたが、今まで使ったことはなかった。それを今日になって、使い方を教えると師匠は言ったのだ。

 師匠は煙草を吸いながら呟く。

「本当はこの道に連れて行きたくはなかったんだがな……」

 それを聞いたレナリアは自嘲気味に笑みを浮かべた。

「あの雨の日に師匠が手を伸ばしたから、それを握り返したんです。そんな言い方されると、困りますよ。――あの時にもう覚悟は決めています。師匠、私を立派な査察官にしてください。そのためなら何でもします」

「……お前がしたいのは、あの日の真実を知りたいだけだろう」

 小さな声で吐かれた言葉は、レナリアの心をどきりとさせる。しかし平静を装って、師匠の目を迷わず見据えた。

 師匠は溜息を吐いてから、煙草を踏み潰して火を消し、背筋を伸ばして立ち上がった。




 * * *




 ルーベック町で合成獣を捕え、タムとの別れを告げるなり、レナリアたちは丸一日かけて、馬車で移動していた。ほぼ徹夜に近い状態だったため、馬車の中で三人は深い眠りに落ちるか、うつらうつらとしていた。

 意識がぼうっとしているレナリアは、右頬で右手を突きながら外を眺めている。そこから今までの風景では見たことのないものが、目に入ってきた。

 町から線路が延びている。それは平地を突っ切り、ここからは見えない地まで続いていた。ウォールト国の首都ハーベルク都市は、その線路の先にある。あの線路は国の中心地を導く、いわば道なのだ。

 数十年前――進歩を求める人々がよりよい生活をするために、首都にこぞって集まり、知識を出しあう機会があった。

 その結果、様々なものが想像され、そして創りだすことに成功した。

 効率的に綿織物を生産するために必要な部品の発明、製鉄業の成長を後押しした炭化物質の発見、そして蒸気機関の発明などが、主な創造物だった。

 特に蒸気機関の発明は劇的であり、それによってさらに生活が便利になった。しかしこれを創ることはとても難しく、ある村では部品が揃わずに開発し、試運転をかけた際、暴発したという話もあった。

 それゆえ一定の地位を築き、貨幣がある町村でなければ、新たな創造物を使いこなすことはかなわなかった。首都がもっとも発展したのは言うまでもない。

 首都では熱心に開発が進められ、やがて大量の人を乗せて走る蒸気機関車が生み出された。それから間もなくして、首都から近くの町へ、次々と線路が伸ばされたのである。

 レナリアは東と南に伸びる線路は使ったことがあるが、これから使うであろう西の線路は初めてだった。

「ランクフ町……、汽車の出発地点の一つ。後発で発展した町……」

 本で読んだ内容と、ルーベック町で仕入れた情報を小さく呟いた。アーシェルとキストンは二人とも揺れゆく馬車の中で眠っている。そのためレナリアの言葉に相槌を打たれることもなかった。

 レナリアは軽く欠伸をした後に、目をこすった。眠いがあと少しで町に到着する。しかしこの僅かな移動時間の間に、凶暴な生物や盗賊に襲われないという保証はない。

 眠気を我慢しつつ、外に目を向けて、今後の動きをぼんやり考えた。



 日が暮れる直後に、馬車はランクフ町に滑り込んだ。

 馬車を降りると、人々がぽつりぽつりと歩いていた。街灯は多くなく、ルーベック町と比べると、そこまで栄えていないような印象を受けた。

「これでも前よりは栄えているよ。訪れる度に明るくなっている感じ。線路が延ばされた時、宿の数を慌てて増やしていたくらい、未発展の町なのさ」

 キストンは自分の荷物を背負い、レナリアの荷物を右手で持って歩き出した。その後ろをアーシェルが両手で荷物を持って着いていく。レナリアはあたりの様子を見ながら、キストンの後ろについた。

「この町までどうして線路が延ばされたの?」

「町興しをしたかったから、町長が必死に誘致したって聞いている。どこの町村も始めは何もないでしょ。誰かが動かないと、成長は始まらないのさ」

 三人は二階建ての家々が並ぶ大通りを黙々と歩いていく。そして宿に併設されている食堂に入った。

 ぱっと見ると、席の数に対して人が座っている割合が少ない。閑散としている、という様子だった。

「昼間はそれなりに混むと思うけど、夜はそこまで多くないよ。……それにしてもやけに少ないな。旅の人が少ない……」

 席に通されて、適当な食事を頼む。真新しいものはないが、家庭で出されるような料理がお品書きには並んでいた。

 適当に注文をし、スープなどを飲んで体を温めた後、こじんまりとした宿に移動した。夫婦で経営しているのか、仲の良さそうな男女が受付に立っている。

 二部屋借りて鍵を受け取り、キストンは進もうとしたが、唐突に立ち止まった。そして受付の二人に再度視線を向けた。

「すみません。ここから首都に向かう汽車、最近出発しましたか?」

 男女は一度見合うと二人で頷きあい、女性が口を開いた。

「たしか昨日の朝に出たと思いますよ。昨日までお客様で部屋が満杯で、出発を促す汽笛も聞こえましたから」

 その言葉を聞いた三人は、一瞬目を丸くした。そして徐々に顔をひきつらせ始める。レナリアは大股で受付の前に戻った。

「次の出発はいつですか!?」

「申し訳ありません。そこまでは把握していません。駅舎に行けばわかりますので、そちらにご足労を願いますか?」

「は、はい……。ちなみにどれくらいの間隔差で、発車されているかご存知ですか?」

「その時によってですね。二、三日で次の便がくる場合もありますが、一ヶ月後という場合もあります」

「いっか――!」

 素っ頓狂な声を出しかけて、レナリアは口をつぐんだ。一ヶ月はさすがに待ちすぎる。それであれば負担はかかるが、馬車で移動した方が速く着く。

 顔を引きつらせているレナリア、難しい顔をしているキストンの二人が固まっていると、アーシェルが肩を叩いてきた。

「とりあえず今日は休みましょう? ここで慌てても何も変わりませんから」

「その通りだけど……。よく落ち着いていられるのね、アーシェル」

「レナリアさんと出会った後、今までが順調にいきすぎて、怖いくらいでしたから」

「はあ……」

 レナリアより前にテウスと旅してきた道中はどうだったのだろうか。もっと執拗以上に追われていたのかもしれない。



 * * *



 翌日、温かな布団で熟睡した一同は、早速駅舎へ向かった。

 陽が出ているため人通りは昨晩よりは多いが、とびきり多いというわけではない。発車してしまった後のため、人が少ないのだろうか。

 駅舎は町の外れにあった。汽車の動く音や汽笛などが騒音になるということで、意図的に外れた場所にあるらしい。付近にはいくつか小屋もあるが、人が生活している気配はなく、物置小屋として使われているようだった。

 キストンが駅舎にあるドアをノックした。ドアの上にある看板には、『西ハーベルク列車』と書かれている。ノックしてしばらくすると、中から眼鏡をかけた男性が顔を出した。

「なんでしょうか」

「朝早くからすみません。次の首都までの汽車の発車日はいつですか?」

「次? 次は……五日後だよ。一昨日出たばかりだからね」

 その台詞を聞いて、ほっとしたのと同時に内心歯噛みもした。

 一ヶ月よりは遙かに短い期間だが、五日もある。その間ここに滞在しなければならない。追われている中、長期間同じ場所にいたくなかった。

「五日後……ですか。二人とも、とりあえずそれでいいよね?」

 キストンがレナリアとアーシェルの顔を見てくる。レナリアが銀髪の少女をちらりと見た。帽子を被っているため、表情はわからないが、特に変化はなさそうだ。

「私は大丈夫ですよ、キストンさん」

 彼女は落ち着いた声を出す。間を置かずにレナリアも同意した。

「この子がいいっていうなら、私も」

 次々に返事をすると、キストンは頷き返す。そして乗車券を買う手続きにはいった。

 男性は国内の地図に値段が書かれた紙を持ってきた。それを見せながら、彼はこの町を指で示す。ランクフ町からハーベルク都市まで、他の路線と比べると値段が高かった。駅の数は同程度だが値段が高いことから、距離が長く、起伏が激しいということが予想できた。

 後程地図でじっくり確認しようと思いながら、キストンが購入するのを見守った。

 購入を済ますと、三人は乗車券を手にして、小屋を後にしようとする。すると男性は「あっ」と声を漏らした。三人はその声に反応して振り返る。

「どうかしましたか?」

「あ、いや、最近人捜しをしている人がいたのを思い出しまして」

 レナリアは目をすっと細めた。

「その人はどのような人を捜していたのですか?」

「背の高い男性と女性が、銀髪の少女と藍色の髪をまとめ上げている女を探しているようでした。……お嬢さん、藍色の髪ですね。心当たりでもあるのですか?」

「さあ、何も。藍色は比較的多い色ですから、きっと他の方だと思いますよ。教えてくださり、ありがとうございます」

 軽く礼を言ってから、小屋を後にした。外にでてしばらく歩くと、レナリアは藍色の髪に手を触れ、バレッタを外した。髪は肩よりも少し長く垂れ下がる。それを手で軽く梳いた。

「髪をまとめ上げている、で絞ってきたか。それなら結ばないか、いっそのこと切るか」

「何を言っているんですか!?」

 帽子を両手で添えていたアーシェルが飛びかかってくる。その反応にレナリアは驚きを通り越して、仰け反っていた。

「そんな綺麗な髪を易々と切ると言うなんて、女としていいんですか!?」

「別に髪が短いと維持するのが面倒だから、長くしているだけ。そこまでこだわりはないし……」

「そうだとしても、ばっさりと切るなんて勿体ない! 何か他の手を考えましょう。結び方を変えるのはどうでしょう? 二つ結びにするとか」

「……それはあとで考える」

 軽く手であしらって、レナリアは神妙そうな面もちをしている少年に顔を向けた。彼は二人の少女を交互に見ている。

「二人……なんだよな……」

「たぶん村を出るときに、相手をした男たちだと思う。今までまったく気配がなかったから、おかしいとは思っていたけど……。事前に山を張って、待ち伏せしていたようね。首都に向かう身なら、駅に立ち寄る可能性が高いから」

「今から隣の駅まで馬車で移動するか?」

「それをしても、たいして変わらないと思う。ここから首都までの駅数えるほどしかないから、駅ごとに張っている可能性がある。いっそのこと、馬車で首都まで移動する選択を考えるべきかもしれない。ただ……」

 ランクフ町から首都までは、馬車で移動した場合、汽車の三、四倍の時間はかかる。長期に渡る道中の安全などを考慮すると、ある程度リスクを負かしてでも、汽車に乗る方が絶対にいい。

 それは他の二人もわかっているのか、言葉を途中で切っても、あえて尋ね返されなかった。

 何か良い方法はないかと考えながら、レナリアは意見を絞り出す。

「二人とも、一つ提案があるんだけど……さ」

 声をかけると、俯いていた二人の顔があがる。

「……この町から離れて、一時的に近くにある村にでも移動しない? それか、ルーベック町に戻るとか。そうすればここで姿を見られる日数も減る」

「そうだね、それも一つの手だと思う。でも、汽車は場合によっては一日くらい前倒しで出発することがあるんだ。だからその提案はすぐに頷けない」

 汽車は必ずしも予定通りに到着するわけではない。天気が悪ければ徐行はするし、故障をすれば動かなくなる。昔よりはその回数は減ったが、それでもゼロではないため、前日にならないとその汽車がくるかどうか、はっきりしないのだ。

 馬車より様々な面で遙かに優れているが、水車が一定の時間回り続けるような安定さはまだなかった。

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