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第22話『ロバーツ中将は今後の作戦を思う』

『お疲れ様でした、長官。これは歴史的な快挙になりますよ』

「君か……」


 パリ上空から大統領官邸へ、今まさにデルタ・フォースが突入しようとしていたその時。


 α連合国本土のNSA本部では、ロバーツ中将が副官と共にささやかなブレイク・タイムを楽しんでいた。


「コーヒーの一杯がこれほどに美味く感じるのは、最初で最後だろうな」

『我々の作戦は他のどんな部隊にも増して、事前の準備とシミュレーションがすべてですからな。

 それだけにこの勝利も決まっていたようなものですが』

「確かにそうかもしれんな」


 ロバーツ中将は思う。

 できるかぎり処理を自動化したとはいえ、あらかじめ世界中にネットワーク・マップを作成し、その通信を司るスイッチ・ルータ群の弱点を探り当てておく作業は、凄まじいマン・パワーが必要だった。


 もちろん、その自動化には人工知能を使ったプロセスすら含まれた。札付きの悪党クラッカーが行うような手法までおりまぜてある。


(しかし、それだけでは無理だった)


 自動化、電子化、そして人工知能という技術そのものの源泉と言える、コンピューターの世界であるというのに、最後の一押しに物を言うのは、人間の手による作業だったのだ。


 たとえば、あるネットワークについては、実際にNSAの職員が侵入をはかってみた。

 また、あるシステムは実際にNSA職員が制御を奪ってみせた。

 他にもMTBF(平均故障間隔)に近いタイミングでNSA職員が大規模スイッチへアクセスし、ハードウェア故障にみせかけて、ファームウェアのデータを吹っ飛ばしたこともある。


 これらは悪意のハッキング(クラッキング)によるものだと判明すれば、たちまち国家的な問題にすらなりかねないものだった。

 だが、それらは断じてNSAの職員が日常的に行っている電子諜報任務の一部でもあった。


(だからこそ、任せることができた)


 だからこそ、NSAの職員にしか任せられない作業だったのだ。


 NSAは世界最大、そして最高の能力を持つ電子諜報組織である。

 冷戦時代から、核開発に匹敵する莫大な予算とコンピューティングリソースを存分に使い、どんな国のどんな組織も到達できないほどのノウハウと実績を蓄積している。


 その職員となること自体が、諜報という分野におけるエリートコースと言える。たとえば、就職にあたっての身辺調査は一般公務員の比ではない。軍人よりも遙かに厳しいほどである。


 それはただ一人の軍人であれば、せいぜい機関銃を乱射する程度の破壊と殺戮を計ることしかできないが、電子諜報に従事する人間がひとたび反旗を翻したなら、国家そのものが傾きかねない機密が漏れ出すからである。


(それでも……過去に例外はあったがな)


 今もロシアにいる一人の亡命者を思い浮かべながら、ロバーツ中将は大きく息を吐き出した。


「何はともあれ、我々は任務を果たした。

 実にほっとしているよ……あとは他の部隊がうまくやってくれるのを待つだけだ」

『大丈夫ですとも、長官。この戦いはきっと全てがうまくいきますとも』

「……そうだとしても、これで終わりではないだろう?」


 ロバーツ中将は天井部のディスプレイパネルを見上げながらそう言った。そこには北米大陸を中心とする世界地図が表示されている。


(この全てを……制圧しようなどとは、な)


 今後のことを考えると、ロバーツ中将は少し憂鬱になる。

 元より、E連合以外の地域では攻撃・支配しなければならないネットワークの規模自体が小さいだろう。アフリカ大陸に先進国のようなデータセンターや超高速ネットワークはないし、アジアも似たようなものだ。


(せいぜい日本やロシアが例外……か)


 地震でひび割れたように、無数の地域に分割されている中国に目を移しながら、ロバーツ中将は考える。若い頃、反映の絶頂にあった上海へ行ったことがある。それが今や数十の政府・軍閥の割拠する内戦地域とは……。


「次はうまく行くと思うかね?」

『大丈夫ですとも。我々の能力は世界のどんな国も圧倒しています』

「しかし、今回の攻撃方法は遠からず露呈する……とすれば、他の国や地域は当然、対策を取るだろう。

 我々はさらにその裏をかかなければならないわけだ」


 コンピューター・セキュリティにおいて『こうすれば攻撃を防げる』という万能解がないように、『この弱点があるから攻撃は成功する』という必勝法もまた、存在しない。


 コンピューターそのものの制御をあっさり乗っ取ることができる、恐るべきセキュリティホールが存在したかと思えば、それはたった一つの通信ポートをふさぐだけで無力化されてしまう。


(……頭が痛い話だな)


 確かにE連合のネットワークは制圧した。だが、アジアには、ロシアには、そして極東の島国にはE連合に勝るとも劣らないほど、発達した通信インフラを持つ国々がいくつもある。


「どうあれ、つかの間の休息だ。責任の重さを噛みしめながら、次の作戦を練らないといかんな」

『まったくです。次の勝利のためにこそ、今は休息いたしましょう、長官』


 副官は大きく頷くと、レストルームへ向かって立ち去るロバーツ中将を見送りながら、一通のメッセージを何者かに向かって送信していた。


 その宛先もメッセージの内容は巧妙に暗号化されていたが、NSAの職員が調べれば、答えは見つけられただろう。


 すなわち、宛先は国家戦略ディープ・ラーニング人工知能システム『ハイ・ハヴ』。

 メッセージ内容。長官に反乱の傾向はなし。引き続き指示を求む、と。


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