コックリさん
若干、残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。
「コックリさんでもやろうか」
俺はニヤニヤしながら、自分の財布から十円玉を取り出した。目の前にいる彼女は、首を振る。
「嫌だよ、呪われちゃうよ。それにこの年になってコックリさんとか、恥ずかしいし」
確かに、高校生にもなってコックリさんなんて馬鹿らしいことをやる奴は、そんなにいないだろう。しかもカップルで。
しかしなんだかんだ言って、怖がりの彼女はすっかりビビっている。まあ、場所が場所だからな。
ガタガタと鳴る窓カラス。雨の当たる音。規則的に並べられた机。薄暗い、放課後の教室。
「だけどこの大雨の中、帰りたくないだろ?」
俺がそう言うと彼女は窓の外を見て、小さく頷いた。
「特に話題もなくて、暇だし」
俺がそう言うと彼女は何かを考えて、小さく頷いた。
「で、ちょうど十円玉も紙もペンもあるし、コックリさんでもやろうぜ。暇つぶしだよ、暇つぶし!」
「なんでそこでコックリさんになるの!?」
お前を怖がらせてやろうと思ってるから。とは言わずに、
「細かいことはいいじゃん。だーいじょうぶだって! 呪われたりしねーよ」
俺はへらへらと笑いながら、準備を進めた。
俺のプランは単純明快。俺が十円玉を動かす。それだけ。『のろってやる』とか『たたってやる』とか、彼女が怖がりそうな言葉をコックリさんが言ったように見せかければいい。彼女は本当に怖がりで、B級のホラー映画ですら途中で退席するほどだ。こんな突発的なコックリさんでも、さぞかし怖がるだろう。
さんざん怖がらせて、最後には『おれだよ あいしてる』……なーんて、ね。
「よしできた」
俺は、鳥居やらなんやらを書いた紙を彼女に見せた。実を言うと、コックリさんのやり方なんて大して覚えていないので、適当に作った代物だ。まあ、鳥居とかを書いてたらそれっぽく見えるだろ。
彼女はその紙を、不気味そうに見つめた。やりたくないと、はっきり顔に書いてある。しかし、やめてやる気はない。
「ほらお前、向かい合って座れよ。隣同士だと変だろ?」
俺に言われた彼女はしぶしぶ立ち上がった。テーブルをはさんで向かい合い、俺たちの真ん中に紙を、その上に十円玉を置く。
「……ねえ、本当にやるの?」
やる前からビビってやがる。俺は内心で爆笑しながら、顔では優しくほほ笑んだ。
「大丈夫だって」
人差し指を十円玉の上にのせ、
「コックリさん、コックリさん、おいでください」
……これでよかったよなあ、確か。
目の前の彼女を見ると、すでに小さく震えている。おいおい、今からその調子で大丈夫か。俺は心の中で笑いながら、十円玉を動かそうとした。ところが、
「え?」
十円玉が勝手に動きだし、『はい』と書いてある場所まで移動した。そして、ぴたりと止まった。
「やだ、き、来たの!?」
彼女の顔がこわばる。しかし、十円玉から指を離そうとはしない。そういえばコックリさんをやってる最中に指を離したら呪われるとか、そんなのがあったな、確か。
十円玉が勝手に動いたものの、俺はビビってなかった。そもそも俺は、幽霊を信じていない。コックリさんだって、『コックリさんをやっている人間の潜在意識によって、無自覚に指が動いてしまう』という話を信じている。恐らく今のも、怖がりの彼女の指が勝手に動いたんだろう。
しかしここは、俺もちょっとはビビっておいた方が、彼女としては怖いかもしれない。
「き、来たみたいだな……」
俺が消え入りそうな声で言うと、彼女が涙ぐんだ。
「ねえもう、帰ってもらおうよ」
いやいや、ここからが本番だろ。
「せっかく来てもらったのに、なにも訊かないで帰らせるのは失礼だろ? なんか訊こうぜ。えーっと。コックリさん、雨はやみますか? 俺たち、雨に濡れずに家に帰れますか?」
ゆっくりと、十円玉が動き出す。まずは、『いいえ』の文字の上。つまり、雨はやまないらしい。十円玉はそのままゆっくりと、五十音表の方へと動いた。か・え・れ……
『かえれない』
「やだああ」
彼女が今にも泣き出しそうな声を出す。その声を聞いて、俺は吹き出した。
「落ち着けって。雨がやまない? んなこと、あるはずないだろ。コックリさんも馬鹿だなあ」
俺は笑いながら、コックリさんに問いかけた。
「コックリさんは、子供ですか?」
十円玉がゆっくりと、『はい』の方へと動く。
「子供だってさ。じゃ、いざとなったら俺が力ずくでコックリさんを止めてやるよ」
俺が笑うと、彼女は目に涙を浮かべたまま、力なく笑った。
少し茶化したような質問もしてみたが、コックリさんは素直に答えてくれた。
「コックリさんの性別は?」『女』
「彼氏はいますか?」『はい』
「彼氏がいるのか。やるなあ、コックリさん。その彼氏はかっこいいですか?」
『はい』
「へええ」
俺がへらへらと笑うと、彼女が震える声で言ってきた。
「ねえ、もう帰ってもらおうよ」
彼氏がいるコックリさん、なんてふざけた設定でもまだ怖いのかこいつは。俺はがたがたと震える彼女を見ながら、ニヤニヤした。ちょうどいい暇つぶしになったなあ。
そこまで思ったところで、ふと疑問が浮かんだ。
「ていうかさ、コックリさんってこの十円玉の中にいるのかな? 十円玉に憑依してるわけ?」
「さあ……」
彼女も首をかしげる。俺は十円玉に向けて、問いかけた。
「コックリさんは今、十円玉の中にいるんですか?」
十円玉がゆっくりと動く。
『いいえ』
「あれ? それじゃあコックリさんは今、どこにいるんですか?」
続けざまに問うと、紙の上を這うように十円玉が動いた。き・み……
『きみの めのまえ』
やられた。素直にそう思った。
彼女が十円玉を動かしていたんだ。俺がやろうとしていたことを、彼女が先にやったわけだ。『子供・女・彼氏がいる・俺の目の前』……なるほどね。
「なんだよ。お前が動かしてたのかよー」
俺は笑いながら顔をあげた。そして、目を見開いた。
目の前の彼女には、首がなかった。
引きちぎられたような傷口から、赤黒い血液がピュッピュッと噴き出している。管のようなものが、いくつか覗いていた。
首のない彼女の後ろに、おかっぱ頭の女の子が立っている。白い頬に付着した、赤い血。目があるはずの部分には、黒い穴が開いていた。
女の子は、十円玉が動くような速度でゆっくりと、笑った。
「君の目の前」
窓をたたく雨の音が、一層激しくなる。
俺たちが生きている間に、雨はやまない。家には、帰れない。
俺の首にゆっくりと、細い指が絡みついた。
実はこの作品は当初、200文字小説として書きました。
が、200文字で納めてみたもののいまいちピンと来ず、
『短編にした方がよさそうだなあ』
と思って、書いた(書き直した)ものです。
以下に、200文字として書いていた分を張り付けておきます。
彼女と二人で、コックリさんをやった。
向かい合って座り、十円玉に指をのせる。
「コックリさん、おいでください」
十円玉が動いた。成功だ。
「コックリさんは今、どこにいますか?」
十円玉が動く。き・み・の……
『君の目の前』
「なんだ、十円玉を動かしてたのはお前の仕業か!」
笑いながら顔を上げた俺は、固まった。
目の前の彼女には、首がなかった。
首のない彼女の後ろにいる、おかっぱ頭の少女は笑う。
「呼ばれたから、来たよ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。