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青年、ちいさな娘を連れて帰る。

 ラティナは、襤褸のような服に、壊れかけた靴。それと銀の腕輪--大人用らしく、ラティナには大きすぎる--だけしか身につけていなかった。

 よくこんな状態で生き延びていたものだと感心する。気候が穏やかな季節であったことが幸いだったのか。

 ラティナの父親を埋葬した時に、デイルは何か身元を示すものでもないかと探したのだが、まともな物は見付からなかった。せめて、この幼子に実の親の形見のひとつでも持たせたかったのだが、と思う。


「うーん……ラティナに歩かせたら……日が暮れちまうな」

 自分の半歩に満たない歩幅の幼子を見下ろして、デイルは独白する。それにこの状態だ。体力もあるとは思えない。

「仕方ねぇか……」

 腕を伸ばして抱き上げると、ラティナはまた驚いた顔をした。この子のただでさえ大きな眸が、そんな顔をするとますます大きくなる。

 ラティナは暴れたりすることもなく、大人しくデイルの腕の中に収まった。

「軽っ! 」

 思わず口にしてしまう程、ラティナは細くて軽かった。

「本当……大丈夫なのか、こいつ……」

 出会い頭に物騒な考えを抱いた自分が、言うのも何だが。

 元々デイルは悪い人間ではないのだ。関わることを決めた以上、幼子を心配する程度の心理は働く。

「荷物にもなんねぇな……さっさと帰るか」

 デイルは地属性魔法を素早く唱えて方向を確認すると、街の方向に向けて足早に歩き出した。



 デイルが現在拠点としている街は『クロイツ』と呼ばれている。名の通り、いびつだが、十字の形をしているこの街は、港から王都への途中という交通の要所だ。また魔獣の生息地帯が近場にあり、冒険者と呼ばれる己の腕のみで生き抜くならず者たちの集まる所でもある。

 物資と人の集まる、ラーバンド国第二の都市。それがクロイツという街だった。


 その土地の性質上、旅人に寛容なのもクロイツの特徴だ。

 商人という外から来るものを優遇することで、クロイツは発展を遂げた。その資金を元に報償金を設け、魔獣という脅威となりうる物から街を防衛している。

 クロイツは旅人によって成り立っているのだ。


 クロイツの街は厚い壁に囲まれている。壁には東西南北に門があり、門番が常駐している。人びとはそこで通行税を支払い、中に入るのだ。

 デイルはいつも利用している南門をくぐった。

 顔見知りの門番が、デイルを見て、おやっとしたような顔をする。

「通行税、二人分だ」

「ああ……何だ? どうしたその子? ……魔人族か」

 デイルが抱くラティナに目を止めて尋ねる中年の門番は、渡されたコインを確認しながらそう言った。

「森で保護した。親と死に別れたらしい。……俺が引き受け人になるから、問題ねぇだろ? 」

「まぁ、お前が引き受けるんなら、良いんじゃないか。一応、『踊る虎猫』で確認するんだろ? 」

「ああ」

「じゃあ、大丈夫だろう」

 あっさりそう言って、門番はデイルたちを通し、次へと目を向ける。

 門番の反応はデイルの予想通りだった。彼は自分のネームバリューにはその程度の力があることを知っている。


 南門を抜けると、庶民の居住区と旅人相手の店が隣接した区画になっている。デイルが主に利用する区画だ。

 高台にある北の貴族街や、西の高級住宅区にはまず用はない。せいぜい東に集中する市場と商店、職人たちの居住区に行くことがあるぐらいだった。


 ラーバンド国は、主神を赤の神(アフマル)と定めている。そのため赤い色を尊ぶ傾向がある。

 それはクロイツの街並みにも見てとれる。

 例えば、立ち並ぶ建物の壁は、灰色の石造りが剥き出しの物、漆喰や塗料で塗られた物といったように様々な色彩だが、ほとんどの屋根は鮮やかな赤い色だ。

 これは、建物自体に神の護りを賜る為の願掛けだとも、天高き処に在られる神に、卑小たるしもべがここに在ることを訴える為だとも言われている。


 下町と言えども街は活気に満ちている。

 日が傾きはじめるこの時間帯は、家路を急ぐ者、今晩の宿を探す者、今日の稼ぎを酒と食事に費やす者、旅人相手に食べ物を売る者--などが行き交っている。

 ラティナは、デイルの腕の中で、落ち着かなさげに視線をあちこちに向けていた。

 その表情には、恐怖や怯えはない。純粋な好奇心のようだった。少し上気した顔で、時折目を真ん丸にしている。多くの人の姿や街の様子に、興味をひかれているらしい。

「街は今度なー……」

 デイルはラティナにそう言いながら、伝わらないだろうけどなと独白する。

「 " ***? デイル " 」

「あぁー……やっぱり言葉が通じないってのは不便だな……」

 人族の中で、最もメジャーな言葉である西方大陸語くらいは必須だろうと考えながら、デイルは歩を進めた。

 勝手知ったる道をスイスイ進む。


 やがてデイルが足を止めたのは、一軒の店の前だった。

 入り口には、不可思議な格好をしている虎猫の意匠のアイアンワークの看板と、緑の地に天馬の紋章が入った旗が並んでいた。

 酒場と宿を兼ねた『踊る虎猫亭』と呼ばれる店だった。


 デイルは建物を回って裏に行くと、裏口から店の中を覗いた。

「ケニス、居るか? 」

「おお。デイル帰ったのか……って、何だそりゃ? 」

 そこは厨房になっていた。ケニスと呼ばれた無精髭が目立つ大柄の壮年の男は、デイルの声にフライパンを振りながら顔を向けて、困惑する。

「まあ……後で詳しく話すが……拾った」

「犬猫拾ったみたいに言うなよ」

 完成した料理を豪快に皿にのせたケニスは、デイルの返答に更に困った顔をする。

 基本的にお人好しなこの大柄な男だが、ついこの間までは巨大な戦斧を振り回す腕利きの冒険者だった。それはこの店を利用する者たちには周知の事実だ。

「とりあえず、お湯使って良いか? 」

「ああ、構わないけどよ……」

 ケニスの了解を取ると、デイルは裏口の横に設けられた小さな小屋の扉を開けた。


 そこは石のタイルがしかれ、バスタブが設えてあった。

 簡易ながらも風呂場としての体裁が整えられている。

 デイルはバスタブの横の、火と水の『魔道具』に魔力を注ぐ。温度を確認しながら、バスタブにお湯を満たしていった。

 魔道具により、水の供給はおろか、お湯を作ることも難しくはない。とはいえ、一般家庭の家屋の多くには風呂場は存在しない。人びとは、街のあちこちで営業している湯屋を利用するのが一般的だ。

『踊る虎猫亭』に風呂場があるのは、時間を問わず仕事帰りの冒険者が湯を使えるようにというためだ。数刻前のデイルのように、酷い状態になる冒険者も少なくはない。

 ラティナはその様子をじっと見ていた。魔道具自体が珍しいと感じているのかもしれない。

 デイルはコートを脱ぎ、籠手や剣、他の荷物を隅にまとめて置いてから、ラティナを呼んだ。

「ラティナ " 来る " 」

 ちょいちょいと手招きすると、ラティナはデイルの隣に立った。


 服を脱がせようとしたら、ラティナは始めてデイルに抵抗した。


「あー……やっぱ、女の子だったなぁ」

 不本意そうな顔をするラティナを裸に剥いて、バスタブに放り込みながら、デイルは呟いた。

 声や服装からなんとなくそうだと思っていたが、確信までは至らなかったのだ。骨の浮いた痛々しい体と、髪をお湯で濯ぐ。バスタブのお湯はすぐに真っ黒になった。

 一度お湯を捨て、再びお湯をはる。

 バスタブに石鹸を入れ、ついでに泡立てた。それでラティナの油と汚れで、縄のようになっている髪を洗う。

 体も洗う。また汚れたお湯を替えた。

 再度お湯をはり、ラティナの髪を洗いながら、デイルはふと、気付いた。


(あれ? この子、凄ぇ……美少女素材なんじゃねぇか? )


 何度も洗ったラティナの髪は、白金の色と輝きを取り戻していた。

 片方だけの角も、艶々としている。

 あばらが浮き、痛々しく痩せ細っているが、それは今後回復するだろうと思う。魔人族は、もともと頑強な種族なのだから。

 顔も窶れているために今は目ばかり目立つが、汚れを落としたラティナの顔の造作はかなり整っている。頬が丸みを帯び、血色も良くなれば、愛らしい少女となるだろう。


(あー……こりゃあ、寝覚めも悪くなるし、ますます見捨てる訳にはいかねぇかぁ……)

 手を離せば、あっという間にろくでもない好き者に目を付けられるだろう。片角を失った魔人族は、同族から捨てられ後ろ楯がないということを喧伝しているようなものなのだ。幼子に良からぬことを考える輩には、格好の獲物だ。


(関わるって決めたんだからな……覚悟を決めるか……)

デイルは、心の内で、そう呟いていた。


設定の描写量って難しいですね。つい、文章量が増えがちです。


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