表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばいめた!~楽師トールの物語(サガ)~  作者: 冴吹稔
ミクラガルドの騎士
15/102

克服さるべきもの

本来はこのパートまで含めて前話としてアップしたかったのですが……

まあ当初のイメージより良くなったのでOK

「俺は大筋でトールの策を支持する」

 ホルガーが少し血の気の引いた青い顔で、そう宣言した。長く村の精神的支柱となった老人に対して年若い自分が強い態度に出ることには、相応の緊張感があったようだ。


「だが、そうだな……トールよ、ゴルム翁はおそらく、誇りを傷つけられたと感じておられるのだろうよ。長老衆としての誇りをな。だからもう一つ、知恵を絞るが良い。これからの企てにおいて、ゴルム翁が最大の栄誉に浴せる、そういう知恵をだ」


こちらを見るホルガーの視線が奇妙に冷ややかなものになる。

「気づいておるとは思うが、お前は挑戦を受けたのだ。いかに武芸の心得がなかろうと、集会の席において挑戦を受けて押し黙っているのでは、我らと対等の男として認められんぞ」


(ああー……)

俺は背中に冷や水を浴びせられた心地がした。ホルガーはさすがに族長だ。俺という人間の弱点を、しっかり見抜いている。


 俺は押しが弱い。歓迎される空気の中でものを言うことは造作もないが、アウェーの状況、殊にこちらの生殺与奪を握ることの可能な相手の前では、普段の半分も喋れはしない。


 要するに、圧迫面接に弱いのだ。橋の上で涙ぐむまでの状況に陥るまで求職をしくじり続けたのも半分はそれが原因だった。だが、ここは引けない。引くと多分死ぬ。

 炉をはさんで斜め前の席にいる、互いに似通った顔立ちをした男二人が先ほどから俺のことを剣呑な目つきで伺っている。この上沈黙を押し通せば「ならば剣で」という運びになりそうだ。


(ありゃあたぶんゴルム翁の縁者だわなあ)


 およそ経験したことのない緊張感の中で、必至に思考をまとめ、妙案をひねりだそうとする。

 考えろ。考えろ。


 ホルガーも難しい綱渡りを強いられている。俺の命とゴルムの誇り、両方を救って場を収め、その上で村を守るために全員の意思をまとめる。そのための無茶振りなのだ、これは。

 それにしてもヴァイキングの族長という立場はなんと忙しく苛酷なものだろう。集会の取りまとめに船の運用と掠奪の指揮、戦利品の分配にまで責任がのしかかる。あまつさえこれからは、苛烈と評判の「王」を相手に外交をこなさなければならない――


 不意に頭の中に閃光が奔る。苛酷な族長の務めを果たせるように、ホルガーを仕込んだのは誰だ? 

 一人は間違いなくインゴルフだが、当然他の長老たちもそうだ。ならば、彼らは族長の役割を必要に応じて代行できるはずではないのか。



「ゴルム様」

俺は精一杯の度胸を振り絞って堂々と老人へ向き直り、口を切った。


「重ねて俺のごとき若輩者が指図がましい事を申し上げますが」

低いうめきとともに座が静まり返り、俺の次の一言を皆が待ち受ける。


「――王の元へ向かう使節の団長を、伏してお願いしたい」



 ゴルム翁の眉根に刻まれた縦皺がさらに鑿でえぐったように深くなり、喉元からぐう、と空気の動く音がした。こめかみの辺りがぷるぷると痙攣するように震えている。


「お主はやはり、とんでもない不遜な奴じゃ」

瞬間、長館の空気が摂氏三度ほど下がった気がした。縁者らしき男二人は胸の前で腕を組んだまま。


「老い先短い年寄りを命のかかった謁見の矢面に立てて、晴れ舞台を用意しました、とでも言うつもりかのう?」

ぎろり、と睨み付けてくる、皺の奥の灰色の瞳。そして次の瞬間――







 じ じ い が は じ け た 。



 

 くしゃくしゃと破顔した皺の塊から高らかに響く哄笑。無限に続くかと思われる数秒間、肩を、頭を、全身を揺らしながら笑い続けた老人は、紅潮した顔で咳き込みながらようやくまともに言葉を放った。

「気に入った!だが気に入った! なかなか年寄りの扱い方を心得ておるではないか!」

 

「良かろう、矢面に立ってやる。この年まで生き延びたこのわしの、一筋縄ではいかんところ、ハラルドとやらにもたっぷりと見せ付けてくれよう。手勢を割いても守る価値のある所領だと、信じたくなるようにな!」


 どうやら当たりを引けたらしい。俺は膝の力が抜けて危うく尻餅をつきそうになったが何とか踏みとどまった。


 その後ゴルム翁はすっかり元気付いてしまい、まだ議事が残っているにもかかわらず、しきりにエールの杯を要求し続け、縁者たちが必死で宥めなければならなかった。



 夜更け、ようやく会議を終えて長館を後にする男たちの列を少し離れて、俺はホルガーと、それにアルノルを加えた3人で木道の脇にたたずんでいた。


「トールがうまくやってくれてよかった。正直生きた心地がしなかったぞ」

気を張り続けて疲れたらしく、ため息をつくホルガー。その傍らで近くの木立に向かって、アルノルが小便をしている。


「結局俺の見せ場はあまり無かったな、つまらん」

背中越しに水音を立てながら嘯くアルノルに、俺もホルガーも苦笑する。

「まああれでよかったのだ。あの爺さんは目立ちたがりで派手好きだからな」


「俺の再従兄はとこなんだぜ、あの爺様」

と、アルノルが意外なことを言い出した。

「本当かよ」

そういえば彫りの深い顔の骨格や、眉の奥にくぼんだ灰色の目に、似たところがある。


「まあ先祖をたどればこの村、みんな血縁なんだがな」

「……いろいろと納得したよ」



ホルガーがまた大きく息をつき愚痴りだした。

「疲れた。今夜は心底疲れた。早く帰って母上に蜂蜜酒とミルクと平焼きパンを所望することにする。じゃあ俺はこれで」


 妙に情けない声で小さく「母上ー」と繰り返しながら小走りに駆け去る族長の姿に、俺とアルノルはげっそりとして顔を見合わせた。

「いいのか、あれ」

おどけた風の演技とかに一切見えなかったのがイヤだ。精神的に相当無理をしているだろうと想像はしていたのだが。

「……不安だが、まあ今のところは良かろう。……それはそうとして、だ」

アルノルが不意に真顔になる。

「お前、途中まで決闘する覚悟しかけてただろ」


 ギクリとする。なぜ判った。

「そんな不思議そうな顔をするな。目が時々、右腰のあたりへ向かって泳ぎかけてたぞ」

その位置には今も、インゴルフの青い斧が吊ってある。

 ついこの間、ヨルグに対して似たような観察を行っただけに我ながらうんざりした。他人を観察するのは簡単だが、自分の内心がばれないように振舞うのは難しいものだ。


「……参ったな」

これから腹芸を何ステージこなすか知れないというのに。


「そんなに判りやすくちゃあ、生きていけないぜ。それにトールは素直すぎる。もっと生きあがけ」

 つくづくもっともだ。何せ少しでも不名誉や不始末でストレスにあうと、たちどころに人生を放棄し、死を以って身の潔白を担保してお腹ざっくりしてしまう民族なのである。

「あんたの言うとおりだ。しかと気をつけよう」


「とはいえまあ、気をつけたところで、いずれ剣戟沙汰は降りかかってくる。少しでも練習しとく事だな」

「そうだな。今から始めて上達する自信も無いが、剣も少しは覚えたい」

ヘーゼビューとか言う、先般から話題の交易都市に行くことになるし、出来合いの剣でも探してみるか。



「使節団で航海する合間にでも、俺でよければ教えてやるよ。その代わりあれだ、お前この間言ってた何とかという変な数、もう少し判りやすく教えろ」

アルノルが微妙に身を乗り出してくる。とりあえず手を洗ってないのは確実なので触らないでほしい。

「ん、ああ、ええと……0(ゼロ)?」


「ああ、それそれ、そのゼェロだかヌレェだかいう変なやつ。どうも便利そうな気がするんだ」

「いいとも……あれは理解すると商売が捗るからな」

 南西ヨーロッパならそろそろイタリアあたりに、ラテン語訳されたアラビア数学の文献が入ってくるころか。


 立ち尽くしているのも億劫になり、二人後先になりながら歩き出す。フィヨルドを囲む切り立った岩山の上に、半分ほどかけた月が浮かんでいた。




「ヘーゼビューで貢物の水増し購入、王に謁見、アンスヘイム防衛の派兵取り付け。村の防備強化に、『敗残兵の』情報収集と。やることがヴァルハラの宴会並みに盛りだくさんでわくわくするな」


 喧々諤々の挙句に集会でようやく決まった行動プランを、億劫そうに再確認するアルノルだったが――



「忘れていた。問題がもう一つ」

俺は思わず立ち止まって額の辺りの髪を指でかき回した。脂染みているのがはっきりわかる。が、それはともかく。


「ハラルド王が直接この村を治めるわけじゃない。おそらく徴税や治安維持のための役人が、手勢を引き連れて赴任してくることになると思うんだ」

「そうすると……どうなる?」

 さすがのアルノルにもこれは予想がつかないらしい。官僚機構には縁が薄くて当然だ。


「そいつの人となり次第では、敗残兵以上にこの村の運命が左右される。特に……若い娘のいる家では対応に慎重にならざるを得ないだろう」

 もっと裕福な農村ならいざ知らず、アンスヘイムには都合よくあてがってご機嫌を取れる奴隷女はいないのだ。


「そいつは困るな、どうしたものか」

アルノルも月を見上げて思案顔になった。


 もちろん特に問題の無い、清廉な代官が派遣されてくる可能性もある。出来たばかりの王制ならそれなりにモラルの高さも期待できるかもしれない。しかし、困った人物が派遣されてきてからでは遅いのだ。



 月はやがて山陰に隠れ、松明が必要になった。ちょうど手近に靴職人のロルフの家が遅くまで工房の火を灯しており、俺たちはひとまず彼に火を借りるべく歩き出した。

 


いろいろと衝撃的なことを盛り込んでしまった気がしますが、これはこれで。さて、次回あたりでようやく本章のメインパートに移れるでしょうかね。二回続けてアクションなしの会話ばかり、退屈された向きには申し訳ないです。



どうぞお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ