勇者、来る。
あるはずのないダンジョンの転換期に備えて、門を警戒。実に不毛だ。
とはいえ、それを知っているのはダンジョン関係者のみ。冒険者ギルドとしてはいたって真面目にバリケードを築き上げ、ダンジョン入場に制限をかけつつ、入口の見張りやダンジョン内部の調査をしていた。
それぞれ少数でローテーションしているとはいえ、万一の事態に対応できるようにそれなりの腕の冒険者がそれなりの数だけ宿に泊まりに来ており、俺としては収入が増えてちょっと嬉しいことになってもいる。
で、今日も俺はCランク冒険者のゴゾーと2人で入口の見張りをすることになった。すっかり慣れたもんだ。
「変わったことって……ゼリーが出るようになったくらいだろ? 別に問題ないんじゃないか?」
「ケーマ、ゼリーなんて普段放置してるようなモンスターでも、ダンジョンで急に出るようになったら一大事だからな?」
「……なぁゴゾー。俺、寝ててもいい?」
「駄目だろケーマ、お前このダンジョン限定でCランクなんだろ。事情が変わったらCランク取り消されるかもしれないんだ、しっかり見張りしとけ」
だよなー。でも裏事情知ってる俺としては圧倒的に緊張感が足りない。緊張する必要が無いことを知ってしまってるからな。
「そういえば鍛冶屋の方ってどうなった?」
「カンタラか、そろそろ稼働できるんじゃないか? ケーマからもらった卵の殻、相当なレア素材だったんだってな」
「……ああ、そうなんだ? 元はハクさんからもらった奴だからなー」
不死鳥の卵の殻、確かに耐火性能高いもんな。どこで手に入れたとか聞かれても面倒だから、もうこれもハクさんの仕業にしてしまおう。ゴゾーも、「Aランク冒険者……さすがだな」と納得してくれたようだ。
あ、うちでも総不死鳥の卵殻オーブンとか無駄につくってみたりした。無駄にいい性能になって、家事大好きシルキー娘なキヌエさんが喜んでたね。ちょっとの火種でお肉がジューシーに焼けるんだって。気を抜くとすぐ焦げるらしいけど、そこが腕の見せ所だって張り切ってた。
「そんじゃ、炉ができたら包丁でも作ってもらおうか。キヌエさん専用に」
「お? あの薄緑の綺麗なねーちゃんへのプレゼントか! ケーマはてっきり幼女趣味だとばかり思ってたが、ちゃんと大きいのにも興味あったんだな! ガハハ!」
失敬な。俺は足フェチではあるがロリコンではない。足フェチではあるが。マスター権限つかって靴下をよこせとかもしていない真っ当な紳士だぞ。あの三人娘の足はどれも実においしそ……げふん。いい形してるので、俺が紳士じゃなかったら今頃大変なことになってるだろうよ。
「あのねーちゃんが宿の料理つくってるんだってな。あんな美味い料理作れる料理人の包丁ともなればカンタラも気合いが入るだろうさ」
「だといいけど。あ、包丁っていくらするんだ? 払えるかな」
「アイアンゴーレム1匹持ち込めば余裕で作ってもらえるだろ。なんなら手伝ってやってもいいぞ? ひとつ貸しでな。具体的には宿屋で酒を仕入れるようにしてくれ」
「そんなに酒が飲みたいのか……酔っ払いは問題多いから、宿で面倒見たくないんだ。ギルドの方に酒場作ってもらえよ」
「今から酒場作っても、いつ飲めるようになるかわからんだろ。そもそも酒場作るのに何日かかるんだよ」
「あー、じゃあ一晩で宿建てた魔法使いに、酒場も建ててもらえるように頼んでやるよ。金はかかるけどな」
「……ああ、いつのまにか増築してたな。このダンジョン『欲望の洞窟』7不思議だったぞ、それ」
なにその7不思議。初めて聞いたんだけど。
「ん? 知らないのか。お前も『働かないのに連泊してる冒険者』っていうことで入ってるぞ」
「おい、あと5つはなんだよ」
「『一晩で増築する宿屋』と『働かない冒険者』の他は、『Aランク冒険者が気に入っているパワースポット』、『幼女のオーナー』に、『温泉気持ちいい』、あと『幻のSランク定食』とか『働き者のゴーレム』だったかな?」
7不思議、全部うちの宿じゃねーか。つーか温泉気持ちいいって不思議じゃなくてただの感想じゃねーか。
「つーかケーマ、幼女オーナーによく夜這いされてるんだって? 幼女オーナーのヒモだからタダで連泊してるとかいう噂もあるぞ」
「おい、恐ろしいこと言うな、ハクさんに殺されるだろ。そういう事実は一切ないぞ!」
「うん? でもケーマ、お前も男なんだから溜まるもんがあるんじゃねーか?」
「生憎だったな、俺は睡眠欲特化なんだよ」
実際、ダンジョンマスターになったせいだろうか、エロい気分になることがあまりない。特にイチカを加入させたあたりからかな? それまではロクコやニクの足に欲情しそうになり結構必死に我慢もしてたんだが。まぁ今もつい目で追ってしまうが。
この調子で食欲も克服すれば、俺はひたすら惰眠むさぼり続けられるに違いない。
「ああ、そういえば犬耳の嬢ちゃんもいたな……ならそっちの心配ないのか?」
「そうそう、ニクもいるから心配ないさ」
幼女の前で発情するような変態じゃないからな、俺は。ニクが見張ってくれている以上、俺が変態になる事は無いだろう。だから心配ない。
「いや、でも犬耳の嬢ちゃんの負担が結構デカいんじゃねーか?」
「一緒に寝ないと拗ねるくらいだし、イヤってわけじゃないと思うぞ」
「……そうか、相当懐かれてるんだな。大事にしてやれよ?」
「当たり前だ」
そんな会話をしつつ、出てくるはずがないモンスターを警戒して見張りを続けた。
見張りで座っているだけとはいえ結構疲れるもので。俺は仕事が終わると部屋に戻り、すぐ寝る。しばらくそんな生活を繰り返していた。
で、それが終わったのが今日。1週間警戒していて何も変化が無かったので、おそらく大丈夫だろうという結論になり、入場制限も解除される運びとなった。
「……はぁ、これでようやくゆっくり休める……」
俺は宿の自分の部屋に戻る。疲れに身を任せ、オフトンに倒れこむ。……っはぁぁぁ、さて寝よう。
あ、『浄化』っと……うん、魔法って便利だわー。
「ケーマ、私のダンジョンができたわ!」
「おー、寝てからでいいか?」
「……睡眠と私のダンジョン、どっちが大事なの!」
「睡眠。……睡眠!」
「ぐっ、2回も言ったわね?! ふん、いいわよ、明日見せてあげるんだから。ビックリするわよ!」
当たり前だ、人間の三大欲求のひとつ、睡眠欲だぞ。寝る方が大切に決まってるじゃないか。
寝るッ! 俺は、寝てやるぞぉッ! スヤァ……
*
翌日の朝、バン! と俺の部屋の扉を勢いよく開けてロクコが入ってきた。
「ケーマ、朝よ! 起きなさい!」
「朝か……寝る時間だな……ぐぅ」
「ニンゲンは朝起きる時間でしょうに。って、それどころじゃないわ。勇者来たわよ、勇者!」
「勇者か。……うん、わかった、起きる。だからあと5分……」
「起きて?! 勇者来てるんだってば、今冒険者ギルド出張所に行ってるけどすぐこっちきちゃうから!」
バシバシと掛け布団越しに俺を叩くロクコ。別に痛くはないがうるさい。
しかたない、起きるか……勇者来てるらしいし。
「ふあぁぁ、はー、仕方ないな。で、勇者か。どれどれ」
俺はマップを開き、冒険者ギルド出張所を見る。DP収入で見ると……1日あたりなんと1千DPだった。これが勇者か、桁違いじゃないか。早く帰ってほしいのに長くいてほしいと思わせるとは、なんとも卑怯な奴め。
「……で、どうするのよ」
「どうもこうもない、宿に来たら、普通に宿の仕事をするしかないだろう。いつも通りにな」
空中に浮かぶメニューからモニターを開いて勇者本人の姿を確認する。
黒髪短髪の男。見た所アジア系、日本人だろう。異世界に召喚されて3年、俺よりだいぶ先輩ということになる。……それでも俺が見たら日本人だと分かる以上、俺も見られたら日本人とすぐバレてしまうだろう。
「俺はなるべく会わない方が良いだろうから、部屋で寝てるよ。普通の冒険者を迎えるのと同じようにすればいいだろう……飯のレシピとトランプの遊び方については昔の勇者が残した物をハクさんから貰ったということにして、調理はキヌエさんがしたものとする。以上、寝る。ロクコ、後は任せた」
「わ、わかったわ。基本的にはいつも通り、ね。任されたわ!」
あわただしくロクコは部屋を出て行った。……よし、二度寝しよう。
と、オフトンの中でうとうとし始めた時、またロクコがバーンと勢いをつけて扉を開けて入ってきた。
「大変よケーマ! 勇者がスイートルームに宿泊するって! ごはんもAランクだって!」
「……スイートルームはハクさん専用になってたけど、まぁ宿としては宿泊費貰ったら泊めないわけにはいかないな。……お子様ランチは……うん、まぁいいか。そのまま出してやれ」
「分かったわ、けど、さすがに一緒に食べるのはしなくていいわよね? あれはハク姉様限定サービスだものね」
「ん、そうだなー。じゃあ俺は勇者に会わないように部屋で寝てるから」
ロクコが出ていくのを見届けて、改めて俺は横になる。今度こそ二度寝しよう。
と、オフトンの中でうとうとし始めた時、またまたロクコがドカーンと勢いをつけて扉を破壊して入ってきた。
「た、大変よケーマ!」
「おい、扉。おい。扉蹴り壊すな。直すの俺なんだぞ」
「どうせすぐ直せるでしょ!」
「まぁすぐ直せるけどさ。……で、なんだよ。俺じゃないと対処できない事態になったか?」
俺がオフトンから出て扉を直しつつロクコに尋ねると、ロクコは思い出したように顔を真っ赤にして、内股で伏し目がちに――もじもじとしながら、言った。
「勇者に、ぷ、ぷぷぷ、プロポーズされちゃったんだけど! どっ、どうしたらいいと思う、ケーマ?」
…………はい?