罠
ダンジョンバトルの翌日、俺とイッテツは再び会っていた。
戦後処理の話についてだ。昨日は結局レドラを落ち着かせるからってことで話ができなかったしな。
「ハハハ、さすがケーマだァ、あれはゴーレムかァ? してやられたぜェ、クリスタルのゴーレム、それもあんな小さなヤツなんて初めて見たァ。完全に騙されたぜェ」
敗北を気にしていない様子でイッテツは笑う。
「まぁな。……卑怯だと思うか?」
「なァに、こういうのは気付かねェ方が悪いのさ、だろォ、ケーマ?」
「……まぁ、そうだな。特にこっちとしてはドラゴンに勝つ見込みが思いつかなかったからこうして闇討ちするような真似しかできなかったわけだが」
「ククク、ケーマならレドラを殺せる算段もあっただろォに、ありがとォなァ? 裏切者の89番の身内だが、ケーマなら味方になってやっていいぜェ。ついでに695番もなァ」
にやり、とトカゲ顔で分かりにくいが、イッテツは笑った。
「じゃあそういうわけで譲渡の時間だァ。……約束通り、洞窟分の道はくれてやらァ」
……ん?
「まて、約束はツィーア山の半分じゃなかったか?」
「あァ? そりゃオメェ、最下層のダンジョンコアにタッチした場合だろォ?」
「そうだ、だからあのクリスタルゴーレムでタッチしただろ?」
俺がそういうと、イッテツは言った。
「なにいってんだ? うちの最下層は51階層だぞォ?」
――やられた。
俺達がタッチしたのは50階層、ボス部屋の向こうにあるダンジョンコアだ。
そして最下層、51階層……ここには宝物庫だけで、ダンジョンコアは存在しなかった。
……つまり、最初から勝つ条件が無かったのだ。
「……おいイッテツ」
「ハハハ! こういうのは気付かねェ方が悪いのさ、だろォ、ケーマ?」
そしてついさっき俺が同意したばかりの言葉をわざわざ繰り返して言うイッテツ。
……そうか、それでこの交渉も昨日の内じゃなくて今日に持ち越させたんだな?
たとえ今から勝利条件を満たす案を思いついたとしても、既にダンジョンバトルは時間切れで終了している。早く終わってよかった、と俺がぐっすり寝ている間に、だ。
「まァお互い様ってことだァ、ククク」
こいつ、ただチョロイだけのサラマンダーかと思ってたのに……やり手じゃねぇか。
今回は引き分けってことを認めてやろう。……ああ、今後とも、実にいい付き合いができそうだ。
「……ところで、ダンジョンの道を空けるのにどうして50万DPもかかるんだ? そもそも解放するだけだろ、極端な話、1DPもかからないんじゃないか?」
「あァ。あそこはなァ、ツィーア山の中央っつーかァ、コア? があってなァ。それをぶっ潰すと火山じゃなくなっちまうんだァ。で、別の場所に作り直すのに45万DPかかるってワケだァ。あとは通路とかの作り直しだなァ……はァ、もっと安く済めばいいんだがなァ」
「……移動はできないのか? 上なり下なり左右なりにどかせばいいだろ」
そういうと、イッテツは目を見開いた。
「…………おォ?! 移動とは思いつかなかったァ!!」
おい、やり手なのか馬鹿なのかハッキリしろよこのチョロマンダー。
*
で、そんなわけでツィーア山を貫通するトンネルが開通した。
名付けてツィーア山貫通トンネル……と、そのまんまだな。直線のトンネルだが、地味に長いため徒歩で数時間かかる。もっとも、トンネルを使わなければ数日かかるのだから数時間というのはとても早い。
さらに言うと、朝から出てツィーア山の宿で一泊すると丁度いいだろう。
結局格安で済んだということもあり、不死鳥の卵を孵す手伝いをしてもらう約束をした。隣人との仲がいいのは実にいいことだな。
レッドドラゴンのブレスで孵る不死鳥……実に楽しみである。結局ダンジョンバトルではブレスがすこしかかった程度だったもんな。孵らなかったし。もうすこしで孵りそうな気配はするけど。
と、それはおいておく。
トンネルを通ってツィーア山をはさんで反対側にやって来てみたが、海が見えて、ほんのりと潮の香りが漂ってくる気さえする。これが空気が違う、ってやつなんだろうな。
近くに高台になっている丘があり、そこから見下ろす。眼下には港町があることが見てとれた。
確かパヴェーラといったか。イチカの出身地らしい。
……魚、こっちの世界でも同じ感じなんだろうか。そうだ、トンネル開通記念に今日の晩飯はお刺身定食にしよう。
イチカもちょっとくらい里帰りさせてみてもいいかもしれないな。奴隷になってるのでなんか言われそうだけど。
「いやぁ……いい景色ねー」
いつのまにか隣に来ていたロクコが吹き上がる風に金髪をなびかせつつ言った。
「そうだな。……ロクコは海見るの初めてか?」
「うん。話には聞いたことあったけど……ダンジョンコアの集会はそういうの関係ない所だしねぇ」
ダンジョンコアの集会っていうのは未だによくわからないが、それ以外はずっとあの小さな洞窟に引き籠っていたのだ。ずっと1人で。……ま、今は俺たちがいるけどな。
これからはもう少し世界を広げていってもいいかな。……もっとダンジョンが軌道に乗って、なにもしなくていいようになったらロクコ連れて人里に行ってみるのもいいかもしれない。
「今回はしてやられちゃったわね」
「ぐ……いや、うん、確かに……まさかイッテツがあんな手をつかってくるとはなぁ」
「完全に舐めてた罰ってやつねー。私もびっくりよ、ケーマ絶対勝ったと思ったもん」
完全勝利できなかった上にこちらの切り札まで知られてしまった。5階層を突破したからルール上は勝てたが、俺にとっては殆ど負けたようなものだ。
「でも、ツィーア山の半分は貰い損ねちゃったけど、これだけでも十分ね。どーせケーマならなんとかなるでしょ?」
「そうだな。別に山にこだわる必要もないんだ」
前も言ったが、山がダメなら平野に伸びて行けばいい。
いくらでも道はある。
道、うん……トンネルで通行料を取る仕掛けを本格的に考えておこう。トンネル入るときに重量でいくら、とか取るか?
ゴーレムでバネばかりを作って……っと、今はそれはいいか。
「それでこのトンネルでもっとダンジョンがすごくなるのよね?」
「ああ、なんたって不労所得が手に入るようになるからな!」
なんにせよトンネルの開通だ。ついにこのダンジョンに不労所得な収入源が手に入る。
不労所得。ああ、良い響きだ。いままで俺はなんだかんだでダンジョンの運営で宿を作ったり、そこで働いたり、ダンジョンの設計やアイテム・モンスターの配置とかで働いていたからな。
一方このトンネルは、1回開通してしまえばあとは働かずに寝て過ごせる。たまに通行料を数えるくらいでいいのだ。
「フローショトクってのはなんかよくわからないけどきっと凄いのね!」
「ああ、すごいぞ。とってもな!」
ビバ不労所得。さよなら労働、こんにちは働かないで収入がある生活。
俺、これからは日がな一日ずーっと寝て過ごすんだ。
――たまらないね!
(あ? トンネルの通行料だけでダンジョンがやっていけると思っているのか? 次回、ちょっと時間経過して新章です。)