第二次ダンジョンバトル、ボス戦2、決着。
レッドミノタウロスに案内されて階段へ歩を進めていくゴーレム兵団。
妨害することなくそれを遠巻きに見ているレッドリザードやフレイムハウンド。
実にシュールである。
『レドラがやる気だァ、案内してやるから早く来いよォ?』
と言われたときは正気かと疑うレベルだった。絶対命令権かなにかのせいで正気じゃないのかもしれない。
おとなしくついていくと本当に階段があり、しかも新しく階段だけ作ったのかそこだけ直通で下の方まで続いていった。これはダンジョンの階段というよりマンションの階段っぽいな……おおよそ1時間で49階層までを突破。大盤振る舞いにも程がある。
水浸しにされるよりいいってことらしいけど。
……残り時間はまだ半日以上ある。その間レドラがずっと戦うつもりか。
レッドドラゴン、あの火力で1日以上継戦能力があるらしい。ブレスも溜めこそ必要だが無制限で撃てるとかチートすぎるだろレッドドラゴン。
尚、俺のドラゴン知識はロクコ仕込みだ。ロクコ曰く、
「レッドドラゴンはドラゴンの中でも特にブレス、物理による攻撃力に特化してるの! ハク姉様のホワイトドラゴンは万能型だからそこだけなら負けるかもしれないわね。でもでも、ハク姉様のホワイトドラゴンは……」
と、ロクコは余計な話もつけてその無駄に有り余るドラゴン知識を披露してくれた。ハクさんに憧れてドラゴンを召喚するのを夢見て、ハクに聞いて知識だけ仕入れたらしい。
そんなに好きなら10万DPでドラゴン呼べばよかったのに……え? せっかくだから亜龍じゃなくて強くて最強なドラゴン呼びたいって? ハハハこやつめ、DPいくらかかると思ってんだ。
「で、弱点は?」
「逆鱗っていうの触るとヤバいらしいわ! 大変なことになるんだって」
ドヤ顔でいうロクコ。……それ触っちゃアカンやつや。
結局、弱点についてはよくわからないままだった。ハクさんの「光り物が大好き」という情報が一番役に立ってるな。さすがハクさん、うちのダンジョンの福の神。
「……ねぇ、ボス部屋まで行けるのはいいんだけど、結局ドラゴンはどうするの? 倒せる?」
「正直勝てる気はしないな。っていうか、ドラゴンに勝つ必要はない」
「えっ? じゃあどうするのよ」
「……切り札があるのを忘れてないか? あいつ、ボス部屋より下の階層にいるぞ。ついでに言うと今は取引の結果すべての扉の鍵……宝物庫の鍵も開けっ放しだから、あとは、分かるな?」
『切り札』というのは、使ってこそ『切り札』なのだ。使わなければ『余裕』だけど。
こうして完全勝利が約束された2回目のドラゴン戦が幕を開けた。
*
「ガァアァアアアアアア!!!」
レッドドラゴンがその力を存分に振るうべく、十分な広さと強度のあるボス部屋。
中央でレドラはブレスを吹きながら首をゆっくり横に動かす。
それだけで、レドラを囲む十数体の武装ゴーレムたちが半壊する。もっとも、その壊された分もすぐに補充されるのだが。
「カッカッカッ! いいねぇいいねぇッ、こういうの待ってたんだよッ!」
レドラは上機嫌に笑った。笑いながら尻尾を振るうと、後ろにいたゴーレムの手足がバラバラになって吹っ飛び、壁に当たってさらに砕けた。
部屋の床がブレスで溶けてマグマ状になってはいたが、これはイッテツがすぐに修復した。
「さぁ、踊って踊って踊り明かそうッ!」
ゴーレムの貯蔵が尽きるか、制限時間が尽きるか……どちらにせよレドラが力尽きるということは考えられなかった。少なくとも、1日は全力で戦える。レッドドラゴンは火をつかさどる特性上から非常に熱に強く、他のドラゴンでは喉や口内が焼けてしまうような、本気の高温ブレスでも好きなだけ吐けるのだ。
戦闘させたら最強。
それがドラゴン……とくに、レッドドラゴンという存在だった。
故に、挑戦する者もここ数年を通して数人しかおらず、こうして羽を伸ばして戦うのは久しぶりだった。その気になればこっちから適当な国に攻め入ればいくらでも戦えるのだが、弱い者イジメはレドラの趣味ではなかった。それにダンジョンマスターという仕事とイッテツという旦那がいることもあり、ツィーア山からあまり離れるのも憚られた。
だからこうして、ゴーレムとはいえ果敢に自分に挑んでくる敵を薙ぎ払うのはとても楽しい。楽しくて仕方なかった。
しかもゴーレムたちが持つ武器はどうやら魔剣のようで、レドラ自慢の鱗にも傷をつけられる。それが山ほどいて、かつ連携をとってダメージを重ねてくる。気を付けて受ければくすぐったい程度だが、気を抜けばちゃんとダメージが通るのだ。
それがいい。ちゃんと『敵』として対峙できる。
「くぅ~ッ、たまらないねッ! まだ数は大丈夫かいッ?! あとどれだけアタイを楽しませてくれるッ?!」
これだけの量の武具をゴーレムに装備させるほど揃えるのは、かなりのDPが掛かるだろう。だからレドラはこの楽しみの在庫がどれだけあるのかだけ心配していた。
そしてそんな中、新しいゴーレムが現れた。その手にはスイカくらいの大きさの卵。……なんのつもりだろうか? とレドラは考える。
「差し入れかいッ? 焼き卵にしてやるよッ!」
ゴォウ! と灼熱のブレスが卵を持つゴーレムに襲い掛かる。
が、ゴーレムは溶けなかった。いや、正確には周りのゴーレムと、石の鎧兜は溶けたのだが、卵と卵を持ったゴーレム本体は無事だったのだ。
「……なんだッ?! 見たことないゴーレム……ッ?」
白っぽいような、黄色っぽいような……卵と同じ色なのか。鎧兜が剥がれた今、卵は保護色のように見えにくくなっている。
「まぁ、だからどうしたって話だけどねッ!」
今度は爪が襲い掛かる。これにはさすがのゴーレムも粉々に粉砕された……が、卵は、粉砕される前に投げられていた。
狙いはレドラの口。ブレスを吐いた直後の吸気をしている最中で、大きく開かれていたそこに、見事狙いすましたように卵が放り込まれた。
「おぐっ?!」
思わず卵を飲み込むレドラ。
だが、その卵は喉の途中でぴたっと止まる。
「ムグッ?!……ッ!」
まるで手足が生えたかのように、レッドドラゴンの喉でその卵は止まっていた。
(な、なんだ、コレッ?!)
完全に気道がふさがったわけではない。大きいとはいえ卵ひとつでそんなことになるほどレッドドラゴンの喉は小さくない。
だが、少し息苦しい。と、そんなことを考えていたら卵がのどの中を這い回り、吸う息の流れに乗って食道とは別の……ブレスを撃つ器官、肺に到達してしまった。
「う、げぇ、きもち、悪ッ……い、いったいなんッ……イぎぃッ?!」
ざくり――卵から、刃が生え、肺に刺さった。
「ガッ、あ、ガハッ?!」
ここ百年以上感じることのなかった『痛み』と『苦しみ』にのたうち回るレドラ。ドラゴンの強靭な体とはいえ、鱗も無い、体の内側を攻撃されてはダメージ処の話ではない。胃袋だけが特殊なのだ、そもそも肺にはモノが入るということは想定されていない。ゲホ、と血と共に苦し紛れのブレスを吐きだし、その勢いで卵も体外へ排出された。
「ぐ、げふ、……な、なんだ一体……ッ」
冒険者を丸呑みにして、体内から攻撃されたことはある。
その時は……これほど痛くなかったはずだ。そもそも剣や鎧を飲み込んでも普通に消化できるのがドラゴンだ。たかが剣で刺されたところで、ドラゴンの胃袋はビクともしない。
「いまのがイッテツの言ってた『何か』ってヤツか……ッ ぐ、ペッ!」
肺に溜まった血を吐き出す。すでに傷は塞がっている。ドラゴンの生命力のなせる業だった。
「けどもう無いだろう……ッ?!」
だが見ると、レドラを囲む十数体のゴーレムが、ひとつずつ卵を持っていた。…………さすがのレドラも、これには血の気が引く思いだった。
「ッ、う、うあッ――――?!」
すぐさまゴーレムごと卵を破壊する。口の中に放り込まれないよう、ブレスを我慢して、息を止めて口を閉じたまま。ゴーレムと、卵をすべて破壊したところで、ぷはぁ、と息を吸う。
……次のゴーレムが補充されない。
「は、はは、なんだ、さっきのでオシマイか……」
なんてことはなかったな、とレドラは羽の力を抜く。
視線をなんとなく地面へやると、そこには卵がひとつ落ちていた。……壊し損ねたか?
「ッ!」
べちん! と尻尾で下敷きにして潰す。これで今度こそ――
――と、一息つくレドラの目の前で、光の粒が集まり、卵が復活した。
「なッ?! なんだコイツ……!!」
ガシュ、と爪で破壊する。が、数秒するとまた復活。
「ヒッ?!」
と同時にまた潰す。復活。潰す。復活。潰す。復活……
「なんだッ?! これ、なんだって言うんだよおッ?! うわあああッ!」
レドラは半狂乱になりつつも、復活し続ける卵を攻撃し続けた。
*
「よし、今がチャンスだ」
レドラがすっかり卵の虜(意味深)になったので、この隙にクリスタルゴーレムを起動し、ダンジョンコアを探すとする。どのタイミングで敵性反応が出るのかは分からないが。
「ねぇケーマ。あれ私の『不死鳥の卵』よね……?」
「大丈夫、見ての通りいくらでも復活する」
ちなみに不死鳥の卵の殻を集めてつくった卵の殻ゴーレムだが、当然ながら復活とかいう機能はついていない。が、そこは火の中で育つ不死鳥の卵、実験したところ、テルミット反応(金属酸化物とアルミニウムの粉末を混合したものに点火することで3千度という高熱を発生させる化学反応)にすら余裕で耐える耐熱性を見せてくれた。焦げ目すらつかなかった。
で、こうしちゃおれんと作ったよ、全自動卵割りゴーレム。
それでも量があまりとれず、中抜きした節約ゴーレム1体分と、卵型ゴーレムの分が限度だった。
そして今回の戦略だが、卵攻めである。
初めは一寸法師作戦を考えていたのだが、どうにも胃袋はあらゆる意味で頑丈らしくダメージをまるで期待できない。そこで対象を胃袋から肺にシフトした。
卵型ゴーレムはそれぞれ手足内蔵で、肺を目指して同じく内蔵の魔剣ゴーレムでガリっとやってしまえと命令してあった。あと体外に出る場合は当然手足を隠すようにと。
しかし、卵ゴーレムは軽い。本気でドラゴンが息を吐けばすぐ吹き飛ばされてしまう。
そこで、軽くトラウマを植え付け、復活し続ける不死鳥の卵を延々攻撃してもらうことにした。肺への攻撃を行った後、再度卵型ゴーレムと、1つだけ本物の不死鳥の卵を持たせたゴーレムで取り囲み、慌ててないようなら再度口の中に卵ゴーレムをぶち込み、トラウマを刷り込むつもりだった。……結果は見ての通り。
「えげつない」
「そりゃどーも」
感想を聞く前にロクコから感想をいただいた。
けど実際、肺で爆発とかして下手に殺したりしようもんならきっとものすごく気まずい。復讐とかされたら絶対に嫌だし、お隣さんと仲良くしておくのも安眠には必要なことだ。壁ドンされたら静かに眠れないもんな。
というわけで、死なない程度に行動不能にしたというわけだ。
「っと、ダンジョンコアはどこかなーっと……」
クリスタルゴーレムを操り、宝物庫から出てきょろきょろと辺りを見回す。
他の部屋どころかボス部屋のある50階層に通じる上り階段しかない。
そういえばハクさんも、『白の試練』では5階層のボス部屋の向こうにコアが置いてあったっけ。と、1段1段階段を上っていく。
すると、そこに扉が閉まったままのボス部屋と、白く淡く光るダンジョンコアがあった。なるほど、ボス部屋からダンジョンコア、ダンジョンコアからさらに奥に宝物庫って配置なんだな。あわよくばコアをスルーして宝物庫行ってくれる感じで。
……立派な台座だな。だが、この高さならクリスタルゴーレムでも登れる。串程の小さな剣をピッケルのように台座に突き刺し、登っていく。そして――
『おい、レドラ、しっかりしろォ! おい、お……おいィ?! なんだこいつはァ?!』
「タッチ、っと」
切り札による、ダンジョンコアへのタッチに成功した。
次回、戦後処理したらこの章はおしまいです。