開通?
ロクコがチップでもらったDPについては俺は関与しないでロクコの自由にさせることにした。……もし俺がロクコへのチップを使ってハクさんの不興を買ったらシャレにならんからな。
「ちなみにどのくらい貰ったんだ?」
「…………10万DPくらい」
……やっぱり少しくらい貰ってもいいんじゃないかな。心が揺れる。
宿の金としてもらった金貨は65枚。DPから変換するには65万DPかかり、DPに戻すなら6万5千DPになる。こちらもまた大量に貰ってるので、ロクコの分はおとなしく諦めとこう。
ただしロクコがダンジョンのために使いたいというのなら吝かではないけど。
いざとなったら貸してもらおう、そうしよう。
で、不死鳥の卵なんだけど、
「――ところで、本当に卵の状態でも復活するのか試してみないの?」
というロクコの提案に乗っかって、松明で炙る前に割ってみることにした。
…………時に、ホビロンというベトナム料理をご存じだろうか。
アヒルのゆで卵、の一種だ。
ただしそのゆで卵の中身は孵りかけのヒヨコ一歩手前のものである。ゲテモノ料理に分類されるのだ。
いやぁ、なんだか不思議だよね、卵も鶏肉もゲテモノじゃないのにその中間はゲテモノなんだから、ハハハ。
現実逃避はさておき、不死鳥の卵はなんかそんな感じだった。
ちょっと夢に出てきそうで嫌だなぁ……
で、そのあとグロ注意な本体が燃え尽き、光の粒子が集まるようにしてその場で卵として復活した。
尚、手元には殻が残ったままだった。別段小さくなったとかそういう感じもしない。
ハクさん曰く、周囲のマナを強制的にかき集めて復活しているらしい。
念のためもう一度だけ確認する。…………うん、燃え尽きてから復活まで1秒未満だな、早い。そしてグロい。
「で、今のがハク姉様が言ってた食べたらおいしいやつなの?」
「…………ロクコって結構メンタル面強いよね。尊敬するよ」
「え? あ、うん、ありがとう?」
とりあえずホビロン……ではなく、不死鳥の卵は『孵すには火の中』ということなので、ダンジョンの照明に使われている『なぜか燃え尽きない不思議な松明』で炙っておくことにした。適当に扱っても大丈夫なのは楽でいいな。落として割れても復活したし。
不死鳥の卵だし、殻も薬か何かの素材になりそうだけどな……お宝として捧げても0DPだったけど。ポイント入るなら何度でも割ってたところだけど。その場合全自動で卵を割り続けるゴーレムとか作ってたと思う。
尚、今の状態だと齧った時点で燃えるだろうので、イチカに見せる(≒食べさせる)のはやめておいた。
あと卵のまま踏み潰してもちゃんと復活した。やっぱりDPは入らなかったけど。
*
のんびりとフラグのことも忘れつつ数日後。
地味ぃーにEランクの冒険者が2組、ダンジョン攻略にきて宿に泊まり、1フロア目でゴブリンを狩って探索をしていた。かなり罠を警戒しているため、攻略はかなり遅い。
そんな中、いつもの通りニクを抱き枕に寝てたら、ロクコが飛び込んできた。
「大変よケーマ! トンネル、貫通したわ!」
「ふお? ついにか……ってちょっとまて、これ、山の外に出てないぞ」
「だ、だからこうして寝てるとこを起こしてるんじゃないのっ!」
確かにロクコはいままで俺が寝ているところを起こしたことはない。これが初めてだ。実際、緊急事態が発生しない限り起こすなって言ってあったのを律儀に守ってくれていた。
ダンジョンのマップを見ると、どこかの空洞を掘り当てていた。
メニューから直接見れるモニターを開くと、そこには赤い洞窟が広がっていた。
「なぁ、ロクコ……これって……」
「…………うちのじゃないダンジョンみたいね。どうする?」
恐らくそこは『火焔窟』。中型犬サイズのレッドリザードが一匹、赤い舌をちろちろさせていたからまず間違いないだろう。ん、やばいゴーレムと目が合った。
「撤退! 穴は塞げ!」
「壁作るのにDPつかうわね!」
あ、すいませんでしたー、と言わんばかりにゴーレムを一歩引かせて壁を出現させる。
同時にレッドリザードはこちらに向かって突進を開始。……ギリギリで壁が間に合った。
壁がドン! ドン! と叩かれ始める。
「……危ない危ない、もう一歩遅かったら戦闘始まってたな」
「ケーマ。今のは私から見ても戦闘開始してたと思うんだけど」
そうだね、戦闘開始したけど回避したもんな。壁もいつ破られてもおかしくない。
「時間稼ぎしている間に迎撃準備だ。通路に罠を配置っと」
「『底なし沼』と『槍天井』ね」
罠を設置してゴーレムを迎撃装備に換装したところで壁が破られて、レッドリザードが飛び込んでくる。だがそのまま『底なし沼』にハマるレッドリザード。しかしこのトカゲ、じゅぅう、と湯気が出つつも全く気にせず勢いに任せて突破しようとしてきた。
それをゴーレムで押さえつつ、上から『槍天井』を落とし、串刺しにして沼に沈める。うん、今度こそ沈黙したな。
「……よし、壁を補修して無かったことにしよう」
「そ、そうねっ」
壁を再配置し、5mほどダンジョン支配から解除して天井を崩す。
これで大丈夫だろ。…………って、んなわけなかった。
崩落させた通路の向こうからゴボォ!と炎が噴いて、赤い、先ほどのレッドリザードより大きな、馬車がすれ違えることを想定した広い通路のちょうど半分……馬車サイズの、赤く火を纏ったトカゲが突き抜けてきた。
ついでに言うと『底なし沼』は乾燥し、『槍天井』は炎で吹っ飛ばされ、ゴーレムは轢き潰された。
『うおォオオァアア! どこのモンじゃァアアア!!』
サラマンダー。
……あれ、もしかしてダンジョンコア本人ですかね?
ドスの利いた低い男声だった。
とりあえず、出迎えることにした。
通路内はダンジョンなので、相手がコアだとすればメニューの通話機能でこちらの声を届けることができる。ダンジョンバトルの時に使ってた機能の通常版だ。それをつかって呼びかける。
「止まれ! 第112番ダンジョンコア!」
『おおううう?! 何じゃ貴様、俺のことを知っとるんかァアアアア?! ……ん? なんじゃァ、よく見たらここダンジョンじゃねェかァ! 誰だ貴様ァ!!』
名前を呼ぶと、急ブレーキをかけて止まるサラマンダー。
うん、ダンジョンコアで合っていたようだ。
「ひっ?! ひゃ、112番っ……なっ、なによっ! 何の用よ!」
『この貧弱そうな声ェ、695番かァ! それはこっちのセリフじゃアアア! いきなりウチのダンジョンに横穴あけるたァどういう了見じゃアアア?!』
「それについては俺から説明しよう。不幸な事故だ、すまない、謝罪しよう」
『お、おう?! 素直じゃねーかァ! 貴様、あれかァ、ダンジョンマスターかァ?! 顔を見せエ!』
とりあえずこちらがダンジョンコアとマスターだと分かっているのであれば、いきなり殺されることはないはずだが、万一を考えてゴーレムを出す。
『ああ?! 貴様がダンジョンマスターかァ! って、ゴーレムじゃねーかァ!』
「そうだ、すまないな、こちらとしてもそっちのダンジョンに侵攻する気はなかったんだが」
『殺しはしねェから本体を出せェ! 695番はニンゲン型だっただろ、ゴーレムがマスターなわけ……ん? いや、ゴーレムもニンゲン型だからかァ? いやいや、ゴーレムは馬鹿だからマスターにはなれねェ!』
一瞬騙せるかとおもったけど、だめだったようだ。
なんとか話し合いは通じそうだが……いきなりゴーレムを破壊しにかからなかったところから見ても、問答無用に殺されることはないだろう。
危なそうならロクコの判断ですぐに回収してもらえるようにしておく。
そして、意を決して出ていくことにした。徒歩で。こればっかりは侵入者がいるせいで現地に転送できないんだから仕方ない。
何もないただ長いだけの通路だったが、だいぶ進まれていて、あと100mもすればこちら側の出口、元ゴブリン部屋といったところだったので、わりとすぐに行くことができた。
「……で、この落とし前どうする気じゃァア?!」
サラマンダーがわめく。いや、実際こっちが悪いんだけどね。
一応、ダンジョンコアから直接モンスターが出せるように、ダンジョンマスターもダンジョン内かつ直接であれば罠や設備を設置することもできる。射程は半径5mくらいだから油断したら死ぬけど。
「そうだな、謝罪しよう。具体的には……穴はこちらで塞いでおく。それと……そうだな、『土下座』を知っているか?」
「……お、おう? 『ドゲザ』か、知っているぞォ、『セイザ』して頭を下げるやつだなァ! それをするのかァ?」
「ああ、知ってるなら話は早い。それをさらに上回る、『土下寝』という謝罪は?」
「ほゥ、それは初めて聞くなァ。どういう謝罪だァ?」
あ、これは言いくるめられそうだ。
別段、頭を下げるくらいどうってことないんだけど、単に舐められるのも後々問題になりそうだし、せっかくだから言いくるめてみよう。
ある意味喧嘩を売るようなものだが、こっちはハクさんから情報を聞いて対『火焔窟』準備を進めている。今は時間稼ぎができればいいのだ。
「『土下座』は頭を下げることで謝罪を見せるものだが、『土下寝』は身体全てを下げることで謝罪をするんだ」
俺は適当な説明をしながら洞窟の地面に布団を敷いた。
「おいィ、それは何をしているんだァ?」
「ん? 『土下寝』の準備だ。 準備に手間がかかる丁寧な謝罪だということだ。料理だって下準備が多くかかる方が丁寧だろう?」
「料理ィ? なんか分からん!」
「……獲物をしとめるのにより多く罠を準備する、っていうのが下準備だっていえば分かるか?」
「なるほど! 分かったァ」
そして俺は布団に入る。そして言い放つ。
「これが『土下寝』だ!」
「お、おお! 確かに頭どころか体がすべて下がってるなァ……」
サラマンダーの方をちらっと見ると、慄いていた。信じているようだ。
こいつ――ちょろい。
俺はさらに一押しすることにした。
「俺はこれをこれからこの『土下寝』を7日間、毎日5時間……いや、8時間続けてやろう」
「な、何?! 8時間だとォ!」
「不十分なのか?! なら12時間だ! 12時間、つまり1日の半分をこの姿勢で過ごす! それでどうか許してほしい……」
「わ、わかったァ! くっ、仕方ない。そこまでされては許さぬわけにはいかない、かァ……フッ、695番のマスターだというからどんな奴かと思ってみれば、なかなか筋の通った漢じゃねェかァ……! だが、自分で言ったことだァ。7日間、毎日12時間……ちゃんとやり通すんだぞォ?! いいなァ!!」
「ああ。分かっている」
そしてサラマンダーは満足したのか帰って行った。
……次に来るのはいつになるのか知らんが、それまではこの『土下寝』を続けてやろうじゃないか、俺の部屋で。