ダンジョンバトルとな…?
「ダンジョンバトル……とは?」
「ダンジョン同士で侵略し合う、そうね、競技よ。入口を時空魔法でつなげ合って、お互いの手勢を直接ダンジョンに送り込んで、先にダンジョンコアにタッチした方が勝ち。簡単よ?」
時空魔法とかはさておき、確かにルールは簡単である。
ただし、「歴史ある帝都の老舗ダンジョン『白の迷宮』」と、この「初心者御用達ゴブリンしか出ない安全ダンジョン『ただの洞窟』(ダンジョンコア見学ツアーあり)」では全くもって話にならない。格が違いすぎる。勝ち目など小数点以下でもあればいいところだ。
「ああ、そこはもちろん手加減するわよ。こちらのダンジョンは百年単位で踏破者の居ない高難易度ダンジョンで、派生ダンジョンだっていくつもある超大型ダンジョンだもの」
もちろんそれにハクさんも気づいているようで、追加の条件が加えられる。
「……そうね、支度金に10万DPを貸出し。こちらも新しく『ただの洞窟』と同じ条件の派生ダンジョンを創って、同じく10万DPで準備を整えるわ。そこにダミーコアを設置するから、それにタッチしたらあなたの勝ち。……どう?」
「……DPの貸出しなんてできるんですか?」
「できるわよ。だからダンジョンバトルなんて競技ができたといっても過言ではないわけだし……ああ、そうね、そちらが勝った場合、この10万DPは返さなくていいし、さらに賞金として10万DPを譲渡しましょう」
なんかだいぶこちらに有利とも思える条件だ。
「……で、ハクさんが勝ったら?」
「貸し出した10万DPを返済してもらうわ、身体でね。……ああ、イヤらしい意味じゃないわよ? うちのダンジョンで冒険者をやるの。10万DP稼いで私に差し出すまで、働いてもらいましょう。あなたの返済が終わるまでは695番ちゃんは私が責任をもって保護すると誓いましょう。こんな好条件、普通あり得ないんだからもちろんやるわよね?」
たしかに好条件だ。
いきなり10万DPが手元に入り、ダンジョンを好きに作れて、要塞化できる。
だが、思い出してほしい。
ゴブリン1匹20DPだが、これを実際ダンジョン内で倒すと2DP還元される、というレートなのだ。つまり、たとえばモンスターだけで10万DPを稼ぐとなれば、ゴブリンで5万匹、最低ランクのドラゴン10万DPを10匹倒さなければいけないのだ。いったいどれだけの時間がかかるのか。
……いや、まて。そうじゃない。そもそもダンジョン内でモンスターを倒して「DPを差し出した」事になるのかどうか。むしろ、折角のモンスターを破壊した、という理由で借金が増えかねないのだ。
そうみれば、仮にモンスターを1匹も倒さずにアイテムだけを狙っても同じことだ。そのアイテムは、ハクさんがDPを使って設置してあるアイテムなのだからハクさんがそれを認めないといってしまえばそれまでなのだ。
なにせ、本当の意味でDPを稼げるのはダンジョンマスターとダンジョンコアだけなのだから。
「……冒険者として10万DP稼ぐ、というのは、大変ですね」
「あら、そんなつもりなかったのに。じゃあ10万DP相当の戦果、でいいわよ」
「……モンスターに代わってPKしろと? ベテラン冒険者が集る『白の迷宮』で?」
「ふふ、新人が潜るための派生ダンジョンもあるわよ?」
くすくす、と楽しそうにハクさんはほほ笑む。
まったく油断ならないな、この人……人じゃなくてダンジョンコアか。
「わかったわ。派生ダンジョンを含む『白の迷宮』で、DPをあなたが冒険者として消費することで返済に換える、でいいわよ。それならどうかしら?」
「それなら許容できる内容ですが……それでハクさんにメリットあるんですか?」
それだと例えば『白の迷宮』で『ヒーリングのスクロール(10万DP)』を見つけて自分に使えば、それで達成ということになる。
「一応DPを冒険者に使うことでマナの循環をさせているって言い訳になる、ていうのが建前ね。一番のメリットは……あなたが冒険者をしている間、695番ちゃんを同意のもとに保護できるでしょう? ……ダンジョンの入り口を埋め立てて誰も入れないようにして安全を確保し、帝都で面倒をみる……なんて普通に言ってもあの子は承知しないからね」
なるほどな。ロクコの安全を確保できるとなれば、十分なメリットなんだろう。
「……受けてもらうわよ。本当に695番ちゃんを守れるだけのマスターになれるのか、実技試験ってところね」
もっとも、拒否権は無さそうだ。
*
「というわけで695番ちゃん。ダンジョンバトルやることになったから」
「えっ、ダンジョンバトルってなんですか89番姉さま」
そっからかい! と、俺とハクさんはロクコに説明してやった。
「へぇ、面白そう」
「まぁ、勝負だからDPを賭けたりするのだけどね。今回はDP貸してあげるわ」
「えっ、DPって受け渡しできるんですか?!」
それも知らなかったのか。俺がさっきまで知らなかったのとはワケが違うぞおい。
そういえばどうやればDPを受け渡せるのか……
「その、695番ちゃんが知らないのも無理ないわ、機会がなかったものね。DPの受け渡しの方法なんだけど……え、えーっと、き、キッスする必要があるのよ? むちゅーっと!」
「そうなんですか? クロウェさん」
「いえ、握手でも十分だったかと記憶しています」
すかさず執事に確認すると、ばっちりと答えが返ってきた。
「……695番ちゃん初めてだし、10万DPを受け渡すから、失敗や漏れが無いようにキスで受け渡す必要があるのよ。初めてだと失敗しやすいし、確実な方法がいいでしょう……?」
そりゃまた苦しい言い訳を……
「じゅっ 10万DP?! そんな沢山いただけません!」
「貸すだけよ? それに、ダンジョンバトルって準備も含めたらそれくらいかかるものなの。お互いDPを使い潰しての競技だから、695番ちゃんのダンジョンにDPがない状態だとお互いつまらないでしょう? つまり私からのハンデってこと」
「う、うう……」
「負けたら返さなきゃいけない取り決めだから、いわば借りるだけだ。遠慮なく受け取っておけ。やり方はハクさんのやりかたをしっかり聞くんだぞ」
「……うー、分かったわ。じゃあ遠慮なくいただきます、89番姉さま」
っと、そういえばこういう、『遠慮なく受け取っておけ』とかいうのも、今まで意識してなかったけど絶対命令権の対象に入るのか。尚、後ろの方はご機嫌取りでわざとつけてみた。
あ、ハクさんがロクコに見えないように親指立ててる。そのハンドサインこっちでも同じ意味なのかな?
「89番姉さま、DPのやり取りってどうすればいいんですか?」
「目を閉じて、口をすこーし開けて舌を突き出すようにしてみて? うん、そう、上手よ。あとは私に任せて。それじゃあいただきま……受け渡しするわね」
……今、いただきますって言おうとしたよな?
ハクさんとロクコは舌と舌を触れ合わせるようにして口を密着させる。
ビクッと震えるロクコの体を左手で優しく抱き寄せ、頭を離さないようにしっかり右手で引き寄せるハクさん。初めてのコトに戸惑っているのか、ハクさんに言われた通り目をぎゅっと閉じたまま身を任せ、時折なにか敏感なものに触れられたかのようにビク、ピクンッと震えて、耳まで真っ赤になっている。
ここまで非常にゆっくりと時間をかけていたが、まだ準備段階だったようだ。
ハクさんが両手でロクコの頭を抱えるように抱き、口の動きで何か……おそらくDPを、流し込む。
驚いたロクコが思わず口を離しそうになったが、舌と舌の間に光がつながっていたのが一瞬見えたくらいで、すぐにハクさんの両腕に抑え込まれる。
そして、おそらく10分近くかけてDPの受け渡しは行われた。
最後に口を離すとき、二人の舌と舌の間で唾液が糸のような橋をつくり、ぷつんと途切れた。
「……ぷはっ、はぁ、はぁ……」
「ふぅ……」
口を離した二人の顔は、まるで対照的だった。
目を閉じたまま息を荒くするロクコと、満足そうに唇をひと舐めするハクさん。
ただ、二人とも共通して頬が紅潮し、恍惚としていた。
「……少し漏れちゃったけど、その分多めにサービスしておいたわ」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう、ごじゃいましゅ、89番ねえさま……はぅ」
「うふふ、初めてのDP受け渡しでびっくりしちゃった? いいわよ、もうしばらく抱っこしてあげるから、しっかり休みなさい」
またもロクコには見えないように親指を立てるハクさん。……どうやらこっちの世界でも「よくやった」とかそういう意味なんだろう、これは。
ロクコがくってりとハクさんに身体を預けているうちに俺はDPを確認する。
……11万4032DP。確かに、DPの受け渡しは成功していたようだ。
元が3500くらいだったはずだから……おい、山賊を皆殺しにしてようやく手に入る量のDPをサービスで済ませるのか。どんだけ稼いでるんだハクさんは。
「ああ、そうそうケーマさん。何も準備しないで『負けました、10万DPそのままお返しします』……ーっていうのは、当然、ナシですからね? 貸したDPからの返済は認めませんから」
……おっと、釘を刺されてしまった。
言われなきゃそれで差額分丸儲けだったのに。