レオナ
モニター越しだが、ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。
これは初めてハクさんを見た時の感触に似ている――ヤバい人種だ。
何を考えているのかよく分からない、そのくせして理不尽な『何か』を持つニオイ。
そうだ。ダンジョン領域に入ってきたんだから1日当たりのDPが見れるはずだ。
俺はとっさにメニューを開いて確認する。ええっと……
……12万4800DP?
目が疲れてるんだな、と思って目をこすって再び見る。
今度は1248DPと表示されていた。
なるほど、1248DPか。
よかった、ただの勇者レベルだ。
目の錯覚だよな、いくらなんでも10万越えとか無いわ……という事にしておこう。
俺は何も見てない。勘弁してください。
「初めまして、私、レオナと言います」
『……初めまして。俺は、そうだな、ゴーレムさんと呼んでくれればいい。じゃあ今日はこれにて』
「ゴーレムさんね、ふふふ、私もしばらくダンジョンでお世話になりますね!」
正直、ウーマの偽名すら教えたくないレベルで関わり合いたくなかった。
……ってか、レオナって、うちでウェイトレスのバイトしてるセツナとナユタのおばあちゃんにして、あの凶悪な非常識狼スライムであるリンの飼い主で、ニクのおばあちゃんでもあるかもしれない人……だよな?
黒髪赤目、と、セツナから聞いた情報とは合致している。見た目がどう見ても女子高生にしか見えないレベルだが、これも情報通り。
そういえばセツナ曰く、サキュバスか何かだけどサキュバスから見たら「違う」というのが分かる、って言ってたな。
……警戒すべきはサキュバスではなく「サキュバスに紛れたサキュバスでない何か」だったか。
その、えっと。
マジ勘弁してください。
「あ、多少事情があって追われている身なので匿っていただけるとありがたいんだけど」
『まぁ、その。そこは保証はできないな。相手次第だ』
「可能ならでいいわ。まぁ自分でどうにかできなくもないし……」
追ってるヤツ知ってるよ? あんたの孫だろ?
『えーっと、その。なんだ。俺もレオナ様とか呼んだ方が良いのか?』
「呼び捨てで構わないわ、みんなにもそう言ってるのだけどね」
ちらりとサキュバスを見るレオナ。しかし、サキュバスはぶんぶんと首を横に振った。
「大恩あるレオナ様にそんな……」
「というわけなのよ」
『何したんだ一体』
「サキュバス族の食糧事情を改善しただけよ、大したことはしてないわ」
サキュバスの食糧事情? いったい何をどうやったのか、というのは聞かない方がよさそうな気がする。そっとしておこう。
話を変えることにした。
『……えーっと、なんで人間がサキュバスに交じって行動してるんだ?』
「だって、その方が面白そうじゃない」
『確認しておくけど、その、サキュバスじゃなくて人間なんだよな?』
「17歳人間族♀ですが?」
17歳教か。そうか。俺は目を逸らした。
しかし1人のサキュバスが果敢にもレオナに質問した。
「レオナ様、3年くらい前も17歳とおっしゃっていませんでしたか?」
「歳を取らない人間もいるのです」
いねえよ!
「有名な所では帝国の祖、ハク・ラヴェリオがそうですね?」
いたわチクショウ! でもハクさんはダンジョンコアだからな!
レオナ、少なくとも不老なのか……事前の情報通りだけどさ。
『まぁいい。人間としては扱わないからそのつもりで……』
「おお、つまりゴブリンやオークの苗床にされちゃうんですか!?」
『なんで嬉しそうなの。いやそうじゃなくて、サキュバスと同じモンスター扱いってことだ』
「ええー」
……なんで残念そうなの。何考えてるのか分からない……。
こんなのに育てられたらリンの言動も納得というものだ。
俺はレオナから目を逸らし、スイラに話しかける。
『とりあえずその小屋で待機しててくれ。受け入れの準備が整ったら呼ぶ。遅くとも3日以内には呼べるはずだ』
「わかったわ」
『じゃあまた』
俺はウーマ率いるゴーレム集団をマスタールームに回収した。
おっと、ニクも回収しないとな。と、ロクコの方を見る。
ロクコはなんか気絶して床に突っ伏していた。
「お、おい、ロクコ!?」
「う、う……け、ケーマ?」
肩をゆさゆさゆすると反応があった。
「……うう、頭ぐわんぐわんする……」
え、何があったの。
そういえばさっきからロクコが静かだな、とは思ってたけど。
「なんか急にぐわ、っと気持ち悪くなって……体をスゴイ揺さぶられた感じで」
「まさかレオナが何かしたのか?」
「よく分からないけど、アレがダンジョン領域に入ってきた時点でやられた感じね」
もしかして、1日あたりのDPが一瞬10万DPとかに見えたのと関係してるのか?
……まさか、ダンジョンコアへのダイレクトアタックを決めてくるとは……何者だよマジで。
これは、早いとこどうにかしなければいけない案件だろう。
「大丈夫、なんかよく分からないけど……今は平気よ。むしろ体調はいいくらい」
「無理するなよ? お前ひとりの体じゃないんだから……あ、ニクの回収頼む」
「分かったわ」
ちょいちょいっとロクコが手を動かすと、ニクがマスタールームに転移してくる。
転移してきたニクは、疲労の限界だったかのようにどさりと床に倒れた。
「ちょ!? 今度はニクか、おい大丈夫か!?」
肩に触れると、異様に体が冷たかった。
よく見ると顔色も悪く、小刻みに震えている。
「……ご、ご主人様……」
「落ち着け。何があった?」
「…………な、なにも、無いですが、体が震えて、止まりません……」
とりあえず体を温めた方がよさそうだ。
「……湯たんぽをDP交換、からの、【ウォーター】&【ファイアーボール】!」
5DPで出した湯たんぽの中に【ウォーター】で直接水を出し、弱めの【ファイアーボール】でお湯にする。程よい温度になったそれをニクに抱かせ、【収納】から毛布を取り出しかけてやった。
「あ……ありがとうございます……」
「ニク、大丈夫? ほらメロンパン食べてもいいわよ」
「ハンバーガーがいいです……」
少し余裕が出てきたようだ。
その後ホカホカのハンバーガーをニクに食べさせると、ようやく落ち着いた。
「で、原因は分からないのか」
「……はい、申し訳ありません。小屋を遠くから監視していたはずが、いつの間にか体が動かなくなってました」
『私もバレない程度に話しかけたんですが、全然反応なかったですねー』
ニクはレオナと接触しない方が良いってことか。
うちで最高戦力だと思ったわんこサキュバスがこの調子となると、どうしたもんか……サキュバスの雇い入れについては早くも前途多難である。
唯一の救いは、敵対しているわけではなく、少なくとも表面上は友好的であるということか。
「ねぇケーマ。どうするのこれ?」
「……とりあえず、少し考えさせてくれ」
色々と不味い状況のような、そうでもないような。
下手につつかない方が良いのかもしれないなぁコレ。
(あ、試験的に感想のログイン制限はずしてみたよ)