閑話:宴会とニク
ケーマが帝都のお偉いさん方に色仕掛けされた後、さりげなく色仕掛け側に混ざったイチカは軽い足取りでテーブルに盛られたご馳走に足を向ける。なんたってこれからご主人様の命令でおとなしく食事をしなければいけないのだ。ああつらくない、超楽しい。
「お、ニク先輩」
「もぐ」
はぐはぐと肉にかぶりつくニクに話しかけた。
ごくん、と齧り付いた肉を飲み込むニク。それから、口の周りについたソースをご主人様から頂いたハンカチでぐりぐりと拭いてイチカに向き直る。
「どうしましたか、イチカ。なにか特別おいしいものでも?」
「んー、美味しいというかなんというかなんやけど、あっちでご主人様がモテモテやったわ」
「ご主人様、モテモテでしたか」
ふふん、と自慢げに無い胸を張るニク。ケーマのことだが、主人の誉は奴隷の誉なのだ。
「まぁ、全部断ってたけどな」
「そうですか。ご主人様ですからね」
「ニク先輩は行かなくてええのん? そのご主人様をほかの人に取られてまうかもしれんよー?」
もっとも、ニクは抱き枕に使われているからともかく、イチカは一度も手を出されたことが無いのでご主人様が色仕掛けされたところで全く焦りはない。イチカに求められている役割を脅かす物ではないからだ。
しかし、ニクも全く焦る様子はなかった。
「わたしはご主人様の抱き枕なので、ご主人様の好きなようにしていただくだけ、です。ご主人様がわたしを要らないなら、そのときは必要になるようにがんばるだけです」
「おう、これが生粋の奴隷っちゅーやつか」
でも気持ちがわかるあたりウチもだいぶご主人様に心酔しとるなー、とイチカは思った。
なにせケーマはご主人様として理想なのだ。ご飯はくれるし、そのごはんは美味しいし、乱暴はしてこないし、カレーパン最高だし、理不尽は要求しないし、むしろカレーパンだし。カレーパン最強。
「ウチもご主人様の抱き枕になってもええんやけどなぁ。ご主人様相手なら齧ったりせんし?」
「……甘噛みは、別に怒られませんよ? 当然、寝てるのを起こしたらダメですが」
「ほぉ、そうなんか。へー」
イチカはとりあえず適当に料理をとって食べた。……うまっ! ちょいっと気軽にとった料理でも、一流の料理人が最高級の食材で帝都のトップの宴会のために作ったものだ。不味いはずがない。しいて言えばこれほど大量にあると残ってしまいそうなのがもったいない。いや、使用人たちのごはんになるんだろうけど、自分が食えないのがもったいない。
「普通に【収納】にしまえばいいのです」
「ウチ【収納】覚えてないもん! ニク先輩のにいれて!」
「わたしの【収納】はご主人様かロクコ様の許可が無ければだめです」
「そんな……どうしたら、どうしたらええんやッ!」
料理を手に本気で嘆くイチカに、少しあきれるニク。
「やれやれ、しかたないですねイチカ。……今ここで覚えるのです」
「はっ、そうやん今こそウチの空間魔法の才能を開花させるとき……! おしえてニク先輩!」
「【収納】の詠唱はですね――」
しかしニクから【収納】の詠唱を教えてもらったものの、今までできなかったものがそうそう簡単に都合よく使えるようになる訳もなかった。
「できないものは仕方ないですね、今食べられるだけ食べるといいです」
「せやな……ウチにはこの胃袋と言う空間魔法があるんや……!」
「あらイチカ。余ったお料理を持って帰りたいのなら言ってくれれば私が【収納】にいれとくわよ?」
と、先ほどまでケーマの心配をしていたロクコが唐突に割り込んできた。
「なんやただの女神さまか。一生ついてきます!」
「おう、すごい食いつきね。この程度で女神さま扱いされるとは思わなかったわ」
「食べ物の恨みは一生モンやっちゅーけど、食べ物の恩だって一生モンなんやでー?」
「そういうものなのかしら。まぁ、イチカがいいならそれでいいけど」
とりあえずロクコは、目の前にあった大皿をひとつそのまま【収納】に片づけた。
皿を含めて勝手に持って行っていいのかとイチカは思ったが、まぁ、ロクコだしいいのだろうとあまり考えないことにした。
「……あれ、そういえばご主人様はええのん?」
「あ、そうだった。ケーマったらハク姉様にお酒飲まされて寝ちゃったのよ。ニク、部屋まで運んでもらえる? 場所は覚えてるわよね」
「はい、かしこまりました」
ロクコが指さした先を見ると、床の上でケーマが赤い顔してすやすや寝こけていた。
ふわっとした絨毯があるとはいえ、さすがにこのままでは風邪をひいてしまうかもしれない。
「それじゃ、ご主人様とオフトンに行ってきますね」
「ええ、頼んだわよ」
ゴーレムアシストのおかげでニクは軽々とケーマを担ぎ、宴会の会場から出て行った。
「……あれ? これって結局ニク先輩大勝利っちゅーことになるんか? 今更やけどロクコ様、ニク先輩はええんか?」
「え? ニクは抱き枕だから良いでしょ別に。……で、料理食べないの?」
「や、食べる食べる。あっちのデザートも気になるなぁ、一緒に食おか」
どういう基準なんだろう、と、イチカは首を傾げたが、とりあえずは目の前の料理を食べることに集中するのであった。
(本編の進行がちょいと難しい内容なもんで時間がかかりそう。というわけで閑話だ、すまんな)