ダンジョンコアの集会
光に包まれた視界が戻ると、そこは青空の下の立食パーティー会場だった。とっくに集会は始まっているらしく、赤い狼男が肉を頬張り、金色の骸骨がカタカタと笑いながら紅茶をすすっていた。
遠くには黒いドラゴンが樽で酒をガブ飲みして、それを囃し立てるユニコーンも見える。
一見、多数の種族が入交じり談笑を交わしている、実に平和な光景だ。
ただし、ここに居るすべての者はダンジョンコアである。
人間の姿をしている者も多いが、その大半は人化による擬態だ。ロクコやハクのように最初から人間型をしているダンジョンコアは、他の種族がそれぞれは少ないのと同様に、少数だった。
「さて……」
ロクコは毎年のように、こっそりと隅へ向かう。
……今年は野外というのが実に気に食わない。こう、壁がないと隅っこという気がしないからだ。
と、そこに人間サイズの大蛇、大蛙、大ナメクジの3人(?)がやってきた。
「あーら。695番じゃないの、何やってるの?」
「ぐぇっぐぇっぐぇっ、というか、まだ生きてたんだなぁ」
「去年は来なかったぁし、DPも0だったから完全に死んだぁと思ってたぁよ?」
声をかけられ、ビクッと震えるロクコ。
「ろ、650番、651番、652番……ひ、久しぶり、じゃないの」
「あァア?! 第、付けろよ695番!」
「ひぅ?!」
ばしぃん! と650番コア、大蛇の尻尾が大きな音を立て、ロクコはまたもと反射的に体を強張らせる。
ちなみに『第』をつけるというのはダンジョンコア間では敬称に当たる。ロクコとしては、こいつらには絶対つけたくなかった。
「な、なによぅ、お、同じ600番台なんだから、いいじゃない別に」
「あー、キコエナーイ。ゲコココ……ランキング最下位の695番が何言ってんのぉ?」
ロクコの逃げ道を塞ぐように、651番コア、大蛙が右後ろに回り込む。
「そうそう、生意気だぁぞ?」
「ひぅ……」
ねちょり、と652番コア、大ナメクジがロクコの肩に手(?)をかける。
これぞ、三位一体、三竦み陣形……ロクコは、ぞわりと鳥肌を立てた。
大蛇がロクコに顔を近づけ、ちろちろと割れた舌先をのぞかせる。
「シャァァ……フフフ、ちょーっとあっちに行きましょうか?」
「い、嫌よ、離してっ」
「大丈夫大丈夫、死にゃしないからさぁ、ゲコッゲコッゲコッ!」
「さぁーて、ネチョネチョしようかぁね?」
そこは、ロクコが元々向かっていた端っこではあるのだが、自らの意思で行くのと、この3人に連れられていくのは大違いだ。そもそもこいつらのようなヤツに見つからないようにコソコソしていたというのに。
ロクコが連れていかれようとしているが、誰も気にしない。……所詮は最下位付近のじゃれ合いか足の引っ張り合いでしかない。
足元で、地面に落ちた飴玉にアリが群がっていても気にしないように、飴玉もアリもロクコもこの3人も、ここにいる大多数のダンジョンコアたちには価値が無いものだった。
「おう、ちょっといいかあァ?」
と、そこに、赤いサラマンダーが現れる。
第112番ダンジョンコア、イッテツ。
1つの山をほぼ丸ごとダンジョンにしている51階層のダンジョン、『火焔窟』のダンジョンコアだ。
マスターであるレッドドラゴンの妻とのスローライフを満喫している、トップクラスとは言わないまでも中堅の、手堅く安定したダンジョンコアだった。
100番台ということもあり、古参の方に挙げられる。
「だ、第112番ダンジョンコア様!? 私達に何の用ですか?」
「あァ? ……あー……、ああ。お前らはどうでもいいんだよ。そっちだ、695番。来い」
「えっ? あ、あの、コイツですか?」
「あァ、文句あんのかァ? お前、何番だァ?」
「ろ、650番です! あ、あ、あの、第112番様、ファンです!」
握手――は蛇にはできないので、尻尾を差し出す。
が、無視してイッテツはロクコに話しかけた。
「そうかァ。まぁいい、いくぞ、695番」
「え、えっと……うん」
イッテツに連れられて、ロクコは3人の包囲から解放されるロクコ。
650番コアは、尻尾を差し出した姿勢のまま、唖然とそれを見送った。
……ロクコは、ナメクジの粘液を『浄化』で落としつつ、黙って前を歩くイッテツに話しかけた。
「え、えーっと、第112番……様?」
「あァ?! バァカ、第とか様とか要らねェよ。つーかァ、何いいなりになってんだァお前はよォ?」
振り向いて、ガオォ、と今にも食らいつきそうなくらい顔を近づけて吼えるイッテツ。
古参であるイッテツの名は多少知れている。なので、先程ロクコが連れていかれた時とは異なり、少しの注目を集めていた。
「だ、だって、私みたいな底辺ダンジョン……3人に囲まれて、言い返せるわけないじゃないの」
「はァ? あー、あー。そうかそうかァ」
イッテツは、サラマンダー特有の火のついてる尻尾でぺしぺしとロクコを小突いた。
明らかに手加減してるのは分かるが、それでもロクコには結構痛かった。あと少し熱い。助けてもらった手前、あまり強く言えないけど。
「クカカ、舐めたこと言うなよ? 俺に勝ったくせによォ」
「……あれはケーマのおかげだもの、私の力じゃないわ」
「カッカッカ! ちげぇねぇ、素直なのは悪かねぇ……が、勝ったのは事実だ。コアの実力っつーのは、マスター込みなんだぜェ?」
つまり、俺は妻との愛の力も込みってワケだ――と、イッテツは笑った。
そんな二人の会話を聞いて、周囲から「……勝った?」「第112番に……?」「695番って……最下位の?」と、ざわめきが聞こえる。
特に聞こえてくるのが「一体どんな卑怯な手を使ったんだ?」という声だが、実際卑怯な手しか使ってないので何も言い返せない。そもそもダンジョンバトル自体が変則ルールだったし。
「……あれは引き分けだった、ってケーマが言ってたわよ?」
「じゃァ次は攻守逆にしてみるかァ?」
「悪いけど、遠慮しておくわ。……っと、それじゃ私はここらで。助けてくれてありがとね、112番」
と、ロクコはその場を離れようとする。が、イッテツがそれを止めた。
「まぁ待て。そろそろ『父上』の挨拶がある。 それまで一緒に飯くってこうぜェ? この肉とかなかなかうまいぞ?」
「あ、よかった。今年はまだだったのね。……別にダンジョンコアは食べ物食べなくても生きて行けるし」
「このテーブルじゃ誰も毒とかゴミとか混ぜねぇから安心しろや。それとも俺が信じられねェか? おォ? 恩人の俺をよォ」
「……う。な、なら少しだけ貰うわ」
ロクコは、恐る恐るイッテツの差し出した肉にかぶりつく。
噛んだ瞬間、肉汁がじゅわっと口の中に広がり、濃厚な肉の味が舌を包み込んだ。
……何の肉かは分からないけど、結構美味しい。ニクあたりが喜びそうな味だとロクコは思った。
「おゥ、口周り凄いことになってるぞォ。『浄化』だァ」
「はぐ、んぐ。あ、ありがと」
「カッカッカ! どういたしましてだァ」
そうしてロクコが食事を満喫してしばらくして、声が響く。
『やぁ、僕のかわいい子供たち。みんな元気にしてたかな?』
空を見上げると、空中に浮かぶ巨大モニターに、1人の男が映し出されていた。
(書籍版の表紙とかできました。詳しくは活動報告にて。
あ、それとレビュー頂きました。ありがとうございます!)