聖女の本気(3)
『ちょっと、驚いた』
「リンがやられたかと思ってこっちもヒヤっとしたぞ」
リンは無事だった。
体に大穴を開けられたときはどうなるかと思ったが、そもそもあれはリンが『自分で開けた』穴だったようだ。さすがスライム、そんな緊急回避もアリなのか。
おかげで部屋の天井に大きな穴が開いたが。
『手を、つき出されて、嫌な予感が、したからな』
「さすがリンだ。尊敬するよ親分」
『くくく、私は、強い、からな』
言うねぇ。しかし、聖女も聖女でなかなかやる。まさか詠唱しながらリンの攻撃を回避して、超近接距離で大魔法をぶっぱなすとか。いくら死んでも大丈夫と言われても俺にはできる気がしないぞ。
『少し、小腹が減ったな。ケーマ、食うがいいか』
「ん? ああ、いいぞ。全身いっとくか?」
『がぶ。もぐもぐもぐ……』
あっさりとリンに飲み込まれてしまうメッセンジャーゴーレム。久しぶりに食われた気もする。そして、食ってもいいかじゃなくて「食うがいいか」って、食べるのは決定事項なのか……いいんだけどさ。うん。
結局聖女はリンには勝てそうにないし、我がダンジョンの守りは盤石だな!
……あんまり言うとフラグになりそうだからこれ以上はやめとくか。
とりあえず、今日のところは聖女ももう来ないみたいだしガーゴイルの量産でもするかな。今作ってる主力は腕に30個の火の魔法陣を刻み込んだファイアーアームガーゴイルだ。10体は作った。
基本はアイアンゴーレムで、自身に熱ダメージが行かないように肩だけ土に換装した混成型だ。……火で鉄の腕がめっちゃ熱くなるので、触ると大やけどだぜ? フッフッフ。ついでに光らせてもいいな。真っ赤に燃えて轟き叫べばなお良し。
もっとも、魔石はバカ食いするけどな。腕を1時間燃やすと10DPの魔石が消滅するレベルだ。魔法陣1個作るのにも同じくらいの魔石使ってるから1体で300DPはかかってる。
他にも色々やれそうだ。夢が広がるぜガーゴイル……
……あれ、でもこれ結局魔法攻撃じゃなくて物理攻撃になるのか?
うーん、幽霊系のモンスター召喚しておけば試せたんじゃないかコレ。聖女のかけた封印が解除されたら試してみるか。
*
本気を出した2日目。黒い狼の死を確認すべく、聖女は慎重に部屋を覗き込み――黒い狼と目が合った。
聖女は走って部屋から距離をとる。ありていに分かりやすく言えば、逃げた。
躊躇は無かった。一瞬の判断の遅れが死に直結することを身をもって知っているから。
「は、はぁ、はぁ……」
十分に距離を取り、聖女は荒げた息を押さえつける。
……馬鹿な、不死身の狼だとでもいうつもりか。昨日開けたはずの大穴もすっかり塞がっている。どういう事か考える。
即死させるしかない。頭を破壊すれば、殺せるだろうか。
不死の獣? それでもダンジョンに属するモンスターであるなら、怪我の治りが遅くなるのも【トリィティ】の効果にあったはずだ。
ダンジョンのボスであれば、尚更のはず――
……と、そこで聖女は違和感を覚えた。
ダンジョンに出てくる魔物と、黒い狼の共通点が見当たらないのだ。
通常、ダンジョンというのは傾向がある。
例えば火属性であったり、亜人系であるとか、獣系であるとかだ。
そう、普通ならダンジョンボスの配下といえるモンスターがダンジョンに巣食っているものなのだ。
このダンジョンに現れているモンスター、それは、ゼリーはどのダンジョンでも湧くことがあるから別として、ゴブリンとゴーレム大きく分けてこの2種類。
属性はどちらも土寄りのモンスターだ。
亜人系のゴブリンに、魔法生物系のゴーレム。ここでも共通点は薄いが――
――そこに、いきなり濃厚な闇属性を纏った獣系の黒い狼である。
通常の流れでいえば、ボスモンスターはゴブリンやゴーレムに通じる何かでなければおかしい。そう、たとえば「人型をしている」とか。もっとも全ての魔物がボスモンスターと共通点があるわけでもないが、逆……つまり、ボスモンスターが他のモンスターと共通点が無いのは、聞いたことが無い。
闇属性、獣系、圧倒的な身体能力、不死身な回復力。どれをとっても共通点が見いだせない。これは明らかに不自然だった。
「……もしかして、いや、それは……事例にないわけじゃない、あり得ますね」
聖女は思った。
『もしかしてあの黒い狼は、ダンジョンと無関係の野良モンスターなのではないか?』
そしてそれは正解であると感じていた。
事前調査によれば、このダンジョンは元々ゴブリンしか出ない『ただの洞窟』というダンジョンだった。それが転換期を迎え、トラップにゴーレムが出るようになった。
さらに魔剣も、か。
その流れを考慮すれば、ダンジョンに凶悪な野良モンスターが入り込んであの部屋を住処にしている、と言った方が信憑性が高い。
……そうだ、元々第2階層付近での遭遇があって、聖女が呼ばれることとなったのだ。謎解きの『知恵の門』が破壊されていた、という報告もギルドから聞いた。
つまりそれは、外側からこのダンジョンへやってきたという証明ではないのか。
結論からして、あの黒い狼は……ダンジョンとは無関係である公算が大きい。
であれば。【トリィティ】の効果はあの黒い狼には影響がない。
それは、とても厄介な事実だったが、同時にダンジョンと関わりが無いのであれば完全に倒してしまえば復活することは無いのだろうということだった。
ならば、今度こそ倒し尽くすだけだ。
聖女は腹をくくった。
【ジャッジメントレイ】の詠唱を始める。――この魔法は、邪悪な存在に対して強力な代わりにとても詠唱が長い。上級より上、王級ともなれば当然の長さではあるが、この詠唱の長さから戦闘用ではなく罪を裁く神の光として『見せしめ』のために使われることが多かった。
しかしこれが聖女の持つ中でもっともあの黒い狼に効果があることは疑いようもない。
今度はこれを、頭にぶち込んでやる。
詠唱が完了する前に黒い狼が居る部屋を覗き込む。
そこにはいつものように黒い狼が――いなかった。
……あれ、いない? と不思議に思う。しかし一度始めた詠唱は自分では止められない。
恐る恐る1歩、部屋に足を踏み入れる。入口からの死角に隠れているのかと思ったが、そうでもなかった。……部屋の外へ行ったのか?
ダンジョンとは無関係なモンスターであるのなら、それは十分にありえる話だ。命が狙われていると知って大人しく部屋に居るほうがおかしいのだから。そんなことをするのは、事情があって動けないか、ただの馬鹿か、あとは返り討ちにする自信があるか、だ。
しかしどうしたものか。もう詠唱が完了してしまう。無駄撃ちすると――魔力切れで倒れてしまう。もうここに滞在できる時間も無いというのに。
『グルルルッ……』
狼の唸り声が聞こえた。真後ろから。
「――【ジャッジメントレイ】!!」
タイミングが良かった。これ以上ないくらい。振り向きざまに薙ぎ払うように放たれた光線は、偶然にもそこに居た黒い狼の頭に命中した。
「やった――?!」
はじけ飛ぶ狼の頭。しかし、聖女はチリチリとした殺気を感じていた。
体の力を抜き、重力に従いどさりと倒れ込む。
……聖女の上半身があったところを、頭の無い狼の前足がブォンと空を切った。
馬鹿な――頭が無いのになぜ動く?!
魔力切れで掠れる意識の中、聖女は信じられないものを見る。ごぼごぼと頭のあった場所に黒い塊が溢れ、そして頭が再生した。
「は、はは……っ、なんて、何者ですかアナタは……ッ!」
『がぅるるるる……!』
がぶり、と。再生したばかりの頭に聖女は齧られた。
残り、あと1日。――どうすればこの黒い狼を仕留められるのか、聖女には想像がつかなかった。