接触
黒い狼に対し、アプローチを仕掛けることにした。
どうやら起きているようだが、伏せたまま何もすることなく黒いしっぽを「ぱた、ぱた」と揺らすのみ。
見ようによってはダンジョンコアを守護しているようにも見える不思議だ。いっそ本当にこのまま守護してくれればいう事は無いんだが。
そしてそこにメッセンジャーゴーレムを走らせる。
ダミーコアから直接出せないこともないんだけど、相手を下手に刺激したくないからな。
俺はボス部屋のさらに外に陣取って、糸電話ゴーレムを手に持っていた。
……もし狼が襲い掛かってきたらすぐにロクコに回収してもらって逃げる手筈になっている。
本当は俺がやらない方が良いんだが、臨機応変な対応をなるべく早くするためには仕方がない。
『準備はいいわよ。いつでも始めて』
ロクコの声だ。ダンジョン内であれば、糸電話ゴーレムを使わずともメニューの効果で通信ができるんだよな。
ただしダンジョン関係者に限る。ニクとイチカもどうにかできないかなーホント……っと、今はそれどころじゃないんだった。
「んじゃ、いってみるか」
俺はモニターごしにコア部屋の様子を窺いつつ、土ハニワゴーレムを動かした。
ゴーレムがコア部屋の様子を恐る恐る窺うようにすると、黒い狼はすっと立ち上がる。
……俺は、それ以上土ハニワゴーレムを部屋に入れるのを諦めて、そこから話しかけることにした。
「……お前は何者だ」
ぴくり、と狼の耳が動く。……喋れるなら返事があるかもしれないが、どうだろう。
『ぐるるるるる……変なゴーレム。お前、こそ、何者だ』
おお! 喋った! この狼、人の言葉を話すぞ! 俺はそのまま自己紹介する。
「俺はここの主、桂馬だ。お前は何者だ。名があるなら名乗れ」
『名、あるぞ! わたしは、リン、だ! ここは、おまえの、家か。おとなしく、明け渡せ。そうすれば、命は助けて、やる』
リンというのか。句読点が多い奴め。だが、今のでこいつが何を求めているのか少し分かったな。家を明け渡せってことは住処……というよりかは拠点が欲しいのか?
まさか冬篭りに丁度いい洞窟があったから入ってきたってことか?
『ねぇちょっとケーマ、さっきから何て喋ってるの?』
「ん?」
ロクコから通信が入った。……何って、聞こえてないんだろうか? ロクコにも聞こえてるはずだけど……
あ、いや、違う。これ翻訳機能さんが仕事してるんだ。狼語かスライム語かわからないけどきっちり翻訳してくれるとかマジすごいわ。
「というわけで、ちゃんと交渉できてる」
『……わかったわ。リンとかいうんだっけ? 狼が襲ってきたらケーマの事回収するからね』
俺は簡単にロクコにそのことを教えて、狼との交渉に戻る。
『どうする、食われたい、か? けーま』
「少し考えさせろ」
『わたしの、腹が減る、前に、かかってこい。くっ、くっ、くっ』
どうにも笑うのが苦手なのか、棒読みっぽいな。狼だからだろうか。
「……飯が欲しいのか? お前は……リンは、何を食うんだ?」
『なんでも、くう。ゴーレム、でもな!』
ぐぱぁ、とメッセンジャーゴーレム目掛けて真っ黒な口を開き、闇色の牙と口内で威嚇される。
……あ、ていうかこれ、ゴーレムのことを俺本体だと思ってるんだ?
まぁいい。腹が減る生物なら、飯で懐柔できるかもしれん。
「ゴーレムを食べるのか。1日何体食べたい? 食わせてやる」
『……仲間を、売る、のか?』
と、リンが暗い感情を込めた低い声で言う。
実際その通りだが、そう言われると確かに人聞きが悪いな。
「そう言えるかもしれないが、別にアレはただ動いてるだけだから食いたきゃ食っていい」
『そう、なのか? おまえ、けーま? ゴーレム、だろう? この洞窟の、あるじ、じゃないのか』
そうか、俺のことゴーレムと思ってるのか。つまり、同族を、それも子分かなにかを売るようなヤツだと思ったんだな。心外な。俺は仲間には超やっさしいぞ。
と、訂正しようとして、一旦止めた。ここでダンジョンマスターです、というのは避けたい。ハクさんからも守るように言われてる秘密だし、仲間にするまでは絶対に秘密だ。
もしもコイツに人間の飼い主が居て、コイツを飼い主が現れて連れて行ったとしたら、そこからバレてしまう。
とはいえ、ゴーレムじゃないという事は言っといた方が良いだろう。さっきの反応を見るに「同族を売るようなヤツ」を嫌悪しているようだし、そう思われたら交渉に支障が出る。
というわけで、深くは語らず、ゴーレムじゃないということだけ言うことにした。
「勘違いするな。俺はゴーレムじゃない」
『ゴーレムじゃ、ない、のか。…………たしかに、変な、見た目だ。お前みたいなのが、そこの部屋や、その前で強かった。あれは、おまえの、親、だったのか?』
ゴーレムじゃないって言ってんのに微妙に話が通じてないな。てか、ハニワゴーレム家族とか新しい設定だな。
「いや、あれは俺が作った」
『?! おまえが、親、だったのか!』
なんか訂正するのが面倒になってきたぞ? 俺が生み出したという点では間違っちゃいないから尚更どういえばいいのかわからん。……うん、放置!
「とりあえず、ゴーレム食べたいならいくらでも食べさせてやれるってことだけ言っておく。どうだ?」
『……ゴーレムは、そんな好きでも、ない。美味くも、ない』
「そ、そうか。じゃあ何か食いたいものでもあるか?」
『おまえ!』
なんかもう話がかみ合わねぇええええ?!
くっそ、相手が何を考えているのかさっぱりわからん! マイペースすぎて異文化交流ってレベルじゃねぇ!
『……喋りすぎ、たな。そろそろ、腹減った。けーま、食う!』
「ま、まて。食うのはいいが、そもそもなぜここに来た? それを聞きたい」
『おまえを、たべるため、だー! いただきます!』
がぶり、と、メッセンジャーゴーレムが狼の口に飲まれた。
同時に俺がマスタールームに回収された。ゴーレムが食われたのでロクコが引っ張り込んでくれたようだ。
モニターごしに、あたかも麺類を食べるように糸電話ゴーレムがちゅるちゅる食われているのが見えた。残さず食べるのね、えらいえらいってか。
「ゴーレム、食われたわねぇ。どうだったケーマ? 何か有益な話はできたの?」
「……うーむ、話は通じたような通じなかったような……」
とりあえず、もう一度試してみるか。少し時間をおいてから。
(いろいろあるせいでちょいと短め。PC直さなきゃ……)