勇者と火焔窟
俺は頭を抱えていた。
「どうよ、画期的でしょコレ!」
「画期的すぎて殴りたくなってきたよ、一発いいか?」
「なんでよ?!」
ロクコの作ったダンジョンは、マグマの海に足場を作ったといった代物だった。ただ、それだけであれば全く問題はない。
付け加えて言うと、そこに居たモンスターが不死鳥のフェニ一匹だけというのもまだいい。
問題は、最後の扉だ。
そこは、ウチのダンジョンの外――『火焔窟』へつながっていた。
たぶん高さ的に15階あたり。
「……なんで『火焔窟』につながってるんだ?!」
「フェニが遊びに行くのに便利でしょ? ちゃんとレドラに話は通してあるわよ?」
「無許可じゃないだけまだよかったよ」
もっとも、流石に無許可だったら何かしら言ってきてただろうから、その時点で気付けただろう。
「……あとなんでモンスターがフェニしかいないんだ?」
「ここはフェニ用の階層だからね。そんで、もっと使えるDP貯めたら次の階層作ってドラゴン呼ぶのよ!」
どうやらロクコのダンジョンはペット用にするらしい。……いいのかそれで?
と、その時ちょうどイッテツから話がしたいと連絡が来た。嫌な予感がするが、行かないわけにもいかない。くそう。
「よしロクコ。頭を下げる準備はできてるか?」
「ドゲネならしてもいいわ! オフトン用意してよね」
だめだこいつ、早く何とかしないと。
*
「オイ、ケーマァ?! いったいどういうつもりだァ?!」
出会い頭に『ガァアアア!』と吠える勢いでサラマンダーのイッテツが叫ぶ。
爬虫類顔でめっちゃ睨んでくる。
「言いたいことは分かっている気がするが、一応聞いておこう。……どういう意味だ?」
「神の先兵をウチのダンジョンに送り込んできたってェこたァ、宣戦布告ってことかァ?! って聞いてんだよォ!」
「事故だ。すまんな」
「なんだ事故かァ、そんならいいんだァ」
いいのかよオイ。
「ウチからいうのもなんだけど、大丈夫か?」
「あァ? あァ、大丈夫だァ、つーか神の先兵は出口目指して移動中だァな」
勇者本人としては奥へ奥へと進んでいるつもりで、出口である『火焔窟』の入り口に進んでいるらしい。イッテツも、ボス部屋をスルーさせてそのまま外へ向かわせるそうな。
「心が狭いわねぇ、ケーマも、112番も。ねぇレドラ?」
「いやロクコッ!? 神の先兵相手ならアタイも全力ださないと危ういよッ?!」
尚、ロクコとレッドドラゴンのレドラ(人化中)は仲良く石造りの床に正座していた。否、させていた。俺が。
「ケーマァ? どうしてウチのダンジョンとつなげようなんて思ったんだァ?」
「ロクコに聞いてくれ。っていうか、そっちこそよく許可だしたなイッテツ」
「それはレドラが勝手にやってたんだ。……お互い苦労するなァ?」
……俺のほうはロクコを放置してたからだけど、イッテツの方はマスターであるレドラがやるといったら逆らえない。そう考えればイッテツのほうが苦労してると思うぞ。
51層もあるダンジョンだと、ダンジョンマスターにこっそり改装されたら見落としもするようで、今回勇者が侵入してきて初めて知ったそうな。
「ロクコからダンジョンつなげたいんだけどって相談うけてねッ!」
「その方がフェニが遊びに行くのに便利でしょ? 私もレドラと遊べるし」
「……というかロクコとレドラ、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「ケーマが寝てる間に決まってるじゃないの」
「ロクコとフェニはよく遊びに来るぞッ! たまに来る冒険者も最下層までは来なくてアタイも暇だしなッ!」
そりゃぁ、51層もあるダンジョンだもんなぁ……そのくらい深くしたら俺も安心して眠り続ける生活ができるだろうか。今もだいぶ寝てるけど。
「つかケーマッ! おまえはロクコをちゃんと構ってやれッ! アタイの旦那を見習えッ!」
「そーよそーよ! ……ってレドラ?! それじゃ私がまるでケーマの、お、お、奥さんって言ってるようなもんじゃないっ」
とりあえずノーコメントで。
「でェ、どうすんだァ?」
「あー、そんじゃ、扉は封鎖ってことでいいか?」
「んン? このままでもイイんじゃねェか? こっちからは岩肌に偽装してっからそっちから来る奴だけだしなァ」
うん? それってつまりこっちに来た冒険者はそっちに出ていくだけってことか?
「つまり、オメェのとこから迷い込んだヤツはこっちでなんとか処理してやろうってこったァ、感謝しろォ?」
「はっはっは、それじゃあ金蔓をそっちに流すだけじゃないか。こっちも偽装して、神の先兵みたく手におえないやつだけ流すことにするよ、ありがとうなー。また神の先兵そっちにいくかもだけど!」
お互いに牽制しつつ、とりあえず扉は偽装しつつもそのままつなげておくことになった。
あとロクコとレドラのお仕置きはそれぞれでということになった。
*
勇者ワタルはきょろきょろと辺りを見回した。
「…………光……? あれ、出口? あれ?」
そのまま一度ダンジョンの外へ出て、更に様子を窺う。
どうやらここは、ツィーア山の山頂のようだった。少し遠くにツィーアの町、それより手前に『欲望の洞窟』前の宿、『踊る人形亭』が見えた。間に森はあるが、下りという事もあるし勇者の脚力なら走り抜ければすぐ帰れるだろう。
「幻影、ってわけでもなさそうだ。本当に外なのか。……なんだろう、ここ。別の出入り口があるのか?」
一度戻ってギルドに報告してみるか……と、山を下りて宿に向かう。ズザザザザっと山の斜面を駆け下りれば、方角がわかってるならあとはあっという間だ。
途中の森を抜け、上から『欲望の洞窟』前まで帰ってきた。
ちょうど、カンタラの鍛冶場でゴゾーが酒を飲んでいるところだった。また飲んでるんだ、と少し呆れつつも、後で混ぜてもらおうとワタルは思った。
「あれ? ワタルじゃねぇか。ダンジョンにいってたんじゃねーのか? なんで山の上から来てるんだ?」
「ああ、ゴゾーさん。あっちの方……山頂に出入り口があったんですよ」
「山頂? ……ワタルがSランクだから言うが、確かそっちは『火焔窟』ってダンジョンだぞ?」
「『火焔窟』? 『欲望の洞窟』とは違うんですか?」
「違うダンジョンのはずだが……まぁ、ダンジョンってのも分かってない事多いからな、そういうこともあるんだろ。珍しいこともあるもんだ」
「前例が無いってわけでもないんですか?」
「ああ、近く同士のダンジョンはたまーに行き来できることもあるって話だ。有名なのだと帝都の『白の迷宮』とか、近くにある『白の洞窟』と一部でくっついてたりもする」
ゴゾーから話を聞いて「なるほど、そういうこともあるもんなのか」とワタルは納得した。
「どこまで潜ってったんだ?」
「ああ、未踏領域の先までいってました。どこから『火焔窟』だったのかはわかりませんが……」
「おー、すげぇな! さすがSランク! ……酒は落ちてなかったか?」
「残念ながら。あ、でも魔剣なら手に入れましたよ」
「ほぉ、そりゃ羨ましい」
「そいえばカンタラさんは魔剣研究してるって言ってましたよね。1本いります? 20本手に入れたんで」
「20本?! 多すぎだろ! おーいカンタラ、ワタルが魔剣1本くれるってよ! 今日はお礼に酒盛りだ!」
おお、今日もお酒が飲める! ごくり、と、ワタルの喉が鳴った。