最終話 世界にわたしとあなたしかいない夜
そのあとの話を少しだけ聞いてください。
今回の一件ですが、わたしが思う以上の大問題に発展しました。
『勇者条約』の撤廃です。
もともとこの条約は、「勇者内でのもめごとは勇者内でちゃんと解決できる」という信用が根本にありました。
けれどそれを他ならぬ角田さんが――条約締結の中心人物が踏み躙ってしまったわけです。
もともとクラスメイトの間でも『条約』不要論が出ていたこともあり、かなりのスピード裁決で廃止が決まりました。
「そうはいっても基本的には現状維持だけどね。せいぜい、近衛騎士団との交流が増えるくらいかな」
有沢くんは宰相のテリオス様と親しいらしく、ときどき、新体制の進捗状況について教えてくれます。
事件からはもう十日ほどが経っていました。
「騎士団と交流、ですか」
「どうしたの?」
「もしかして、戦争でもあるんですか? それで連携を高めるために、とか……」
「ううん、違う違う。僕らってみんな我流で戦ってるけどさ、一度はちゃんとした剣術なり体術なりを習った方がいいかな、って」
それは有沢くんだけの意見ではないでしょう。
前々から「剣や魔法の指導を受けたい」という声はあがっていたものの、『条約』によって阻まれていました。
「あとはほら、近衛のひとって大人なわけだし、いろいろと相談に乗ってもらえるかもしれないよね。人によってはクラスメイトに話せない悩みもあるだろうし」
「……角田さんにもそういう話し相手がいたら、別の結果になっていたんでしょうか」
わたしはポツリと呟きます。
角田さんは事件の首謀者としてしばらくの謹慎を言い渡されていました。
勇者としての力も封じられ、新築された寮の自室に引き篭もっているそうです。
「そうかもしれない、ね」
有沢くんはゆっくりと寝返りを打ちました。
時刻は23時を回っています。最近、やっと同じベッドで寝ることに慣れてきました。
「角田さんは僕のことを追い出したがっていた。いつもその口実を探していた。僕も僕で、あんまり性格がよくないしね。
……でも、まあ、過ぎたことだよ」
彼はシニカルに笑いを浮かべると、左手で顔の上半分を覆いました。
「今日はね、昼から角田さんの査問会があったんだ」
「有沢くんも呼ばれたんですか?」
「もちろん、一番重要な証人だしね」
そう語る声は、いつになく疲労の色を帯びています。
「視点が変われば物語はガラリと変わる。角田さんの眼を通した世界はすごかったよ。彼女が言うにはね、僕がみんなを嵌めたらしいんだ」
「どういうこと、ですか?」
わたしがそう尋ねると、有沢くんはひとつひとつ丁寧に教えてくれました。
内容を簡単にまとめると――
・自分は、何らかのスキルによって有沢慎弥にマインドコントロールを受けていたに違いない。
・有沢は真川詩月を手に入れるため、笹川パーティの崩壊を目論んでいた。
・そこで自分を操り、すべては有沢の目論見通り。すべては壮大な自作自演。
えっと。
なんというか。
ものすごい想像力、ですね……。
「王様も宰相様もみんなポカーンとしてたよ。――ま、演技ってことはバレバレだったけどね。おかしくなったフリで色々逃れようとしてるのかな。ま、別にいいさ。確かに僕が『真川さんを監禁した』なんて言わなければ、角田さんだって暴発せずに済んだだろうしね」
有沢くんの口調はどこか露悪的で、それ以上に自虐的なものでした。
わたしに背を向けて、悲しい言葉を積み重ねていきます。
「僕だって自分のことを正義の味方だなんて思っちゃいないさ。太田くんを結界に入れずに暴れさせて、要観察処分まで持っていった。笹川さんたちに不和のタネを撒いて、パーティを崩壊まで追い込んだ。王国からも睨まれてるし、クラスの女子にも無視されてるみたいだね。角田さんは前線組から外されたし、クラス委員としての権威はドン底だ」
「……有沢くん、あの」
「ははっ、魔王に歯向かうからこうなるんだ。角田律の不幸は有沢慎弥がいたことだよ。僕がいなければ彼女だって、きっと立派な委員長でいられただろうさ。狂人ゴッコをするところまで落ちぶれずに済んだろうさ」
「――有沢くん!」
話を遮るように大声を出すと、わたしは彼の左手を握りました。
後ろから、抱き締めるように。
「無理、しないでください」
わたしは知っています。
たくさんの人のなかで、わたしだけが理解しています。
有沢慎弥という男の子は、本当のところ、変わり者でもなんでもありません。
とてもとても繊細で傷つきやすくって――けど、それを隠して強がっているだけ。
「角田さんのこと、責任を感じてるんですよね」
「……っ」
「査問会でいろんなことを言われて、本当はすごく悲しかったんじゃないですか」
有沢くんは何も言いませんでした。
顔を隠した左手が、かすかに震えています。
「笹川さんや太田くんのことも、罪悪感を感じてますよね」
あの四人はいま、とても辛い境遇に追い込まれています。
勇者としての加護を封印され、クラスメイトからも孤立。
王国にも味方はおらず――わたしはそれを、当然の報いと割り切ることができません。
たぶん、有沢くんもそうだと思います。
普段は表に出そうとしないのは、そんな風に同情するのが偽善と分かっているからでしょう。
わたしも彼も、ひどく屈折していますね。
「でも、有沢くんにそうさせたのはわたしです。ひとりで抱え込まないでください。世界で二人きりの恋人じゃないですか。
――こういう時くらい甘えてくれないと、不安です」
「…………ごめん」
有沢くんは、そう小さく呟くと。
顔の上から左手を除けて、ゆっくりこちらへ向き直ります。
その表情はあまりに脆く、今にも崩れてしまいそうで――とても愛おしく感じられました。
両手を広げて、迎え入れます。
彼はわたしの胸へと顔を埋め、静かに泣いて、泣いて……いつしか穏やかな眠りへと落ちて行きました。
幸福でした。
熱い吐息が漏れるくらいに。
生きていてよかった、と。
もうわたしはひとりじゃない、と。
そんな風に、思いました。
ご愛読ありがとうございました。
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繰り返しになりますが
本当に、ありがとうございました!
余談
「あいしている」で出てきた壊れスキル【虚影の国】ですが、この時点の有沢くんはまだ取得してません。本物語の10日後くらいに、詩月の火傷諸々を消すために取得します。その話はまたいずれ。