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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第13回:提案(中)

「にゃぁ……」

 かつてのソウライの首都にして、いまや学究の都として知られるハイネマンの街を、一人の獣人が行く。
 ぴこんと立った耳を隠すこともなく街中を進む彼女は、自分が無防備に獣人の正体を明らかにしていても、特に注意を集めないというその事実に内心震えていた。

 森の大地ネウストリアから東方のアウストラシア――北辺のソウライ地域に入って十日。
 その中で、時折同族の姿を見かけた。大半は――都市に住まう人々とは異なる――毛皮を隠すことはあっても、獣人であることを厳重に隠したりはしていない。
 もちろん、彼らは奴隷の証を身に着けてもいなかったし、主人に鎖をひかれてもいなかった。

 ネウストリアでは考えられない光景だ。

 彼女の故郷では、都市にいる獣人は、奴隷とされてその証を身に着けさせられるか、あるいはこそこそと隠れて奴隷商人の目に留まらぬようにするかしかなかった。
 時には、特徴的な部位――たとえば耳――を切り落とし、毛を綺麗にそり落として、人に交じろうとする者すら出るくらいだ。
 たいていは、あまり幸せな結末にはならないけれど。

 ともあれ、自分が獣人であることを人前で顕すのには、注意を要するというのが、ネウストリアの常識であり、これまでの彼女の常識でもあった。
 だが、アウストラシアでは……少なくともソウライではそれは事情が違うようだ。
 そのことを認識した後でも、自ら獣人たることを示しながら歩こうと決意するには勇気がいった。

 それが出来たのは、事前の心構えが多少なりともあったためであろう。
 そう、彼女はネウストリアを出る前から、ソウライの状況を知り得る立場にあった。
 英雄と呼ぶ者もいる獣人の大頭目『解放者』シャマラ。
 それが彼女の名であった。

 とはいえ。

「知識としては知ってはいても、なかなか慣れないものだにゃあ」

 やはり、人づての報告と実際にその空気を感じるのとでは大違いであるようだった。

 音を少しも立てない歩き方で街を進みながら、シャマラはため息を吐く。
 そもそも獣人という生まれを隠さねばならないような状況のほうがおかしいのだ。
 ネウストリアの偏見に毒されている自分に、彼女はいい知れない悲しみを覚えた。

「うにゃ!」

 すぐに彼女はその首をぶんぶんと振って意識を切り替える。
 その仕草に驚いたらしい通行人に凝視され、シャマラは足を速めてその場をそそくさと去った。

「うーん。魔族の影響は……どうにゃんだろうにゃあ」

 早足で歩きながら、彼女は周囲を観察している。
 他地域における同族の扱いもさることながら、今回、彼女が自らの支配地域を離れ、ソウライに赴いたのには、明確な理由がある。

 彼女はソウライを知りに来ていた。

 魔族に支配され、カラク=イオという名の領域となったソウライを。
 そして、新たなソウライの支配者となった魔族たちとの接触を望んでいる。出来ることならば、彼らと交渉することを。

「魔族さんたちに相手にしてもらえるかどうかは、運次第だにゃ」

 使節を事前に出して交渉しているわけではない。単身乗り込んできて、会ってもらえるかというと、かなり怪しいところであろう。
 それはわかっていても彼女はやってきた。

 まずは、カラク=イオという新しい国の空気を、肌で感じたかったためだ。
 交渉に値するなら、後から礼を尽くして会談を申し込めば良いのだから。

「まあ、いまのところ、話してみるだけの価値はありそうかにゃ……」

 ソウライ地域は、シャマラが当初予想していたよりも、ずっと落ち着いている。
 魔族の統治は、一定の秩序を形成出来る程度には成功しているようだ。
 そして、それは常時魔族たちが威圧を示す必要があるようなものではないことも彼女は確認している。

 たとえば、いま彼女が歩く街中に、あからさまに武威を示しながら闊歩する魔族たちの姿はない。
 ハイネマンで魔族を見たのは、都市の城壁をくぐる前の天幕群のあたりを歩いているのと、警邏で廻っているらしい姿だけだ。
 反発する人々を押さえつけるように魔族たちが恐怖を振りまいているというような状況はない。

「一つ気になるのは、城壁かにゃあ」

 彼女はハイネマンの街に入る前に見た光景を思い出しながら、呟く。
 漆黒の天幕群が広がる背後に、崩れた城壁があり、いまのところ、再建している様子はなかった。工事の準備すら行われていないように見えた。

 いまは森に住まうシャマラであるが、都市の外壁が防衛上重要な設備であることは理解している。
 戦が終わったならば、一番に再建に手を尽くすべき場所であろう。

 それが、破壊されたまま放っておかれている。
 そのことになにか意味があるのではないか。シャマラはそう考えていた。

「懲罰? うーん……」

 たとえば、敗戦を理解させるため、あるいは反抗の意気をくじくため、あえて壁を直させないことは考えられる。
 だが、そこまでやれば、かえって恨みを買う。
 現状の落ち着きぶりを見ると、そんなことはなさそうな気がした。

「じゃあ、なにかにゃあ……」

 重厚な建物が続く道を歩きながら、シャマラは考える。

 ハイネマンはかつての国都だけあって、建築物は他の都市に比べてもかなり立派であった。
 少なくともシャマラの知るネウストリアの各都市よりはずっと大きく複雑な構造の建物が多い。
 外観も黒塗りの落ち着いたものが多く、『学究の都』と呼ばれるにふさわしいように感じられた。

「もしかして……」

 そんな、ある意味で圧迫感をもたらす建物の群れを眺めやりながら、シャマラは一つの考えに至る。

「自分たちの支配下では城壁なんかいらにゃいって?」

 攻められることがないのならば、城壁は必要無い。
 不審な人物が出入りしないのならば、門を閉じる必要は無い。
 自分たちの支配下では、戦も、そして、野盗も存在しないのだという堂々たる宣言であったとしたら。

「いやいやいや」

 そんな想像に至ったところで、シャマラはぶんぶんと首を振った。
 いま考えついたのは、あくまで自分の妄想でしかない。
 いかにリ=トゥエ大山脈の向こうに住まう伝説の存在である魔の者とて、そこまでの増上慢になれるわけがない。

 だが……。

 彼女は、都市の中央、かつては王宮であった壮麗な城を見上げる。
 いまは学究院と名を変えたその場所に、おそらくは魔族の責任者がいるはずだ。

「やっぱり……魔族さんたちに会ってみる必要があるかにゃ?」

 彼女はなめらかな自分の毛皮をなでながら、小さくそう呟くのだった。


                    †


「ああ。あれは、麗しい再建案が出てこないためでしてよ」
「にゃっ!?」

 とろけるような金の髪を揺らす女性の言葉に、シャマラは驚きの声を上げるしかなかった。
 学究院の最上階。天窓からさんさんと陽光が降り注ぐ執務室で、彼女はハイネマンの責任者――カラク=イオの幹部たるユズリハと対していた。

 学究院に行ってみたら、あれよあれよという間に幹部たるユズリハに会えたというのも驚きであったし、ユズリハが訪ねてくる者全員に会っているというのには呆れるしかなかった。
 ただし、都市の支配者として赴任している軍の責任者に会えるものだと思う者はそうそういないため、ユズリハを指定して会談を要求する者はごく稀であるようであったが。

 その点、責任者に会いたいと素直に申し出たシャマラは幸運であったと言える。
 そして、こうなったら素直を通そうと、城壁を直さない理由を尋ねてみた結果が先の言葉である。

「う、麗しいってなんにゃ?」
「あの城壁はうちのシランさんが焼き払ったのですけれど、いまの技術で作り直すとなるとつぎはぎになって見栄えが悪いでしょう?」
「そ、そうなのかにゃ?」

 城壁の見栄えなどということをあまり考えたことのなかったシャマラは、ユズリハの言っていることがよくわからなかった。
 だが、当人が実にまじめなのはよくわかる。

 黄金の髪を揺らす彼女の後ろで、無言で唇を引き結んでいる側仕え――あるいは副官――らしき女性の目を見れば、余計にその思いは強くなった。

「ええ。ですから、なにか面白い案はないかと募集していますの。ここは学問の都。様々な学問を究めた方がいらっしゃいますもの。きっとわたくしには思いもつかないような素晴らしい発想が生まれますわ」
「そうだにゃ。そうだといいにゃ」

 シャマラは、無理難題を押しつけられているであろう学者たちに同情する他無かった。
 話を聞く限り、目の前の魔族に悪意は無い様子であったが、だからこそ、厄介だと思う。

 いずれにしても、彼女の想像は的外れであったわけだが、こんな方向に外れているとは思ってもみなかった。

「城壁のことは答えてくれてありがとにゃ。それでだにゃ」
「はい。他にもなにかありまして?」
「あるにゃ。ネウストリアのことにゃ」
「それは興味深いですわ。我々も他の地域の情報を欲しておりましてよ」

 ユズリハは、これまでと変わらぬ柔らかな笑みを浮かべながら、そんなことを言う。
 その調子だけを見ていると、本当に他地域の情報を求めているかどうか怪しい者だ。

 だが、興味がなければ、興味を持たせればいい。

「だったら、ちょうどいいにゃ。獣人が持っているネウストリアの情報は全部提供するにゃ。その代わり」

 シャマラは、最初から鋭く切り込んでいくことにした。

「ネウストリアに住む獣人たちを救って欲しいにゃ」


                    †


 しばしの沈黙が落ちた。
 壁際の女性は相変わらず無表情のままユズリハの後ろに立っていたし、ユズリハは自分の指を眺めてなにか考え込むようにしていた。
 その彼女が顔をあげ、シャマラに尋ねかける。

「救う、と仰いまして?」
「そうにゃ」

 シャマラの頭の上で小さく耳が揺れる。それは緊張のためであったかもしれない。

「あなたのお仲間を?」
「そうにゃ」

 ユズリハは、じっとシャマラのことを見た。
 獣に近い構造の耳と、分厚くなめらかな毛皮。服を纏っていてもわかる、しなやかな体つき。
 獣人と聞いて人々が想像するであろう姿がそこにある。

 人とは異なる。
 異なってはいても、麗しい。

「本当の意味で、人は誰かを救うことが出来るものかしら?」
「大隊長」
「……冗談ですわよ」

 釘を刺すように言うミミナに、ユズリハはひょいと肩をすくめた。

「一体なにから救い、どうすればよろしいのかは存じませんけれど」

 カラク=イオの通信大隊長、黒銅宮の姫たるユズリハは、柔らかな調子のまま、シャマラに問いかける。

「我々を動かすとなれば、それ相応の対価……あるいは犠牲を払うおつもりはありまして? 自分たちはなにもしないでは、我々も動けませんことよ?」
「当たり前だにゃ」

 かえって憤慨したように、ネウストリアの獣人の大頭目は応じた。

「有り体に言えば、ネウストリアに攻め込むのを手引きするつもりにゃ。その代わり、獣人の地位を認めてほしいにゃ」
「同盟者として?」
「別に支配する対象でもいいにゃ。奴隷でなければ」
「なるほど」

 ネウストリアにおける獣人の地位については、ユズリハたちもそれなりの情報を得ていた。
 ハイネマンはネウストリアに程近かったし、なによりもこの都市でしか研究できない学問のためにほうぼうから人がやってくる場所であった。
 歴史的な経緯、社会的な状況。そうしたことはユズリハたちも知っている。

 だが、それは熱の無い、乾いた知識に過ぎない。

 目の前のシャマラが、獣人たちを奴隷の地位から次々解放した偉大なる女性であることを、ユズリハは知らない。
 だが、奴隷でなければいいと言ったその口ぶりの重さと熱量を、ユズリハは感じ取っていた。

「ミミナ」
「はい」
「出立の準備を。陣城に参りますわ」
「はあ」

 諦めたように応じて、ユズリハの副官は緊張の面持ちをしている――毛皮ごしなのでおそらくそうであろうとの推察だが――獣人の女性のほうを見た。

「彼女も共に、ですね?」
「もちろんですとも」
「えっと……」

 話の流れについていけず、シャマラが困惑の声を漏らす。ユズリハはそれをなだめるように掌を下に向け、ひらひらとふった。

「あなたの仰るようなことは、とてもわたくし一人では判断できませんの。ですから、我らが主のもとにお連れいたしますわ」

 その道々、詳しい事をお話しくだされればよろしいですわ、と彼女は続けた。
 そうして、とろけるような黄金の髪を持つ女性は、こう言うのだった。

「そうして、出来ることなら」

 これまた、とろけるような笑みを見せながら。

「お友達になりましょう」

 と。
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