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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち― 作者:安里優

第四部:人界侵攻・征西編

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第12回:提案(上)

 挑戦の吠え声は三度にわたって響き、それに応じる声は、それぞれ十を超えた。
 どれだけ少なく見積もっても三十を超える真龍が、雄叫びに応じ、そして、それらの声の全てが途絶えた。
 挑みかかる声も、応じる声も、いずれもが。

 真龍の政治の中枢とも言える宮殿が奇妙な静けさに覆われてからしばらく後、そこに突入したのは、宮殿上空の戦いを制した者たちだった。
 すなわち、謀叛を鎮圧するために動いたツェン=ディー側の真龍たちがそこに到達したのだ。

『これは……なんとも』

 戸惑うような発光信号ことばが、一つの龍玉から放たれる。他の者は沈黙を守っていたが、おそらく似たり寄ったりの感想を抱いていただろう。

 そこにあったのは死だった。

 ねじまがり、破壊され、中身をぶちまけた骸がそこら中に転がる。人身も龍身も区別無く、引き裂かれ、砕かれ、命を奪われていた。
 中にはお互いに食らいつき合いながら絶命していた者たちもいたし、あるいは通路をふさぎながら死んだのか、亡くなった後で脇に退けられたとおぼしき死体もあった。

 なにしろ、真龍の体は大きい。
 生きて動いている時ならばともかく、骨折れ、肌を割かれ、臓物をぶら下げた遺骸を避けて建物の中を進むのは一苦労であった。

 ツェン=ディーたちも当初龍身と人身が合身して、さらにツェン=ディーとラー=イェンを中心に部下が周囲を囲みながら進んでいたのだが、宮殿内の有様に、その進み方を変えざるを得なかった。
 龍身と人身を切り離し、身軽な人身が亡骸の山を越えて進む道を探り、龍身が死体を動かしてなんとか道を作った。

 それも、宮殿内の争いの気配がないと判断すると、大人数での移動を諦め、ツェン=ディーとラー=イェンの他は、わずかな供回りで進むようになる。
 もちろん危険ではあるが、多少の危険はあっても急ぐべきであると若長ツェン=ディーが判断したためであった。当然ながら、他の部下たちは、なんとか通路を広げながら、背後で指示を待っている。

「それにしても……すさまじいですね」
「うん」

 ラー=イェンの言葉に、ディーは短く応じる。その顔には焦燥が浮かんでいた。
 漏れ伝わる音もなく振動もない。宮殿内ではもはや戦いは行われていないと考えていい。
 だが、周囲を見る限り、激しい戦いが行われたことに間違いはない。

 ならば、それを制したのは、一体誰か。

「急ごうか」
「はい」

 事態を把握すべく、一行はひたすらに屍をかきわけながら、宮殿の中心部へと向かうのだった。


                    †


「遅かった……な……」

 それはひどい有様であった。
 長老たちが龍身で集まっても余裕のある大広間には、いまや死がはびこっていた。
 ここにたどり着くまでに見たどの死体よりもひどい損傷を受けた――つまりは、激烈な戦いを経た――遺体が、部屋中に散乱している。

 どの体についていたものかわからない腕や翼が散らばり、臓物と肉片が混じり合う骸の連なる、まさにその中心。
 そこに、当代の真龍の長はいた。

「叔父上……!」

 ディーとツェンが思わず駆け寄るほどの惨状を、彼はさらしている。
 龍身は倒れ伏し、まるで動きを見せず、その胸元はぱっくりと開いて、人身を露出させている。さりとて人身を完全に分離させるだけの力は残っていないと見え、龍身の筋肉と皮膜の間に、人身が埋もれたままになっていた。

 真龍たちからすれば、そのまま人身を分離すれば、どちらも死に至るのであろうことは、確実に思えた。

「その……様子では、謀叛は鎮めた……か?」
「叔父上、無理は……」
「馬鹿を言うな」

 ごほっと彼が咳き込むと、つうと口元から血が垂れる。もはや長くないことは誰が見ても明らかであった。

「いま話さずに、いつ話す。貴様と……こうし、て、話すためだけに、この体を保っておるというのに」

 皮肉げに言った言葉は真実なのであろう。
 龍身、人身、両者の残る力を振り絞り、彼は言葉による意思疎通を可能としているのだ。

「……っ」

 叔父の覚悟に、ディーとツェンは共に息を呑む。その様子を見て、ラー=イェンは自ら供回りを連れて二人から離れ、周囲の警戒へと移った。

「……謀叛は失敗と言っていいでしょう。少なくともこの宮殿への侵入はもはや不可能です」

 ゆっくりと、叔父が聞き逃さぬように、ディーは状況を説明する。戦闘自体は終わったわけではないし、政治的な混乱は今後も続くであろうが、叛乱勢力が優性となることはもはやあるまい。
 極端なことを言えば、この宮殿に次代の長であるツェン=ディーが無事に入れた時点で、叛乱は失敗に終わったのだ。

「政治的中枢は守ったと……。だが、ツェン=ディーよ」
「はい」
「大いなる失点……だぞ。俺を、殺させてしまうのは……な」

 ツェンはため息のような息を吐き、ディーは歯を食いしばる。

「汗顔の至り」
「おう。汗をかけ、汗をかけ。せいぜい俺のいないことを悔しがるがいい」

 愉快そうに笑った後で、彼は再び咳き込んだ。血の混じったつばが飛ぶのを、ディーは避けようともしなかった。

「……これ……からはお前の好きにしろ。白翁も死んだ。俺も死ぬ」

 はっとしたようにツェンとディーは辺りを見回す。言われてみれば、かの白翁の骸もまた近くにあった。
 白い鱗が、返り血か自らのものか、赤黒く汚れきっているために、一見してはそうと気づかなかったのだ。

「白翁殿も……」
「ああ、死んだ」

 これだけはどこか寂しげに言った後、真龍の長はぜいぜいという息の合間に声を押し出した。

「残りの……長老どもは……生きておっても、口は出せまい」
「それは……」

 その通りであろうと、ツェン=ディーも思う。
 真龍の政治に影響力を持つ長老たちは幾人かいるが、それもまとめ役――長である人物や白翁など――あってこそのものだ。

 それ以上に問題となるのが、今回の叛乱劇であろう。
 これまで生じてこなかった内乱を起こした責任は指導者層に帰せられる。鎮圧に尽力したツェン=ディーはともかく、他の者は生き残ったとしても引退を迫られるのが落ちだ。

 それは、ある意味で自由とも言えたが、同時に不安をかきたてる状況でもあった。

「そうだ……。お前は誰の助けも借りず……やらねばならん。内乱後の……一族の導き手を、一人で……お前一人で、せねば……ならん。生半なことでは……ない」
「……はい」

 ラー=イェンをはじめ、支えてくれる者たちはいる。潜在的な支持者もまた多くいるだろう。だが、それでも、多くの責任がツェン=ディーにかかってくるのは間違いのないことであった。

 そして、長老たちが揃って引退せざるを得ない状況では、ツェン=ディーが迷ったときに相談する相手もいないことになる。
 ディーは自らにのしかかってくる重責に身震いするしかなかった。

「……貴様なら出来る、などとおためごかしを言うつもりは……ない。誰であろうと、困難な道……。だから……」
「はい、叔父上」

 ひゅーひゅーと喉から漏れる音ばかりが響き、続く言葉がないのに、ディーは拳を握りしめながら先を促すように相手を呼んだ。
 そんなディーを守るように、あるいは長の体を誰にも見せまいとするかのように、ツェンは翼を広げ、踏ん張るようにして立っている。

「好きにやれ。俺も好きにやった。それでいい」

 言った途端、長の体からがくりと力が抜けた。龍身の筋肉がゆるみ、人身が放り出されそうになるのを、慌ててディーが抱き留める。

「叔父上!」

 その呼びかけが聞こえているのかいないのか。
 もはや焦点の定まらぬ瞳をぎょろぎょろと動かして、喘鳴のような声が続く。

「しかしなあ、ツェン=ディーよ」
「はい」
「俺を殺すのは……貴様だと……思って……」
「叔父上? 叔父上!」

 長の声は途切れ、ディーの懸命な呼びかけにも、答えることはなかった。
 ツェンが一声吠える。
 それは、けして勝利の雄叫びなどではなかった。


                    †



「……と、まあ、こんなことがあってね」

 一千の真龍の群れがショーンベルガーの上空を覆ったその日。
 陣城近くに用意された天幕の中で語り終えたディーがそう言って肩をすくめると、周囲を困惑の空気が覆った。

「貴君の叔父上の死に様には敬意を表するし、お悔やみも申し上げる」

 皆を代表して、責任者であるスオウが改まった調子で言葉を放つ。
 一千の真龍という、カラク=イオの全軍をもってしても互角の勝負が出来るかどうかという戦力は、すぐに襲撃してくるようなことはせず、スオウたちとの会談を要求した。

 しかしながら、その大半は陣城北方の草原にあり、一部はいまだに上空をゆうゆうと旋回している。
 相手をするのに慎重になるのも当然であろう。

「だが、それを我々に語って、どうしたいというのだ?」

 だからこそ、スオウはディーの語りを遮ることもせず聞き終えたのだ。エリ――この場合はユエリと呼ぶべきか――が聞きたいであろうという気遣いもあった。

「ん? ああ、だからさ。叔父の遺言でもあるし、好きにやろうと思って」
「前置きが長いと思うんだけど、ディー兄さん」
「いやあ、まあ、一度誰かに話しておかないとと思ってさ」

 幹部たちしかいないため、エリはディーとの関係を隠していない。しかし、初めてその様子を見るケイとコクリュウは驚いたような顔をしていた。
 兄妹が軽口のような会話を交わしている間、カラク=イオの幹部たちは目線を交わし合い、結局、赤毛の女が口を開いた。

「……で、あたしらと本気でやりあいに来たのかい? あんだけ連れてくるってことは」

 シランの問いかけは、誰しもが聞きたかったことだ。
 真龍はこれまでカラク=イオに圧力をかけ、敵対に近い行動をとってきた。それを本格化するつもりなのかと問うのは当然の成り行きであろう。

「いいや。むしろ、その逆だね」

 だが、真龍の若長――その片割れ――ディーの返答は意外なものであった。

「逆というと?」
「君たちに協力しようと思っている」
「ほう?」

 スオウがあげた驚きの声以外には、誰も反応を示すことが出来なかった。
 驚きよりも、懐疑の念が強い。
 あまりに都合の良い申し出に、罠ではないかと疑うのは自然なことだ。

「今日連れてきた千人の仲間を、君たちに……いや、君に預けようと思うんだ、スオウ」

 そんな空気も意に介さず、ディーはそんな風に言い切った。
 唯一人、スオウだけを見つめながら。

「なるほどな」

 スオウの返答は、かなり長い間の沈黙の後であった。

「鬱憤晴らしか」

 魔界の皇太子の言葉に真龍の長は困ったような笑みを浮かべて見せた。それは、けして否定の意味を示さない。

「どんな組織でも、内部の対立や権力争いというものは生じるものです。しかし、それが中枢部の密室で行われている間は、そう問題になりません。対立自体は解消せずとも、表面上平静に日々は続く」

 スズシロがよどみなく語り出した言葉に、突然なにをなどと言い出す者はいない。スオウたちも、そしてディーも静かに耳を傾けている。

「ところが、これが一度顕在化し、しかも暴力を伴う行動が起こされると、ただではすまない。その衝撃は大きく、人々の心を荒ませていきます」

 そこでスズシロはディーのことをじっと見た。

「真龍における叛乱は鎮圧され、あなたという新たな指導者も得ました。しかしながら、混乱は残っている。人々の鬱憤もそのまま。いえ、人々の中にある怒りや焦燥は、以前よりも大きくなっているかもしれません。叛乱自体に好意を持つかどうかはともかく、それが起きたことで、変化を期待してしまうが故に」

 おそらく、いま話していることには、僭主――スオウの腹違いの兄であるメギ――一派が起こした魔界の叛乱についての考察も含まれているのだろう。

「これが平静になるまでには、時間がかかります。それも、かなりの時間が。そのため、何らかの策を打つ必要があります。無力な権力中枢への失望は、人心をより荒廃させてしまいますから」

 スズシロはぴっと指を立てる。

「古来、人心の動揺を抑えるために取られる方策はいくつかあります。税をはじめとする義務の減免、一致団結する思想の醸成、そして、最後に敵を作ること」

 ぴっ、ぴっ、ぴっと三本の指を立てた後で、スズシロはその手を開き、掌を上に向けた。

「あなたがた真龍にとっても、神族は累代の怨敵。敵とするには申し分ありません。しかしながら、あなたたち自身が戦に出るには、準備が足りない。だから、私たちに預けることで、しばらくの人心安定につなげようと。そういう目論見なわけですね」

 言葉を切り、スズシロはディーに向けて問いかけるような目を向けた。

「僕たちは、混乱を収め、次に向かう時間を作ることが出来る。君たちは新たな戦力を手に入れられる。どちらにとっても損はない。むしろ、お得な話だろ?」

 カラク=イオの参謀の眼力をいなすように笑みを向けてから、ディーはスオウに向けてそう言った。
 あくまでも交渉相手は彼であると決めているようであった。

「厄介払いで押しつけられることが、果たして俺たちの益になるかどうか」
「厄介払いとはひどいな。彼らは立派な戦士だよ。若い連中が中心だから、そう頑固でもない」
「だが、激発しやすい?」
「若者というのはそういうものじゃないかな?」

 シランの問いを、ディーは否定しなかった。
 扱いにくい……手元に置いておくにはあぶなっかしい者たちを集めているのも、また事実なのであろう。
 内政を充実させたい時には、あまり向かない性質の者たちを。

「俺たちは神族とばかり戦うわけじゃない。むしろ、奴らと正面切って戦うような事態は当分ないぞ。それでは、当人たちが納得しないんじゃないか?」
「君たちはもう十分に奴らに目をつけられてるだろ。封印兵器すら使うくらいだからね」

 あれは自分たち相手の話ではない、とはスオウは言わなかった。
 実際の所、魔族が関わっているからこその過剰反応であったと考えるほうが自然だからだ。
 そして、実際に神族との戦闘も生じている。
 今後、戦闘がないとは言えなかった。

「……千は多いな」

 スオウはしばらく考えてから、こう呟いた。
 実力のある同盟者ほど扱いにくいものはない。まして、相手はスオウたちカラク=イオの理念に同調しているわけでもない。
 ただ、神界との戦を求めている者たちを多数抱え込み続けるのは実に危険なことに思えた。

「ひとまず二百程度置いていくというのは?」
「三百でどうかな。その代わり、代表としてラー=イェンを置こう」
「……彼女は嫌がるんじゃない? ディー兄さん」

 妹の指摘に、ディーは肩をすくめるばかりだ。
 ラー=イェンはツェン=ディーの側近中の側近であり、最も近い相談相手でもある。
 それをカラク=イオに置いていくという。

「監視役か」
「むしろ、人質かな」

 そのどちらでもあり、それ以上の存在でもある。
 魔族たちの間に残される者たちにとっては、上層部からの信頼の証となり、精神的支柱となるだろう。
 スオウたちにしてみれば真龍たちに関する責任の所在が明らかとなり、窓口を一本化出来る。

 扱いは慎重に考えねばならないが、悪い話ではなかった。
 少なくとも、ぽんと部隊だけ置いていかれるよりはずっとましだ。

「本気のようだな」
「僕だって馬鹿じゃない」

 相変わらず柔和な顔付きでの言葉であったが、スオウはディーの瞳に緊張の色を認めた。
 彼にとっても重大な決断であることは間違いないのだろう。

「まあ、少なくとも俺たちとやりあってる場合ではないな」

 そんな風に言ってスオウは破顔し、腰を上げた。

「あんたの思う通り行くとは限らないぞ」
「ああ、そうかもしれないね」

 真龍の長と、カラク=イオの首長。
 二人の若者はお互いに歩を進め、がっちりと手を結び合った。

「僕たちは、いずれ道を分かつかもしれない。敵となるかもしれない」
「だが、いまは同盟者だ」

 かくして、かつて種を分かち、けれど同じ敵との共闘を誓った者たちが、いま再び同じ旗の下に集うこととなったのであった。
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