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第3章 孤独な竜はつがいを求める その3





太陽がちょうど真上に昇ったころ、私の目の前には十体程のメスが集まっていた



さて、私の元へと集まってきた十体のつがい候補達ではあるが、この世界には最早私以外の竜は一匹もいないゆえ、あつまって来たのは皆異種族である。


さまざまな種族が私の呼び声に答えてやってきていた。キマイラにケルベロス、ハーピーやラミアにリザードマン、ガルーダにセイレーンとアラクネとペガサスと巨大なカエル…



…んん?



よくよく見れば、彼女たちは皆、昨日一度は餌にしようと捕獲し、そして逃がしてやった生き物たちではないか。


はて? 私は求愛の歌を歌ったはずなのだが、なぜ彼女たちが再び私の目の前に現れたのか。


私の疑問に答えたのは、件のリザードマンの巫女であった。




曰く。



私が彼女たちを逃したことにより、我が大いなる友愛の心にうたれたと。


巣に戻っても昨日の出来事を思い出さずにはいられなかったと。


そんな時、聞き覚えのある声が空に響き、それが求愛の歌であると気づいたときに、竜の妻となる幸運を夢見て巣を旅立ったと。


道すがら、同じく私の方を目指していた仲間と出会い、共にここへたどり着いてきたと。




…なるほど、恐怖が裏返って愛情となったか。


メスとは、強い子孫を生むために 本能的に強者をもとめる生き物だ。昨日の出来事は、彼女たちに我が力を示すには十分なものであったろう。

彼女たちに残った我が力への畏怖が、求愛の歌を聴いたときに、同じ大きさの思慕へと変わったのではあるまいか。



‥まあ、過程などはどうでもよいか。今考えるべきは私の前に十体ものメスが集まっているということだ。

なぜならば私は、彼女たちの中からたった一体を選んでしまわねばならぬのだから。

ハーレムだなどと馬鹿なことをいうつもりはない。愛とは切り売りできぬもの。つがいとは、二つで一つだからこそつがいなのだ。



共に生き、共に歌い、共に食し、共に眠る。



死が二人を分かつまで、共にありつづけるという誓いを結ぶ。それがつがいとなるということだ。


彼女たちには悪いが、私はこの場でたった一人を選ばせてもらおう。

そして私との縁がなかったものも、いつかどこかで誰かとの縁を結ぶだろう。



さあ、憂いも躊躇いもなく始めようではないか、竜の花嫁の選定の儀を。






最初に私が目を向けたのはキマイラであった。

キマイラは竜である私に釣り合う程に、大きくたくましい肉体を誇っている、獅子の金色の鬣が雄雄しく背中へとながれていく、ヤギの胴体は…………



たてがみ?



いや、受け継いだ知識が確かならば鬣のある獅子はオスだろう。



私の問いかけにキマイラは羞恥に顔を染めながらも、獅子の頭と蛇の尻尾は雄のものであるが、肝心のヤギの胴体は雌であると身振り手振りで答えた。



ふむ………。


わたしはしばし熟考したのち、彼女に断りの旨を伝えた。キマイラは悲しそうに森の深くへと去っていった。 



遠ざかって行く後ろ姿に、心がチクリと痛んでしまう。

 

許してくれキマイラよ。3分の2が雄の生き物をつがいとして愛せる自信がなかったのだ。


いつか彼女が3分の2が雌のキマイラと出会えることをこころから祈ろう。


 




次に視線を合わせたのは、ケルベロスである。ケルベロスは、三つの口からハッハッと息を吐きながら私の足元へとやっ来ると、ゴロンと腹をみせ、昨日のように服従の姿を見せた。 


私はその様をじっと見下ろした後に、厳かに彼女に断りの言葉を告げる。

ケルベロスは三つの首で「「「くぅーん」」」と泣くと、とぼとぼとその場を去っていった。 



すまぬな、ケルベロスよ、しかしこれも互いの為なのだ。

結婚とは服従でも支配でもない。妻と夫の対等な関係こそが幸せな結婚生活には最も重要な要素なのだ。

 


黒い森から悲しい遠吠えが聞こえる。いつか彼女が対等に付き合える雄を見つけられることを心から祈ろう。






さて、次に目があったのは声の出ないハーピーの少女だ。彼女は羽と体を震わせると、恐る恐ると、私の前へと進んで来た。

やはり、竜という生き物への本能的な恐怖はぬぐえぬものであろう。その目はじんわりと潤んでいた。

しかし僅かながらに赤い頬が、好意の熱を帯びているようにも見える。


彼女はパタパタとせわしなく羽を動かしながら、パクパクと口を開く。

そして口の利けぬ自身の身の上を思い出したように、肩を落として俯いた。



(…ふむ、これならばどうだ?)



私は彼女に手を伸ばし、人差し指を頭に乗せて言葉を使うことなく語りかけてみた。こうすれば、私と彼女を心の声で互いに通じ合わせることができるはずだ。


ハーピーは私に声が届く事に驚きと喜びの表情を隠さなかった。


そうしてしどろもどろながらも、語りかけて来る。 



私の大きな翼がとてもきれいだと、私が雲よりも高く空を飛ぶのをみてとても格好良いと思ったと、私の大きな咆哮がとても羨ましいと。



今まで言語をしゃべった経験がない為であろう。彼女の言葉はちぎれちぎれで、あまり要領を得ないものではあったが、懸命に何かを伝えようという心は十二分に理解できた。

 


私はこのいじらしい生き物にぐらりと心を動かされそうになったが、それを必死に押しとどめると、彼女に断りの言葉を伝えた。

 

ハーピーの少女は今にも泣きだしそうな顔をしながらも、この結末をさも最初から予感していたかのように首を僅かに左右に振って、小さな溜息をはいた。そしてすぐに、彼女はその場から飛び立とうとする。

 

ちょっと待てと、私は彼女を押しとどめた。


もう一度彼女の頭に指を乗せ、私の心からの言葉を伝える。



私が彼女をとても好ましく思っていること、彼女が歌えないことは私にとってなんの関係もないこと、しかし、彼女はわたしにとって、幾分“小さすぎる”ということ。



彼女は小さすぎるという言葉に、不思議そうに私の体を見つめた後、はっと何かに思い当たったようで、手と翼で顔を覆い隠す。手の隙間から見える頬が火のように赤い。

 


蝉よりはるかに大きいといえども、ハーピーの体格は人間と同程度である。彼女の細い胴体よりも大きい私の生殖器を、受け入れることなどできるわけがない。 

 


恥ずかしげにうずくまる彼女に、私は最後にもう一度言葉を伝えた。



「娶ることは無理だが、友にならなれるはずだ。私の翼が羨ましいなら、私の背にのるがいい。雲の上、望みとあらば成層圏の近くまで連れていってやろう」

 


ハーピーの少女は、ここで初めて、若いリンゴのような愛らしい笑顔を私に見せた後、何度もお辞儀をしながら東の空へと飛び去っていった。



前世を通じて始めてできた友人という存在に、私も心を弾まさずにはいられなかった。


 





次に私の前へと進み出たのはラミアであった。


ラミアという種族は、竜ほどではないにせよ、そこそこの巨体をもつ種族である。また、柔軟性に富む肉体は多少の”無理”も利くらしい。


竜にも近い存在であるし、本来であれば是非とも我が花嫁に迎えたいところなのだが…。

 



やはり、ラミアのおなかはぽこんと膨らんでいた。

 



ああ、勘違いしないでもらいたいが、私は別に女は生娘でなければならぬなどと言うような、くだらぬこだわりない。

過去になにがあったかなど私には関係のないことだし、例え子連れであったとしてもその子供ごと愛する覚悟もある。

 


だがしかし…。

 


私はラミアに告げる。『私を愛しておらぬ者を妻に迎えることはできない』と。

 


ラミアは私の言葉にハッとした表情を見せると深く頭を下げて謝罪してきた。

そして、おなかを大事そうに一撫でして、私にくるりと背を向けた。


やせ細ってはいても、凛然とした後ろ姿である。そのまま遠くへと去っていラミアにわたしは声を投げかける。



「ミーンミンミンミン(訳・ああ、言い忘れていたがな、食は足りているものの、少し狩りの練習もしたくてな。そのついでではあるのだが、明日からそなたの元へと獲物を届けよう)」

 


ラミアは驚いた表情で振り返ると、何度も礼と謝罪を繰り返した。そしてゆっくりと、北の泉へと帰っていった。




私は気づいていた。

ここに集まった10体の中で、実は彼女だけは私に気持ちが向いていなかったことを。


彼女が本当に愛しているのは、おなかの子供ただ一人だけなのだから。



身重のラミアが一人で生きていくには並々ならぬ苦労がある。彼女はおなかの子供を生かす為に、私に身を預けようとしたのだろう。

彼女の繰り返した謝罪の意味とは、打算で私の妻になろうとしたことへの懺悔に他ならない。



私は、彼女の姿を見送りながら、もう幾月もすれば生まれてくるであろう子供に思いを馳せる。

彼女の子だ、きっと強い子が生まれて来るに違いない。







次に私の前に進み出たのは、リザードマンの巫女だった。

私は丁重にお断りする。さようなら。



そのまま速やかに次のガルーダと面談しようとする私に、リザードマンの巫女はすがりつき、なぜ自分では駄目なのかと問い詰めて来た。

 


いろいろと理由はあるのだが、とりあえずサイズがちがうだろうと適当に私は答えておいた。

ハーピーや人間より一回り大きいとて所詮は亜人。私を受け入れることなどできるわけがない。


しかし彼女は、私を見上げて堂々とこんなことをいってきた。

 


曰く。



正攻法では無くとも、やれることはいくらでもあるはずだと。


発想と工夫を凝らせば子を宿すことも可能ではないかと。


たとえ行為の最中に体が壊れたとしても本望だと。


なお、もしも壊れてしまったときは遠慮なく彼女を食してくれと。




…なるほど、竜の知恵でも到底理解できぬ物はあるらしい。



私は、頭痛にさいなまれながら、ガルーダに目で合図をする。ガルーダはやれやれといった様子でリザードマンの巫女の両肩をつまみ上げると、西の空へと飛び去っていった。

 


空の上で、なおも聞くにたえぬ単語を連ねているリザードマンの巫女。

巫女というものはもっと清楚なものだとおもっていたのだが、それは男性の勝手な幻想なのだろうか。

あるいは、竜を信仰する宗教の信者とは、皆、あのように変わっているのであろうか。

 


私はすこしだけ、彼女が崇める自分という存在に疑問を持った。







さて、ガルーダもいなくなってしまったから、残りは4匹となった。

まずはセイレーンであるが、彼女も亜人ゆえ、私にはやはり小さすぎる。しかし彼女は、自信満々にこう答えた。



「大丈夫です、私たちの性交とは魚類と同じでかけるだけですから」



私は彼女にお引取り願った。そんな悲しい夫婦生活は望んでいない。





次は女性の上半身に巨大な蜘蛛の下半身をもったアラクネである。


…であるのだが、私は蝉であったころに、危うく蜘蛛の巣に羽をとられかけたことがあり、そのときのトラウマで蜘蛛というものが苦手になってしまっているのだ。欲情などできるわけがない。

私は彼女が傷つかぬよう、当たり障りのない言葉で謝辞を伝えた。


 


続いて出てきたのはペガサスである。亜人よりはふた周りは大きい彼女ではあるが、ペガサスの雄の男性器が馬並みであるならば、わたしのそれは竜並みである。

無理をすればどうにかなるのかも知れないが、彼女は件のリザードマンのような歪んだ嗜好など持ち合わせてはいないだろう。


わたしは、彼女に素敵な馬族の雄を見つけなさいと告げる、ペガサスは一度だけ高くいななくと、東の空へと帰っていった。





…さて、いろいろ回り道をしてしまったが、実は私には、最初からたった一つの選択肢しかなかったようだ。


私はこの場に一人残された彼女を見つめる。




彼女もはにかみながらこちらを見つめると、









「ゲーコゲコゲコゲコ」








と、鳴いた。









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