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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第3章 孤独な竜はつがいを求める その4






「ゲーコゲコゲコゲコ」




今やこの場にただ一匹残っているのは、ピンク色の巨大な蛙のみである。



ふむぅ………。




…………………………。




…………………………。




……まあ、…アリかな。



 
つがいを見つけることにおいては、妥協などあってはならぬ、‥などといったような気もするが、世の中、理想だけでは立ち行かぬ。

妥協こそ、種の保存の為の生物の本能なのだ。妥協なき種など、個体数を減らし、ただ滅ぶ運命にあるのみだ。


私はこの島で…、いや、この世界全てにおいても唯一の竜である。

竜という種を絶やさぬためには、例え相手がアブラゼミであろうとも、耐えねばならぬこともあるのではなかろうか。


それによくよく考えてみれば、彼女は花嫁としてそれほど悪いものでもないのかもしれない。 

まず、サイズ的には何も問題はない。体長はわたしとほぼ同じ、すこし恰幅がよすぎる気もするが、それは引き換えれば子供を産む能力が高いことを示している。

爬虫類ではないが、両生類という比較的近い種族であるところも高得点だ。生まれてくる子供がおたまじゃくしかもしれぬのが、いささか不安ではあるが。

ピンク色の肌もなかなかに女らしい気がする。すこし濡れた体表がつややかさを引き立てているような気もしなくもない。

パッチリと大きな瞳は、彼女のチャームポイントだ。すこしぎょろぎょろと動きすぎるきらいもあるが、頑張れば許容出来ぬこともないと思う。



そしてなにより…



「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


私の求愛の歌に、彼女もまた、歌で答える。

彼女の声はまるでチェロの音色のように低く力強い。
私は彼女の声がすっかり気に入ってしまっていた。


「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


彼女、いや、ゲーコさんとでも呼ぶべきか、ゲーコさんは私の作り出した音に対して、即興で音楽を奏でて来る。


「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


二つの異なる旋律は、時には平行に、時には交わる。それはまるで、デュオのジャズセッション


「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


リズム&トーン、アップ&ダウン、フォルテ&ピアノ。


自由自在な我ら二人の音楽は、森に、島に、響き渡る。


「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


幸せな結婚生活を送るための一番の条件を知っているだろうか。


それは趣味の一致である。


生き物は老いる、若さの象徴たる美しさだけでは、相手を一生つなぎとめることなどできはしない。

だが、姿は老いても、趣味は決して老いることはない。こと、趣味という点においては、私とゲーコさんはこれ以上ないカップルなのであろう。

あるいは私は、この日、この歌の為に、ゲーコさんと出会うべくして出会ったのではないだろうか。


「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


私達は無心で歌い続ける。この広い世界で出会った喜びを、世界に響けと歌い続ける。

きっとこの島の全ての生き物もわれらの音楽に聞きほれていることだろう。





「ミーンミンミンミンミンミン……」

「ゲーコゲコゲコゲコゲコゲコ……」






太陽が白から黄色へと光を転じ、うっすらと夕焼けがはじまったころ、私とゲーコさんの音楽は、どちらからともなく終わりを迎えた。

私と彼女はじっと見つめあう。影法師がゆっくりと伸びていく。

私たちの間には、もはや声も歌も必要ない。影と影が近づいていく。



二つの影が重なり合う直前に、私はふと、ユグドラシルの事が頭にうかんだ。

日が暮れるまでに帰るといいながら、太陽が沈むまでには帰れぬな…。と、そんなことを考えた。
もちろん、優しい彼女のことだ、多少遅れて帰ったとて温かく迎え入れてくれるのであろうが…。

ユグドラシルのことを思うと、なぜかちくりと胸が痛んだ。おそらくこれは、夜までには帰るという約束を守れぬ罪悪感なのだろう。



それでも今は、私とゲーコさんの長い影が重なって、ひとつになっていく。



そして……








 ミーンミンミンミンミンミン…… ミーンミンミンミンミンミン………







私は、“約束どおり”日が暮れる前にユグドラシルの元へと戻ってきていた。

凄まじい速度で空をかけ、帰ってきた私を、ユグドラシルは驚きながらも受け入れてくれた。

私はユグドラシルにすがりつくと、ただひたすらに鳴きつづけた。
まるで、迷子の子供がようやく見つけた母親の足に、もう二度と離すまいとしがみつくように。


ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


大樹は私に何も聞かない。だから私も、なにも話さない。夕日も沈み、空の最後の紫光が消えようとする頃。


「あの…、ご飯、まだですよね? 樹液、飲みますか?」


とだけ、彼女は聞いてきた。 
そういえば、夜どころか昼ごはんも食べていないことを思い出す。


私の返事はもちろん肯定である。彼女の樹液は、幸せで、懐かしい味がした。




ゲーコさんとなにがあったのか、ここでは語るつもりはない。

だが、私のほかにもこのような思いを味わう者がいないよう、ただ一つだけ、真実を伝えておこうと思う。












セミもカエルもメスは鳴かない。











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