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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第十五話 腐った果実も遠くから見ると美味しそう

 ユーズ王国が衰退した原因の一つが、過酷な徴税にあったと言われている。富裕層が華やかな生活を送る一方、特に虐げられたのが国民の大部分を占める農民達だ。横暴な徴収官達が度々やってきては、少ない財産を巻き上げていくのだ。規定量を払えない者へは、懲罰まで課せられる。徴兵を断った場合も同様だ。王国領の農民達は、皆疲れ果てていた。
 それでも、立ち上がろうとする者達は少なかった。虐げられることに慣れてしまっていたから。死にそうな程苦しくても、餓えて誰かが死んだとしても、自分は殺されはしない。だが、命の危機が本当に身近に迫れば、どのような者でも剣を取り立ち上がる。
黙って首を差し出す人間はいない。自分達は生贄ではないのだから。
 彼らの嘆きが、煮えたぎる怒りへと変わったのは、一つの出来事からだった。
――『テナンの反乱』である。





 先日の戦いで勝利した王都解放軍は、本拠地をサルバドル城塞から、アンティグア支城へと移していた。徐々に王都に近づいているというアピールの為でもある。降伏した兵を吸収し規模を拡大、スラウェシ大橋も手中に収めた。現在はベルタ地帯の各都市、砦の攻略が行われている。そしてダーヴィトの篭るベルタ城を落とせば、中央国境地帯は完全に解放軍勢力下となる。貧弱だった足場が固まり、王都方面への侵攻がいよいよ可能となるのだ。
 連勝が続く解放軍将兵の勢いは上がり続ける一方だった。少なくない犠牲を払いつつも、虐げられる民の為に彼らは進んで戦いに身を投じていく。誰もがアルツーラ姫という若い象徴に、理想と希望を抱いていた。



――武官、文官が居並ぶアンティグア支城の会議室。
 ここで軍事、財政、統治、外交に関する議題が討議され、アルツーラの裁決が下る。支配圏を拡大している今、難題は山積みであった。現在話し合われているのは、アルシア川会戦においての事後処理についてだ。

「――先日の戦いで、民間人に多数の犠牲が出たというのは本当ですか? ボジェクは何故死なねばならなかったのでしょうか」

 アルツーラが沈んだ表情で尋ねる。ボジェク大佐は彼女が旗揚げ以前からの古参で、非常に面倒見の良い老人だった。統率力に長け、信頼の置ける武人であった。まだまだ共に戦ってほしかった。見守っていてほしかったのだ。
 居合わせる将官達の顔にも、悲痛なものが浮かんでいる。その問いに、軍師のディーナーが『事実』を報告する。

「はい。後方に『避難』させていた非武装の民間人が、王国騎兵により襲撃されたのです。奇襲を行った王国の一団は、民だけを狙い討つように蹂躙を開始。虐殺を阻止しようと前面に出たボジェク大佐は、果敢に奮戦するも戦死。ですが、その尊い犠牲により多くの民達の救出に成功しました。ボジェク大佐は、決して無駄死ではありません」

 ディーナーの言葉に、武官達が憤慨の表情を浮かべる。武人の風上にも置けない連中だと。ここまで腐っているのかと。

 一部の者は、『事実』が歪められて報告されている事に、当然気付いている。が、それを口に出す事はしない。全てが嘘という訳ではない。

「……ディーナー。民に被害は出ないとお前は言っていた筈。だから私は偽兵の策を許可しました。それが、何故このような結果になってしまったのですか?」

「王国の将校が、民だけを『率先して』標的にするとは思いませんでした。
弱き者達だけを襲い、思うが侭に殺戮を楽しむあの姿。まさに鬼畜の所業です。彼らには騎士としての誇りが既にないのでしょう。このディーナー、彼らを見誤っておりました」

 当然ながら、民に被害が出る可能性も想定済みだ。無事策が成れば民間人を英雄として祭り上げる。巻き込まれて犠牲となれば悲劇の当事者とし、士気高揚、流言飛語の材料として利用する目論見だ。
 彼らが非武装の民間人、それも自国民だった者を殺戮した事実は確かだ。その『事実』を多少の誇張を混ぜてばら撒き、更に王国の悪評を流布するつもりだ。既に密命を与えた諜報員をベルタ一帯に放っている。成果はすぐにでも出る事だろう。

「犠牲者の家族には寛大な手当てを。我らの理想に協力し、その尊い命を失ったのですから。我々は、彼らの犠牲を乗り越えて理想を実現しなくてはなりません。ディーナー、宜しくお願いします」

「はっ、お任せください。遺族には十分な手当てを致します」

「……次の報告を」

 アルツーラ姫の言葉を受け、文官が淡々と書類を読み上げる。

「解放軍勢力下の農村から支援要求が参っております。困窮しているため、物資を供給して欲しいとの要求です。……同様の物が、他にも多数」

 窮状が記された文が、アルツーラ宛に何通も届いている。

「ディーナー。我々の物資に余裕はありますか?」

 視線を向けられた軍師ディーナーは、表情を変えずに返答する。

「それほど余裕がある訳ではありませんが、彼らを見捨てる訳には参りません。我等が立った大義は、現王政を打倒し、苦しむ王国民を救済する事ですから。足下を見る事が出来ない者に、未来は決して訪れません」

「それでは、早急に彼らに施しを。我ら解放軍に大義がある事を示すのです。一刻も早く、無能なクリストフを王座から下ろさねばなりません」

「了解いたしました。物資の事は全てこの私にお任せ下さい。帝国からも少なくない支援を受けております。姫の信頼を裏切る真似は、決してしませぬ故」

 文官の数名が、ディーナーに対して何か言いたげな視線で見詰めるが、その様子にアルツーラが気付く様子はない。現在の財政に余裕がないことは、文官ならば誰でも知っている。まだ勢力下においたばかりで、税収を得るまでには至っていない。混乱を落ち着かせ、支配体制を整えるまでには、もうしばらくの時間がかかる。
 ディーナーは、一部の文官達からの視線を無視する。

「頼みましたよ、ディーナー。貴方には苦労をかけます」

「そのお言葉だけで、このディーナー報われます」

 目を瞑り、頭を深く下げるディーナー。アルツーラはそれを見て、深く頷く。

「他に報告はありますか?」

「…………」

「それでは、今日はこれにて終了とします。何かありましたら、直ぐに知らせなさい」

「――はっ、了解しました」

 アルツーラが退席すると、将官達が敬礼しそれに続く。会議室には着席したままのディーナーと、解放軍副将のアラン皇子が残された。
 アランはディーナーの側まで近づき、小声で話しかける。

「……ディーナー。お前、またやるつもりか。それが本当に正しいと思っているのか? アルツーラがいつ気付くとも分からんのだぞ」

 アランは帝国諜報隊から、ディーナーが何をしているかを知らされている。口外出来るような内容ではないので、隊員にも厳しく口止めを行っている。彼ら諜報隊員は、アランの子飼いなので信頼出来る。帝国本土へは勿論知らせていない。後々の弱みとなるからだ。
 だが、目に余るようならばディーナーを失脚させ、追放するつもりでいた。解放軍崩壊の元凶となりかねない。

「絶対に気付かれぬよう、細心の注意を払っています。手勢の傭兵達にのみ実行させていますので。彼らは大金さえ払えば何も言いません。むしろ喜んで実行していますよ」

 襲わせた村落は数知れない。王国兵に偽装させての略奪。元々盗賊崩れの人間達だ。嬉々として任務に励んでいる。奪うだけに留め、出来るだけ殺すなと一応指示はしてある。
 最終的には解放軍支配下に入れるのだから。彼らの労働力は貴重だ。傭兵が増長し手に負えなくなったら、始末して次のを雇うだけ。至極簡単な話だ。傭兵は解放軍の同士ではなく、使い捨ての駒だ。

「…………」

 アランは無言で、それを聞いている。
 ディーナーは感情を篭めずに話し続ける。

「それに、物資は湧いてなど来ません。そんなに世の中甘くはない。どのような手段を用いてでも、必ず手に入れなければなりません。増え続ける解放軍兵士、そして傘下に入った民を養う為です。治世を行うには初期投資が必要なのです。安定した税収が見込めるまでの非常手段ですよ。……ですが、それも今回が最後となるでしょう」

 冷静に、だが早口で捲くし立てるディーナー。中央国境地帯は元々肥沃な土地だ。農民の士気を高め、適切な統治を行えば必ず豊かになる。隣接する各国との交易にも期待ができる。
 過分な税率を改め、私腹を肥やす領主、役人を一掃し、徹底的に改革を行う。身分を保証し解放軍へと取り込み、権力を削ぎ落として反抗する力を奪う。彼らが騙されたと気付いたときには、全てが終わっている事だろう。王都解放軍の役目は、溜まった膿を摘出するための荒療治でもある。
 だが、それを成すためには、民からの絶大な支持がなければ夢物語で終わってしまう。
王国に対する憎悪を、解放軍への支持とつなげる為には、切っ掛けが必要だ。

「今回で最後だと? どういうことだディーナー」

「中央国境地帯を完全に制すれば、面倒な事をする必要がなくなります。そして、最後の『物資調達行動』を、ベルタ城を落とす為の火蓋とします。大敗を喫し、王国の威光が地に堕ちた今こそが、最大の好機」

 机に地図を広げると、ベルタ城を指し示すディーナー。背後の都市テナンには赤い印が付けられている。攻略予定には入っていない場所だ。

「ベルタ地帯前線の砦は既に攻略に掛かっているぞ。これ以上何をするというのだ。時期を見て、ベルタ本城を包囲するだけではないのか?」

「――足りない、まだ足りない。炎の勢いが全く足りないのです。大事を為すには、王国全土を焼き尽くす程の業火とならなければならない。……指揮官のダーヴィトは、もう身動きできないでしょう。脅えて守りを固めるのみ。自信を喪失した指揮官、混乱する王国兵士、不満を蓄積した民衆、広まる悪評。全ての材料が揃いました。後は、ただ着火すれば良い」

「……お前は、一体何を考えている?」

 アランが疑念の目を向けると、ディーナーは冷徹な表情を浮かべてはっきりと答える。

「無論、解放軍の勝利と現王政の打倒のみ。私の命はその為だけに使われる。王都解放軍は私の全てなのです」

「そこに、アルツーラの理想は本当に存在するのか。これは暴走ではないのか。彼女の理想を最も汚しているのは、ディーナー、貴様ではないのか」

「この世に綺麗な戦争など存在しませんよ、アラン皇子殿下。あるのは目を背けたくなるような、醜い真実ばかりだ。……ですが、知らなくて良い事もある。アルツーラ姫はあのままで良いのです。そこに民達は希望を見るのだから。私の様な真底汚れた人間もね」

 席から立ち上がると、相対しアランの目を見据える。

「……アラン皇子。貴方の協力が必要だ。私と共に汚れ役を担ってもらいたい。泥を被り、魂まで血に塗れる汚辱を受けて欲しい。この戦いが終わった後、全ての罪は私が引き受けます故」

 ディーナーは賭けに出た。この男がアルツーラに個人的な感情を抱いていることは見抜いている。その感情が、祖国への思いを上回るまでに至っていることも承知している。そこにつけ込み、こちら側へと引き込む。二度と戻れぬように雁字搦めにして。帝国との交渉役が期待できるこの男。是非とも丸め込んでおきたい。

「…………」

「…………」

 アランは即答を避ける。この提案を受けるには、覚悟と決意が必要だ。その為に念を押す。私心を感じたら即座に斬り捨てる為に、己の剣へと手を掛ける。

「…………本当にアルツーラの為になるのだな?」

「彼女の理想が純粋であり続ける為です。現実はそうではないですから。誰かが、その汚泥から庇わなければなりません。我々はその盾となる。貴方には、姫の隣でその役目を担っていただきたい」

「…………分かった。お前の話を聞こう。私はどうすれば良いのだ」

 長い沈黙の後、アランは了承する。
 静かにディーナーは語りだした。アルツーラが聞けば、確実に激怒するであろうその策を。彼女の理想とは正反対の行為。大を救う為に小を生贄とする。その場で切り捨てられてもおかしくない。他の将校とて黙っていないだろう。現に話を聞いたアランも激昂して、ディーナーの胸倉を掴み上げている。

――王都解放軍勝利の為に、ディーナーは魂を売った。





 ベルタ城から少し東に行った場所にテナンという都市がある。低い城壁に守られた、大した特徴のない素朴でありふれた街だ。
 その街に突如として近隣の農民達が結集し、激しい怒声を上げた。各自が粗末な得物を持ち、怒気をみなぎらせて領主の館へと押し寄せる。城壁以外は大した防備のない都市だ。阻止しようとした兵士は押し倒され、激しい暴行を受ける。
 町民達は怯えきって家から出てこようとはしない。巻き添えは御免だった。
 館のテラスから困惑した領主が姿を現すと、農民達は悲痛な叫びを上げた。

『我々は言われた通りに税を納めた。度重なる徴発にも応じた。それなのに、なぜ我々を殺すのか。お前達は命すら奪うつもりなのか』、と。

 領主には彼らの言っている意味が分からない。確かに厳しい税は課している。王国からの命令により、物資を徴発し提供もしている。
 だが、殺せと命じたことはない。貴重な労働力をむざむざ失わせるような事はしない。絞りつくすが、寸前の所で生かす。そうでなければ、税収がなくなってしまう。だから、殺さないのだ。

『何のことか分からぬ。だが貴様らがやっていることは許されない。今すぐ解散し、己の作業に戻れ。これ以上は王国に対する反逆とみなし、全員連行する』と答えた。

 農民達は納得しない。現に近隣の農村部で大量虐殺が行われた。生き延びたのは極少数。そして皆王国兵の姿を目撃しているのだから。普段から民を虐げている奴らの言う事など、どうして信じられようか。

 領主としても、無理矢理に退かせる事は難しい。兵は先の戦いで失われ、都市の守りが手薄である。人数だけならば直訴に訪れた農民が上回っている。さて、どう宥めて誤魔化そうかと考えていた瞬間。

 館から一本の矢が放たれた。その矢は群集の中の一人、赤子を抱えた女の胸に突き刺さった。領主は攻撃命令を下していない。だが、その矢は放たれてしまった。
 静寂が辺りを包み、殺意が充満する。そして一気に爆発した。
『殺せ、殺せ!』の号令の下、農民達が領主の館へ突入する。
 農具で身体を引き裂かれ死んでいく兵士。豪奢な家具や美術品は全て叩き壊される。領主は家族ごと引きずり出され、生きたまま焼き殺された。館にも火が放たれ、テナンの街は農民達により完全に占領された。自らの手で、略奪者から勝利をもぎ取った弱者達の歓声が轟く。誰かが万歳と叫ぶと、皆がその後に続いて連呼する。

――最後に高らかに掲げられたのは、『王都解放軍』の旗だった。




 ベルタ城の背後、テナンを失ったと聞いたダーヴィトは恐慌状態に陥る。たかが農民連中に領主を殺され、王国都市を陥落させられたのだ。
 退路を絶たれたと慌てふためき、『農民如きが領主を弑するなど言語道断。全員撫で斬りにせよ』と独断で命を発し、2000の歩兵をテナンへと即座に向かわせた。
 農民達も善戦したが、所詮は訓練を受けていない素人。数時間もしないうちに門を破られ、都市へと攻め込まれる。反乱に参加した者は全て斬り捨てられ、老若男女問わず皆殺しにした。巻き添えを食らった町民もいた。疑わしい者は全て殺された。

 『テナンの反乱』、『テナンの虐殺』の情報はベルタ一帯を席巻し、領主の多くを戦慄させ、農民達には憤怒の感情をもたらした。日和見を保っていた多くの領主達は、自らも殺されてはたまらないと『解放軍』支持を表明。砦を守っていた兵士達も戦意を喪失し、剣を捨てその門を開け放った。彼らの殆どが、このベルタ農村部で徴兵された者たちなのだから。

 半月もしないうちに、解放軍はベルタ地方の都市、砦を攻略し、残るはベルタ城のみとなる。それほどまでに、中央国境地帯での王国は力を喪っていた。脱走、降伏が相次ぎ更に弱体化した第4軍は、1万の兵力で篭城せざるを得なくなる。
 ダーヴィトは王都に対し、矢のように援軍の催促を行うが、回答は『ベルタを死守せよ』のみ。北西の帝国の動きが活発化している為、応援を向ける余力は残ってはいない。
元帥シャーロフは第1軍を投入すべきと訴えたが、宰相ファルザームはその必要なしと一蹴した。優先すべきは王都の守りであり、それを薄くすることは認められない、と。

 苦悩の末、シャーロフは麾下の5000を後詰として派遣する事を決断。王都地方への前哨壁となるロシャナク要塞へと出兵させた。ベルタ陥落後、勢いのままに王都へ一気に攻め寄せてこないとも限らない。時間を稼ぐ為にも、ここで一時的に食い止める必要があったのだ。
 ロシャナクは要塞とは名ばかりで、城壁も低い平城だ。指揮官には更迭されていたヤルダー大将を任命。『血気に逸り軽挙に走る事なかれ』と厳命した。将官達からは反対の声は上がらなかった。ただの捨石にしか思えなかったからだ。
 雪辱に燃えるヤルダーは柵を立て、堀を深くし、防御力増強に励む。かつての傲慢さは鳴りを潜め、己の任務に邁進する武人の姿がそこにはあった。

 一方、進退窮まったダーヴィトは腹を決めた。撤退は最後まで認められなかった。物資を続々とベルタ城へ運び込み、篭城の準備を固める。増援も望めない中での篭城戦。戦いを前に、士気は下がる一方だった。






 シェラはというと、篭城に備え有り金を全てはたいて、食料を買い込んでいた。
 解放軍の連中が、いよいよベルタ城に向けて出兵したという情報が入っていたから。近隣の街では勿論買えない。もう王国支配下ではないのだ。仕方がないのでアルシア川の商隊を訪れ、諸国連合の密貿易商人から購入する。足下を見られながら。
 彼らは解放軍相手には安く売り、王国軍相手には値段を吹っ掛けていた。将来の得意客からの覚えを良くしようとするのは、当然の行為である。損失は王国相手に補填する。
 通常の5倍以上の値段まで跳ね上がったそれら。嫌なら買わなくて良いと言いたげだった。
 シェラの士官室は、小麦袋やら乾き物の食料品で埋め尽くされた。足の踏み場もないほどに詰め込まれたその景色には、流石のカタリナも呆れてしまった。

「これだけあれば、糧食が尽きても1ヶ月は篭れるわ。おかげでお金はなし。清々しいわね」

 小麦袋を満足気に叩きながら、どうだと言わんばかりのシェラ。
 カタリナは眼鏡を持ち上げて、それらを見渡す。確かに良く集めたものだと思う。
――だが。

「シェラ少佐。少佐は篭れても、我々がもちませんが」

 この人ならば、例え城が落ちたとしても、一人で士官室に篭って戦えそうな気がしてならない。食い物さえあれば、幾らでも戦っていそうだ。出来れば自分もその場に居合わせたいと願う。
 どんな最期を迎え、どのような死に顔を見せるのか。不謹慎だが興味がないとは言えない。自分も直ぐ後を追うことになるだろうが、それまでは死なない様に注意しようと考える。栄達を見届けるか、破滅を見送るか。どちらになるかはまだ分からない。自分は全力でこの上官を支えるのみ。カタリナは決意を新たにする。

「心配しなくても大丈夫よ。貴方達にも分けてあげるから。食事は皆で食べた方が美味しいでしょう。でも騎兵隊の連中と食べたら、これだけあっても直ぐになくなりそうね」

 空腹状態ではないので、シェラはまだ機嫌が良い。

「少佐のお心遣いに感謝します。ですが我々は――」

「まぁ、なくなってから考えるとしましょう。考え事をしていると、お腹が空くから。そういえば、ヴァンダー少尉はどうしたの?」

「はっ、部屋に閉じこもりっきりで、顔も見せません。体調が悪いとか」

「そう。それじゃあ良いわ。私はこれからシダモ参謀の所に行くから。貴方は適当にやってて良いわ。身体を休めておきなさい。肝心な時に倒れたりしないように」

「了解しました!」





 シェラはシダモの士官室へと向かいノックする。筆頭参謀の地位を追われたシダモは、参謀執務室を追い出されていた。ダーヴィトの命令通りに物資管理業務に当っている。

「シェラ少佐です。お呼びでしょうか」

「入れ」

「失礼します!」

 声を張り上げた後、扉を開けると、険しい顔のシダモがいた。最初に会った時と比べ、顔がやつれている。心労があるのだろうか。どうでも良かったので、シェラが聞くことはなかったが。今日はお土産のパンは持っていない。先程食べてしまった。

「久しぶりだな、シェラ少佐。相変わらずの戦いぶりと聞いている。推薦したヤルダー大将の面子も保たれた事だろう。……貴様に副官をつけたのは意味がなかったようだが」

「いえ、彼らの働きは非常に助かっています」

「まぁそれは良い。易々と討ち取られる存在ではないと分かったからな。貴様の悪名も相当広まってきたぞ。王国の死神、シェラ・ザード少佐。数多くの将兵、民間人を虐殺した恐るべき女将官だとな。反乱軍から目の敵にされてるらしいではないか」

 黒旗に白烏の旗印。先のアルシア川渡河戦で、シェラの名は一気に広まった。現時点で、最も多くの解放軍将官を討ち取っているのだ。解放軍将兵で最早知らぬ者はいない。憎むべき最悪の敵として認識されている。

「はい、反乱軍の奴等は全員皆殺しです。何か問題でしょうか」

「何も問題はない。英雄に悪評はつきものだ。勝てばそれらが裏返る。貴様は、自分の思うが儘に最後まで振舞えば良い」

 皮肉気に笑うと、シダモは真剣な表情に戻る。

「はい。了解しました」

「早速本題に入るが、残念ながらこのベルタ城は陥落するだろう。増援も見込めず、敵に包囲されてもそれを阻止できん。客観的に判断して1ヶ月もつかどうかだ。多少の誤差はあるだろうがな。恐らく内応する者も数多く出るだろう。どれだけ粘れるかは神のみぞ知るという奴だ」

 淡々と落城を示唆するシダモ。憲兵にでも聞かれたら拘束物である。だが嘘を述べても仕方がないと、事実のみを語る。
 篭城戦において重要なのは、増援が見込めること、物資、兵の士気だ。城の防御力が如何に優れていても、中身が腐っていては話にならない。どれ一つ満たせない現状、陥落は時間の問題といえる。
 シェラはそれを黙って聞いている。特に驚きは見受けられない。心底どうでも良いと思っていそうな顔だ。シダモの胃が少しずつ痛くなる。

「いざとなったら、貴様は兵を連れてロシャナク要塞を目指せ。騎兵が城の中で死ぬのは無意味で馬鹿馬鹿しいからな。育成に掛けた時間、金、維持費。その全てが無駄になる。死ぬなら城の外で死ね」

「はっ、城の外で死ぬように努力します!」

 理解しているか心配になったので、シダモは言い直す。この女でも分かるように。

「……簡単に言うとだ、城と運命を共にする必要はない。最後まで醜く足掻け。詳しくは副官と相談しておくように。その為に貴様に就けたのだからな」

「はっ、シェラ少佐了解しました!」

「よろしい。下がってよし!」

「失礼します!」

 シダモは退出していくシェラの姿を見送る。相変わらず人の話を聞いているのか分からないが、歴戦の勇士が持つ独特の気迫を感じた。あの凄まじいまでの戦いぶりを見れば、それも仕方がないだろう。敗戦だった為に昇進は見送られたが、本来ならば勲章物だ。ダーヴィトの部隊がなんとか撤退できたのも、スラウェシ大橋からの攻勢があったからなのだから。

 そのダーヴィトはと言えば、敗戦後から憔悴しきり、最早立ち上がる事も出来ないらしい。栄光の未来は閉ざされ、虐殺を行った張本人という悪評が散々に流されている。
後世に汚名を残すのは間違いないだろう。歴史は勝者が作るのだから。
 ダーヴィトはここで死ぬつもりだとシダモは推測する。出なければとうに脱出している。
貴族らしく最後まで誇り高く戦い、そして満足のうちにあの男は死ぬのだろう。
 シダモは他人事のように考えた。既に凋落した身である。気楽な物だ。だが、こんな所で死ぬつもりはない。それでは無駄死にだ。もう一度なんとか這い上がる。このベルタから、なんとしてでも生き延びるつもりでいた。

(まだ、死ぬわけにはいかない。私にはまだやるべき事があるのだから)





――士官室に閉じこもっていたヴァンダー。朝方から一つの手紙を眺め続けている。
 悩んでいた。己の一生を左右する問題だ。良く考えなければならない。筆に力を篭めると、ゆっくりと返事をしたためる。封蝋し乾かした後、辺りを見渡してから部屋を出る。

「……これで後戻りは出来ないか。俺に微笑むのは、果たして女神か死神か」

 ヴァンダーは誰にともなく呟くと、上官の姿を思い浮かべる。深く嘆息すると、城内のとある場所を目指して歩き始めた。
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