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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第十四話 運動した後、皆で食べるご飯は美味しい

 スラウェシ大橋、ダーヴィト陽動部隊本陣。敵主力の釘付けに成功したと思っているダーヴィトは、非常に上機嫌であった。悠然と椅子に座り、果実酒を飲みながら時が流れるのを待っている。こんなに楽な戦いはないだろう。ただ布陣しているだけで、勝利は手中に入るのだから。

「フン、反乱軍の奴らも大したことがないな。所詮は逆賊の小娘か。ヤルダーめ、こんな奴らに遅れをとるとは。猛将などと二度と言わせぬぞ」

「確かに、ヤルダー大将は不甲斐ないですな。その報いは受けたようですが」

「今度は容赦はせん。アンティグアに続き、サルバドル城塞も落とす。残党諸共皆殺しだ。協力者も炙り出す。二度とこのような事が起きないよう徹底的にな」

 ダーヴィトが、地図上の反乱軍本拠地にナイフを突き立てる。

「……しかし、まるで動きを見せませんな。既に対峙して3日が過ぎようというのに。転進の素振りすら見せないとは。アンティグアを捨てるつもりなのでしょうか」

「我々の追撃を恐れて動けんのだろう。所詮は寄せ集めの雑兵ということだ。進む事も退く事も出来ぬとは、敵とはいえ哀れ。同情に値するな」

 筆頭参謀の言葉に、自信を持って答えるダーヴィト。

「こうしている間にも、我々の本隊はアンティグアに到着している頃でしょう。恐らく攻城を行っている最中かと。もしくは既に落としているかもしれません」

「うむ。実に馬鹿な奴らだ。今頃己の城がどうなっているかも知らずに。矢文を出して教えてやるというのはどうだ。偽書と思わせて、真実のな。知った所でどうにもならんがな!」

 ダーヴィトが高笑いすると、追従して参謀達も笑みを浮かべる。勝利は目前だ。もうすぐ陥落させたとの一報が届く予定だ。敵が居座るつもりならば、アンティグア方面との挟撃。
敵が足並みを乱して、本拠地サルバドル城塞に退却したら、一気に追撃。それからが掃討戦の始まりとなり、功名を争う絶好の機会となる。
 蹂躙、略奪、そして虐殺。兵達が望んでいる事だ。武官達もさぞや戦意に満ちている事だろう。栄光の扉は、間もなく開かれる。
――そこに高らかに鳴り響く角笛の音が聞こえてくる。続いて太鼓や鐘の音も。

「――今日もやっているな。遠慮せずに派手に奏でさせろ。良い余興だ」

「……? いえ、本日はまだ偽装攻撃の命令は出しておりませんが」

「ならば気を利かせた者がやっているのだろう。構わん、好きにやらせておけ」

 参謀が疑問を述べるが、どうでも良いと手を払う。実際に部隊を動かすわけではないのだから、軍規に問う必要がない。
 暫くすると、ダーヴィトの本営へ伝令が報告に入ってきた。

「失礼します、閣下!」

 敬礼を行う伝令に、参謀が尋ねる。

「何事か」

「はっ、対峙している反乱軍に動きあり! 敵の部隊が、歩兵を中心としてスラウェシ大橋を進軍してきました!」

「フン、馬鹿な真似を。ヤケでもおこしたか? 各個撃破されるだけというものを」

 ダーヴィトが呆れながら果実酒を飲み干す。

「閣下、慌てる必要はございません。待ち受けて矢の雨を降らせてやりましょう。ただの小手調べといった所だと思われます。一撃すればあっさりと退くでしょう」

「筆頭参謀に一任する。多少の追撃ならば許可する。だが深追いは避けるように。くだらぬ事で兵を失う必要は全くないからな」

「はっ、お任せください。直ちに追い払います」

 筆頭参謀が指示を出すと、伝令が駆け足で先陣へと戻っていく。
 そこへまた伝令が飛び込んでくる。今度は先程とは違い、血相を変えている。

「し、失礼しますッ!」

 顔は泥と汗に塗れ、手傷を負い、息は切れ切れである。思わずダーヴィトは顔を顰め、伝令が声を発する前にそれを咎める。

「貴様は栄えある王国軍の伝令兵であろう。そんな様で、正確に情報を伝えることが出来るのか?」

「か、閣下、た、大変ですッ!」

「落ち着かんか馬鹿者が。一体なんだというのだ、騒々しいぞ!」

「ア、アンティグアを目指した第一陣は壊滅! アレクセイ少将は戦死! 先遣騎兵隊は全滅です!」

 伝令の声で場が一瞬静まり返る。誰も声を上げない。続けて伝令は悲報を告げる。

「渡河した第二陣は川を背に奇襲を受けた模様! 重囲を受け、その半数を失い敗走しましたッ!!」

「ふ、ふざけるな! そんな馬鹿な事があるかっ!! もう一度確認しろ! 敵の主力は眼前にいるではないか!」

 ダーヴィトが手にしたグラスを叩きつける。だがまだ報告は終わっていない。

「敵は破壊した浮き橋を再構築し、第三陣を撃破、更にこちらへと向かっています!!」

 第一陣を撃破、第二陣の歩兵隊を潰走させた後、浮き橋を応急修理により再構築。渡河を前に立ち往生していた第三陣に喰らいついたのだ。攻城兵器、輜重隊を主とした部隊であったため、成す術もなく壊滅。

 渡河した解放軍主力部隊は、ベルタ城ではなく、スラウェシ大橋へと進路を向ける。ベルタを攻め落とす為の、攻城兵器を用意していなかった事もあるが、まずは重要拠点のスラウェシ大橋を支配下に置くことを目指したのだ。ここを取れば、ベルタ地帯に楔を打ち込んだも同然である。

「――嘘だ。し、信じられるか。これは誤報だ。いや、敵の虚言に違いない!」

 ダーヴィトが震えながら立ち上がる。参謀達の顔が青ざめる。それが事実ならば、ここで足を止めるのは危険すぎる。渡河した敵の主力が、向かってきているのだから。挟撃される。

「閣下、大橋で先陣が戦闘開始、敵は多数の渡し船を使って渡河を試みております!」

「矢で打ち落とせ!! 決してこちらへ近づけるな!」

「はっ、はい、了解しました!」

「閣下、至急ベルタに引き返さねばなりません。このままでは挟み撃ちですぞ」

「黙れっ、作戦は続行だ! 間もなくアンティグア制圧の報が来るに違いないっ! 虚言に乗っては敵の思い通りではないか! 私は騙されんッ!」

 ダーヴィトが指揮所の机を蹴飛ばす。第4軍主力はまだ健在。そう信じるしかない。たかが逆賊の寄せ集めに、敗北などありえない。このダーヴィトが負けるわけがないのだから。
――興奮するダーヴィトに、最後の報告が飛び込んできた。

「報告しますッ! 南より多数の敵兵を確認、旗は反乱軍のものです! 我らの側面より敵襲ですッ!」

 激しい戦鼓の音が聞こえる。遠くから響いてくる馬蹄の音。
 ダーヴィトの時間が、止まった。







 スラウェシ大橋、対岸の解放軍陣地。戦況を確認していた白髪頭の将官が何度か頷く。
ダーヴィトが主力と思っていた部隊を率いる指揮官だ。

「最初から囮と見抜かれていたとも知らずに、哀れだな」

「ああはなりたくないものですな。作戦が一から十まで筒抜けなど、参謀からしてみたら、発狂物ですぞ。考えただけで寒気がします」

「それを考慮して作戦を立てるのが参謀であろう。己の軍の現実を知らぬ証拠だ。奴らは負けるべくして負けたのだ」

 大佐が静かに呟くと、参謀も同意する。

「大佐の言葉は耳が痛いですな。私達も士気は十分ですが、錬度には不安があります故」

 特にこの陽動部隊は、正規兵1万と、民兵5千、残りは志願した民間人をかき集めた軍勢だ。それに軍旗、藁人形で偽装することで、なんとか3、4万に見せかけている。

「だが錬度だけでも戦には勝てん。最終的には兵の士気だ。必ず勝つという意気込み、これがなければ話にならぬ。どんなに策を用い、優れた指揮を執ろうともな。だから我らは巨大な王国軍相手に闘えているのだ」

「確かに。我らには実現すべき理想があります。腐敗しきった王国の連中などには負けません」

「その意気だ。老骨にはちとしんどいがな」

 おどけて腰を叩く指揮官に、副官が苦笑しながら話しかける。

「最後まで働いてもらいますよ、大佐」

 囮同士が睨みあう、滑稽極まりない猿芝居ももう終りだ。橋と小型船による正面からの渡河強行、側面からの主力の突撃。完全に形勢が逆転した今、敵陣を蹂躙するのも時間の問題だろう。
 大橋の攻防は互角、敵側面を衝いた部隊は完全に押している。後一押しで、混乱している敵を蹴散らし、スラウェシ大橋は奪取できる。敵の防衛兵力にも大打撃を与え、ベルタ城を落とすのもそう時間は掛からないだろう。

 老いた指揮官は、この戦いで頭角を現している若者達の顔を思い浮かべる。次代の王国を担っていく英雄の顔。必ず理想を実現するだろう者達。自分はそれを見届けることが出来るだろうか。

「……そういえば、またフィン中佐が敵指揮官の首を挙げたらしいぞ。相変わらず凄まじい働き振りだな。獅子の旗印は飾りではないようだ」

 敵騎兵隊を破り、アレクセイ少将の首を挙げたらしい。現在は敵第二陣の残党追撃に当っているようだ。

「最早、この戦いにおける英雄ですからな、フィン中佐は。兵達からの人気も高まっていますし。次に昇進したらいよいよ並ばれてしまいますな」

「アルツーラ姫といいフィン中佐といい、これでは年寄りの面目が丸潰れではないか。フン、我々も若者に負けてはいられんな。ここらで年季の違いを見せてやろうではないか」

 鼻を鳴らすと、指揮官は立ち上がった。老いたとはいえ、まだまだ体は動く。戦斧を手にもつと、肩慣らしとばかりに振り回す。

「大佐はまだまだ現役ですよ。……そろそろ我々も全面攻勢を掛けますか?」

「よし、後詰の歩兵隊を前面に押し出せ。協力してくれた民達には下がるように伝えろ。最早この戦いの趨勢は決まった。後は押し潰すのみだ。敵将の首を見事に挙げ、我らの戦いぶりをアルツーラ姫に捧げようではないか!」

「はっ、了解しました!!」

――解放軍スラウェシ大橋陽動部隊、突撃開始。
戦いは、この一撃で決着する筈だった。
 ダーヴィトは2方面から磨り潰され、既に大混乱に陥っていた。兵力にも劣り、指揮能力にも欠け、兵達には戦意が足りない。即席で編入された混成部隊であるが故、各部隊の連携も酷い有様だった。もう間もなく部隊は瓦解し、潰走させる事が出来る。
 スラウェシ付近の解放軍将官は誰もが思っていた。解放軍の圧倒的大勝利で、この戦いは終わる筈だったのだ。




 安堵の息を吐き、勝利に浸る民間人達の後方に、白い凶鳥が現れるまでは。招かれざる客、一糸乱れぬ隊列を組み、恐ろしい速度で駆けてくる部隊。民達は笑顔でそれを眺めていた。サルバドル城塞からの増援部隊。手を振って彼らを招き入れる。誰もが歓声を上げている。肩を組み笑い声を上げる。
 虐げられてきた者達の心からの笑顔。
 自分達はようやく解放されたのだと、心の底から実感していた。
――血塗られた大鎌が、容赦なく振り下ろされるまでは。








 大胆にも最短距離で、スラウェシ大橋目指して北上してきたシェラ騎兵隊。解放軍斥候は確実に潰しつつ、ようやくスラウェシ大橋後方に辿りついた。幸いな事に敵部隊とは遭遇しなかった。
 脱落した騎兵は一人もいない。脱走者は0だ。潰走中の部隊ではまず有り得ない。携帯していた糧食は既に尽きている。シェラは我慢の限界だった。とても餓えている。何故自分はこんなに空腹を味合わなければならない。

「少佐、最後の飴玉です。よろしければどうぞ」

「…………」

 カタリナが死神に捧げると、シェラは無言で受け取り噛み砕く。
 全く足りない。空腹で苛々が止まらない。担いだ大鎌が怒りで震える。ヴァンダーは、その怒りに触れないように尋ねた。

「しょ、少佐。これからどうなさいますか。前方には敵部隊が待ち構えています。ここまで無事にこれたのです。あと少し北上すれば、渡河可能な浅瀬も――」

 そこで言葉が途切れる。血走った目で睨みつけられたからだ。下手な事を言えば、その狂った大鎌が今にも振るわれそうだった。それほどまでに、今のシェラは機嫌が悪い。

「目の前に近道があるのに、どうして遠回りの必要があるのか。――カタリナ少尉、お前も同じ意見か」

 小柄な身体から殺意を滲ませながら、もう一人の副官を睨む。

「全くその必要はありません。後方を衝き、我らは悉く粉砕するのみ。必ずや突破できるでしょう。私も微力なれど死力を尽くします」

「そうか。それならば問題ないな。行くとしよう」

「はっ、何も問題ありません。シェラ少佐」

 眼鏡を持ち上げると、腰から小さな棒を取り出し引き伸ばすカタリナ。伸縮自在の携帯型魔道杖。ヴァンダーはその杖をはじめて見た。同僚のこの少尉が、魔術の心得があるなど一言も聞いていない。

「お、おい。お前魔術使えたのか? 俺は聞いていないぞ」

「言っていないもの。でももう隠す必要がないわ。シェラ少佐の為に全力を尽くす。さっきそう決めたから。外法だろうと喜んで使う。蛙の子は蛙。外道の娘は外道よ」

 早口で捲くし立てるカタリナ。目が他の騎兵と一緒だ。

「……どういう意味だ?」

 ヴァンダーは理解できずに聞き返す。その問いに、カタリナは答えなかった。

 2500の騎兵は命令を待っていた。突撃し、粉砕しろという命令を。その殺気を感じると馬が嘶き、体を震わせる。
 シェラは大鎌を掲げ、号令を下す。

「目標、スラウェシ大橋! 全員突撃ッ!! 殺せ!」

『応ッ!!』

 唱が響くと、シェラを先頭に丘を駆け下る。副官2名が続き、2500の騎兵が砂塵を上げ、怒涛の如く走り始めた。解放軍の旗が徐々に近づいてくる。敵兵の数人がシェラ達に気付き始める。やがて、彼らは歓声を上げ始め、手を振って死神を歓迎し始めた。笑みを浮かべる非武装の人間。だがシェラは顔色一つ変えなかった。目の前にいるのは、ただの敵。食われるのを待つだけの食料だ。

 勢いが止まらない騎兵隊に先頭の民は仰天する。このままでは馬に潰されてしまう。
 慌てて両手を出し、大声で制止しようとする。我々は味方だと。

「ちょ、ちょっと待て! 馬を止め――」

 逃げ腰になった民間人数名を大鎌でなぎ払い直進。後続の騎兵隊が槍を突き出しながら突進し、数十人を轢き殺した。

「手当たり次第に殺せ! 誰だろうと問答無用だ! 反乱軍は全員殺せっ!」

 死神の号令の下、騎兵達の蹂躙が開始される。武器を持たない民間人は逃げ惑う。貧弱な装備の民兵は抵抗するが、馬上から繰り出される槍に突き刺され、死んだ。
 シェラは雑草を刈り取るかのように、敵陣で殺戮を行った。大鎌を左右、水車の如く回転させながら、手当たり次第に四肢を引き裂いていく。勢いは止まらず、陣中程まで一気に雪崩れ込んだ。

「た、たすけて。お、俺達は兵隊じゃないんだ」
「お前ら、王国兵だろう。な、なんでこんなことを」
「見逃して――」

 へたりこむ男達に向かい、無言で鎌の直刃を突き刺し、殺した。
 付き従うカタリナはその死体に杖を向け、呪文を詠唱する。魂のない肉体を操る屍霊術。人の道を外れた呪術である。使える呪文は一つだけ。師のように自由自在に動かす事は出来ない。数百動かせる訳じゃない。自分では2名が限界である。独学ではこれだけしか習得できなかった。

「……いきなさい」

「面白いわね、それ。死体を再利用なんて、とても不思議」

「ありがとうございます、シェラ少佐!」

「その後は?」

「こうします。……爆ぜろッ!」

 動き出した死体を敵兵の奥深くに潜り込ませ、おもむろに爆発させた。周囲の兵を巻き込んで爆破、人間の焼ける臭いが辺りに充満する。
 シェラはそれを満足そうに眺め、再び殺戮を開始した。



 ヴァンダーは武器を持った人間だけを相手にしていた。目の前にいるのは、明らかに兵士ではない。先日まで農村にいたような人間ばかり。自分は民を殺すために兵士になった訳じゃない。このような無差別殺戮を行うためではないのだ。
 自分は違う。彼らとは違うのだ。

「死ねっ!」

「――うるさい! くらえっ!!」

 突き出された槍を交わし、胴体に突きを入れる。その隙を突いて、ヴァンダーの背後から槍が繰り出された。しまったと思ったが、腕が未熟だったらしく、ギリギリの所で穂先が逸れた。反撃しようと槍を抜き、慌てて馬首を返す。粗末な鎧を身に着けた解放軍兵士。背丈は小さい。どうやら少年兵のようだった。シェラと同じぐらいか、もう少し下だろうか。顔がまだ幼い。
 渾身の一撃が外れてしまった事に、驚愕し動揺している。完全に萎縮していた。

「ちっ、ガキは大人しくしてろ!! 死にたいのか!」

「――ひっ! あ、あっ」

「生意気な物を持つんじゃないッ!」

 ヴァンダーは槍で少年兵の武器を弾き飛ばした。子供を殺す気にはなれなかった。

――が。

「私は全員殺せと言ったぞ、ヴァンダー少尉」

 丸腰の少年兵の背後から、凶刃が振り下ろされる。掠れるような声を上げた後、死んだ。

「……まだ子供でしたよ、少佐」

 ヴァンダーが睨みつけるが、シェラは気にせず血を振り払う。視線を動かし次の獲物を探し始める。

「なら何故戦場にいる。恨むならそいつを駆り出した奴を恨みなさい」

「既に戦闘不能でしたッ」

「剣を取ればまた戦える。そして再び挑んでくるぞ。お前は兵士ではなく聖職者か? それともここは教会か?」

「――っ!」

「全員集結しろッ!! 大橋の部隊を突き崩すッ!!」

 シェラは号令を掛けると騎兵を集合させ、大橋へと馬首を向けた。







「大佐、後方から敵勢が! 騎兵が民間人を殺しながら押し寄せてきます!!」

「何だと? 一体どこから来たんだ!? 敵の騎兵隊は壊滅させたはずだろう!」

「し、しかし現に! 敵は黒旗に白い鳥の紋章! 先頭は大鎌を持った指揮官です!」

「噂の死神か! よし、ここで食い止めるぞ。決して橋を突破させるな!
まんまと逃げられたら良い笑いものだぞ!!」

 先日から輜重隊を荒らしまわったという遊撃騎兵。死神という異名がつけられた部隊。その噂は指揮官の耳に入っていた。

「はっ! 歩兵隊、陣形を組め!! 死神の突進を阻止するぞ!!」

 橋中程まで繰り出していた歩兵隊を指揮し、槍衾を構築する。騎兵は突進力は確かにあるが、待ち構えた槍に弱い。必ず死を恐れて逡巡する。そこを包囲して襲い掛かれば恐るるに足らない。

「槍衾、前へッ!! 密集陣形を取れッ!」

「槍、構ええええええええええッッ!!」

 士気盛んな槍兵が構える。味方陣であるはずの方角から、血煙を挙げて突進してくる異様な軍隊。縦列陣形を取りながら、ただ一直線で突撃してくる。

「うおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

「槍ッ! 前へ繰り出せええええええええッ!!」

「死ねええええええええッッ!!」

 黒旗を掲げた軍勢は、全く怯むことなく槍の壁に突っ込んできた。馬上から槍を突き出し、馬の勢いで踏み破ろうと。一切の逡巡すら覚えず。
 馬と騎兵が串刺しにされる。串刺しにされながら、敵歩兵ごとなぎ倒していく。馬から落ちた兵は、敵を道連れにして大橋から飛び降りた。シェラ隊数十人の犠牲により、槍衾の一角が破れる。
 そこにシェラが馬上から鎌を振るっていく。魔力の尽きたカタリナも剣を振るう。解放軍の正規兵達が及び腰になる。敵の勢いが止まらないからだ。

「指揮官だ、あの指揮官を討ち取れ! 敵の勢いを削ぐのだっ! 必ず食い止めろッ!」

「大佐、前に出すぎです! お下がりください!」

 副官が止めるが、それを振り払い戦斧を振るう。突進してきた騎兵を叩き潰す。致命傷を与えても、まだ立ち上がろうとしたため、首を断ち切った。凄まじい戦闘本能だと、内心驚愕する。他の王国兵とは明らかに違う。

「うるさい! このままではこの橋が突破されるわッ!! 化け物めらがっ! なんたる突進力なのだッ」

「――大佐ッ! 危険です!」

「兵で取り囲み、数で押しつぶせ!! 絶対に隙を見せるな!」

 声を張り上げ、兵を叱咤激励する。一際目立つ黒鎧の騎兵。指揮官に間違いない。大佐が思わず睨みつけると、それと目が合ってしまった。
 シェラが少女の様に微笑む。血に塗れた顔で。大佐は死神に魅入られた。

「――あ」

 絶句した大佐の顔面に、小さな鎌が突き立った。予備動作のない投擲。解放軍陽動部隊の指揮官はあっさりと死んだ。助け起こそうとした副官の喉にも、放り投げられた鎌が突き刺さった。







 挟撃を受けているダーヴィト隊本陣。悲惨な報告が次々に飛び込んでくる。ダーヴィト本陣もいよいよ危なくなっている。家宝の剣を抜き、その時に備える。貴族は誇り高く死なねばならない。

「か、閣下。閣下だけでもお逃げください! ベルタまで血路を開くのです!」

 筆頭参謀が声を上げるが、ダーヴィトは首を振る。

「な、ならん。今私が逃げては、完全に潰走する。逃げて無様に死ぬぐらいならば、ここで戦って死ぬわ! 貴族としての誇りがあるッ」

「し、しかし! ベルタが」

 ダーヴィトが逃げたら潰走するのは確かである。
 だがこの場合は、一兵でも多く逃がし、ベルタに帰還させるのが敗戦した指揮官の義務だ。ダーヴィトには貴族の誇りはあるかもしれないが、最低の指揮官である。親衛隊と共に、陣頭に立ったダーヴィトの下へ、何度目か分からない報告が入る。

「ダーヴィト閣下ッ!」

「今度は何か! いよいよ橋が突破されたか!」

「え、援軍です! 我が軍に増援がきました!!」

「馬鹿を言うな! 一体どこからだ!? まさかベルタから討って出た訳ではなかろうな!!」

 ここでベルタ城を空にするほど、ダーヴィトも馬鹿ではない。伝令を出し、守勢に徹しろと厳命してある。となると、ベルタ一帯における増援部隊など絶対に有り得ないのだ。

「違いますっ! スラウェシ大橋から援軍です!! 敵陣を果敢に突破しております!」

 一瞬ダーヴィトは、この伝令の気が触れたかと思った。他の参謀も同様だ。だが、橋に目を向けると、状況がおかしい。押されていたダーヴィト隊が盛り返している。敵の渡河部隊も、陸へと上げることなく追い返している。

「誰だ! どこの部隊が来たのか! アレクセイの騎兵かっ!?」

 ダーヴィトは思わず身を乗り出す。興奮で声が上擦る。
 誰だ。誰がやってきたのか。アレクセイ騎兵隊の生き残りか。王都からの増援か。考えにくいが、義勇兵の可能性もなくはない。

「黒地に白カラスの旗印!! 指揮官は分かりませんが、敵陣を蹂躙しております!!」

「か、閣下。これをお使いください」

 参謀が遠眼鏡を差し出してくる。帝国製程性能が良くないが、大橋付近ならば目視可能だ。ダーヴィトが注視する。黒い旗に白いカラスの紋章。今まで見たことはない。そのような家紋があった記憶もない。黒は不吉だ。
 旗を掲げる騎兵を見る。皆恐ろしいくらい勇猛に戦っている。繰り出される槍に構うことなく、敵を踏み潰している。
 一際目立つ大鎌を持った将官を凝視する。兜をつけているが、特徴的なその小柄な姿。
真っ赤に染まった幼い顔。口元を歪めながら獲物を斬り付けていく歳若い女指揮官。

「あ、あれは、シ、シェラ少佐……」

 名前を口に出し、絶句する。凄まじい奮戦振りに声が出ない。まるで、熟練の将官のように敵を切り崩していく。橋を突破したかと思うと、更に号令を掛け、再び対岸へと突撃を開始する。転進して向かってくると思っていなかった敵兵の精神は、完全に崩壊する。統率を失った敵部隊は我先にと駆け出し、死神の鎌から逃げ出そうとした。それを追いかけ、背後から猛然と襲い掛かる騎兵隊。大橋が鮮血で染まる。

「ダ、ダーヴィト閣下! 今を置いて他にはありません。橋の戦力を側面に当て、撤退を図りましょう! 敵主力も連戦でこれ以上は持たないかと思われますっ!」

「…………」

「――閣下! ダーヴィト大将閣下ッ!! 直ちにご命令を!」

「あ、ああ。ま、任せる。す、直ぐに、対処を」

「はっ!」

 筆頭参謀が怒声を上げながら武官に指示を下す。何としても全滅だけは防がねばならない。彼らも必死だ。

「……あ、あれは死神だ。確かに、死神。ヤ、ヤルダーは正しかったのか」

 ダーヴィトは震えながら、シェラの戦いぶりを食い入るように見続けていた。指揮をすることを完全に忘れて。

 この後、ダーヴィト隊は川岸と大橋に当てられていた兵を、側面に移動させる事に成功。
側面から猛攻を加えていた解放軍は、想定外の反撃に面食らう。潰走寸前の部隊が、急に息を吹き返して盛り返したからだ。

 横から突き入れていた解放軍は、主力とはいえ足の速い部隊のみで編成されていた。挟撃を加えることを重視し、速攻により敗走させるはずだったのだ。連戦続きで疲労も溜まっていたので、流石に兵の勢いも落ちていく。体力の差、勢いの低下により、徐々に解放軍側の犠牲が増え始める。
 解放軍の将ベフルーズは、今回はこれで十分と判断し、一旦兵を下げた。民間人や民兵に、多大な犠牲が出ていると報告が入った事もある。情勢を落ち着かせる必要があったのだ。

 ダーヴィトは窮地を脱し、何とかベルタへと逃げ帰った。敗残の兵が続々と帰還してくる。どの兵士も疲労困憊しきっていた。王国軍がこの闘いで失った物は、余りにも大きすぎた。
――第4軍残存兵士数 3万。
3割が戦死し、残りは剣を捨て降伏、或いは脱走した。
 ベルタに突き立った楔、スラウェシ大橋を確保され、渡河地点まで奪われてしまった。後は真綿で締め付けるように解放軍が押し寄せてくる事だろう。
 ダーヴィトは恥と怒り、自責の念による心労から病に倒れてしまう。


 アルシア川渡河戦は王国軍の大敗北で終わった。この敗戦は兵力とスラウェシ大橋を失っただけでは済まない。落日のユーズ王国には、既に反乱を収める力がないことを、方々へ知らしめる結果となる。勝利した解放軍は、降伏した兵士を組み入れ更に勢いを増していく。





 悠々と騎兵隊を引き連れて帰還したシェラ。誰も彼もが血塗れだったが、むしろそれを誇るように入城していく。迎え入れた城兵達は、息を呑みそれを見守るしかなかった。白い鳥は真紅に染まっている。何人の敵兵の命を吸い込んだのか。

 シェラは血塗れの鎧を身に着けたまま兵舎食堂へ駆け込む。ありったけの食料を持ち、兵達の待つ宿営地へと向かう。生き残った騎兵達は笑みを浮かべながら、指揮官と共に食事にありつく。仲間と美味しい食事を取ることが出来、シェラはとても幸せだった。
 3人前程平らげると、満足そうな笑みを浮かべて眠りについた。





――この民間人の被害は、後世に『スラウェシ大橋の悲劇』として語り継がれる。
死神の奇襲に敢然と立ち向かい、戦い、そして散っていった名もなき勇士達。彼らの功績を称え、大橋の側には慰霊碑が建てられた。

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