ペットの葬儀屋さん
私達はラビの前で手を合わせた。
うちはマンションだから、庭はない。公園にラビを埋めるのは犯罪になると、お母さんが教えてくれた。
お父さんがペットの葬儀についてネットで調べ、お母さんはケージの掃除をする事になった。
私はラビをお風呂で洗ってあげた。
ウサギはお風呂に入れてはいけない。水を嫌う生き物だし、体温調節が上手にできないから。うさぎの飼い方の本にそう書いてあったから、入れるのは初めてだった。
お湯に盲腸糞が溶ける。匂いが浴室にこもったけど、ラビがキレイになってゆくのが嬉しかった。何度もシャワーをかけて洗った。盲腸糞は取りきったけど、股の白い毛は他と比べると薄茶色だった。
汚れをとったケージに、タオルを巻きビニール袋で包んだ氷マクラを置いて、バスタオルを敷いてラビを横たえた。
氷マクラは腐敗を遅らせる為、バスタオルは体液が漏れてもいいように、だそうだ。まだ気温は高い。エアコンを入れて室温を調整していても、すぐに腐るだろうとお父さんは言った。
お父さんのパソコンの前で、私はびっくりした。ちょっと検索しただけでも、ペットの葬儀・火葬についてヒットした情報は百万。
ペット葬儀業者は何百とあった。お寺でペットを供養している所もあった。
葬儀プランや料金表を見て私は『バカみたい』と言った。
オーダーメードで写真や毛から思い出の品を作るのもどうかと思うけど、ペットのお葬式が人間のみたいなんだもの。お坊さんが来てお経をあげる、戒名をつける、法要する、永代供養する……大きな祭壇つきの二十万円のお葬式プランとか……
ペットの死で悲しんでいる人からお金を巻き上げようとしている業者も嫌だし、こんな葬儀社を利用する人達もバカみたいだと思った。
「ご年配の方はお墓やご位牌があるとお心が安らかになるのよ。あなたの目から見ておかしくっても、おかしな事ではないのよ」
と、お母さんが言った。だけど、そんな事にお金をかけるなんて意味がないと思う。死んだペットが喜ぶわけじゃないんだし。
そしたら、お父さんが言った。
「おまえだって、さっきラビに手を合わせたろう? ラビがそれで喜ぶわけでもないのに」
「でも、お父さんもお母さんも手を合わせたじゃない」
お父さんは頷いた。
「どんな形で送るかは家族次第だよ。送られるペットはもう何にもわからないんだ。残された家族が納得できればいいんだよ」
私はお父さん達と一緒にいろんなホームページを見た。
「明日は日曜だから公営の斎場は難しいかもな」
それにと、お父さんが言う。
「この辺の公営の斎場は合同葬なんだ」
合同葬って何? って聞いたら、他のペットと一緒に火葬する事だとお父さんは言った。ある程度亡くなったペットの数がたまってから火葬するんだって聞いてびっくりした。
ペット葬儀会社でも、合同葬と個別葬をやっていて、個別葬の方が料金が高い。
合同葬も個別葬も、火葬場まで直接行く、業者に来てもらう、お骨を拾う、拾わない、ペット霊園に納骨する、納骨しないと、いろんな選択があった。
「家族の事だし、みんなでいっしょに考えよう」と、お父さんが言った。お母さんもうなずいた。
「どうしたい?」
と、聞かれて私は首をかしげた。
「合同葬って、死体がたまるまで焼かないんでしょ? その間、死体はどうなるの?」
「さあ? 保冷庫に入れられるか、自宅で管理するかかなあ」
「暑いのに?」
もう九月だけど、気温は三十度を超える。家に置いておいたら、すぐに腐ってしまいそう。
「合同葬は絶対、いや」
珍しく、お母さんが強い口調で言う。
「きれいな内に焼いてあげたい」
その通りだ。私もお母さんに賛成した。
「わかった。個別葬にしよう。後は、直接、火葬場に行くか、遺体を引き取りに来てもらうかだな」
「業者の人が家まで来てくれるの?」
「うん。でも、骨はひきとれないかもしれないし、いい加減な業者なら焼いた振りをして遺体をゴミとして捨ててしまうかもしれない。直接、焼く所を見ない以上、リスクはあるよ」
ゴミにされるなんて冗談じゃない。
だけど、ペット葬儀会社って何処にあるんだろう?
うちには車がない。そこまで炎天下の中、ラビの死体を運んで行くのはたいへんだろう。湿度も高いんだ。きれいな体では無くなってしまうかもしれない。
みんなで話し合って、迎えに来てもらう事にした。ペット葬儀業者さんが悪い人じゃない事を祈った。
いくつかホームページを見てから、お父さんが業者を決めた。
訪問火葬でお骨を返骨してくれて、これぐらいならと納得できる価格の葬儀業者さん。ペットの遺体が痛むのはつらいと話したら、明日の午前中に来てもらえる事になった。
その晩の夕飯はそうめんだった。私達は食事中も、その後も、ラビの事を話した。
ラビの部屋のエアコンはいれっぱなしにして、扇風機も回した。氷マクラも取り替えてから、私達は眠った。
寝る前に私はラビの姿を写メで撮った。ケージの中で手足をつっぱらせているラビ。ただ寝てるみたいだけど、寝る時にはこんなポーズにならなかった。後ろ足の毛はまだべったりしていた。汚れはがんばって取ったのに。