ブルマニア
「誰かー! おばあちゃんが轢かれちゃう……!」
埼玉県東部、F駅の踏切は騒然となった。おばあちゃんカートを押して歩いていた老婆が、線路の段差でつまづき、足が抜けなくなってしまったのだ。
遮断機はすでに降りており、けたたましく警報音が鳴り響く。たまたまその場に居合わせた学生服の少年と、ジョギングをしていたブルマ姿の女子高生、あわてて車から降りてきた中年男性が、まもなく到着するであろう電車を来にしつつ老婆の救出を試みる。
体操服にブルマ姿の女子高生が叫ぶ。
「ぴったりハマってる! 抜けない!」
ハゲかかった恰幅の良い中年が叫ぶ。
「おい、なんか滑るものないか! 石鹸とかペペローションとか!」
学生服の少年が叫ぶ。
「あるわけないッスよ!」
「じゃあ唾液だ!! 女子高生の唾液はきっと滑る!!」
直後、女子高生の上段回し蹴りが中年の頭部にクリーンヒット。中年は薄れ行く意識の中思った。
(思ったよりきれいなフォーム…… きれいなのはブルマからスラっと伸びる脚だけじゃなかった……ラッキー!)
そのまま崩れ落ち、晴れた日のトドのように横たわる。
横では必死の救出作業が続く。しかし抜けない。
線路から振動が伝わりはじめる。電車はあと15秒もすれば到着してしまう。
少年が女子高生に叫ぶ。
「…間に合わねぇ! お姉さん、ブルマをくれ!」
「……はぁ!?」
非常時になにアホなことを……しかし、少年の目は真剣そのものだ。
「いいから早く! このままじゃ轢かれちまう!!」
少年の真剣さに、女子高生はなにかを感じた。
「……よくわかんないけど、ブルマを渡せば助かるの?」
「助かる!」
はじめての公共の場でのプレイに真っ赤になりながら、女子高生はその場でブルマを脱いた。
「……はい。これで助からなかったら、金玉を万力で1時間かけて潰すからね!」
「わかった!」
ブルマを受け取った少年は、早速顔面にかぶる。いわゆる変態仮面スタイルだ。女子高生の顔がゆがむ。
「ギャアー!!」
まず気持ち悪い。そして意味がわからない。さらにいえば、あんど慶周先生はいま何をしているのだろう…… 様々な思いが女子高生の脳裏をよぎる。
「人・間・離・脱――――――!!」
ブルマパワーを開放したっぽい少年は、電車の来る方向へと一歩二歩と歩みよると、一気に走りだした。
「まさか……受け止める気!? 無理よ! あなたの体重はせいぜい5~60キロ、対して電車の重量はゆうに100トン! 体重差がありすぎるわ!」
「かつて、舞の海は小錦を倒した。体重差200キロも100万トンもあんまり変わらない、たぶん!」
「あなたは名力士じゃなくて薄汚い学生! 特攻しても奇跡は起こら……」
いつの間にか、電車はすぐそこまで来ていた。
「ギャアー! 死ぬー!!」
「エイシャオラー!」
少年は本当に電車を受け止めた。全身の血管がメロンのように浮き出る。放送コードぎりぎりの状態だ。一瞬で3メートルほど吹っ飛ばされる少年。
「む、無理……!」
女子高生の脳裏に人生の走馬灯が浮かぶ。ボディビル選手権を見に行ったこと、醤油工場の見学に行ったこと、山手線を歩いて一周したこと……あまりにどうでもいい思い出しか浮かばないので、やがて人生に疑問を感じ始めた。
「ぐっ……!」
人間離れした力を発揮する少年だが、さすがに絶望的な体重差はいかんともしがたく、徐々に電車に押され、老婆へと迫っていく。
「うおお………」
「少年、助太刀いたそう!」
ハゲ中年が加勢する。よほど蹴りが強力だったのか、脳がちょっと飛び出ているし、口調も変わっている。
「それがしも武士の末裔……老婆を見捨てるのは武士道に反するでござる!」
「おっさん……!」
「ヌオオオオオオオオオオオ!」
しかし、二人になってもなお、電車は止められない。
「わ、私も!」
パンツ姿の女子高生も加わる。さらに、通りかかったセーラー服の女子中学生も加勢した。
「1人や2人ならダメでも……4人なら……!」
「よっこいしょういちィィィィィィ―――――――――――ッ!」
電車の勢いはじょじょに落ちていき、老婆の50センチほど手前で停止した。
「や、やった……! すごいよ少年!」
パンツ姿の女子高生が、尊敬に目を輝かせながら少年の手を取る。
「へへ…いやぁ……」
「まったく、大したものでござる……」
「いやいやそんな……えっ!?」
見ると、中年の体のあちこちから煙が上がっている。
「おっさん!」
「やだ……!」
「人助けのためとは言え、人工筋肉に無理をさせすぎたでござる…… しかし最期に人助けができて……拙者の人生も悪いものでは……ぎゃばらば―――――――!」
中年は爆死した。閃光の中、右手は親指を立て「グッジョブ!」の形をとっていた。
「おっさん……」
閃光と爆風が収まると、女子高生は、足元に転がってきたおっさんのネジを拾った。
「おじさん……私、このネジ大事にするね! おじさんのこと忘れない!」
セーラー服の女子中学生がはじめて口を開いた。
「なにジャイアント……?」
修羅場で頭がいっぱいだった少年は、はじめて彼女の存在に気づいた。
自分と同じ犬臭中学校の制服を着た、黒髪のロング。年も同じくらいだろうか。一見おとなしそうに見えるが、一筋縄ではいかなさそうな雰囲気を醸し出しているようにも見える。どこかで会ったことがあるはずだが、微妙に名前が出てこない。
「ブルマニアくんのかばんいただきっ!」
セーラー服の少女は突然、少年のかばんをひったくる。
「なっ……!?」
少女はそのまま走り去る。不意をつかれた少年はハッと我に返り、全力疾走で追いかける。
(まずい! かばんの中身をみられたら……!)
セーラー服の少女と少年は川ぞいの公園にたどり着く。少女は走るのをやめ、くるりと少年の方に向き直る。
「……!?」
身構える少年。直後、少女は少年のかばんを開けはじめた。かばんの中身を見て、我が意を得たりといった笑みを浮かべる。
「………ふふ、やっぱりね」
少年のカバンの中には、盗んだブルマがぎっしり詰まっていた。
「ブルマドロ疑惑……本当だったんだね、古間大介君」
「…………!」
古間大介は脂汗を流しながら、少女をじっと見る。
「あっ!? これ私のブルマ……」
戦利品の中に自分のブルマを見つけてしまい、少女の顔は真っ赤に。見覚えがあると思ったが、そりゃああるはずだ。ブルマを盗んだんだから……! 隣のクラスの天地優子さんだ。
「……警察に通報します!」
ポケットから携帯電話を取り出す。それを見た瞬間、光速で土下座をする大介。
「すいません、通報だけは許してください! なんでもしますから!」
セーラー服の少女は無言のまま、トリモチで身動きが取れなくなったドブネズミのような変態を見下す。
「なんでも……? それなら、ひとつだけ言うこと聞いてくれたら、許してあげる……」
一体どんな無理難題を出されるのか……恐怖と絶望に震えながら見上げる。真っ赤な顔で少女は言った。
「わ、私と……エロゲーを作りなしゃい……!」