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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 口減らし、ということは――

「どこか、お悪いんですか?」

 前世の姥捨て山のお話しかり、ふつう口減らしと言ったら、労働力にならないものから切り捨てるものだ。
 そうして食料供給と食料消費の釣り合いを取り、全体を生き残らせる。
 前世でも今生でも、飢饉となれば老人や病人から減らし、健康なものや役畜なんかを生き残らせる……のだけれど。
 目の前のディネリンドさんは、多少顔色が悪いけれど、どうにも健康そうに見える。

「違うわ」
「へ?」
「ウィル、そりゃエルフの思考じゃねぇ」

 メネルが眉間にしわを寄せつつそう言うと、ディネリンドさんが頷いた。

「そうね。その通り」
「……えっと、どういうこと?」

 どうもこうもねぇ、単純な話だと、複雑そうな顔をしてメネルは言った。


気高きエルフは(・・・・・・・)弱者を見捨てない(・・・・・・・・)


 確信を伴った声だった。

「いくら暮らしていけなかろうが、エルフが老人や病人を捨てるわけがねぇ。
 見たとこ周りは危険域だらけの、完全孤立した集落だ」

 辺りには淀んだ川と、泥湿地ばかりが延々と続いている。

「食料が減産するたび、動けて戦える連中が志願して、自発的に外に向かってるんだろ。
 ……どの方面かに脱出して、人里に到達して救援を呼べれば最上。そうでなくても口は減る、と」

 違うか、とメネルは言った。

「そうね、その通りよ。――ていうか、弱った人を追い出すとか馬鹿じゃないの?」

 ディネリンドさんは真顔でそう言った。
 弱いものは守られるもの、強いものは先に身を削るもの。
 それが当然のことだと、ごくごく自然にそう言った。狂信や盲信の気配もなく、本当にどこまでも、自然な調子で。

「つくづくエルフだよなぁ……」
「なにそれ。褒めてるの? 貶してるの?」
「褒めてるんだよ、ったく」

 メネルの視線は、まるで眩しいものを見つめるようだった。

「…………」

 エルフは誇り高い。
 そう何度も聞いていた。皆が口を揃えてそう言った。
 なるほど、こういうことなのだ。

「……エルフは、変わらんのう」

 ゲルレイズさんが、ぼそりと呟いた。
 彼の顔についた古傷が、口の端がつり上がることによって歪んでいた。
 それから幾つか細かい話をすると、僕は改めて話を切り出す。

「ディネリンドさん、集落に案内して頂けませんか? 山に向かう道筋を教えて頂ければ、こちらも出来る限りのことをします」
「ディーネでいいわ」

 彼女はヒュドラにやられて解けっぱなしだった金の髪をかきあげ、首の辺りでくくり直すと、

「願ってもないことよ。助かるわ」

 そう答えて、頷いた。



 ◆



 それからしばらく船を進め、湿地の中、狭い支流を進んでゆくと……日が暮れる頃になって、森が見えてきた。
 けれど、それはゲルレイズさんの話にあったような、美しい森ではなかった。

 重病に侵された末期の患者のような、濃密な死の気配。
 森の木々の幹は、ところどころ不気味に変色し、力なくしおれた枝からは、半ば茶色く枯れた葉が垂れ下がっている。
 流れに沿って、森の中へ、船に乗ったまま漕ぎ入ってゆく。

「…………」

 とても薄いけれど、毒気を感じる靄。
 あちこちから殺気めいた、凶猛な生命の気配。
 皆が眉をひそめた。
 予想はしていたけれど、明らかに正常な状態ではなかった。

「ひどいものだな」
「ええ、実際ひどいものよ」

 舵棒を取るレイストフさんの率直なつぶやきに、あっさりとディーネさんは返した。

「森はすっかり穢れて、年々、壊死するように縮退してゆく。
 獣は狂ったような気質の、奇怪なものばかり。
 泥地に囲まれて、どこに行けば他のまともな勢力と接触できるかもわからない。
 おまけに唯一、目印になる山は、悪魔と竜の巣よ」

 そう彼女が呟いた瞬間。
 再び西の方角から、竜の唸りが響く。
 ギャアギャアと怪鳥が飛び回り、森のなかの奇怪な獣たちが、恐れて縮こまる気配がした。

「……おまけに最近は、あの調子。もう終わりなんじゃないかって言うものもいたわ」
「これは、《忌みことば》の影響――だけじゃねぇな」
「ええ。邪竜の瘴気よ」
「……邪竜の?」

 竜は山の中にいるはず。なぜこちらに――

「ドワーフたちが地下に張り巡らせた隧道よ」

 その答えに、ルゥとゲルレイズさんが、顔を歪めた。

「私たち《花の国》のエルフと、《くろがねの国》のドワーフとは、良くも悪くも隣人だった。
 地上にも地下にも、たくさんの道があったわ。そして漏れ出る竜の瘴気は、隧道を伝って森の各所から流れ出した。
 ――そして今も、流れ続けている」
「それは……」
「…………」
「……気にしないで。別にドワーフの貴方たちに含むところがあるわけじゃあないの。ただの現状の説明。それだけよ」

 さっぱりとした調子で手を振ると、ディーネさんは語り続ける。

「このあたりは妖精の力も薄れているし、水も空気も食べ物も毒気を含んでいるわ。
 ……長く生きているものほど、その蓄積にやられて死んでゆく。もう、臥せって動けなくなっている者も多い。
 麗しの《花の国》なんてはるか昔。滅びを受け入れるつもりも、誇りを失うつもりはないけれど……それでも今は、いいとこ半死人よ」

 船が進んでゆく。
 いくつかの柵が見え、家々が見えてきた。
 汚れ、くたびれ、くすんだ白亜の家々。
 見慣れぬ船を見て、よろよろと、幾人かのエルフたちが姿を現す。

「――だから、邪竜を討とうとする勇者が、外から来るなんて思わなかったわ」

 夢みたい。
 ディーネさんが呟いたその言葉には、色々な想いが滲んでいるように聞こえた。

 今まで、僕たちが来るまでに。
 病に侵されて、幾人が死んだのだろう。
 縮退する森と、減少する食料に、外の世界との接触を求め、幾人が帰らぬ旅に出たのだろう。
 ――間違いなく、彼女の知る人たちも、そのなかにいたはずだ。

 邪竜の問題が顕在化するより早く、もっと探検の手を進めていれば。あるいは、救えた人もいたのだろうか。
 僕がそんな、埒もないことを考えた瞬間――ディーネさんはふわりと、体重を感じさせない動作で舳先に歩を進めると、くるりと僕たちに向けて振り向いた。

「ようこそ《花の国(ロスドール)》へ」

 右の手のひらを左の胸に。
 そっと足を引き、頭を下げる古式の挨拶。

「――歓迎いたしますわ、勇者さまがた」

 浮かべた笑みは、咲きほころぶ花のようだった。



 ◆



 それからしばらくは、慌ただしくなった。
 ディーネさんの事情説明もそこそこに、僕はとにかく重症者を治療させてほしいと願い出た。

 ――いきなりやってきた見知らぬ人間に、弱っている同胞たちを晒して良いものか。
 エルフの集落の主だった人たちも悩んだ様子だったけれど、ひたすら頭を下げ、どうか治療させて欲しいと頼み込むと――

「ごほッ……これほどの武具を持つ戦士が、ごほ、ごほッ、そこまで言うのだ。恥をかかせるな」

 古傷のある、真っ白な髪のエルフの長老が、僕たちの武具を見て許しをくれた。
 何度も何度も、ひどく咳き込みながらだった。

「その咳。治しましょう」
「ゴホっ。待て。私よりも、まず治癒が必要な者が――」
「すべて治します」

 後か先かの問題だ。
 目についたところから片っ端から治すつもりだった。

「馬鹿をいうな。祝祷術による治療は、気力、集中力を著しく削る。そう何人も――」
「百人や二百人でしたら問題ありません」
「ひゃく……っ!?」

 ディーネさんを含め、一堂に会していたエルフの里の面々がぎょっと目を剥いた。

「全て癒せますし、癒やします」

 言いながら祈る。
 軽く目を伏せると深く集中し、灯火の神様の助力を請う。
 次の瞬間には、ぼんやりと光が浮かび、長老の咳は消えていた。
 だいたい数秒のそれに、エルフさんたちがどよめき、あるいは絶句した。

 一呼吸のうちに深い祈りに達する。マリーの教えを受け、そして日々の祈りを繰り返し、自然に達した境地だ。
 たとえ奇跡を授かった神官といえども、鍛錬を繰り返し、それができるようにならなければ、戦いのただなかには身を置けない。

「――症状の重い人を集めて下さい。集められない人は順に出向きます」

 辺りを見回して言う。

「大丈夫。すべて癒やします。――グレイスフィールの、灯火にかけて」

 胸に手を置いてそう告げると、エルフさんたちは頷き合い、動き出した。
 それぞれに分担を決めて、集落の各所に走ってゆく。
 ……そうして僕が集落の全員を癒やしきる頃には、すっかり日が暮れていた。

「はー……」

 そうしていま僕は、集落の外れ、淀んだ水の流れの前で息をついていた。
 里の方からは、かすかに楽の音が聞こえてくる。

 衰弱で死の床につき、手足さえ麻痺していたような重症者が、次々と起き上がったのだ。
 みな手足がふたたび動くことに涙を流して喜び、友人知人誰かれ構わず抱き合い、歓声をあげれば、そのまま食べ物と飲み物と楽器を持ち寄り、宴が始まるのも自然の流れだ。
 僕も主賓として、すっかりもみくちゃにされて、幾度も果実酒を飲まされた。

 ゲルレイズさんやルゥも、エルフさんたちに何やら盛んにしゃべりかけられていたし、レイストフさんもエルフさんたちのお酒に静かに付き合っていた。
 メネルなど、すっかり酔っ払ったディーネさんに引っ張り回されて、焚き火の前で慣れない踊りを踊っていた。
 薄曇りの空に月もおぼろな、良い夜だった。

「…………」

 けれど――自分に《毒消しの祝祷》をかけて血中からアルコールを抜いておく。
 この地域では、いつ戦いになるかわからない。
 完全に酒精に身を委ねることは、できない相談だ。

 ……と、ふと、羽音がした。
 ばたばたと翼をはためかせ、僕の傍のねじくれた木に、一羽の大鴉がとまる。
 艷やかな黒の羽に、どこか不吉な紅の瞳。

【――旅は順調かね?】

 不死神の、《遣い鴉(ヘラルド)》だ。

「ええ、とりあえずは……って、イタタ……」

 鴉がしゃべるたび、脳裏に灯火の神さまの警告が、ガンガン鳴り響く。
 ――すみません、落ち着いて下さい神さま、大丈夫です。

【ハハハ。君は本当にグレイスフィールに愛されているな。……私にも愛されてみないかね?】
「ご冗談を。――それで?」

 真紅の瞳を見据える。
 ……真っ黒な鴉は、なに、警告さ、と前置きしてこう言った。


【引き返すなら、おそらくここが、最後の機会だ】


 同時。大地が、揺れた。
 地の底から響くような、唸りが聞こえる。


 ――ォォォォォォオオオオオオオ……


 西の山脈から、唸り声が聞こえる。
 魂を鷲掴みにされるような、恐ろしい響き。
 唸りが終わるとともに、沈黙が落ちる。
 エルフの里の楽しげな楽の音も、音に怯えるように止まっていた。


【もう一度だけ言う。――挑めば、死ぬぞ】


 紅の瞳が、射抜くように僕を見つめた。


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