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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 数ヶ月が経過した。
 陽気は徐々に暑気となり、日差しのきつい日が続くようになってきた。

 ガスの授業は、魔法から算術や簿記や経済から、時には土木などの話に飛んだり、とりとめがなかったけれど、ブラッドの授業は常に極めて単純明快だった。

 基礎体力をつくること。

 投げること。

 そして殺すこと。

 その三つを徹底して教育されている。


「そもそも基礎の筋力体力ってのは、何にも増して大事だからな」

 ブラッドは腕を曲げて、二の腕で力こぶを作る動作をする。
 無論、力こぶができるわけもなく、上腕骨しか見えない。

「でも、技とか……」
「技ってのは筋肉あってのモンなの」

 即座にばっさり切り捨てられた。……そうなのだろうか。
 割と漫画とかで小さいほうが大きい方を倒すのに慣れ親しんできたせいか、こう断言されると違和感がある。
 その疑問に気づいたのか、ブラッドがことばを続けた。

「んー……ならよ、ウィル。お前、魔法抜きで俺を転ばせられるか?」

 そう言ってブラッドはどっしりと構える。
 身長2メートル近い巨漢の骨が、腰を落として構えていると凄まじく迫力がある。
 数え8歳かそこらの子供にどうこうできるものではない。

「……無理」
「だよな。達人の技があっても、武器なしでこの体格差じゃ無理だ。体格差、体重差、筋力差ってのはそのまま力に直結する。
 そりゃあ技があればひっくり返せる『可能性』はあるし、そういうのは夢があるからもてはやされるがな」

 気づいたら間合いが詰まっていて、ひょい、とブラッドが軽い動作で僕の足を払った。
 見事に草地にすっころぶ。
 その瞬間、僕は反射的に体をまるめて地面を叩き、徹底して教えこまれた受け身の動作を取っていた。
 時々、不意打ちでこうやって受け身の技術をテストされるのだ。
 なってないと、また延々、草原でごろごろ受け身の基礎練をさせられる。

「よーし、上々。……で、まぁ現実はだいたいこうなる。基本的に有利なのはでっかい側だ。
 でかいってのはそれだけで有利だし、お前はいっぱい運動して、たらふく食ってでかくならねぇとな」
「うん」

 当たり前だが運動したら、消費したカロリーぶん以上に食べなければ筋力にならない。
 筋力にならなければ運動した消耗がそのまま無駄になるのだから、「もったいない」とブラッドは常々言っていた。
 前世では小食で偏食で不規則な食生活だったが、今生ではご飯はできるだけ規則的に、たくさん食べるようにしたい。

「で、筋力の話だ。……筋力ってのは状況を選ばねーのが強みだ。
 たとえばそうだな、すげぇ拳闘の技術を持ったやつがいるとする。ステップ踏んでばしばし殴るやつだ」

 言われてボクサーを想像した。

「うっかり組み付かれてぐっだぐだの揉み合いになったらどうだ。その拳闘の技はどこまで有用だ?」

 ……近い間合いでもそりゃ脇腹とかを地味に殴れるだろうけど、威力半減だろうなぁ。
 実際のボクシングでもクリンチって技術があったし。

「逆に組付きが強い、高いグラップリングの技術を持った奴がいるとする。
 ……リーチ長い相手に、遠距離から巧妙に距離取られてばしばし殴られたらどうだ? 技はどこまで有効だ?」
「む……」

 それもまた技が活かせない状況だ。

「技には活かせない状況はいくらもある。
 が、おおよそ全ての状況で『筋力が高い』ってのは有用なんだよ。めったに不利には働かねぇ。
 ぐだぐだの揉み合いだろうが、腰の引けた殴り合いだろうが、筋力があれば相手を押さえ込めるし拳の威力も高い。
 武器持ったってそうだ。筋力がありゃ軽く振れるし何度も振り続けられるし、相手の武器を押さえこめる。
 逆に技ってのは、無用とは言わねぇが、『その技を使える状況』でしか効果を発揮しねぇんだよ。
 武器術だってそうだ。いつだって馴染みの武器を帯びてるとは限らねぇ……だが筋肉は常に鍛えてりゃ体から離れねぇ」

 極めて現実的な分析だった。
 筋力や体格は基礎パラメーター。そこに、あくまで状況次第で技補正がついてくるのだ、ということだ。

「とすると、どっちを優先すべきかは明白だろ。まず筋力、しかる後に技だ。分かったか?」
「うん、分かった。……ブラッド、実はけっこう考えてたんだね。意外だ……」
「ほう、お前、俺を馬鹿だと思ってやがったな? ……よーし、いい子だ、ちょっとこっちこーい?」

 きゃー、とわざとらしく叫んで、僕は逃げ出した。



 ◆



 僕の身長よりちょっと短いくらいの紐がある。丈の長い草をいくつも捩って、編んで作った紐だ。
 片方の端には指が入るくらいの、すっぽぬけ防止の輪っか。
 紐の中央には、ピンポン球が入るか入らないかくらいの小さく浅い受けが編みこんである。
 ……これは投石紐。スリングというやつだ。

 ブラッド曰く、投石紐は大きな拠点をもたない戦士にとって、とても優秀な兵器だという。
 同じ射撃の武器でも弓はかさばるし、重ね張りしたものだと温度や湿度で反り返って破断することがある。
 弦がゆるまないように、使うたびに張ったり緩めたりも必要だし、鏃や矢も含めて入手や整備の難易度が高い。
 もちろんより工夫を減らして製作や整備の手間を減らした、簡易で扱い易い弓を作ることもできるが、それより投石紐のほうがいい、と。
 ……弓というものを軽く考えていた僕は、そんなに面倒なのかと話を聞いて驚いたほどだ。

 そして後から、この投石紐という武器の優秀さにも驚いた。
 前世の記憶の中ではそんなに馴染みのない武器だが……これは、強い。
 その辺の丈の高い草を編むなり、あるいは手ぬぐいのような布一本でも作れて整備もほぼ不要。
 矢玉もそのあたりの石を拾い集めれば十分に使えるというのに、威力はといえば優に人を殺すに足るものだ。

 射程もかなり長い。熟練のブラッドの投石は最大射程は、飛ばすだけなら相応の紐を使えば300メートルを越えるそうだ。
 ……つまりブラッドは0.3キロ向こうに、当たったら死ぬ勢いの石を山なりに飛ばせる、という。高低差を利用すればもっとだ。

 前世の義務教育での身体測定のソフトボール投げが、30メートル飛べば良い方の記録だったからその10倍。
 流石にきちんと狙える有効射程はもう少し短いようだけれど、それでも100メートル圏内ならそこそこ狙えるらしい。

 もちろん、弓と比べて劣る部分や弱点がないわけではない。ないわけではないのだけれど……
 このコストパフォーマンスで、しかも手軽に持ち歩けるとか、本当にえげつないとしか言いようがない。
 そういえば聖書で巨人ゴリアテを殺した、ダビデの投石ってこれだった、と今更ながらに思い出した。


 ブラッドの授業の柱のひとつ、「投げること」は、この投石紐の製作と、その扱いへの熟練を主眼に行われていた。


 神殿の丘を街とは反対側に降りて進むと、墓石が立ち並ぶ野原の先に鬱蒼とした森がある。
 その辺りには、野鳥がよく集っていた。

 僕は中指を一本、投石紐の輪っかに入れると、受けに手頃な石をのせて、紐のもう一方の端を人差し指と親指で軽く押さえた。
 二回ほど回して勢いをつけると、タイミングよく指を離して受けに収まった石を解き放つ。
 紐は輪によって指にかかって手元に残り、石だけが風切り音を立てて勢い良く飛ぶ。

 そして視線の向こう、森のそばで何かをついばんでいた、うずらの群れの中の一羽に直撃した。
 その瞬間、けたたましい羽音とともに、鳥たちが一斉に飛び立つ。

「よーし、上々! 確保!」

 ブラッドもそう言いながら、飛び立った群れに向けて自分の投石紐から石を放って一羽を撃ち落としている。
 アレはさすがにまだ真似できないな、と思いながら、数十メートル離れたうずらのもとに駆け寄る。

 うずらはぴくぴくと痙攣していたが、まだ息があるようだ。
 僕から逃げようとするが、翼が折れたのかうまくいかず、もがいている。
 そのありさまは、一瞬思わず同情してしまうほど哀れで……

「おいウィル、苦しませんな! さっさと首折れ!」

 しかし声に押されて、あらかじめ用意した厚布を使ってうずらを抑えこんだ。
 手の中でばたばたと暴れる感触。
 くちばしや爪での抵抗を布で制し、ぐっと首に力を入れる。

「…………!」

 首をへし折る嫌な手応えとともに、くたりと、手の中のうずらが力を失った。
 少し離れたところで、ブラッドもうずらを回収していた。
 あちらは即死したようで、とどめを刺した様子はない。

 つぶらだったうずらの瞳は、今では光を失っていた。
 ブラッドがこちらに来るまでの間、僕は我知らず、両手を組んで祈っていた。
 最初は生前の習慣に合わせて両手を合わせていたのだが、この世界ではこうだとマリーに教えられたのだ。

「……そろそろ慣れたか?」
「あんまり」

 殺すこと。

 これがブラッドの授業の、最後の柱だ。

 殺すこと、は……僕にとって、とても重かった。
 馴染めない。無感動にあっさりと殺せない。
 前世の記憶を引きずっているせいだろうか……

「殺すの、やだ」

 そう思ってしまうのは、甘えだろうか。

「ん? 俺だってやだよ」
「……え?」

 ブラッドは肩をすくめた。

「だから、深く考えりゃ俺だってやだよ。鳥でも人でも殺すのは抵抗は、そりゃあるさ。ただな、」

 と、ブラッドは指先で僕の胸をとんと突く。

「必要ならそれをいったん横において、反射で殺しにいける。そういう気持ちの置き方を教えたいんだよ。
 戦いの場じゃ、それが生死にかかわるからな」
「…………」

 そしてブラッドは、僕の手からうずらの死骸を受け取る。
 まとめて足をくくって、腰に吊るした。

「……もう何羽か仕留めるぞ」
「うん」

 ことばや動作のなかに、とても沢山の気遣いがある。
 やっぱりブラッドはすごいひとだな、と思った。



 ◆



 さて、鳥を仕留めたなら当然、それが食卓に並ぶ。
 ブラッドとガスにしごかれ、へとへとになって帰ってくると、食卓でマリーが食事の準備を済ませていた。
 羽をむしられ、内臓を抜かれたうずらは、塩と神殿傍の菜園のハーブをすり込まれて、火で炙られて皿に乗っていた。
 まだ脂がしたたり、湯気が立っている。
 辺りに撒き散らされる焼けた肉の香りは、思わず生つばを呑んでしまうほど美味しそうだ。
 加えて深みのある良い色をした雑穀のパンに、色々な野菜が放り込まれたスープがあった。
 たまらない。

「ふふ、食べ物は逃げたりしませんよ。それでは、お祈りしてから頂きましょうね?」
「はーいっ!」

 マリーの教育方針で、食べるときはきちんと着座して、お祈りをしてから、ということになっている。
 僕は両手を組んで、教えられたいつもの文句を口にした。

「地母神マーテルよ、善なる神々よ、あなたがたの慈しみにより、この食事をいただきます。
 ここに用意された食物を祝福し、わたしたちの心と身体を支える糧として下さい」

 今生では、今のところ、朝に起きてはブラッドと運動しガスから学び、マリーの食事を規則正しく食べている。
 前世では適当な時間に起き、適当に食べて、モニターの前にずっと座っていた。
 生活リズムは不規則になり、乱れた生活はどんどん自分の身体をぐずぐずに弱らせていた。
 あれがどれほどまずいことだったのか、生まれ変わってようやく分かった気がする。
 身体が弱ると、心も弱るのだ。……今生では、もう、ああいうことはするまい。

聖寵みめぐみに感謝を。……いただきます」

 さて、仕留めたうずらだが、コクがあり歯ごたえもよく、脂ものっていて本当に美味しい。
 ちょっと骨が多くて肉が少ないけれど、そんなことはまったく気にならないほどだ。
 無言になって、延々骨から肉を剥ぐ作業をしてしまう。

 合間合間にパンを食べるが、さっぱりしたパンは肉の濃い味をリセットするのにちょうどいい。
 皿の上の肉汁を、パンでぬぐって食べるのもこれまた美味しい。
 スープも適度な塩気で、疲れた身体に染みわたる。
 本当に、幸せな食卓だった。


 …………ただ、大きな謎があった。


「とっても美味しいよ、マリー」
「ふふ、それは良かった」

 マリーもガスもブラッドも、不死者である。
 食事はしないし、できない。
 よって食料を生産する必要も蓄えておく必要もないし、実際にそう大きな畑を耕作している様子はない。
 というか、小さな菜園は僕がきてから直したらしく、野菜やハーブはあるが穀類が育てられていない。

 また、この神殿のある都市の廃墟は、明らかに人類社会からは断絶しているから、どこかから購入もできない。
 廃墟に残っている食べ物などもうよほど保存性のいいもの以外、腐り果てたどころか、ただの床の染みや乾いた粉になっているだろう。


 ……では、このパンは、いったいどこから発生しているのだろう。どこから穀類を? 窯は?


 ひょっとして、古代語魔法あたりで食べ物がつくれるのではないだろうかという可能性も考えた。
 「脂」が出せるのだから、《創造のことば》で「パン」とか「豚肉」とか言えば、マナがそういう形になるのではないか。
 その推論は、結論としてはノーだった。
 それらしいものを作って食べれば「満腹になった気」にはなれるが、人間のわざでは栄養価のある食べ物を構築できないのだそうだ。

 ガスはそれについて「自分の《ことば》を食べて腹が膨れるはずがない道理じゃ」などと、なかなか面白い表現をしていたが……
 事実は、恐らくあれだ。
 ……多分この世界の生物に対する知見と、《創造のことば》に対する理解が足りていないんじゃなかろうか。
 つまりタンパク質とかビタミンとか、細かい栄養価レベルでの理解がないから、そういう《ことば》の解析が進んでいないのだ。
 結果パンを作ろうとしても「外見だけパンではあるけれど、食べてもカロリーにならない」という超ダイエット食品が爆誕してしまうようだ。
 なお同じ理屈で、複雑な人体をいじくりまわす、医療系の古代語魔術というのもなかなか進展が少なく難しい分野らしい。

 少し話がそれたが、つまり、だ。


 ……ここらに僕が毎日食べられるだけの食料など存在するという、そのことがそもそもおかしいのだ。


 しかし、実際には僕の目の前には毎日なにかしらの食べ物がある。
 これまでの材料から導き出した推論が妥当であるというのに結論と食い違うということは、そもそもの材料が足りないのだ。
 よって、他に何かの要素があるはずなのだが……

「ねぇ、マリー。このパンってさ、どこから用意してるの?」
「……それは、秘密です」

 本当に、謎が多い。


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