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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 冴え冴えとした冬の空気のなか、神殿のある丘を木枯らしが吹き抜けた。
 湖に面した廃墟都市の家々は、吹き抜ける寒風にじっと耐えるように佇んでいる。

 空には薄雲がかかり、正午だというのに陽の光は微かだ。
 見上げても、ぬくもりは感じられない。

 あれから月日はすぐに過ぎ、ブラッドとの対決の日はもう、今日だ。
 ……明日には僕は成人する。
 たぶん春には、この神殿を出て旅に出る。

「…………」

 念入りに柔軟をし、それから素振り用の2倍の重さのある剣を振り回す。
 袈裟。逆袈裟。引き付けて突き。切り払い。薙ぎ。構えなおして、真っ向切り下ろし。
 切っ先が風を切る音が辺りに響く。

「…………」

 ガスの言葉が脳裏に蘇る。
 でも、つとめて集中して、それを打ち消した。
 身体が暖まり、徐々に全力を発揮できる状態へと移行していく。

「……よし」

 準備運動を終えた。
 素振り用の剣を置いて、装備を確認する。

 本身の長剣。金属の枠に木製の板と、皮を貼り重ねた円盾。ベルトには組打ち用の短剣。
 厚手の鎧下の上に、革製のソフトレザー・アーマーを着こみ、更に要所は金属製の首鎧、胸甲、篭手、脛当てなどで覆っている。
 更に仕上げに、シンプルな曲線を描く兜。……これが今日、使用する装備の全てだ。
 全部装着すると、もうどう見ても重戦士とか騎士とかそんな感じである。

「ウィル。……手伝いましょう」

 流石にこの重装備になると、一人で装着、点検するのは極めて面倒だ。
 マリーが手慣れた様子で鎧の紐や金具を確認してくれる。

 ……普段はこれほどには着こまない。
 僕は町中でも山の中でも常に鎧兜を着て歩ける、コンピューターRPGの登場人物ではないのだ。
 今後、人間社会を目指して旅をするという想定上、そこまで重装備はできない。

 旅する上で大切なのは、鎧や兜ではない。
 それらの重量を無くせば、代わりに背負える食料や小道具がどれほど増えるかなど言うまでもない。
 どれほど長く旅をすることになるか分からない以上、旅支度は武装より優先されてしかるべきだ。

 ただ、それはそれとして、今日は別だ。
 ……相手が本気のブラッドなのだ。
 いくらマリーの祝祷術があると言っても、即死は流石にどうしようもない。
 本気のブラッドの一撃が直撃しても、即死しない程度の防護を考えると……
 都市からドワーフ製の銘品たちを探し出しての徹底的な完全防備、というのが結論にならざるをえない。

 あくまでこれは試合、つまり腕の試し合いなのだ。
 殺し合いではない。

「よう、ウィル。準備はいいか?」

 ブラッドが問いかけてくる。彼は丁度いいハンデだと言って、鎧を装備していない。
 腰には剣帯を巻いて、予備とおぼしき黒鞘の片手剣を差しているが、それは彼の武装の主役ではない。

 ……長大な、呆れるほど長大な両手持ちの大剣(ツーハンデッドソード)

 あれがブラッドの、本気の武装だ。
 辺りを見回す。
 枯れ草ばかりの丘の上には、マリーとブラッドが居るばかり。
 ……ガスの姿は、ない。

「――いつでもいいよ。やろう。」

 軽く首を振り、ガスのことを頭から追い出す。
 集中しろ。いまは、戦いのことだ。

「おう、それじゃあ最後に確認な。
 魔法ナシ、即死狙いナシ、その他すべてアリアリで、何かあればマリーの術で対応。
 勝敗は参ったの宣言か、戦闘不能だ」

 ブラッドは軽い口調で言いながら、距離をとって大剣を構える。
 そして――


「死なねぇように、注意しな」


 ……ぞっとするほど低い声とともに、最後の試験が始まった。



 ◆



「っ……!」


 それは、まるで嵐だった。
 厚い鋼の刃が、その大質量が、信じられないほどの速度で上下左右から襲ってくる。

 一撃でもまともに受けた瞬間、長剣はへし折られ、盾は叩き割られるだろう。
 まして防具でなど、どの部位で受けてもそのまま戦闘不能に追い込まれるに違いない。
 ひたすら直撃を避けて、大剣の軌道を側面から叩き、盾で斜めに逸らし、かわし、回り込み、凌ぐ。

 予想はしていたけれど、あれだけ着込んだというのに、防具が本当に「即死しないためのもの」でしかない!
 アンデッドの力と技は、生前に準拠する。
 ……とんでもない力と、それを武器に乗せるための技がそこにあった。

 前世の知識をいうなら、普通、日本刀でも鎧兜は切れないし、ロングソードでもプレートアーマーは切れない。
 あっさりそんなことができるなら、甲冑の隙間を狙う剣術なんてものは発達しない。

「……ぐ!」

 でもブラッドのこれは違う。
 圧倒的な体格、きわめて長大な得物による遠心力、そして生前鍛えぬかれた筋力由来のパワーで、何もかもを強引に叩き斬ってくる。
 たとえ切断しきれなくとも、衝撃だけでノックダウンは確実だろう。

 鍛えぬかれた筋力による、圧倒的な暴力。
 ……まさにブラッドの日頃の言葉の体現だった。

「……く、ぅ!」

 こちらの長剣のリーチは短くない。
 短くはないが、相手の大剣のリーチはそれを更に上回る。
 現状、こちらの間合いの外からいいように連打されている状態だ。
 そしてアンデッドであるブラッドは疲れないため持久戦は不可能。くそったれだ。

 対ブラッド用の策がないわけじゃないけれど、使う機会さえ与えて貰えそうにない。
 ブラッドめ、本当に大人げなく勝ちにきてる……!

「……ッ!」

 あえて大きく距離を取り、ブラッドの追撃を誘うと、僕は腰の短剣を引き抜きざまに投擲する。

「ち!」

 ブラッドが両手剣を盾のように構えて短剣を弾いた瞬間に、短剣を追うように飛び込み、

「うわっ!?」

 急制動をかけて、飛び退かざるをえなかった。

 ブラッドが片手で柄の端、もう片手で刃の根本の刃引きされた部位を握って、まるで薙刀のようにすね払いを繰り出してきたのだ。

「はっはっは……懐に入ればと思ったか?」

 ブラッドのドクロ顔が、にやりと笑った気がした。
 そういえば前世で、野太刀やツーハンデッドソードにそういう運用があると読んだおぼろげな記憶がある。

「そうもいかないみたいだね……やんなるよ、もう」

 広く握って薙刀のような運用ができるとなると、すね払いのほか、小刻みな突きもありうる。
 下手に懐に飛び込んでも、棒術めいた対応をされかねない。

 単なるパワーだけではない。
 ……ブラッドは完全に、この長大な武具の扱いに習熟していた。

 きわめて重く威力の高い武器を、凄い筋力で遠くの間合いから、速く巧く精密に、すさまじい回転数で連打してくる。
 懐に飛び込んでも握りを変えて近間に対応。……つまり、ひたすらに、まんべんなく強いのだ。
 武器に偏っているわけでも、力に偏っているわけでもなく、技に偏っているわけでもない。
 全部がほぼ満点。付け入る隙がない……《戦鬼》とはよく言ったものだ。本当に鬼にでも遭遇した気分だ。

「…………」

 もう、これは、賭けるしかない。
 そう肚を決めた。

「お?」

 するとブラッドもそれを読み取ったのか、大剣を大上段に構える。
 何をやってこようが叩き潰す、と言わんばかりだ。

「………………」

 剣で受けたら剣が砕ける。
 盾で受けたら盾が砕ける。
 鎧で受けたら鎧が砕ける。

 半端な小細工程度では、握り替えで対応される。
 その一撃をどう凌いで、こちらの間合いに飛び込むか……


「――――やぁあああッ!!」


 答えは一つだ。



 ◆



 自分を鼓舞するように叫んで突っ込む。
 ブラッドの対応は――大上段から柄を八双に引き寄せて、胴薙ぎ!
 野球のバットをフルスイングするかのような一撃だ。

 振り下ろしでは、盾で逸らされて突っ込まれるかもしれない。
 頭を薙げば身を伏せ、脛を薙げば跳躍して突っ込まれる可能性もある。
 だけれど胴薙ぎは、飛び退るか、受けるほかない。
 制動をかけて飛び退れば元の木阿弥、受ければブラッドの膂力に破砕される。
 ブラッドらしい合理的な手の選択。


 だからこそ、読めた。


 盾で受けたら盾が砕ける。
 鎧で受けたら鎧が砕ける。

「ぅお……!?」

 だから、盾を滑らせ減速させて(・・・・・・・・・・)それから鎧で受けた(・・・・・・・・・)

 盾がひしゃげる勢いで大剣が炸裂し、更に胴のプレートに直撃する。


「っぐ、ぅ……ッ!!」


 耐えきれるかは、賭けだった。
 が、痛い上に衝撃が響くけれど、なんとかギリギリ耐え切れたようだ。

「ぉ、おおおおおおおおおッッ!!」
「っ!?」

 そのまま低い姿勢で突っ込み、突き上げるように盾の叩きつけ(シールドバッシュ)
 ……ブラッドの足が、浮いた。

 そうだ。
 アンデッドには謎の力が働いていて、パワーや制動はアンデッド化しても生前のものを保っている。
 大剣を振り回せるし、振り回す大剣の重量に引きずり回されたりもしない。

 でも、純粋な意味でのウェイトはどうだ?
 ごくごく単純にその体を持ち上げようとしたら、ブラッドは生前なみに重いのか?

 ……違う。そのことは、ヴラスクスで実証済み(・・・・)だ。

 スケルトン化すればウェイトは落ちる。
 ブラッドを攻略する糸口があるとすれば、そこだ。

 人間の骨の重さは、髄液を含めても体重の10%以下。
 生前のブラッドが体重100キロを大幅に上回る巨漢でも、いまは10キロ前後がそこそこ!
 武器重量を含めても50キロは超えない!

「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 体勢を崩したブラッドに、全力で長剣を突きこむ。
 狙うは背骨だ。一撃で……

「ウィル」

 優しげな言葉が、耳に届いた。

 次の瞬間、長剣が、肋骨に挟むように捕らえられた(・・・・・・)


「っ!?」


 そのままブラッドが。
 大剣を手にしたブラッドが、僕の長剣の刀身を肋骨の間にひっかけざま、全身を使ってひねりこむ。
 ……スケルトンならではの、肋骨を使った白刃取りもどき。
 驚きで長剣の柄を手放すのが間に合わず、気づいた時には大剣ごとの重量で腕が捻られ、引き倒されていた。
 地面にたたきつけられ、衝撃が走る。息が詰まる。


「――なかなかのもんだったぜ」


 とっさに起き上がろうとした時にはもう、ブラッドが、腰から抜いた片手剣を僕の首に押し当てていた。
 艶消しの黒い刀身に、走る真紅の文様が鮮やかなそれは、魔剣だろうか。
 ……禍々しいけど美しい剣だな、と首に刃を当てられたまま、そんなことを思った。

「…………参りました」

 それから、静かに降参を宣言した。
 ガスは色々と考えていたようだけれど……そもそも、わざと負ける、負けない以前にこれだ。
 策を練り、全力を尽くしても……


 悔しいが、僕は純粋な剣術比べではブラッドに勝てないのだ。

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