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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 ブラッドやガスとのエピソードに焦点をあてると、何だか僕がとんでもない悪たれ小僧になった気分になってくる。
 ……が、基本的に僕はいい子だ。
 いい子、のはずだ……多分、きっと、恐らく。

「マリー、畑の草むしっといた、あと洗濯物は干しておいたよ」
「はい、ウィル、おつかれさまです」
「それとついでに神像の埃も払って、お花も供えておいたから」
「……あら、まあ!」

 その証拠に最近では、手伝いではなく、マリーの先回りをして家事ができるようになってきたのだ。
 先回り……つまり指示待ちではなく、ちゃんと家事の手順を全て把握し、何が必要かを考え、マリーより先に実行するのは意外と大変だった。
 マリーは行動が早い。
 いわく、「ちょっと何かが気になった時に、すぐに処理をするのが家事を貯めないコツ」なのだそうだ。
 掃除道具や農具は普段から手に取りやすいところに置いてあり、ちょっとした埃や雑草でも気になったらすぐに処理してしまう。
 先んじるにはあちこちにちゃんと目を配らないといけないし、面倒臭がってもいけない。
 マリーの労力を減らすようにと考えて行動するのは、ある意味でブラッドやガスの授業よりも勉強になったかもしれない。
 少なくとも、普通に生活していくという意味では、腕っ節が強くなるよりよほど大切なことだ。

 前世でもこうやって、せめて家事でもしていれば、少しでも家族の負担を減らせたのかもしれない。
 ……この世界で生きるうえは、同じ過ちは二度は繰り返すまい、と思う。

「ありがとうございます、ウィル。それじゃあ手も空いたことですし……そうだ、今日は散髪をしましょうか」
「あ、そういえば」

 気づいたら髪が伸びてきている。
 最後にマリーに散髪してもらったのは、いつだっけ。
 ……マリーは散髪も巧い。
 ちなみにガスはやろうともしないし、一度ブラッドに任せた時の結果なんて無惨のひとことだった。

「それじゃ、お願いします」

 最近は声変わりも終わって、ぐんぐん背も伸びてきて、肩幅も広くなった。
 ブラッドとはまだ肩を並べるとはいかないけれど、それなりに体格差も縮まって、取っ組み合いの格闘戦の練習もできる。
 ……ルールの申し合わせはあるとはいえ、ブラッドは状況次第で髪くらいは容赦なく掴んでくるのであまり長くは伸ばせない。

 そういうわけで首に布を巻いてもらって、天気も良いので外で散髪をすることにした。
 秋の涼しい午前。マリーはよく研いだハサミで、躊躇いなく僕の髪をちょきちょき切り落としてゆく。

「ウィルも喉仏が出てきましたし、そろそろ髭も生えてくる頃でしょうか……」
「そうだね。カミソリのあて方とか、ブラッドに習おうかな……ブラッド、覚えてるかな」
「ふふ、ブラッドも長いこと、カミソリなんて当ててないでしょうしね」

 前世じゃシェーバーが普及しすぎて、普通の安全じゃないカミソリで髭を剃ったことがある若者なんてどれくらいいるだろう。
 当然ながら僕もこれはできないので、習わないとならない。
 カミソリ傷とか痛そうだし、外の世界の風習が許してくれるならちょっと伸ばすのもいいかなぁ……しかし、ブラッドがカミソリか。

「そういえばブラッドの元の顔って、どんな感じだったの?」

 ガスはそのまんまだ。
 マリーもまあ、水分抜けてるだけで、豊かな金髪も優しそうな目元もそのままなので、なんとなく想像できる。
 ブラッドが、生前の姿が一番想像しづらい部類だ。
 尋ねてみると、マリーは懐かしそうに遠くを見て、ハサミを止めた。

「……いまのウィルとはだいぶ違った感じでしたね。
 今の骨格からも分かるでしょうけど、腕も首も太くて、肩幅も広くて……
 いかにも自信満々で、向こう意気が強そうな、野性的な顔立ちでしたよ。
 獅子みたいにたなびく髪に、相手を射すくめるような鋭い瞳……
 美男子、っていうにはちょっとコワモテだったかもしれません」

 見慣れたブラッドの骨格に想像のなかで逞しい筋肉をのせて、そこに皮を貼り付け髪をのせていく。
 射すくめるような眼差しの、野性的でたくましい、獅子のような男……

「……わぁ、しっくりきた」
「でしょう」

 なかなか格好良かったんですよ、と少しはにかむように笑うマリーに思う。
 ……やっぱりこの二人、そういう関係だったのだろうか。
 僕の前ではふたりとも、大人としての節度を崩さないのでよく分からない。
 無論、前世の記憶があったところでその手の機微には詳しくないので、なおさら分からない。

 マリーはハサミの動きを再開し、僕の髪を切り落としてゆく。
 手つきにはあまり迷いがない。
 時々、あちらこちらと覗きこんでは確認をしている。

「はい、できました」

 しばらくしてそう言うと、マリーは僕に手鏡を見せてくれた。
 ……手鏡の向こうには、凛々しく爽やかな顔立ちの青年がいた。
 少し癖のある栗毛をしていて、深い碧色の瞳からは柔和そうな印象を受ける。
 顔だけ見ればお坊ちゃんっぽくもあるけれど、やけに筋骨たくましい体格とあいまって、なんというか良家の若武者といった感じだ。 

「ふふ、なかなか美男子じゃないですか?」
「そんなことないよ。僕はブラッドみたいな顔のほうがよかったかな」

 この世界は危険らしいから、威圧的で押し出しの効く強そうな顔のほうが、たぶん実用的だと思うし……
 それに何より、僕はブラッドのようになりたかった。

「……あんまり似てない、ってのはちょっと残念」

 そう言うとマリーは笑って、ブラッドが二人もいたら大変です、と言った。

「でも、ウィルも本当にそろそろ大人…………あ」
「……?」
「ウィルも、もうじき成人の儀式なんですから」

 切った髪を払い、首周りの布を取りながら、マリーは言う。



「守護神をちゃんと見定めて、何を誓うか考えておくんですよ」




 ……しまった、すっかり忘れてた。




 ◆




 ……この世界は多神教だ。大小さまざまな神がそれぞれに敬意を受けている。
 そして人ごとに、自らが特に信奉する神である守護神がいる。
 成人する前の子供は、親の守護神の庇護下にあるものとみなされるらしいのだけれど、この庇護下から脱する……
 つまり自分個人の守護神を見定めて、誓いを立て、守護を願うのが成人の儀式なのだとか。
 そして人は、自らの守護神のこころにかなうように生き、死ぬことが良いとされている。

 というと何か縛りがあるようだけれど、環境や心境に変化があれば、改めて儀式をして信じる守護神を変えることも可能らしい。
 またたとえば、旅に出るときは誰しも風神ワールに供物を捧げるとか、守護神以外を時に応じて拝むことも普通なのだそうだ。
 あくまで主な努力目標、といったところなのだろう。

 死生観は、輪廻を基本としているらしい。
 人は死ぬと次元の彼方、信奉していた神々のもとに招かれ、そこで生前の行いを検められる。
 それが神のこころにかなっていれば喜びの野で安息を、かなっていなければ苦しみの荒野で悔悟を促され、そして一定の時が過ぎると再び生まれ変わる。
 そうして幾度も生まれ変わり、死に変わり、いつか魂を鍛え抜いた果て、人は神への階梯を昇る……のだそうだ。

 度外れた英雄や聖者というのは、人の次元を超えて神に至る。
 と、言われても実際にはよく分からない。
 日本とか古代ローマとかの多神教世界だと、並外れた人物は死後に神として崇められていた。
 あんな感じになるのがゴール、ということだろうか。


 神殿の広間は、相変わらず荘厳な印象だ。
 ……あの日、ここで目を覚ましてから、どれほど経ったのだろう。
 あの時まだわからなかった、この彫像の神々の名前も、みな分かるようになった。
 これらはみな、この世界に古くから存在する、もっとも有名な神々だ。

 いかずちを象った剣を右手で掲げ、天秤を手にした壮年の、荘厳で威厳のある男。
 これは正義と雷の神、ヴォールト。
 善なる神々の頭領であり人間の庇護者、恵みの雨と裁きの雷を司る主神だ。
 統治者層から民衆までひろく信仰され、神話では兄弟神たる専制と暴虐を司る悪神イルトリートと、激しい戦いを繰り広げている。

 土に実る稲穂を背景に、赤子を腕におさめて、慈愛の笑みを浮かべるふくよかな女。
 ご存知、地母神マーテルだ。
 マリーの信仰する神さまで、大地の恵みと育児を司り、さっきのヴォールトの妻でもあるという。
 その祝祷には農事や育児に関わるものが多く、ヴォールトとともに、とくに農村部であつく信仰されているらしい。

 燃え盛る火炎を背に、槌とやっとこを手にした、背が低くがっしりした立派な髭の男。
 これは炎と技術の神、ブレイズ。
 ドワーフたちの祖であるとも言われていて、例のドワーフ地下街でもよくレリーフを見た。
 職人層からの信仰の他に、激しい気性とたゆまぬ鍛錬の功を唱えることから、ヴォールトと並んで戦士にも人気があるそうだ。
 ちなみにブラッドは、このブレイズを守護神として立てている。

 吹きゆく風の象形とともに、愛嬌の良い笑みを浮かべて、酒盃と金貨を手にした躍動感あふれる若者。
 風と交流の神ワール。
 商業、交流、自由、幸運なんかを司るトリックスター。陽気な小人族、ハーフリングの祖。
 商人や博打打ち、旅人なんかに信仰されていて、街道によくワールを祭った小さな社があるようだ。

 清流に腰まで浸かり、弓を片手に、もう片手を妖精かなにかに差し伸べる、薄布を身にまとった美しく若い女。
 水と緑の神、レアシルウィア。
 海や川や森の恵み、狩猟、精霊などを司る気まぐれな女神で、エルフの祖とも言われている。
 狩人や漁師とか樵など、自然と関わる職業に信者が多い。気まぐれな神さま扱いなのは、自然災害との絡みかも。
 ……ちなみに精霊、妖精というのもこの世界には実在するらしい。見たことはないけど。

 何かの文字の彫り込まれた柱廊を背景に、杖と開いた書物を手にした、いかにも賢そうな隻眼の老爺。
 これはガスが前に言っていた、文字を作った神さまで、知識神エンライトだ。
 知識人層に信者の多い神さまで、その隻眼は見えるものを、失った瞳は見えざるものを見通すというのだけれど、ガスはこの知識神エンライトではなく風神ワールが守護神らしい。
 いわく「象牙の塔で書物に囲まれるより、カネもって旅したほうがよほど良い」とか。

 以上、六柱の神々は《六大神》として、ことに多くの地域で崇められているのだそうだ。
 神話では最終的に悪神たちとラグナロクめいた戦いで相討ちになり、次元の彼方でその傷を癒しているというけれど……
 時々、《木霊エコー》と呼ばれる分体のようなものをこの世界に降臨させて人々を導いたりもするらしい。
 いくつか教えてもらった英雄譚や武勲詩にも、善悪の神々の《木霊エコー》がちらほら登場していた。

 なんとも壮大な話で、聞いている方としては感心するやら呆れるやら。
 ……まぁ、僕は普通に生きるつもりだし、一生そんなことに関わることはないだろう。



 ◆



 ……そして以前、どうしてか気になっていた灯火の彫刻。
 背景はなく、長い柄のついたカンテラのような灯火を手にした、性別不詳の神。
 これは雷神ヴォールトと地母神マーテルの子、生々流転を司る灯火の神、グレイスフィールだ。
 良き死、そして輪廻を司っている、死神めいた神さま。

 死者の魂の前に現れて、灯火で道を照らし、神々の野へ、そして次なる生へと導いてゆくのが存在なのだという。
 伝承は乏しく、性別は不明、外見も伝わっていない。
 神格としても極めて寡黙で、啓示も少なく、祝祷術で与えてくれるその神固有の術も実利的なものが乏しい。

 たとえば地母神マーテルの神官なら大地に豊穣を、妊婦に安産を、子供に健康を与える祝祷術が使える。
 雷神ヴォールトなら対象の言葉の真偽を判定する裁きの祝祷とか、高位の神官なら祈りで日照りの空に雨を降らすとかがある。
 だけれどグレイスフィールの固有の祝祷術は、死者の魂に安らぎと導きを与えるとか、効果が目に見えづらいのだそうだ。

 ……この世界では、神さまが実際に、現実世界に影響力を行使している。
 実際、僕も祝祷術で作られたお粥やパンを食べて育ったわけだし、そこは疑うまい。

 だけどそれは、つまりこの世界ではある日突然に祝祷術に目覚めれば、それだけで人生が変わるということを意味する。
 いきなり傷癒やしや様々な奇跡めいた術が使えるようになり、周囲にもてはやされる。
 宝くじが当たるようなものだ。

 そういう意味で、得られる祝祷術など実利的な面も含めて守護神を選ぶ人が多く、グレイスフィールはあまり人気がないらしい。
 確かに宝くじを一枚だけ貰えるなら、配当金ができるだけ高いくじが良い、と思うのは自然なことだろう。
 そうして集まる信仰は神々の力となり、力を得た神々はますます信仰される。
 なんか貧富の差についての話みたいになってきたなこれ。

 ……ただ、グレイスフィールが忘れられることもないらしい。
 死者が出て葬儀となると、皆その魂が迷うことなく導いてくれるよう、死者の守護神のほか、グレイスフィールにも祈るからだ。
 そんな感じの、《六大神》に次ぐ程度の、二線級の神さま。

 それが気になるのは……僕が前世の記憶を保っているせいだろうか。
 生々流転や輪廻を司るだけに、妙な縁を感じてしまう。


 ……神殿を見回す。
 数え15歳になる今年の冬至になったら、僕はこの中のいずれかの神さまに誓いを立てて守護神として。
 そして春になったら、この神殿を出ることになるだろう。

 生きている者は生きている者の輪のなかに戻らなければならない。
 3人とも、当然のようにそう考えているのだ。

「………………」

 手を見る。
 変色した火傷痕が絡みつくように残っているその手は、もう、昔とは違う。
 手のひらはマリーとの家事や土仕事による汚れや小さな傷がある。
 ガスとの勉強によるインクの染み、ブラッドとの鍛錬による握りダコ……

 幼いころの手とも違う。
 前世の、あの不健康な手とも違う。
 ちゃんと、何かに打ち込んできた手だ。
 ……本当に、ずいぶん、色々なことを教えてもらった。

 マリーは、以前、外の状況がどうなっているかわからないと言った。
 ただ、危険になっている可能性が高い、と。
 ガスもブラッドも、外の社会については何も言わない。 
 僕がどうしてここに居るのかも、相変わらず分からないままだ。

 でも、だからこそ分かることがある。
 この手は。
 色々な教えが染み付いたこの手には、3人のまごころが篭っている。

 たとえ外がどんなに危険な場所になっていても。
 どんなに出自の不明確な余所者に厳しくても。

 それでも不自由なく生きていけるようにと、3人は色々なことを教えてくれたのだ。

「いつか…………」

 いつか、ここに戻ってきたいな。
 できれば友達とか、家族を連れて。
 これが僕の実家で、彼らが僕のお父さんやお母さん、お爺ちゃんなんだと、ブラッドやマリー、ガスを紹介したい。

 帰ってきた僕を見て、3人は何ていうだろう。
 友達や家族も一緒なら、喜んでくれるだろうか。
 おみやげは何がいいだろう。

 ……そんな他愛もない幸福を、空想した。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
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