勇者選定の儀その三 選定された勇者?
ミハイルと名乗った神の使徒の衝撃的な告白にカムイは大声で叫んだ後、完全に固まってしまっていた。それは足元にいるイグナーツも同じだ。
そんな二人を嬉しそうに見ている使徒ミハイル。実際に笑顔が見えるわけではなく、そう感じるというだけだが。
「どうやら聞いていなかったようですね?」
「き、聞いていません」
「おや? ここで言葉遣いを改めるのですか?」
「ちょっとムキになっていただけですので。アウルの知り合いとなれば、そんな意地も不要だと思いまして」
「そうですか。それでアウルは今どこにいるのですか?」
「……近くには居ます。この場に来るのは嫌だと言って、仲間の下に残りました」
「嫌だと……。それは今の自分を卑下してではないでしょうね?」
「それは無いと思います。アウルは、神の御使いに会うと、怒りに我を忘れてしまうかもしれない、と言っていました。さっきまでの話を聞いていて、この意味が分かりました」
勇者選定の儀の中身をカムイは初めて知ったのが、降臨してからのミハエルの言葉を聞いていて、どうやら実にいい加減なものだと分かった。
「そうですね。わずかな間に、しかも、あんな愚かな者たちの召喚に応える神の使徒では、そう思うのも当然です。私も内心では怒り狂っていますから」
「……内心には思えませんけど?」
今も怒りの感情が波動として、周囲に広がっている。カムイでなくてもはっきりと感じられるものだ。
「少しだけ怒気が漏れた事は自覚しています」
「少し……。あれが、少しですか」
多くの者は崩れ落ち、気絶までしてしまった怒気を少しというミハエルに、カムイは呆れと恐れを感じた。圧倒的な力の違い。それはこれまで師匠との間で何度か感じたそれと比べても、桁違いだ。
「人にとっては、厳しいかもしれませんね。何といっても私は精神体ですので、言葉のように聞こえる音は、心に直接届いているものですから」
「精神体ですか……」
「詳しく説明はしません。説明しても分からないでしょうから」
「アウルも同じ存在だったと言いました」
「そうです」
「そこまでの力はないと思っていたのですが、隠していると言う事ですか?」
「いえ、それは違います。我等の力は、我等本来の力ではなく、神に御力をお借りしているのです。神にとってはわずかばかり与えただけの力とはいえ、神の御力ですから。人からみれば神に等しいように見えてしまう程、大きな力です」
「はい……」
目の前のミハエルの力が極一部だとすれば、神の力とはどれ程のものなのか。人に測れる規模ではない事だけはカムイにも分かった。
「アウルは、エルの名を、その神の御力を、ある事があって自ら手放した。そして地に降りて生きる事を選んだのです」
「そのある事は聞けないのですね?」
「私の口からは。貴方はアウルが、私と同じ存在であった事を知りませんでしたからね。それはアウルが話す気がないのだと私は理解します」
「そうですか」
「隠すというよりは、どうでも良い事と思っているのだと思います。大切なのは今であって過去は関係ないでしょう?」
「……確かに」
「申し訳ないですが私が話せるのはここまでです」
「いえ。必要以上に話して頂けたと思っています。よろしかったのですか? 力の源についてまで衆人の中で話して」
「こんな事は、誰でも知っていたはずの事です。それがわずか千年あまりで、この事だけでなく、様々な理を、人は忘れてしまう所か、捻じ曲げてしまった」
「人にとって、千年は長いですから」
「人族にとってです。そして、この世の理を曲げるのは、常に人族、人間なのです」
軽く言い訳したつもりであったが、それはミハエルには、ほとんど無視された。また、穏やかに聞こえる口調の中に怒気が漂っている。
「お怒りですか?」
「ええ、勿論。もっとも人間に怒りを覚えるのは、これが最初ではありません。何度、滅ぼすべきだと思った事か」
大人しく二人の会話を聞いていた人たちも、さすがにこの言葉には反応しないでいられなかった。嘆きの声、怒りの声、様々な感情を伴った言葉があちこちから聞こえてきた。
「……その言葉は俺にとって厳しいですね。俺の中にも、その人間の血が流れています」
「知っています。別に言を発したからといって、それを実行に移す訳ではありません。何度そう思っても、我等はそれを行わなかった。それを知って欲しかったのです」
「何故ですか?」
「常に人の中に、救い人がいたからです。我らが何度人間に絶望しても、その度に小さな光が人の中から生まれるのです。この世を託して良いと思える人が。我等はそういう人を信じて、これまでも、恐らくこれからも地の世界を見守る事になるでしょう」
「そうあって欲しいと思います」
人族の愚かさはカムイもよく知っている。それでも、仲間たちのような信頼出来る者も居る。自分の母のように、魔族と愛し合える人も居る。そんな人達を世界から消して欲しくない。
「さて、もう一つ聞かなければいけない事があります」
「何ですか?」
「貴方は、先程、魔剣カムイに認められたと言いました」
「はい」
「その魔剣は今どこに?」
「ここに」
カムイが指差したのは自分の胸だ。
「……なるほど、そういう事ですか。道理で立っていられた訳ですね」
「やっぱりそうでしたか。自分でもよく耐えられるなと感心していました」
「会いたいのですが」
「……知っているのですね?」
「ええ。彼もまた、友と呼べるほどの付き合いではないですが、知り合いですから」
「そうですか……。では」
カムイが何かをしたわけでもないのに、一瞬のうちに、その手に黒く輝く剣が治まっていた。その剣をカムイは地面に突き立てた。
「少し話をします。貴方には何も聞こえないと思いますが、それは気にせずに。二人きりで話したいのです」
「……分かりました」
ミハエルは剣の柄に手を置く。その瞬間に、時が止まった。
(久しぶりですね)
(……そこまで懐かしがるような仲じゃねえだろ?)
ミハエルの呼びかけに魔剣カムイが面倒くさそうに答える。
(そうですけど。よく千年の時を無事に過ごせものだと感心しています)
(過ごしたといっても、ほとんど寝てたからな)
(寝ていたのですか?)
(ああ。本体が死んで、五十年くらいかな? なんだかヤバい感じがしてな。通じ合える相手もいない、剣の中でただ存在するだけ。そのままだと、ちょっと普通でいられない気がした)
(それで?)
(自分で自分を封印して眠りについた。アウルにも手伝ってもらってな)
(それは良かったですね)
ミハエルから安堵の感情が広がる。何気ない問いの振りをしていたが、かなりの大事だったという事だ。
(なるほどな。それを確かめたかった訳だ。俺が狂って、世界をおかしくしようとしていねえか)
(はい。その通りです。我等のような存在とは違い、レイ殿は元人間ですから。千年を過ごすだけで普通ではいられないでしょう。まして、剣という閉じ込められた空間では、正気でいるほうが異常です)
(とりあえずは一安心か?)
(いえ、まだです)
(何……。ああ、こいつか)
カムイの事だ。ミハエルにとってカムイは重要人物になっている。
(そうです。彼はどのような人物なのですか?)
(一言にすると、俺に似てるな。俺といっても、もう一人の俺)
(……それで封印が解けたのですね)
(そこは微妙だな。似ていると思ったのは、俺が覚醒した後だ。まあ、当然だな。意識がないのに似ているなんて思う訳がねえ)
(それでは?)
(こいつも昔、この世を恨んでいた。それに反応して、俺はこいつの一部になった。覚醒したのは、こいつの両親が殺されたのがきっかけ。首を落とされ、槍に突き刺された姿を見た瞬間に、一気に復讐の炎が燃え上がって、俺を目覚めさせた。そんな感じだ)
(……あまり良い封印ではないですね)
人への憎しみが封印を解く鍵。魔剣には相応しいが、絶対の正義であるミハエルとしては嫌悪を感じるものだ。
(それは仕方ねえ。俺の本質がそうだからな。善人に会ったら目覚めるなんて封印じゃあ、封印そのものが浅くなる)
(そうですが……)
(こいつの心配も無用だと思うがな。言っただろ、似ているのは俺じゃなく、もう一人の俺だって)
(それはどういう所がですか?)
(細けえな)
(大切な事ですから。地の事は地の者に任すと約束しましたが、それにも限度があります)
(さっきそっちが言った台詞だ。こいつにも光がある。世の中を恨んで、自分自身に絶望していた、こいつにも、今ははっきりと輝く光がある。元は仲間のおかげが大きいが、今はそれ以上の存在が一人いる。もう一人の俺にいたようにな。こいつは、その存在に時折問いかけている。自分は間違った方向に進んでいないか? 自分はやり過ぎていないか? そんな感じでな)
(そうですか。でも、その存在を失ったら?)
(さすがに、その時の保証は出来ねえな。こっちの方が聞きてえよ。そんな大切な存在を失って、それでも、それを許す。こいつが、そんな存在だとしたら、どうするつもりだ?)
(それは……)
そこまでの寛容の心を持つ者など普通の人ではない。嘗て、人の中に生まれた、そういった特別な者たちは全て天に召されていった事を、魔剣カムイは知っている。
(俺は嫌だね。こいつには、あくまでも人のまま、この世を生きて欲しい。だからこそ、地の事は地の者にって言えるんじゃねえのか?)
(……そうですね)
(納得してくれたか?)
(納得というよりも、貴方と議論する恐ろしさを忘れていました。本質かまやかしか分からないような言葉の操り方は、相変わらずですね)
(そういう点では、こいつもだから気を付けるように。そういう所も似てんだよな。まあ、俺とこいつは出会うべくして出会ったって事だな。案外……、これは止めておこう)
(私が何故、今回に限って、本来の者を差し置いて召喚に応じたのか。それと同じ事ですね?)
(確かに)
カムイが居るこの場に現れた意味。それは神の御使いであるミハエルでも知り得ない事だ。知る者が居るとすればただ一人。
(神の御心を図る事は出来ませんが、時折、本心を聞いてみたくなります)
(止めておいた方が良い。それは全てを知るに繋がる。全てを知るなんて神以外の存在に耐えられる事じゃねえ)
(……その通りです。やはり、変わっていませんね。安心しました)
(では、問題なしだな)
(はい。ああ、後一つだけ)
(何だ?)
(アウルをよろしくお願いします)
(……それ頼む相手間違えてるだろ? アウルは俺に、もう一人の俺を投影しているだけだ)
(それでも貴方は貴方です。それでアウルが良いと言うのであれば、良いのではないですか?)
(それは……)
(別にだから何をという訳ではありません。私が告げておきたかっただけです)
(そうか)
(これで、話は終わりです)
(ああ)
ミハエルが柄から手を放した瞬間に魔剣カムイはその場から消え去った。それと同時に、周囲に時が戻る。
「あれ?」
「話は終わりました」
「早い、ですね?」
カムイにとっても、周りで息を殺してみていた者達にとっても、瞬きする程の時間だった。
「実際に言葉を交わす訳ではありませんからね。お互いに精神体である私達の会話は、人にとって、一瞬の出来事です」
「そうですか」
「話の内容は伝えられませんが、納得するものでした。改めて聞きます。本当に神のご加護は必要としないのですね?」
「必要ありません」
「分かりました。それでも一つ、貴方には受け取ってもらうものがあります」
「何ですか?」
「神の忠実なる使徒であるミハイルが宣言致します。カムイ・クロイツを勇者に相応しい者と認め、その称号をここに与える事を。勇者カムイ・クロイツが、今ここに誕生しました」
「「「なっ!?」」」「「「馬鹿な!!」」」
まさかのミハエルの宣言。
辺りから一斉に驚きの声があがる。そして驚いたのはカムイも同じ。そんな事は全く想定していない事だ。
「何で!?」
「勇者の選定者として召喚された訳ですから、その使命は果たさねばなりません。そういう事です」
「俺、魔王ですけど?」
「正確には魔王ではありません。たとえ、魔王であっても、どうでも良い事です。勇者が魔王になった事も過去にあります」
「いや、でも?」
「別に何をしろとも言っていません。貴方は貴方の信じる道を進めば良いのです。ただ、勇者という称号が与えられただけで、それを名乗るか名乗らないかも、貴方の自由です」
「そう言われても……」
魔王は受け入れるくせに、勇者と呼ばれる事には抵抗がある。確かに似ているかもしれないとミハエルは思ったが、口に出したのは別の言葉。
「とにかく、勇者の選定者として召喚された私の役目は終わりました」
「はあ……」
勇者選定の儀は、これで終わりとなる、のだが、すんなりと終われるはずがない。
「に、偽物だ! そいつは神の使徒ではない! 騙されるな!」
「そ、そうだ! そいつは魔族が化けているのだ! 正体を現せ!」
当然、教会の者達がそれに納得できるはずがない。祭壇の上から怒声が響き渡った。それが神の怒りに触れる事になると考えもせずに。
「愚かな事ですね。私がこの場にいるという事は、神も又、この場の様子を注視されているのだと分からないのですか?」
「ふ、ふざけるな! そんな脅しにのるものか!」
「神の使徒を騙る魔族め! 神罰を受けよ!」
「……その言葉、そのままお返ししましょう」
空を見上げたミハイルが、そう呟くと同時に、閃光が宙を走り、地を裂くような轟音が辺りにこだました。
すさまじい落雷の衝撃から立ち直った人々が見たのは、引き裂かれ、燃え盛る炎に崩れ落ちていく磔台だった。
「神はお優しい……」
ミハイルの言葉の意味を理解した人々は、そのまま地に伏して、神への祈りを口にし始める。それをしているのが、民衆だけというのが、何とも皮肉な事だ。
「……た、ただの、ま、魔法だ」
「だ、騙されないぞ」
祭壇の上の聖職者たちの口からは、変わらず、そんな言葉が漏れてくる。
「神雷と魔法との区別もつかないとは。どうやらレナトゥス神教会とやらは、この世に不要なもののようですね」
「おっ、お待ちください!」
祭壇から転げ落ちるようにして、使徒ミハエルの下に向かってきたのは、ファニーニ教皇だった。使徒ミハエルの前にひれ伏すと、震える声で話し出す。
「な、何卒、お、お許しを。わ、我らが愚かで、ございました。で、ですが、その罪は、き、教皇で、ある、我が身に、ございます」
「…………」
「わ、我が命をもって、罪の、つ、償い、を、致します。罰は、私が、背負いますので、他の者、へは、な、何卒、ご慈悲を」
我が身を捨てて、他の者の助命を願うファニーニ教皇。その姿に感動を覚える者もいたのだが、使徒ミハエルの反応は違っていた。
「自分の命で他の者の罪を償うというのですか?」
「は、はい。私は、どうなっても、構いません。な、何卒、他の者の命は」
「思い上がりもいい加減にしなさい。他の者の罪を背負う? 貴方は、偉大なるあの御方と、自分を同列だとでも考えているのですか?」
「あ、あの方とは?」
「貴方などに語るには恐れ多い御方の事です。このような者が教皇とは、一体、レナトゥス神教会とは何なのです? 神の文字を名に付けている事が私には許しがたい」
「……わ、私は」
「神の名を騙って、人々を惑わす、邪教の徒共。我が怒りを受けて滅びるが良い」
「ちょっと待った!」
ミハエルを止めたのは敵であるはずのカムイだった。
「……何ですか?」
「教会は俺の敵です。勝手に滅ぼされたら困ります」
「貴方の手間が省けるだけですよ?」
「他人の手を借りるつもりはありません。両親の、領民の敵は、俺達の手で討たせてもらいます」
「……全く。これだから、人の世の光というのは」
神の御力をむやみに求める者が居れば、それを不要という者も居る。だから人は興味深い。
「光?」
「仕方ありませんね。地の事は地の者で、その約束は守りましょう。その約束相手に認められた貴方が相手では、こちらが引くしかありません」
「よく分からないけど、それでお願いします」
「では、私の役目は何もなくなりました。私は天へと帰ります。この世が正しき方向へ向かうのを見守っています」
「……分かった」
「一つだけ意地は通させてくださいね。神の使徒である身を疑われたままでは、気分が良くありませんから」
「……それは、どうぞ」
「神の畏れを知る者たちに、神の奇跡を! そして知りなさい! この世の真実を! そして、伝えなさい! この世の真実を! 神は在る! それを信じる全ての人とともに!」
現れた時と同じ、荘厳なる調べのような声を放つと、使徒ミハエルは、天に向かって舞い上がって行った。その身から広がる、光の雫を教都の人々に振り撒きながら。
雪のように降り注ぐ光を仰ぎ見る人々。その人々の中から、やがて驚きと歓喜の声が漏れ出す。
「あ、脚が治った?」
「目が、目が見える?」
「き、奇跡だ……。神の奇跡だ!」
何かしらの病や、怪我を負っていた人々が、その回復を口に出す。誰も彼も、神教会の神聖魔法を最後の頼りに、教都を訪れて、それが果たせなかった人たちだ。多数の声ではない。だが、それを聞いた者には、それが間違いなく神の奇跡であると分かった。
それと同時に、教都にいる全ての人々の頭の中に刻み込まれた記憶。真の創世記を人々は知った。
「……ここまでの事をして、平気なのかな?」
「さあ? でも、これを知ってあの方を神の御使いではないなんて、疑いの声を上げられるとしたら、それは間違いなく悪人だね」
「だよな。光属性の回復魔法で治せない怪我や病気を治した訳だからな。つまり、本物の神聖魔法って事だ」
「桁違いだね」
「それはまあ、何といっても神の力だからな」
「それで、これからどうする? 勇者様」
「……その称号で呼ぶな。とりあえず、このどさくさに紛れて司教様を救い出そう。悪人共が、気を取り直さないうちにな」
「だね。探すのは面倒だけど仕方ないね」
モディアーニ司教が捕えられているであろう教皇庁の建物に向かって歩き出すカムイたち。
本当は磔にされる為に、引き出された所を救うつもりだったのだが、この状況で、それが行われるとは思えない。
それ以前に、正体がばれている以上、いち早く司教を救い出して、この場から逃げ出さなければならないのだ。
だが、いくら混乱しているとはいえ、それは無理というものだ。使徒ミハエルが去った以上は、周りの注目はカムイに向いている。
「ま、待てっ! 捕まえろ! 魔王が逃げるぞ!」
「待ってくだされ! 勇者様! お話が!」
まったく同時に、まったく正反対の意味で、カムイを制止する声がかかった。
「なっ!? 教皇様! こやつは魔王です!」
「何を言うか! カムイ・クロイツ殿は神の御使いに認められた勇者ではないか!」
「しかし!」
「しかしも何もない! お前らは、勇者を敵に回すと言うのか!?」
「魔王です!」
「勇者だ!」
なんとも言えないやりとりなのだが、見つかった事には変わりはない。仕方なくカムイは穏便そうな教皇に向かって応えた。
「えっと、話というのは?」
「何とか、許しを頂けませんかな」
「それは俺の両親を殺した事、ノルトエンデを襲った事を許せという事か?」
「……そういう事になりますな」
「それは虫のよい話だな。俺の復讐はこれからが本番のつもりだ」
「つまり、教会を」
「完全に潰すまでやらせてもらう。その理由は、両親と領民の復讐というだけではない事は分かっているよな?」
「……分かっておる」
「教会は、真実を歪め、人族に偏見を植え付け、魔族を迫害させてきた。千年以上に渡ってだ。その間にどれだけの魔族が殺されてきたのだろうな?」
「……申し訳ない」
「それを許せと? 謝罪の言葉だけで許せる事ではないと分かるよな?」
「しかし、教会には、騎士を入れれば、まだ二万を超える者がいる。それを全て殺すというのですかな?」
やはり虫の良い話だ。これまで殺された魔族の数は二万などという数字で終わる数ではないのだ。教皇はその事実を、魔族を代表するカムイの怒りを理解していない。
「それをさせているのは教会のほうだ。一応、警告のつもりだったのだけどな」
「警告?」
「教会に何故、軍が必要なのだ?」
「それは……」
「教会に軍事力なんて必要ない。襲われる前に騎士団を解散すれば良かったのだ。だが、教会はそれをしなかった。それ所か、勇者を選び、教会騎士の補充まで企む始末。それはつまり、教会は、信者や教会に仕える者の命よりも、教会という器を大切にしているという事だ」
「…………」
「教会は襲っても俺達は、そこで働く者を誰も殺していない。騎士団員を本来の教会の仕事に戻せば、同じように殺される事はなかった。それ位分かっていたよな? 分かっていて、そうしなかった。殺された騎士は、教会に見殺しにされたのだ」
「…………」
「使徒の言葉じゃないが、教会って何なんだ? そんなものは本当に必要か? 自分達で出来ないようだから、俺達が壊してやる。それだけの事だ」
「…………」
カムイに対して教皇は何も言い返せない。教皇はカムイの言うとおりに考えていた訳ではない。カムイに指摘されて、初めてそうなのかと気が付いたのだ。
それが却って情けなかった。
「では自分たちで壊せば良いのか!?」
何も言えなくなったファニーニ教皇の代わりに声を発した者。それはカムイとイグナーツが久しぶりに見るモディアーニ司教だった。