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魔王の器 作者:月野文人

第二章 魔王編

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勇者選定の儀その四 神教会の崩壊

「「司教様!」」

 突然、目の前に現れたモディアーニ司教の姿に、カムイとイグナーツの二人から驚きの声があがった。

「久しぶりだな。この場合は、立派になったと言って良いものか微妙じゃな」

「逃げてきたのか?」

「儂がそんな真似をするか。刑の執行を待っていたら、いつまで経ってもお呼びが掛からん。何事かと思ったら、係の者が逃げろと言ってくる」

「それは逃げて来たんじゃないか」

「逃げる訳にはいかんから、自らここに来たのだ。そうしたら、この有様だ」

「……馬鹿真面目。普通逃げるだろ?」

 いかにもモディアーニ司教らしい振る舞い。それがカムイには嬉しかった。愚かな人族の中に居る正しい人。モディアーニ司教もその一人だ。

「逃げれば自分の言った事に非があると認める事になる。それは出来ん」

「それが馬鹿真面目だって言うんだ」

「その話はもう良い。しかし、魔王で勇者とは何なのだ一体?」

「それは俺が望んだ事じゃない。成り行きだ」

「成り行きで魔王と勇者になぞなられたら堪らんわ。だが、今は、その魔王に話がある」

「……何だ?」

 あえてそう告げるモディアーニ司教に、カムイの眉が顰められる。それはモディアーニ司教も教会の者として話そうといている事だと分かったからだ。

「教会が自ら解散したらどうなる?」

「それは出来るとは思えないが、俺たちの復讐相手は個人ではなく、教会という存在だ。そこで終わりだな」

「ふむ」

「但し、形だけ解散されてもな。名前を変えて、同じ存在が残ったら意味がない。やはり、それは潰しにいく」

「だろうな。だが、潰しに行くのは、その存在だけになる訳だな?」

「まあ」

「では、ファニーニ教皇。ご決断を」

「……わ、私か」

「それはそうでございます。教会の頂点に坐するはファニーニ教皇でありますから」

「……その決断きつくないか?」

 話の流れで、何を決断させようとしているか、カムイにも分かっている。それが出来るとはカムイは思っていない。

「頂点に居られるのだ、これ位の覚悟は当然だな」

「司教が教皇にその態度……。権威も何もないな。その権威のない教皇が解散だと言って、皆が従うか?」

「それは分からん。だが、それは神教会を抜ける者には関係ない事だ」

「なるほど。では教皇様の決断を聞こう」

 モディアーニ司教が求めているのは神教会を抜ける大義名分。そういう事なのだとカムイは理解した。

「解散する」

「「教皇様!!」」

 思いの外、あっさりと解散を言葉にするファニーニ教皇。聖職者の中から驚きの声があがるが、それをそう多くない数だった。多くの者はそれしか選択肢がないと分かっているのだ。
 数少ない声をあげた者たちにも分かってもらう為に、ファニーニ司教は話を続けた。

「それしかないのだ。これは勇者を恐れてというだけではない。この様な事態になった今、神教会がどうして存続できようか。皆、教会の嘘を知ってしまった。もう、誰も教会の言葉に耳を傾ける訳がない」

「「「…………」」」

 真実を知ったのは、その教義を伝える者たちもだ。それで同じ事をしては、それは聖職者ではない。ただの詐欺師だ。

「レナトゥス神教会は、本日をもって解散する。当代の教皇としてこれを宣言する」

「そんな事が許されるか! 騎士団、何をしているのです!? 今が魔王を討つ絶好の機会です!」

 声を上げたのはコンテ司教枢機卿だ。それに同調するように、残り二人の司教枢機卿も声をあげる。たった三人である事をファニーニ教皇は喜ぶべきか、教会の三役が、そんな有様なのを悲しむべきかは、微妙な所だ。

「何をしているのです!? 早く、魔王を討ち取りなさい! 敵はたった二人ですよ!」

 その声に応える教会騎士は誰もいなかった。この場にいる教会騎士は、全員がさっきのカムイの話を聞いているのだ。教会が分かっていて、自分たちの仲間を見殺しにしたというカムイの話を。

「な、何をしている、のです……」

「分かり易くて結構だ。とりあえず悪人はお前ら三人。お前らが俺の敵だ」

 教会騎士たちや他の聖職者の様子を確認してから、カムイは、コンテたちに言い放った。

「な、何?」

「教会が処刑ってのもあれだから、処分はこちらでしてやる。やっぱり、刑は火刑かな?」

「……や、止めろ」

「もしかして司教様を火刑にって決めたのは、あの三人か?」

「……そうだ」

「教皇!」

「じゃあ、決まり。イグナーツ、灰も残さずに燃やしてやれ」

「そうだね。燃え上がれ、死の炎に包まれて。パーガトリー(煉獄)!」

 イグナーツの詠唱が終わると共に、自らの身から巻き起こる炎に包まれる三人の司教枢機卿。まるで何かに縛られているように暴れ回る事もなく、ただ立ったまま、その身を焼かれていった。

「あれは……」

 初めて知る魔法に、教皇の口から思わず呟きが漏れる。

「こういう時に丁度良いでしょ? 他の人には一切影響は出ない。的になった敵だけが燃え尽きるだけ」

「あんな魔法があるとは……」

「さて、これで神教会の膿が全て出たとは俺は思っていない。後は自らで綺麗にしろ」

 まだイグナーツの魔法に驚いたままの教皇に向かって、カムイはこう告げた。

「ち、ちょっと待ってくれ。それはどういう事なのだ?」

 それに対して、焦った声をあげる教皇。

「教会としての存在は不要だと思っている。だが、教会は別の役割を持っている。それは世の中に必要な物だ」

「救護院……」

「そうだ。孤児や、生活が苦しい人々、病気の人々を救う。それは神の教えがなくても出来る事だと思うけどな?」

「その通りだな」

「その組織までを俺は失くなって欲しくない。なんたって、俺はその孤児院で救われた一人だからな」

「救われたと言うのか?」

「ああ。俺は救われた。それは間違いない事実だ。それは俺だけじゃない。ここにいるイグナーツも、他の仲間もそうだな」

「そうか……」

「教会は敵としたが、救護院に対して、俺たちは味方だとはっきり言える。出来るものなら支援をしたい所だが、魔族がやるとな。それは中々難しいものがある」

「任せてもらえるのかな?」

「とりあえずは。また、そこで不正が起こるようなら考え直す」

「それは当然ですな。そうですか、人々を救済する役割は残していただけるのですな」

「その救済ってのがな」

 カムイの顔に苦笑いが浮かぶ。聖職者のこういう上からの考えがカムイは嫌いなのだ。

「駄目ですかな?」

「孤児だって、手段を選ばなければ、何とか生きていくものだ。救護院はその向き先を、正しい方向に向けられるように、ちょっと手助けするだけだな。孤児であった俺からすれば、それくらいの気持ちでやられたほうが素直に感謝出来る」

「……なるほど」

「まあ、その辺は司教様に聞けば良い。この人は、孤児に感謝される事を望まずに、恨まれる事で、孤児を導こうとしてきた人だ。お前とは出来が違う」

「馬鹿者! お前は教皇様に何て事を!?」

 褒められて喜ぶどころか、カムイの無礼を叱るモディアーニ司教。カムイの言葉通りの反応だ。

「その教皇って称号は終わったはずだろ?」

「……それは確かにそうだが」

「とりあえず教会は解散と。まだ、色々と問題は残るだろうけど、俺たちはしばらく静観する事にする。まあ、どうしてもと言うなら、支部の一つや二つ潰してやっても良いけどな」

「それは……、我々に任せて頂きたい」

「分かった。さて、これで終わりかな?」

「お、お待ちを!」

「ん?」

 事の成り行きを見守っていた教会騎士の中から、一人の騎士が飛び出してきた。そのままカムイの前まできて、その騎士は片膝をついた。

「……何か?」

 こんな態度を取られる覚えはカムイにはない。

「神教騎士団第一師団長を務めておりますアルノルド・ヴァドエルと申す」

「偉い人な訳だ」

「神教騎士団長と申しても間違いとは思いません」

「なるほどね。そのヴァドエル師団長が何の用だ?」

「我等、騎士団はどうすれば良いのでしょうか?」

「はい?」

「教会が無くなった今、我等、教会騎士はどうすれば良いのでしょうか?」

「それ、俺に聞くこと?」

「勇者は教会騎士を統べる者でもあります」

 一応はそういう事になっている。本当の意味で教会騎士を統べた勇者などいないが。

「形式だけだろ?」

「そうかもしれませんが、今の我等は貴方に縋るしかないのです」

「……縋るって。話聞いていたよな? 騎士団は不要だと。騎士団でなければ、俺たちは何もしないと」

「……騎士としてしか生きられない者もおります」

 聖職者としてではなく、騎士としての誇りを持って教会に仕えていた者も居る。ヴェドエル師団長の言葉をそれを訴えている。

「それは師団長が、だな」

「私だけではないと思います。そういった者共は、この先、どう生きて行けば良いのでしょうか?」

「聞く相手を間違えていると思う。俺たちと神教騎士団は敵同士だ。俺たちは、養父母と領民を殺された事を恨んでいるし、そっちも仲間を殺された事を恨んでいるはずだ」

「……それはそうですが」

「そんな俺の言う事を聞いてどうする?」

「しかし、それに従わなくては、我等は生きられないのではないですか?」

「騎士としてはだ。教皇や司教の手伝いをして生きれば良い」

「それが出来ない者は?」

「……そんなに問題?」

 肩書きを求めないカムイにヴェドエル師団長の気持ちは分からない。

「教会騎士という誇りだけを胸に生きて参りました。それを失っては」

「その誇りは、今も誇れるものなのか?」

「……いえ」

「では不要な物だ。別の誇りを見つけたらどうだ?」

「その方法が……」

 神教会が腐っているといって、そこで働く全ての者が腐っている訳ではない。非道を行っていたからといって、全ての者が非道だと分かって行ってきた訳ではない。
 盲信者を生み出す事、それは神教会の罪の一つだ。そして、信じていたモノが虚構と知った時、盲信者は生きる目的さえ失ってしまう。
 今のヴェドエル師団長のように。

「参ったな。さて、どうするか」

 何を言っても納得してもらえそうにない。それが分かってカムイは困惑している。敵と言い切っておいても、こうして頼られると放っておけないのが、カムイの甘さだ。この甘さがあるから、人が付いて来る事になるので、欠点とは言えないのだが。
 真剣な表情で考え込むカムイ。しばらくして、カムイはヴァドエル師団長に視線を戻すと、胸元から短剣を取り出して、差し出した。

「……死ねという事ですか」

「違う。俺の話を聞いて、それを受け入れるなら、この短剣を受け取れ。これが俺が認めたという証になる」

「認めた証……」

「ノルトエンデに行く気はあるか?」

「な、なんと!?」

「ノルトエンデは危険な土地だ。街を少し出るだけでも命がけ。警護部隊はまだ活動しているはずだが、少しでも人数は多い方が良い」

「我等にノルトエンデの民を守れと?」

「そうだ。はっきりと言おう。神教騎士団はノルトエンデの領民に恨まれている。魔族だけじゃない。人族の領民にもな。ノルトエンデに行っても、冷たい目で見られるだろう。下手すれば襲われるかもしれない」

「はい……」

「仮に警護の任務に就けても、ノルトエンデの魔獣は外のそれと桁違いに強い。任務で多くの犠牲者が出るだろう」

「…………」

「それでもこれを受けるか? もし、これをやり遂げて、ノルトエンデの領民に許される事が、認められる事が出来たら、そうだな……、ノルトエンデの騎士として、お前たちを認めてやろう」

「ノルトエンデの騎士……」

 騎士として生きる道。それをカムイはヴェドエル師団長に示した。

「まあ、俺が勝手に認める訳だから何の利もない。でも、そうだな。ノルトエンデで領民を守る事が出来るようになれば、大抵の魔獣から民を守る事が出来ると思うな。そうなれば、ノルトエンデに拘る必要もないか」

「それは、どういう事でしょうか?」

「護民の騎士じゃな。国や教会ではなく市井を生きる民を守る為に生きる騎士という所かな」

 ヴェドエル第一師団の問いへの答えはモンディアーニ司教が返してきた

「さすが司教様」

 その答えにカムイが同意を示した。

「お前が考えた事であろうが?」

「いや、良く考えが纏まらないまま、話していたから。護民の騎士か……、そんな騎士があっても良いな。民衆を助ける事に利は少ない。人気が出るくらいかな? 名誉の為に戦う騎士は、それこそ騎士って感じだな。資金は……、やっぱり寄付か。装備は貧弱になるから、地力が必要だな」

 司教の語った護民の騎士という言葉をかなり気に入ったカムイは、ヴァドエル師団長の事も忘れて、一人でぶつぶつとつぶやいている。国の垣根を越えて行動する民衆の為の軍事力。それが実現できる可能性は極めて少ないが、そういった理想を追う事がカムイはたまらなく好きなのだ。

「全く、自分で考えておいて、自分で喜んでおる。しかし、良いのか? もし、それが真に民衆の為だけに戦う騎士になれたとしたら、戦争を引き起こすお前の邪魔をするかもしれんぞ」

「それこそ、望む所だ」

「ほう。その言葉が出るか」

「まあ、色々、困難はありそうだけど、やってみる価値はある。さて、俺と関係ない……」

「あの!」

「……あっ、ごめん。忘れてた。何の話だっけ?」

「護民の騎士」

「そうか。元は師団長との話だったな」

「その役目は何卒、我等にお任せいただけませんか?」

「……簡単に出来るものじゃないけど」

「それは分かっております。お任せ下さいと言っておきながら、道半ばで果てるかもしれません。それでも、やってみたいのです。それは騎士として一生をかけるに相応しい仕事かと」

「……なるほど。では、これを受け取れ。この短剣を持って、ノルトヴァッヘにいる代官のオットーという者を訪ねろ。ある程度の便宜は図ってくれるはずだ。もっともオットーが出来るのは、仕事場を用意するだけ。そこで働きを認められるかは、自分たち次第だ」

「はっ」

「俺たちは、そのうち、ノルトエンデに戻る事になる。もし、その時に、ノルトエンデで変な真似をしていたら、一人残らず、その地で果ててもらう。脅しによってじゃなくて、自主的に結果を出してもらいたいから、本当は、これは言いたくなかったのだけどな。俺はまだ神教騎士を信じていないから」

「分かっております。では勇者様のご期待に応える為に、速やかに同士を集めて、ノルトエンデに向かいます」

「勇者って……。まあ、よろしく頼む。しかし……」

「何ですか?」

「いや、第一師団長じゃなくて、教皇に。司教様は元からだけど、ヴェドエル第一師団長、そして司教様を逃がそうとした人。この短時間に教会に居た心ある人を二人も知った。そういう人たちがいて、あんなってどういう事?」

「……申し訳ない。私も含めて、上が腐っておったのだ」

「組織は上からも下からも腐るか。良い教訓だな。気を付けよう」

「儂は……」

「あっ、ちょっと待って……。ミト!」

 教皇の言葉を遮って、カムイはミトの名を呼んだ。

「はっ!」

 突然の呼びかけにも係わらず、ミトは一瞬でカムイの目の前に現れた。パッと身はただの可愛い女の子だが、そうでない事は、血のように赤い瞳が示していた。

「……ま、魔族?」

「そう。もしかして見るのは初めてなのか?」

「そ、そうですな」

「どうだ、可愛いだろ?」

「ま、まあ」

「そ、そんな、可愛いだなんて……」

 恥かしそうに頬を染めるミトの様子は、確かに可愛い。が、こういう仕草を見せる為に、ミトを呼んだはずがない。

「カムイ。ミトも照れている場合じゃないよね?」

 それが分かっているイグナーツが横から二人をたしなめる。

「そうだった。話は聞いていたか?」

「はい」

「至急、伝令を。神教騎士団への襲撃は一旦停止。後は、各地にも。教会への襲撃は止めだ」

「はっ。騎士団への監視はどういたしますか?」

「それは続けて。第一師団長は、はりきっているけど言う事を聞くのは……」

「……多くて、二割かと」

 カムイに視線を向けられて、申し訳なさそうにヴェドエル第一師団長は答えた。

「だよな。そうなると残りの八割の動向が心配だ。大人しく解散すれば良いけど、そうでない場合は……、盗賊と同じようなものだな」

「申し訳ありません」

「別に第一師団長が謝る事じゃない。数万の人、全てに言う事聞かせるなんて、簡単じゃないからな。しかも、今までの利権を全て捨てろという話だ」

「そう言って頂けると」

「そちらも伝令をした方が良くないか?」

「そうですな。教皇様と私から進軍中の騎士団に出すことに致します」

「その反応で動きは掴めるな。待てよ……。教都に攻め込んでくる可能性は?」

「ない、とは言い切れません」

「教都内部での反乱は?」

「それはお任せを。私の師団であれば掌握してみせます」

「良いだろう。ミト、行け」

「はっ!」

 カムイの指示を受けてまたミトは一瞬で姿を消した。

「あ、あれが魔族……」

 教皇は現れたミトに心を揺らしている。自分が考えていた魔族との、あまりの違いに、動揺しているのだ。

「そんな事を考えている場合じゃないと思うけど?」

「それは?」

「すぐに教都を掌握しろ。教会の解散を聞いた騎士団が攻め寄せてくる可能性があるからな。それまでに教都の防御体制を整える」

「防御体制といっても……」

「とにかく内側から裏切られたら困る。それを防ぐために、言う事を聞かない奴等は今の内に教都から叩き出せ」

「そんな手荒な」

「戦争になるかもしれないと俺は言っているんだ。手荒も何もあるか。守るべきものは何だ?」

「民……。そうであれば、民を教都から逃がすのが先ではないですかな?」

「それは周辺の安全を確保してからだ。しかも混乱させないように、それを進めなければいけない。人手がいるんだ。分かるよな?」

「わ、分かった」

「ヴェドエル第一師団長も教都にいる騎士団の掌握を。……本当に大丈夫か?」

「刃向う者がいれば、自らの手で処分してみせます」

「そうか。数は二千五百で良いのか?」

「見習いを入れれば、三千になります」

「見習いか……。見習いで従う者は、民の避難の護衛に使う。そのつもりで人選してくれ」

「よろしいのですか? 教都外の神教騎士団は、一万八千近いと思います。こちらの七倍です。少しでも数が多い方が」

「力の無い者を戦闘に出して無駄に殺す事はない。それに神教騎士団の残りは一万二千という所だな。ヴェドエル第一師団長の言葉を信じれば、八割は背くとして、九千六百か。到着が同時という事はないから、まあ何とかなるな」

「……分かりました」

 ヴェルエル第一師団長は、見習い騎士を思いやるカムイの言葉に戸惑ったのだが、カムイはそうとは受け取らなかった。

「不安ならもう少し増やしてみるか?」

「それは?」

「さて、勇者候補だった諸君!」

「何と!」

「話を聞いて分かっていると思うが、この先、教都は大変な事になる! そこで君たちの出番だ! 勇者候補だった者として、民の為に、その力を使ってくれ!」

「「「…………」」」

 いきなりこんな事を言われても、応えられるはずがない。

「それが嫌だ。自分は攻める側に付くという者は遠慮はいらない。前に出ろ!」

「……前に出たらどうなる?」

 恐る恐る観衆と共にいた勇者志願者の一人がカムイに問い掛けてきた。

「殺すに決まっているだろ? なんで敵を見逃す必要がある? さあ、前に出ろ!」

「出れるかっ!!」

「じゃあ、協力してくれるという事で?」

「それは……」

「協力してくれた方には、もれなく報酬が出ます!」

「何と! それは本当か!?」

「教会からな」

「おい!?」

「教都を守るのだから教会が報酬を出すのは当然だろ? そうですよね、教皇様?」

「いきなり様を付けられても……。だが、まあ、それは約束しよう」

「はい。決まり! じゃあ、全員協力という事で」

「ま、待てっ!」

 一気に事を進めようとしたカムイの前に、一人の男が出てきた。その男に従うように女性も。カムイの見知った二人だ。

「えっと、君は……、ラルフくん」

「何故、俺の名を?」

「隣の方、ご説明をお願います」

「ラルフ、昨日の夜助けてくれた人が、この方なの」

「何だって!? それは本当か!? 魔王に助けられるとは……、不覚だ」

「あっ、熱血な感じ。ちょっと苦手だな」

「すみません」

「いえ、貴女が謝る事ではありません。それで何の用かな?」

「俺と勝負しろ!」

「……何故?」

「魔王は父の敵だ!」

「えっと、心当たりが多すぎて分からない。まあ、そうなのだな?」

 教会騎士の誰かの息子だとカムイは考えたのだが、それは間違いだ。

「違う! 俺の父親は勇者だ!」

「……俺の息子?」

「違う!」

 カムイのボケをラルフは気が付かない。最初に感じた通り、カムイの苦手なタイプだ。苦手と言っても、面倒なだけで、転がすのは得意なタイプなのだが。

「……やっぱり苦手だ。つまり、あれか? お前は先代の勇者の息子なんだな?」

「そうだ!」

「それで俺の父親を敵として、父親が死んでいるから、俺を討つと」

「父親?」

「あれ? 知らなかった? 俺の父親は先代の魔王だ」

「何だって!?」

 カムイの父が前魔王と知って驚くラルフ。その反応にカムイは呆れてしまう。

「あのさ、じゃあ、何で敵討ちの対象を俺に?」

「お前が魔王だからだ」

「なるほど。つまり、お前は騎士に父親が殺されたら、誰でも良いから騎士を敵として討つわけだな?」

「違う! お前は俺の父の敵の息子だ!」

「今知ったくせに。ああ、やっぱり面倒な奴だ。助けなきゃ良かった」

「すみません」

「貴女が謝る事ではありません、二回目。しかし、逆恨みも良い所だな。お前の父親は返り討ちにあっただけだろ?」

「それは……」

「まあ、父親の汚名をそそぎたいって所か」

「そうだ!」

「じゃあ、もっとちゃんと知らないとだな」

 前勇者の息子だと堂々と名乗り出るという事は、真実を知らないという事だ。

「……何を?」

「さて、お前が俺の父親に恨みがあるように俺もお前の父親に恨みがある」

「な、何を言っている」

「お前の父親は、俺の母、勇者の同行者であり、光の聖女の再来と言われた、ソフィア・ホンフリートに魔王討伐の行程中、盛んに言い寄っていた。母が何度、拒否しても改める事もしなかった。」

「そ、そんな馬鹿な」

「相手にされないとみると、今度は卑劣な手を使って俺の母を手籠めにしようとした」

「う、嘘だ」

「そして、その度に母を助けてくれた同じ勇者の同行者であるルースア王国のアレクセイ王子殿下を邪魔に思って闇討ちした」

「嘘だ!」

「それを知った俺の母は、勇者であるお前の父の側には居られないと逃げ出して、それで魔族に捕まった。そして俺は……、魔王の子として、生まれる事になった……」

 わざと途切れ途切れの言葉でそれを話すカムイ。表情にまで沈痛さを出しているが、当然、これは演技だ。

「そ、そんな。馬鹿、な……」

「どうだ? 俺の気持ちが分かるか? お前の父親の汚名は、それに相応しい所業の結果だ」

「…………」

「分かったようだな。お前の父の汚名は俺を倒すことではそそげない。もし、父の名誉を挽回したいのであれば……」

「あれば?」

「勇者の息子として、民を守る盾となれ! それがお前に残された道だ!」

「民を守る盾……。そうか! 分かった! 俺の力は力無き民の為にあるのだな!?」

「そうだ! 分かったら自分の為すべき事をしろ! 行け! 勇者の息子ラルフよ!」

「おお!」

 カムイに乗せられたラルフは、何の目的もある訳がないのに、その場から駆け出して行った。

「あっ、行っちゃった」

「あの今の話は?」

 残された女性がカムイに話し掛けてきた。

「全て本当の事。まあ誤解があるとすれば、俺は魔王の子として生まれた事を恨んでいない。悩んだ時がないと言えば嘘になるけど、今は誇りに思っている。魔族の父と人族の母が愛し合った証だからな」

「そうですか」

「さてと。他に文句がある奴はいるか?」

「「「…………」」」

 誰も前に出る事は出来なかった。殺される事を恐れてというより、ラルフのような目に合いたくなかったからだ。

「いないと。よし、じゃあ、それぞれ為すべき事をしろ! 行け! 勇者候補たちよ!」

「カムイ、もう良いから」

「あっ、そう。気に入ったのだけどな……」

 人たらしは策を持って。それが基本のカムイ・クロイツであったが、果たして、この時はどうだったのだろうか。この時の事をカムイ・クロイツが詳しく語っていない以上、それは分からない。
 分かっているのは、この場にいる人族が持っていた魔王という存在への固定観念を、見事に打ち砕き、人々のその後の在り方を変えてしまったという事だ。
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