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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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隠すよりも大切な事がある

 合同授業の時間。ヒルデガンドとの邂逅を思い、少し憂鬱であったカムイだったが、それは杞憂に終わった。当人であるヒルデガンドのお蔭で。
 いつものようにカムイ教室が始まる。何人もの生徒がカムイの元に意見を聞きにきている中に、いきなりヒルデガンドが割り込んできた。

「ごめんなさい。少し、カムイを借りていくわね。良いかしら?」

 これでもかという位に、魅力的な笑みを浮かべて、生徒たちにそう言い放つヒルデガンド。

「……はい」

 これに逆らえる者は、誰もいなかった。

「ありがとう。じゃあ、行くわよ、カムイ」

 全く、人目をはばかる事もなくカムイの手を引いて、その場を離れるヒルデガンドに、周囲は呆気にとられている。

「ちょっと、ヒルダ?」

「これ位じゃないと、カムイを連れ出せないでしょ?」

「大胆だな」

「そしてこれ位じゃないと、カムイは付き合ってくれない」

「そうかも……。それで何が聞きたいんだ?」

「この間の立ち合い。最後の一振りは褒めてもらえたけど、その前は、何が駄目だったのかしら?」

「ああ、あれね。でも、悪かったのは最初くらいだけど?」

「それが何か聞きたいの。簡単に躱されたわ」

「あんな見え見えのフェイントじゃあな」

「そんなに、わかりやすかったかしら?」

 ヒルデガンドにすれば、工夫に工夫を重ねたつもりだったのだが、それをカムイを、見え見えと言い放つ。益々、何が悪かったのか、気になる所だ。

「最初の一振りの威力が緩すぎた。避けられる事が前提の剣なんて怖くないから」

「そんなに?」

「自分では気が付かない?」

「そうね。普通に振っているつもりでした」

「……じゃあ、あれ使ってみようか?」

 カムイが指差したのは、剣技場の端に立てられている巻き藁。真剣での試し切り用に用意されているものだ。

「あれで?」

「実際にやってみるのが、わかりやすいだろ? ほら、行くぞ」

「あっ、はい」

 今度はカムイがヒルデガンドの手を引いて行く。それを見て、益々周りは目を丸くしている。

「さて。この間と同じようなつもりで、振って見て。修正はなしで、あの時のまま」

「ええ。切り替えしを意識してですね」

 ヒルデガンドは軽くその場で動きをなぞっている。縦に振り下ろして、すぐに剣を切り返して、横に薙ぐ。

「いきます……。ふっ!」

 足を力強く踏み込んで、剣を斜め下に切り降ろす。ダンッと大きな音が鳴って、巻き藁が揺れた。

「考えたら、これ、刃が潰れています。これでは巻き藁は切れませんね?」

「今度は、最後の一振りと同じで。一撃に全てを賭ける感じ」

 ヒルデガンドの言葉を無視して、カムイが次を促した。

「……はい」

「集中して」

「はい! ……行きます。はっ!!」

 足の踏込と共に、頭上の剣が加速する。ざしゅっ、という擦れたような音。巻き藁に剣の刃が食い込んでいる。

「……切れたっ!?」

「まあ、刃が潰れていても藁程度なら、強引に切れるさ。切るというより千切るかな? とにかく、一定以上の剣速があれば可能だ」

 カムイは簡単そうに言うが、今この場で、この一定に到達できるものは、三人しかいない。

「これで分かっただろ? 二つには、これだけの差があるって事」

「それはわかりました。でも一撃必殺が目指す場所とは言っても」

「そのつもりで剣を振れって事。躱されたら、また次の振りを考えれば良いんだ」

「カムイは簡単に言うけど」

「二撃目も要領としては、最初の振りと一緒。最初の振りが威力を増すようになった理由は?」

「振り上げる力と踏み込む力。反対方向へ働く力の反発ね」

「そんな感じ。それを応用する。力の方向を変えるってとこかな。そのきっかけを作る」

「……全然、イメージが湧かないわ」

「駄目?」

「ええ」

「……じゃあ、ちょっと型だけ見せるから」

「はい!」

「型と言っても、俺のやり方だから、ヒルダはヒルダで自分に合った方法を見つけろよ。ポイントは足運びと重心の移動。まず前に振る」

 ゆっくりと前に踏み込みながら剣を振り下ろす。そこから前に進む力に合わせて、後ろ脚を引き寄せている。更に引き寄せた足を踏み込む勢いで、力を前から横に移す。その時には、剣はもう横に振られていた。

「こんな感じ」

「……分かったような、分からないような」

「ええ?」

「実際に振って見てもらえませんか?」

「……分かった。一度だけだからな」

「はい!」

 ヒルデガンドと同じ中段の構えを取るカムイ。足が前に動いたと思ったのも一瞬。いつの間にか、カムイの体が横に跳んでいた。
 地に落ちる二つの巻き藁の破片。縦、横、二度の振りで切った結果だ。

「……嘘?」

「分かった?」

 フルフルと首を横に振るヒルデガンド。

「ええっ? せっかくやったのに」

「だって、あんな早い動き見えませんよ。いつ横に跳んだのですか?」

「全く、もう。良い? 剣を振るだろ」

 カムイは、今度は又、最初のようにゆっくりと前に剣を振った。

「はい」

「相手の体の前に来たら、もうその剣は躱されたって事」

「はい」

「そこから次の振りに移る。力はまだ前にかかっている。その力で後ろ脚を引き付ける」

 ひとつひとつ実際に体を動かしながら、カムイはヒルデガンドに説明していく。

「はい」

「ここで地についている方の足を、わずかに横に蹴る。上半身を引き寄せた足側に倒すようにしても良い。こっちの方が力はいらないな。ただ極端にやるとバランスを崩すから、あくまできっかけな」

「はい」

「わずかに横に流れた力を、引き寄せた足を横に踏み出す事で、一気に真横に向かせる。重心を踏み出した足に乗せれば、自然にそうなるだろ?」

「なるほど」

「これで力の流れは完全に横向きに変わる。腕の方は剣刃を返すだけ。引っ張られる感覚を感じたら、それに任せて振りきる。ここは最初の振りと一緒だな。跳んだのは、それも避けられた場合、相手との間合いを取る為。力の方向にそのまま跳んだ方が無理がないだろ?」

「わかりました!」

「やっとわかった?」

「あの杭の上の鍛錬は、この為なのですね?」

 ヒルデガンドの疑問の一つが同時に解けた。杭の上での鍛錬は凄かったが、具体的に何の効果があるか分かっていなかったのだ。

「あっ、そうそう。よくわかったな?」

「不安定で細い杭の上では、重心の移動なんて極端に出来ませんからね」

「そう。上半身のちょっとした傾き、足首の捻り、わずかな蹴り。そんなものだ」

「そうですね」

「それと移動出来る方向も限られる。そういう制約の中で、次の動きを素早く判断する鍛錬にもなる」

「考えられているのですね。それも師匠に教わったのですか?」

「いや、あれは俺が考えた」

「えっ、本当に?」

「ああ、幼年部の頃からやってる」

「……凄いですね。カムイは」

 青い瞳を大きく開いて、ヒルデガンドは真っ直ぐにカムイを見詰めている。

「いや、そんなキラキラした目で見られても」

「だって、カムイは私の目標ですから」

「目標?」

「自分より強い人に出会ったのですからね。その人を目指すのは当然です」

「それは光栄だ」

「私ももっと頑張って、いつか必ずカムイに背中を預けても良いと思われるくらいに強くなってみせます」

「えっ?」

 背中を預けても良い女性。旅行の時に口にしたカムイの理想像だ。それが恋人像なのかは別にして。

「い、今のは、例えです。その……、深い意味はありません」

「そう」

「……普通に接してください。あまり気にされると却って辛いです」

「そうだな。分かった。限られた時間なら尚更、その間は楽しい時間にしたいしな」

「そうしてもらえますか?」

「もちろん」

「ありがとう」

「いや、俺こそ」

 周りの注目の的になっていることにも気付かずに、二人の世界に入り込むカムイとヒルデガンドだった。

◇◇◇

 そして、注目している人たちはというと。まずはお仲間の反応。

「お~い。誰か、あの馬鹿を止めてくれねえか」

 あまりに開けっぴろげな二人の態度にアルトは頭を抱えていた。

「いや、あの間には入っていけないな」

 ルッツがアルトの頼みを拒否する。

「セレネ」

「嫌よ。この件に関しては、私はヒルデガンドさんの味方なの」

 セレネも同様。

「オットー」

「僕も先が見えているなら、せめて一時はって感じだね」

 オットーも、邪魔するどころか応援の言葉を口にしている。

「はあ、参った。目立ちまくりじゃねえか。何なんだ、あの金銀コンビは。二人揃ってとんでもねえ剣、お披露目しやがって。しかも、誰がどう見ても恋人同士に見えるよな、あれ?」

「カムイの態度は驚きだな。でもまあ、こう見るとお似合いの二人ではあるな」

 アルトの愚痴に対してルッツは、二人の雰囲気に素直に感嘆している。

「意外とね。なんだか離れて見ていたほうが良い感じよね」

 セレネも同じく。

「金銀コンビとは良く言ったものだよね」

 オットーは、アルトの言葉が気に入ったようだ。

「全く人の気も知らねえで」

 嬉しそうな面々の中で、アルト一人が仏頂面だ。

「なんだよ、それ」

「俺だって、ヒルデガンドさんの事はある程度、認めてんだよ。でも俺の立場を考えろ」

「まあ、場合によっては、その人を陥れる策を考える事もあったりだな」

「一応、俺にも良心ってもんがあんだよ。はあ、やりずれえ」

「それでもやるんだろ?」

「当たり前。実際、カムイだってそうさ。何だかんだで奴も背負ってるもんがあるからな」

「そんな話を聞くと切なくなってきたじゃない。何かないの?」

 自分も似たような境遇な分、ヒルデガンドに対するセレネの思いは強い。

「前に言っただろ?」

 この状況を解決する策は一つだけ考えてある。

「……あの過激なやつ?」

「そう」

「出来る?」

「そんなもん、思いつくか。皇帝を作り上げんだぞ」

 後継争いを吹き飛ばすには、新たな皇帝を作れば良い。皇国を簒奪するという、策とも呼べないような策だ。

「そうね。それもわずか数年で。絶対に無理ね」

「まあ、いっか。いつまでも隠しておける事じゃねえ。いつかは、ばれる事だ」

「そうそう、あのカムイがここまで隠しておけた事が奇跡だ」

 アルトの言葉にルッツも同意を示す。

「そうなの?」

「目立つことにかけては、カムイは天才だから。本人の意思に関係なくな」

「そうね」

 色々と文句を言いながらも、結局はカムイにとって良い事であれば、受け入れてしまう仲間たちだった。

◇◇◇

 そして何も知らなかった人たち。その代表格のオスカーはというと。

「今、何をやったのだ!?」

「試し切りだな」

 同じく何も知らないテレーザと二人を見ていた。

「あれはそんな物じゃあないのでは? クラウディア様、彼は何者ですか?」

「カムイさんですね」

 ほとんど何も知らないクラウディア皇女も一緒に。

「いや、それは知っております。そうではなくて、あの剣は何ですか?」

「私にはちょっと分からないの」

「オスカーさんだって出来るだろ? ヒルデガンドが出来たんだから」

「自分にはあんなことは出来ない。彼等が持っているのは鍛錬用の剣だ。いや、それ以前に、あの動きは」

「確かに速くはあったな」

「あれを見て、その程度の反応しか出来ないとは、君はそれでも騎士か!?」

「いや、オスカーさん、私はまだ学生で」

「騎士を目指すなら、今から心得を身につけておくべきだ。いや、そんな事は今はどうでも良い。ヒルデガンドはともかくとして、カムイという男です」

「カムイが何なんだ?」

「何故、今まで彼の名を聞かなかったのだろう? しかも、彼はクラウディア様と同じクラスですね?」

「はい」

「彼の成績は?」

「確か、中の下くらいなの。剣と魔法については、最下位ですね」

「……そんな馬鹿な」

 ヒルデガンドを超える剣を見せるカムイが、最下位のはずがない。これは、オスカーでなくても思うことだ。

「何となく隠しているのは気が付いていました」

「でしょうね」

「でも、カムイは魔法を使えないんだ。剣で藁を切れても、実戦では勝てない」

 テレーザは、いつもの様にカムイを否定するのだが。

「君はそれでも騎士か?」

 オスカーに一蹴された。

「いや、だから違うと」

「では聞くが、魔法を使わないで、君はあの動きが出来るのか?」

「……あれ?」

 オスカーにここまで言われて、ようやく鈍いテレーザも、カムイの異常さに気が付いた。

「少なくとも自分は出来ない。あれが出来るなら魔法なんて関係ないのでは?」

「でも身体強化は防御もある」

「君はあれを防げるのか? 相手に攻撃する機会を与えなければ、防御なんて必要ない。少し極論だがな」

「……そんな」

「おい! 誰か知らないのか、カムイという男の事を」

 クラウディア皇女とテレーザでは、埒が明かないと悟ったオスカーは、周りの生徒に問いかけた。

「あの、自分は少し……」

 カムイを知るクラウディアたちには意外な事に、生徒の一人が、かなり恐る恐るという感じだが、手を挙げてきた。

「知っているのか!?」

「幼年部時代ですが」

 手を挙げたのは、幼年部からの生徒だった。

「それで、カムイはどうだったのだ?」

「虐められていました。いや、あの、申し訳ありません! 虐めていました!」

 まさかのカムイを虐めていた張本人。オスカーが虐めなどという行為を許せない性格なのは知っている。かといって、隠していることはもっとマズいと考えて、勇気を振り絞って正直に話してみたというところだ。

「何だと!? 貴様、騎士として恥ずかしくないのか!」

 案の定、オスカーは怒りに顔を真っ赤に染めて生徒を怒鳴りつけた。

「すみません! あの頃はまだ子供で!」

「いや、待て。虐めていた?」

 不意にあることに気が付いて、オスカーの怒りは一気に冷めた。
 この生徒の実力はオスカーも良く知っている。先ほど目の当たりにしたカムイの剣を凌ぐほどの実力はないのだ。

「カムイが魔法を使えないのは事実です。あいつは、それで虐めを受けていたのです」

「お前が虐めていた本人なのだろう」

「すみません……」

「良い。正直に話したことについては評価しよう。それで?」

「入学してしばらくは強かったのです。でも周りが魔法を使えるようになると、一番弱くなりました」

「そうだろうな」

 戦闘において魔法を使えないというのは、とんでもないハンデだ。生徒の説明は極めて当たり前の内容だった。ここまでは。

「でも、それでもカムイは強くなって」

「何だって?」

「始めは確かに弱かったのです。でも、徐々に一対一では苦しくなってきて。集団で虐めるようになりました」

「授業は?」

「途中からカムイは授業を受けておりません。今考えれば、怪我ばかりでしたから、教師が問題になるのを恐れたのだと思います。教えても意味がないという気持ちもあったのかもしれません。強くなっていくのに気が付いていたのは、恐らく虐めていた自分たちだけです」

「そうか……。分かった、ありがとう」

「はっ」

「だが虐めの件を許すわけにはいかん! そもそもお前は、彼にその事を謝罪しているのか?!」

「しておりません」

「何故だ!?」

「恨まれていると思うと怖かったのです。カムイは中等部に戻ってきました。それは自分に復讐する為なのではないかと考えてしまって」

「そこまで強くなっていると考えたのか?」

 復讐を恐れてということは、その生徒に、カムイには敵わないという思いがあるからだ。

「魔法を学ぶ前までは、オスカー様が居ないとはいえ、学年最強の称号はカムイのものでした。それに魔法が使えなくなっても、最後は一人では勝てないと思えるくらいに強くなっていたのです。その三年後です。もう絶対に勝てないと考えました」

「そうか。だが、それが詫びなくて良い理由にはならん。カムイに叩きのめされるとしても、いや叩きのめされる為に謝罪に行け。それがケジメというものだろう」

「はい。わかりました」

 男子生徒との会話はそれで終えて、またオスカーはクラウディア皇女に向き直った。

「お聞きの通りです。彼は強い。それも以前からです」

「はい」

「なんとしても彼を騎士団に入れなければなりません」

「はい?」

「逆境に負ける事なく、自分を磨くことで、それを乗り越えようとした。そして見事、それを乗り越えて見せた。彼は騎士の鏡です」

「いや、カムイも騎士では」

「だからこそです。騎士道一筋とはいえ、自分も少しは皇族の現状を把握しております」

「そうですか」

 オスカーでも知るくらい動きが目立っているということなのだが、クラウディアには、わかっていない。

「一人でも優秀な人材が必要なのではないですか?」

「はい」

「では、何故、同じクラスにいる彼を引き入れないのです?」

「カムイさんであれば、既に……」

「味方だと?」

「はい」

「しかし、彼と今、並んで立っているのは誰です?」

「……ヒルデガンドさんです」

「そうです。東方伯家令嬢にして、皇族に嫁ぐかもしれない人物です。その皇族もお味方ですか?」

「……いえ」

 味方のはずはない。今現在、唯一の政敵だ。

「でしょうね。それくらい自分でも知っております。本当にカムイを味方に出来ているのですか?」

「まさか裏切りか!?」

「テレーザ殿、少し黙っていてもらえないか? 彼は裏切りを行う様な人物ではない」

「知り合いじゃないよな?」

 ついさっきまで名前も知らなかった関係だ。

「先ほども言った通り、彼は逆境を耐え忍べる人物だ。それに、彼は恨みを消せる人物でもある。恨まれていると虐めた本人が思うくらいだ。相当な事をしたのであろう」

「申し訳ありません」

 話を向けられて、また男子生徒が謝罪の言葉を口にする。

「それを忘れて、いや、忘れていないのに、復讐という手段を取らなかった。そんな人物が何故、裏切りなどするのです? 彼は騎士の心得というものをきちんと持っています」

 かなり勝手にカムイ像というものを作りあげてしまっているオスカー。騎士の心得などカムイにあるはずがない。
 どちらかといえば正反対なのだが、こと裏切りに関しては、オスカーの判断は正しい。それは騎士道などではなく、裏切らなければいけない相手に、そもそもカムイは組しないということからきている。
 そして裏切りは最後の最後、ただ一回という考えがカムイにも、そしてアルトにもある。

「……はあ。ではオスカーさんは何を心配しているの?」

 だが、オスカーの基準である騎士の心得など、クラウディア皇女にわかるはずもない。そして、カムイ自身の考えも当然。それ故にクラウディアの反応は鈍い。

「裏切りではなく、堂々と相手につく事はあるのでは? 義によってか情によってかは、わかりませんが。彼のような人物は、どちらが優勢かなど考えないと自分は思います」

「そう」

「きちんと彼の引き留めを考える事をお勧めします」

「わかりました。気を付けます」

 結果、オスカーの意図とは正反対にクラウディア皇女、そしてテレーザの心に、カムイに対する不信が芽生えた。元々、接点の少ない二人には、カムイがどういう人物かなど理解出来ていないのだ。能力はともかく、辺境の小貴族の息子という、ごくごく普通の枠に嵌めて考えてしまう事になる。

◇◇◇

 更にその他大勢でありながら、カムイを知っている生徒たち。通称、カムイ教室の生徒たちであり、辺境領の子弟たちの反応は。

「おい。カムイのやつ本気を見せたぞ。しかし合宿の時も思ったが、あいつの動きは早いな。あれじゃあ向かい合ったら見えない」

「ああ、尋常じゃない。でも隠していたんじゃないのか?」

「何か事情が変わったのかな?」

「それでも剣だけだ」

 カムイが隠しているのは、剣だけではないことを彼らは知っている。

「おい、下手な事を口にするな」

「すまん」

「しかし、ヒルデガンドとの噂は本当だったのだな?」

「ちょっと意外な気もするが、こうして見るとお似合いの二人ではある」

「お似合いといっても、先は見えているだろ?」

「そうだとしても友好な関係は続くのではないか?」

「げっ、うち東方伯領に近いんだけどな」

「下手な事すれば、カムイと戦う事になるかもしれないのか。ご愁傷様」

「……他人事だと思って」

「他人事だ。うちは東方じゃないからな」

「しかし、カムイが一緒に戦った俺らに剣を向けてくるか?」

「……向けるな」

「うん。間違いなく向ける」

 敵と決めたら容赦はしない。カムイの性格は、彼らには分かっている。

「だよな。あいつはそういう奴だ。戦いたくないな、俺は」

「じゃあ、大人しくしてろ」

「それが出来るならな」

「案外出来るかもな。あのカムイが、あれだけ仲良くするって事は、信頼できるって事だ」

「……将来の皇后候補は信頼できる人物か」

「もし、そうなら、辺境の為に何かしてくれるかな?」

「分からん。分かる事は、カムイは辺境の為に動くという事だ。あいつの動きに合わせていれば、それが自分たちの国の為になる」

「ずいぶんと信頼しているな」

「命の恩人だ。まあ、それだけではないがな。お前はしていないのか?」

「しているな。もし誰かに付くとすれは、それはカムイにだ」

 やや誤解はあるものの、彼らの気持ちに大きな変化は起らなかった。

◇◇◇

 更にその他大勢であり、何も知らない女生徒たち。

「いやだ、カムイ恰好良い」

「まあ、カムイだから、あれ位当然よ」

「あら、貴女はディーフリート様推しじゃなかったかしら?」

「貴女こそ」

 女生徒それぞれの胸に、相手に対する疑念が生まれた。

「……カムイは私にはいつも優しいの」

「あら、私にこそ、いつも優しいわ」

「カムイは私には、とびっきりの笑顔を見せてくるの」

「それはお愛想。カムイが本当の笑顔を見せるのは私によ」

「何よ!」

「貴女こそ何よ!」

「ちょっと、争っている場合じゃないでしょ。あの二人見なさい」

 女生徒たちの目にも、カムイとヒルデガンドの金銀コンビは良い組み合わせに映っている。

「……競争相手はヒルデガンド様なのかしら?」

「はあ、悔しいけど、お似合いね」

「勝てないわね」

「……勝てないわ」

 何と言っても隣に立っているのはヒルデガンドだ。カムイに対する想いがどれほどであろうと、ヒルデガンドを否定することは女生徒たちには出来ない。
 彼女たちが唯一、自分を慰める事が出来るとすれば。

「でも、ヒルデガンド様は、将来が決まっているわ」

「決して結ばれない二人。いやだ、恋愛小説みたい」

「そうね。仕方ないわね、第一章のヒロインはヒルデガンド様にお任せする事にするわ」

「どういう意味?」

「第二章のヒロインは私って事よ」

「私でしょ?」

「私よ!」

 ヒルデガンドの次を目指して、言い合いを始める女生徒たち。

「もう、つまらないことで喧嘩しないでよ」

「つまらなくはないわ!」

「そうよ!」

「つまらないわよ。だって第二章のヒロインは私って決まっているのよ?」

「「貴女も!?」」

 女生徒が、自分のライバルの存在を始めた知った瞬間だった。
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