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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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敵は絶対に悪である、とは限らない

 旅行を終えて皇都に戻ってきてから、今日が初めての登城。特に何か目的がある訳ではない。休暇明けのちょっとした挨拶だ。
 そんな用事なので、ソフィーリア皇女と共にテーブルを囲んで、お茶菓子を楽しみながら、ただ世間話をしているだけだ。

「そう。楽しい休暇でしたわね?」

「は、はい。充実して、ました」

 ソフィーリア皇女の声に応えたのはアルト。普段は無頼な口のきき方をするアルトも、さすがにソフィーリア皇女の前ではそうもいかず、緊張した面持ちで対している。
 いつもであれば、会話の中心はカムイが務め、それぞれとうまく橋渡ししているのだが、そのカムイはずっと、どこか上の空で、会話に加わる事もなく、窓際で外を眺めている。
 カムイが、この調子であれば、会話を回す役目は、セレネが努めるものなのだが、そのセレネも気まずさそうな佇まいで、あまり口を開かない。
 そうなると話をするのは、残ったアルトとルッツしかいない。ガチガチ
に緊張した二人では、そうそう会話など弾むものではない。

「カムイくん、大人しいわね?」

「ちょっと、最近、変なんだ、です」

「そう。病気、の訳がないか。何か悩みでもあるのかしら?」

「どうだろう、でしょう。カムイの場合、時々深く考えに沈む事がある、ますから、それだと思う、ます」

「……普通に話しても良いわよ。それだと、却って聞きづらいわ」

「でも、顧問が……」

 部屋には、もう一人居る。入口近くに立っているゼンロックだ。余計な者を近付けない為の見張りのつもりなのであろうが、その視線は内にいるアルトたちに対しても厳しい。無礼は許さない、そんな所だ。

「ゼンロック! そうやって脅さないで!」

「脅すなど、とんでもない。変な者が近づかないように厳しく見張っているだけです」

「部屋の中を?」

「いえ、それは」

 ソフィーリア皇女に厳しい視線を向けられて、ゼンロックは一気に萎んでしまった。

「私が許可します。少なくとも、この部屋の中では、敬語は不要。良いですね?」

「……はっ」

 これで駄目だというほど、ゼンロックは空気が読めない男ではない。

「さあ、これで良いでしょう?」

「……はあ。じゃあ、お言葉に甘えて」

 アルトも同じだ。素直に言葉を崩す事にした。

「セレネさんも元気がないわね?」

「いえ、私は元気です」

「そう? でもさっきからあまり口を開かないわね」

「ああ、セレネはやましい気持ちがあるからな」

「ルッツ!」

 言葉を崩して良いと言われて、頭の中まで緩めてしまうルッツだった。

「えっ、やましい気持ちって何?」

「それは」

「黙れ! ルッツ!」

「怖え、そんな事じゃあ、ディーフリートさんに嫌われるぞ」

「ばっ、馬鹿ぁ! その名を出すな!」

「……あっ!」

 ここまでくると、ルッツの迂闊さも、わざとではないかと疑いたくなる程だ。

「ディーフリートに嫌われる? えっ、ええっ!? そうなの!?」

 ソフィーリア皇女は、二人の会話の意味が、分かって驚いている。

「いえ、違います! ディーフリートさんとは、ただの友達です!」

「お付き合いしているのね?」

「いえ、ですから、それは全く違います!」

「そんな必死に否定しなくても平気よ。私とディーフリートは、婚約者候補っていうだけで、それ以上の関係はないから」

「でも……」

「仮にそうなったとしても、婚約前の事を責めたりしないわ。まして、相手がセレネさんなら尚更。どこでどんな女と付き合っていたか分からないより、よっぽど安心でしょ?」

「……そういうものですか?」

 ソフィーリア皇女の言葉に、セレネの気持ちも緩んでいる。これは、もう認めていると同じだ。

「そうよ。でも、セレネさんとディーフリートがね。私は、セレネさんは、てっきりカムイくんが好きなのだと思っていたわ」

「それこそあり得ません」

「そうかしら? そう見えたんだけどな」

「セレネはきっとカムイがあまりに女ったらしだから、愛想を尽かしたんだな」

 ここで又、ルッツが、余計な口を挟んできた。

「女ったらしって?」

「あれ、知らない? どういえば良いんだ? 何人もの女性の心を鷲掴みって感じかな?」

「はい? カムイくんが?」

 カムイが次々と女性を口説く姿など、ソフィーリア皇女には、全く想像がつかない。

「いや、凄いんだ。ついこの間も、とびっきりの女性を落としたばっかり」

「とびっきりって」

「それが何と……」

 さらに迂闊さを示しそうなルッツだったが。

「ルッツ!!」

 窓の外に視線を向けたまま、大声でカムイが怒鳴った。

「えっ、何?」

 それに驚いたのはルッツより、ソフィーリア皇女の方だ。カムイがいきなり怒鳴った理由は、ソフィーリア皇女には分からない。

「憶測で物を言うな。相手の人に失礼だ」

 その後の言葉は静かな口調ではあるが、有無を言わさぬ威厳を漂わせていた。

「……悪い」

「ソフィーリア様、ここから見える中庭って近くまで行けるのですか?」

 ルッツを黙らせた所で、カムイはソフィーリア皇女に問い掛けてきた。

「えっ、ええ、出口は一階にあるわ」

「見に行っても良いですか?」

「どうして?」

「休みの間、自然に囲まれていたせいか、どうも石造りの皇都の街並みは息苦しくて。ちょっと木々に囲まれたくなりました」

「……良いわよ。外で控えている侍女に案内してもらって」

「ソフィア様!? 外を歩き回っていては」

 人を近付けないように見張っている意味がない。そう思って、ゼンロックは制止しようとしたのだが。

「ゼンロック、良いから。カムイくんの好きにさせてあげて」

「しかし……」

「外に出るのは良いけど、あまり歩き回らないでね? 不審者と思われて、捕まってしまうわ」

 まだ止めようとするゼンロックを無視して、ソフィーリア皇女はカムイに許可を出す。

「はい。わかりました。では」

 窓の近くを離れ、カムイはそのまま真っ直ぐに部屋を出て行った。

「調子に乗り過ぎだ、馬鹿」

 それを確認した所で、軽く頭を叩いて、ルッツを窘めるアルト。

「悪い。ヤバイ、あれ絶対に怒ってるよな?」

「当たり前だろ? まあ、あれくらいならまだ平気だろうけどな」

「だと良いけど……」

「もしかして、女性の話でカムイくんは怒ったのかしら?」

 二人の会話が切れた所で、ソフィーリア皇女がルッツに問い掛けた。

「さあ?」

「その女性って?」

「さあ?」

 さっき口にしようとしていた名を、ルッツは答えようとしなかった。

「あら、教えてくれないの?」

「カムイが言うなと言いましたから」

「私の頼みでも?」

「俺らが仕えているのは、あくまでもカムイなので」

「……そう。セレネさんは?」

「私は……、私はその女性の痛みを少し知っていますから、軽々しく話せません」

 結ばれる事のない想いを持ってしまった。相手が違っても、それはセレネも同じ。他人にその想いを伝える気にはセレネにはなれない。

「そう、じゃあ、この話はお終いね」

「すみません」

「良いわよ。ただの好奇心だから。それで何を話しましょうか?」

「ああ、ソフィーリア皇女様に渡すもんがある」

「私に? お土産かしら?」

「いや違う。用意していたもんが出来上がった。これだ」

 アルトが差し出したのは一対の指輪だった。

「……えっ、何かしら。アルトくん、私を口説こうとしているの?」

「これは魔道具。薬を解析した結果、対抗薬よりも、これが良いと判断された」

「あら、そう。効果を聞いても?」

「もちろん。まず薬についてだな。あの薬は、体内の魔力に混ざりものを加える効果がある。まあ、混ざりものと言っても、それも魔力だ」

「そう」

「ただ本来の魔力とは異なる不純物が混じる事で、体内の魔力の動きが不安定になる。それによって、微熱や体のだるさなどの影響を体に与えたのだろう、という分析結果が出た」

「そんな事が出来るのね」

 魔法に関して、魔族は人族を遥かに凌ぐ知識を持っている。話としては知っていた、この事実をソフィーリア皇女は思い知らされた。

「その効果を打ち消す方法として考えたのが、魔力濾過。要は混ざりものを除くって事だな。指輪をはめて、それを合わせると、その間を体内の魔力が循環する。その時に不純物だけを指輪の中に止める」

「これはアルトくんが?」

「まさか。俺にここまでの技術はねえ。領地から送られたもんだ」

「そう」

「薬を飲まなければ平気だと思うが、目の前で飲まなければいけない事もあるだろうし、別の方法を使ってくる可能性もある。その時の為のものだ」

「わかったわ。ありがとう」

「注意点はひとつ。それをつけていると回復魔法も効かなくなるからな」

「それって、ああ、そういう事ね」

 回復魔法を受けるという事は他者の魔力を体内に受け入れるという事。この指輪は、回復の為の魔力をも取り除いてしまうのだ。

「説明の手間が省けて助かる。魔道具の説明は以上だ。さて、解析の結果分かった事がある」

「何かしら?」

「これは医者なんかで作れるもんじゃねえ。高い魔導の知識が必要になるものだ」

「そうでしょうね」

「だが、その分、対象は絞られる」

「でも魔導士と呼べる者はかなりの数よ」

「いや、これを作れるのは極々限られた魔道士だ」

「どうしてそれが分かるの?」

「四属性魔法に他者に効果を与える魔法はねえ、それが出来る魔法は限られている。そして、その使い手もまた限られている。魔導は魔法を解析して、それの発動を容易にするものだ。だから、あくまでも使い手の魔力が元になる」

「神聖魔法の使い手が薬を?」

「神聖魔法に体に害を及ぼす効果はない」

「闇魔法……、まさか魔族が?」

 闇魔法。公式には認められていない魔法を、ソフィーリア皇女は口にした。

「まさか。そんな事をして、魔族にどんな利がある? 跳ねっ返りが仕掛けた事だとしても、どうしてソフィーリア様を狙う?」

「そう言われてみればそうね。狙うのなら陛下か父上ね。となると誰かしら?」

「まだ分からない? 魔族の魔法をさかんに研究している奴が、この国にはいるはずだけどな」

「そんな人が?」

「知らねえのか? ゼンロック顧問は?」

「儂も知らん」

「おやおや、完全な非公式だったって事かな」

「誰なの?」

「皇国魔道士団長。個人というより団ぐるみだと思うけどな」

「……そんな」

 アルトはさらっと話したが、皇国にとっては、とんでもない爆弾発言だ。皇国魔道士団が皇族を害する行動を取っていたなどとなれば、大騒ぎでは済まない。

「権力争いに興味のないはずの皇国魔道士団長が絡んでいる事に驚いた?」

「ええ」

「実際の所、権力争いにまで皇国魔道士団長が絡んでいるのかとなると何とも言えねえ。でも物事は最悪の事態を考えるべきだと思う。敵は東方伯家と皇国魔道士団だとして、こちらは?」

「確たるものはないわね」

「のんびりしてんな。あまり時間ねえんじゃないか?」

「……知ってるのね?」

「それが皇帝陛下の事なら知ってる」

「その事よ」

「隠しごとは感心しねえな。こっちも色々と算段が狂っちまう。とりあえず西方伯家と皇国騎士団をなんとかしねえと勝ち目はねえ。そっちは?」

「…………」

「セレネの事が気になるなら席を外させるか? もっともセレネはもう覚悟は出来ているけどな。だろ?」

「ええ、もちろんよ」

「分かったわ。ディーフリートとの婚約の件は、向こうの方が積極的な事もあって順調に進んでいるわ。皇国騎士団は……」

 言葉に詰まる。それが答えだ。皇国騎士団の取り込みは進んでいない。その理由もアルトには分かっている。

「全然って事か。妹を政略の道具にする覚悟は決まんねえか?」

「ストレートな言い方ね」

「言葉を選んでも仕方がねえ。それに誤魔化しは却ってクラウディア皇女殿下に悪いからな。政争に勝つために犠牲になれ。そうはっきり告げる事が却って誠実だと俺なんかは思うね」

「……そうかもしれないわね」

「北と南は?」

「関わってくることはないわ」

「それは今の代だろ? 陛下が崩御なんて事になれば、北と南も代替わりするはずだ」

「そうね。二人はきっとそうするわ」

 南北方伯の現皇帝への忠誠心を考えれば、アルトの言っていることはソフィーリア皇女にも納得出来る事だった。

「まあ、中立のままのほうが面倒がなくて良いから、相手に付かれないように注意する程度で良いけどな。近衛騎士団は?」

「それが誰であっても皇帝陛下に忠誠を誓う。それが近衛だ」

 アルトの問いへの答えはゼンロックが返してきた。

「決まるまでは中立ね。国軍は発言権はない。これに間違えはねえよな?」

「徴兵で構成されている国軍は国政に関わる事は無いわ」

「なんとなく意見が反映されることは?」

「上位に皇国騎士団がいるから。特定の支持があっても、それは届かないわ」

「中央の貴族は?」

「こちらが優勢だと思うけど、最終的には勝つ方につくわ」

「そんなもんだろうな。という事は、どこか一つの大きな勢力がひっくり返れば、そっちの勝ちだな」

「そうね」

「西と騎士団。これを確実に固めれば、そうそう負けない」

「絶対とは言えないわね」

「そうするともうひとつ支持勢力が必要だな」

 さりげなくアルトは望む方向に話を誘導している。カムイがいなくてもアルトがいれば、これくらいの交渉事は進められるという事だ。

「今話した通りよ。はっきりと味方につきそうな勢力はないわ。魔道士団を引き抜くくらいかしら」

「ちょっとした傾きを見せれば良いんだろ? 影響力が少ないようで多い。そんな勢力がひとつある」

「……辺境ね」

「そう。国政への影響力なんて無いが、次代の皇帝選定となれば話は別だ。辺境が一斉に背く事なんて、誰も望まないだろうからな」

「そこまでの影響力はあるかしら」

「今は無いなら作れば良い。辺境の影響力ってえのは、要は中央に辺境討伐なんてやりたくないと思わせる事だ」

「それを、貴方たちがしてくれるのね」

「まあ、そういう事になるな」

「辺境の力を強め、皇位継承争いに大きな影響力を持たせる」

「大きくはねえな」

「大きいでしょ? つまり貴方たちが付いた方が次代の皇帝って事よね?」

 これを察する事が出来るソフィーリア皇女は、愚者ではない。だが、交渉事ではアルトの方が一枚上手だ。

「さあ? そうなるか何て、今は分かんねえな」

「条件は?」

「それは俺が言う事じゃねえ」

「カムイくんね」

「カムイもはっきりと言うかな? あいつの場合は、相手の覚悟を見て考えるタイプだからな」

 それが、そちらから条件を提示しろという事の、遠回しな言い方であると理解したソフィーリア皇女は、頭の中で、カムイが望むであろう条件を整理していった。

「分かったわ。辺境に対する不正の払拭。地位の向上」

「それで?」

 それが何、という程度のアルトの反応。

「……他種族の地位の向上」

 やや躊躇ないながらもソフィーリア皇女はその言葉を口に出した。

「地位の向上ってのは?」

「迫害の禁止、奴隷からの解放」

「そんなもんか」

 まだ足りない。

「……皇国国民として人族と変わらない待遇」

「ソフィーリア様!?」

 ゼンロックが驚きの声をあげる。口にする事は簡単。だが、それを守る事は簡単に出来る事ではない。とてつもない反発が生まれるはずだ。貴族、国民、他国からも上がってくるであろう、その反発を押さえこめるだけの力が必要なのだ。

「なるほど、思い切った条件だ。確かに、そんな約束をする相手なんて他にいねえな。でも返事はカムイ次第という事で。ああ、隠し事はなしという事を加えてもらえるかな?」

 引き出せるだけのものを引き出したというのに、アルトは、あくまでも最後はカムイが決める事と、納得の言葉を決して口にしない。

「良いわ」

「いやあ、良い話が聞けた」

「貴方たちって怖いわね」

 条件の事だけではない。いつの間にか自分の方が、後継争いに積極的になっている事にソフィーリア皇女は気が付いた。全てがカムイたちのせいとは言わないが、引けない所に来ているのは確かなのだ。

「今の所は味方のつもりだが?」

「敵でも味方でも、どちらにしても怖いわよ」

「ふうん、あんまりそういう言葉は口に出さねえ方が良いんじゃねえかな」

「どうして?」

「それは相手を信頼していないという事。極論を言えば、敵にするくらいなら消してしまえっていう事に繋がる考えだろ?」

「そんな事考えてないわよ」

「本人が考えなくても、周りがそう思うなんて良くある事だ。上に立つなら発言には気を付けた方が良いと思うがな」

「そうね。気を付けるわ」

 皇国の皇女に対しての口の効き方ではない。だが、それを許してしまう何かがアルトにはある。
 只者でないのはカムイだけではない。ソフィーリア皇女は、又、少しカムイたちに怖さを覚えた。

◇◇◇

 侍女に案内してもらって、中庭に出たカムイは、ぼんやりと高くそびえる木を見上げていた。休暇を終えてから、ずっと胸の中がうずうずして落ち着かない。
 その理由は分かっている。小さく震える声で告げてきた言葉。それがいつまでも耳の奥に残っているのだ。胸に刻むとは言ったが、こういう事になるとは自分でも思っていなかった。
 休暇を終えてから、ヒルデガンドとは、まだ顔を合わせていない。次に会ったとき、どんな風に接すれば良いのか。これまで通りに接する事が出来るのか不安になっている。

「考えても仕方ないか。その時はその時の事だ」

 あえて声に出して、こう呟いてみる。

「それにもう、決めた事だ」

 そして今度は、自分に言い聞かせるように。自分の立場は決まっている。だから、今日もここにいるのだ。
 悩んでいる時間はない。残された時は思っていたよりも遥かに短くなってしまったのだから。そんな葛藤を何度か頭の中で繰り返し、ようやく部屋に戻ろうと決めた所で、正面の木々の間を抜けて、誰かが歩いてくるのが見えた。
 やがて姿を現したのは自分よりも少し年上の男。着ている服装から、警備の兵ではない事は明らかだ。

「おっ、お前、だっ、誰だ」

 怯えたような口調とは裏腹に相手の視線は落ち着いたものだ。

「クロイツ子爵家のカムイ・クロイツと申します」

 それに違和感を覚えながらも、普通にカムイは名乗る。

「ク、クロイツ子爵。ノ、ノルトエンデ、だったな」

「はい。よく御存じで」

「こっ、皇国の、りょ、領地を、しっ、知らなくて、どうする」

 怯えているのではなく。言葉が不自由なのだとカムイは分かった。

「失礼ですが、お名前をお聞かせ願えますか?」

「テッ、テーレイズ、、ヴァ、ヴァイツ、ブルクだ」

「失礼いたしました!」

 カムイは、すぐにその場に片膝をつき、頭を下げた。テーレイズ・ヴァイツブルク。ソフィーリア皇女の兄であり、政敵である人物が目の前にいた。

「たっ、立て。よ、余計な、れ、礼儀は、無用」

「……では失礼して」

 その言葉に躊躇う事なく、カムイは立ちあがった。

「こ、ここで、なっ、何をしている?」

「クラウディア皇女殿下のお誘いで遊びに参りました」

「がっ、学院の、せっ、生徒か?」

「はい。クラウディア皇女殿下と同じクラスで学ばせて頂いております」

「そ、そうか」

「あの、聞いてもよろしいでしょうか?」

「……なっ、何だ?」

「テーレイズ皇子はお伴も連れずに、こんな所で何をなさっているのですか?」

「いっ、妹の、よっ、様子を、みっ、見に来た」

「もしかしてソフィーリア皇女殿下のお見舞いですか?」

「しっ、知っている、のか?」

「はい。病の事は伺っております。ご挨拶もさせて頂きました」

「……げっ、元気、だった。か?」

「はい。少し微熱があるとおっしゃっておられましたが、お話をする分には問題なく」

「そっ、そうか」

 それを聞いたテーレイズ皇子の安堵の顔を見て、ソフィーリアを害しようとしているのは、皇子本人ではない事が、カムイには、はっきりと分かった。

「お部屋までご案内致しましょうか?」

「良い、へっ、部屋は、しっ、知っている。そっ、それに、あっ、会うと、いっ、色々、と、めっ、面倒だ」

「……そうですか」

 それが分かっていて何故ここに。この問いを、カムイは飲み込んだ。会えないと分かっていても、心配で来るしかなかったのだと分かりきっているからだ。

「ク、クラウディアと、いっ、一緒と、いっ、いう事は、ヒ、ヒルデガンドも、いっ、一緒、だな?」

「……はい」

「どっ、どんな、おっ、女だ」

「強い人です」

「つっ、強いの、のか?」

「はい」

「つっ、強い、おっ、女は、きっ、嫌いだ」

「はい?」

「おっ、俺は、かっ、体が、よっ、弱い。じっ、自分より、つっ、強い女、では、かっ、恰好が、つかん」

「……ああ。そういう意味ではなく、いえ、確かに学院最強と言われていますが、それだけでなく、心が強い女性です」

「きっ、気が、つっ、強い、おっ、女も、きっ、嫌いだ」

「いや、その……。でも、可愛らしい人です」

「ん?」

「気高くて、強くて、真っ直ぐで、少し不器用で。そして凄く可愛らしい人です」

 ヒルデガンドの事を思い浮かべながら、カムイは頭に浮かぶ言葉を、一つ一つ、口にした。

「おっ、お前……。しっ、親しいのか?」

「少しだけ、仲良くさせて頂いてます」

「すっ、少し、だけか」

「はい。少しだけです」

「……そっ、そうか」

 会話が途切れた所で奥の方から、わずかに人の声が聞こえてきた。その声はテーレイズ皇子の名を呼んでいるようだ。

「お迎えのようです」

「そっ、そう、だな。まっ、また、あっ、会えるか?」

「……それは恐らく無理かと」

「そっ、そうか。おっ、お前は、いっ、妹を、こっ、皇帝に、しっ、したいの、だな?」

「はい」

 わずかな言葉で、これを察する事が出来るテーレイズ皇子は、聡明といっても良いのだろう。それが分かったカムイの心は、やや混乱してきていた。

「せっ、政敵の、もっ、元に、通う、わっ、訳には、いかんな?」

「はい」

「ふっ、二人の、はっ、話を、きっ、聞きたかった、が、しっ、仕方、ない」

「無礼を承知でお聞きします。争いから引かれるおつもりはないのですか?」

「そっ、それを、きっ、聞くか?」

「争いを望んでいる訳ではないように思いました」

「こっ、皇帝、なんて、ろっ、碌な、もっ、ものじゃあ、ない。まっ、真面目な、いっ、妹には、つ、辛い、事だ」

「…………」

 テーレイズ皇子の言葉が、カムイの胸に突き刺さる。

「だっ、だが、もっ、もし、いっ、妹が、かっ、勝つことに、なっ、たら。さっ、支えて、やって、くれ」

「……はい」

「たっ、頼む」

 辺境領主の子弟に、こう言えるテーレイズ皇子は、その心根もカムイにとって好ましいもののようだ。それにカムイは思い切って甘えてみる事にした。

「私からもお願いして、よろしいでしょうか?」

「なっ、何だ?」

「……ヒルダを、ヒルデガンド様を大切にして頂けますでしょうか?」

「おっ、お前……?」

「私などがお願い出来る立場でない事は分かっております。でも……、お願いします」

「……わっ、分かった。もっ、もう少し、はっ、早く、会いた、かった、な」

「私も今、そう思っています」

 もし先にテーレイズ皇子と会っていたら、その可能性を考えるとカムイの胸が更に苦しくなる。

「さっ、先に、いっ、行け。かっ、顔を、見られたら、めっ、面倒だろ?」

「はい。では、失礼します」

 後ろを向いて、真っ直ぐに建物の入り口に向かう。その場にしゃがみ込んでしまいそうになる気持ちを無理やりに押さえつけて。
 目的の為に、まっすぐに進んできたつもりだった。仲間の居場所を守るために、邪魔するものは蹴散らして、ただひたすらに突き進むつもりだった。
 だが、倒すべき敵は、決して悪人ではなく、妹を思いやる優しい人で、その伴侶となる人は、自分の心に大切な言葉を刻み込んでしまった人。

 テーレイズ皇子に先に会っていたら、自分はソフィーリア皇女ではなく、テーレイズ皇子を選んでいたのだろうか。だとしたら、自分の判断はなんと根拠のないものだったのか。

 まだ、しばらくは元気になれそうもない。そう思いながら、カムイは、ソフィーリア皇女の部屋に戻っていった。
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