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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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黄金の世代

 シュッツアルテン皇国の皇都にある帝立シュッツレーレン皇国学院は、初等部から中等部までの一貫校であり、皇国最大の学校である。
 学院の卒業生の多くは、上級学校である皇立騎士学校、皇立政治学校へ進む事になり、将来の皇国の軍事・政治を担う人材を育成する為の、皇国内でも選りすぐられた生徒たちが学ぶ学校……、というのは過去の話。
 卒業生が皇国の重要な地位に、将来就く事は確かだが、別にそれは優れた人材だからではない。
 生徒のほとんどは貴族の子弟であり、その身分によって学院への入学を許されているに過ぎない。
 当然その中にも優秀な生徒はいるが、皇国の始祖であり、学院の創立者でもある初代シュッツアルテン皇帝が求めた、身分にかかわらず優秀な人材を育成する場としての学院の姿は、見る影もなく歪んでいる。
 学院に平民出身者の姿を見る事はほとんどない。まれに本当に優秀な人材が他校から編入してくる事はあっても、やがてそれらの生徒は自身の将来が、望むような形で実現しない事を知って、また別の学校へと去っていく事になる。
 平民出身者が皇立騎士学校や皇立政治学校へ進む事など、初めから許されていないのだ。
 この大陸で最大の版図を誇るシュッツアルテン皇国は、その強さ、豊かさゆえに、嘗ての闊達さを失っていた。
 長い年月をかけて、この歪みは徐々に皇国を蝕んでいるのだが、それに気付く者は、ほとんど居ない。

 また今年も春が来て、新しい生徒の入学時期になっている。初々しい生徒たちの姿を見る教師たちにとっては嬉しい季節のはずだが、今年に限っては、少し様子が違っていた。
 特に中等部を見る教師たちの顔は憂鬱さを隠せないでいる。

「黄金の世代ですか……」

「何ですか、それは?」

「今年の中等部の一年はそう呼ばれているらしいですよ」

「黄金ね。まあ、確かにそう言えなくもないが、それの面倒を見る我々にとっては、頭の痛い事だ」

 黄金の世代。今年の中等部一年生が、こう呼ばれるには訳がある。中等部からの編入組に、そうそうたる面子が揃っているのだ。
 一人目は、東方伯家の長女であるヒルデガンド・イーゼンベルク。女性でありながら優れた剣術の腕を持ち、同世代では最強といわれる女性。
 その対抗としては、皇国騎士団長の長男であるオスカー・フルハイム。騎士団長を父に持つだけあって、その腕前はヒルデガンド・イーゼンベルクと同列に位置する。
 更に西方伯家の次男、ディーフリート・オッペンハイム。剣の腕は先の二人に一歩劣るとはいえ、その差はわずかと言われている。一方で、魔法の実力は、二人よりは一歩上といわれている実力者。
 そして皇国魔道師団長の長女であるマリー・コストル。言うまでもない魔法の実力は、最も優れているとされている。
 更にもう一人、重要人物が居るのだが、これは公にされていない。
 いずれも剣や魔法だけでなく学問も優秀。そして、それらに従う生徒たちも優秀な人材が多い。まさに皇国の将来を担う黄金世代と呼ばれるに相応しい面子なのだが、問題はその実家が皇国内で激しく勢力を争う有力家であるという事。
 その実家の争いが、学院に持ち込まれる可能性は高い。教師も憂鬱になるというものだ。

「クラス分けに、間違いはないのですよね?」

 職員室では、学年主任がクラス編成を担当した教師に念を押している。このところ、ずっと繰り返されている光景だ。

「ええ。何度も確認しました」

「従属貴族も、ちゃんと確認してますか?」

 従属貴族というのは、有力貴族に従う貴族家の事。皇国は、貴族の最上位に四人の方伯爵が置かれており、それぞれが東西南北に、広い領地を有している。あまりに広すぎる領地は、一つの方伯爵家だけでは、とても治めきれない為に、領地を更に幾つかに分割し、それぞれを、下位の貴族が統治を任されているのだ。
 それら貴族への命令権は方伯爵が有しているため、従属貴族の多くは皇帝の臣下というよりも、方伯爵の臣下といって良い状態だ。勲功に報いるために、多くの貴族を作り出した皇国の歪みが、ここに現れている。
 当然、それらの従属貴族の子弟も学院に入学している。しかも、敢えて上位貴族の子弟の入学に合わせるように。
 本来は十二才で入学するはずの中等部には、年を誤魔化して入学している生徒たちが多く居るのだ。従属貴族にとっては、上位貴族家の人間との繋がりを深めるため。一方の上位貴族にとっては、自家の子弟の学院生活を支援させると共に、この時点で上下関係を明確にさせておくため。
 お互いの利害が一致した結果であり、こういった貴族の意向には、学院も異議を唱える事は出来ない。
 それは騎士団、魔道師団も同じ。つまり、皇国の地位は、ほとんど世襲と化しているのだ。

「大丈夫ですよ。ちゃんと同じクラスに振り分けています」

「その他の生徒たちは?」

「さすがにそこまでは気を配れないですよ。クラスの人数が足りないところに適当に振り分けました」

「大丈夫ですか?」

「辺境領家の者だけは確認しています。問題となりそうな領地を持つ者は居ませんが、念のために別のクラスにしています」

「そうですか、それでもう一人は?」

「その辺境領家の者たちのクラスです。そのほうが良いとの指示でしたので」

「ええっ? そうなのですか?」

 学年主任が驚きの声を上げた。辺境領は皇国の悩みの種だ。その辺境領の子弟と同クラスになる事を望む意味が分からない。

「特定の有力家と下手に繋がりを持つよりはという配慮のようです」

「本当に問題となる辺境領家は居ないのですよね?」

 学年主任の不安は募るばかり。今更と分かっていても、念押ししてしまう。

「絶対とは言いませんよ。私に皇国に叛意を持っている辺境領家なんて分かるわけがないじゃないですか」

 聞かれる方は、もうウンザリという感じだ。

「それもそうですね。ちなみに誰が見るのですか?」

「それがミレア先生でして……」

「もっと優秀な先生が居るでしょう?」

「優秀な教師は、他のクラスに持っていかれました。まさか、そのクラスが一番大切だなんて言えないでしょう?」

 これも先の四人の実家の意向を反映した形だ。自家の子弟を、優秀な教師のもとで学ばせたい。単純な親心とも言えるものだが、それを有力家が考えてしまうと、それはそのまま学院の教師の選任に反映されてしまう。

「それはそうですが……」

「ミレア先生はちょっと堅物ですけど、それは真面目さの裏返しです」

「そうですね。ちょっとヒステリーな事を除けば良い教師です」

「それが問題なのですけどね? 問題児が居なければ良いな」

「それはもう運ですね。分かりました。今更悩んでも仕方がありません。そろそろ入学式の時間です。会場に向かいましょう」

「ええ。そうですね」

 その運は、結果としてなかったという事になるのだが、それで教師たちを責めるのは可哀想だろう。
 教師の机に置かれたままの中等部のクラス分け表。
 一年E組、出席番号三番、カムイ・クロイツの名がそこにあった。

◇◇◇

 講堂で入学式が行われている頃。そこから少し離れた所にある校舎の裏側。その奥の林の中を歩く生徒の姿があった。
 真新しい中等部の制服を着たその生徒、カムイだ。
 カムイにとっては。かつて知ったるその場所。迷う事なく奥に進んでいく。決して良い思い出がある場所ではない。それどころか同級生に何度も苛めを受けた場所だ。
 それでも学院に再入学するにあたって、カムイは真っ先にここを訪れたかった。苦い思い出の場所であり、始まりの場所でもあるこの場所に。
 養子に行ってから、二年の月日が経つ。それはつまり、カムイが学院の初等部を退学してから三年近い月日が経っているという事。
 カムイ・ホンフリートで学院を退学したカムイは、カムイ・クロイツと名を変えて、学院に戻ってきた。
 この選択には、正直少し迷いがあったが、この先。領地を継ぐ上で、きちんと勉強をやり直す事は大切な事だ。こう両親に説得されて中等部から学院に再入学する事になった。
 もっともカムイの目的はそれではない。将来の為に、色々としておきたい事があった為だ。実際、勉強などと言っても領地で学ぶ事のほうが、遥かに有意義な内容であるとカムイは思っている。
 そして両親もそれは分かっている。とてつもなく厳しくも優秀な家庭教師の面々を揃えたのは、他ならぬその両親なのだから。
 両親の一番の望みはカムイの貴族嫌いが少しでも直る事。その為に同世代の貴族の中から、一人でも二人でも友人といえる人間を作って欲しいのだ。
 そんな両親の気持ちは、痛いほど分かっているのだが、カムイ自身にはまだ、その気持ちはない。同世代に比べれば、かなり大人びた所のあるカムイだが、十二才では、やはり、まだまだ子供だ。貴族の事となると感情の方が優先してしまう。
 やがて目的の場所に着いたカムイは、地面に腰を下ろして、空を見上げた。空には青空が広がっている。あの時の漆黒の闇に浮かんだ月は、この時間では見えるはずもない。

「……懐かしい。どうやらそう思えるみたいだ」

「そうですか。それは良かった。私も懐かしいと思えます。たった三年しか経っていないのに」

 空に向かって話し掛けるカムイだったが、それに答える声があった。

「三年だぞ?」

「主と私では年月の感覚が違うのです。それはお分かりでしょう?」

「まあな。……ここから始まった訳だ。俺の人生は」

「大げさですね?」

「死んだと思ったからな」

「正直、私も無理だと思っていました。でも主は生きていた。しかもあの国で再会出来るとは」

「運命を感じたか?」

「感じざるを得ないでしょう。いえ、ここで出会った事が、すでに運命だったのです。あんな偶然がありますか? 命がけで手に入れた物の器が、目の前に現れたのですよ」

「まあな。おかげで俺は力を手に入れた」

「それと同時に苦難もですね」

「……それは仕方がない。それが俺の宿命。そう母上は言った。……母上は、もしかして予言まで出来たのか?」

 母が残した言葉は、カムイの将来を見事に暗示している。

「それはないでしょう? 予言の力がなくても予測は出来ます。割と容易にね」

「それもそうか……。といっても道が定まっているわけじゃない」

「それで良いのです。主と出会えた運命には感謝しますが、その運命に何事も決められたくはありません」

 二人の会話を聞く者が居たとしても、何を話しているのか、さっぱり、分からないだろう。

「俺もだ。ちょっと我儘な要求だけどな。神さまに怒られるかもしれない」

「信じてもいないのに?」

「信じてはいるさ。神は居る。ただ見守る為だけに。だよな」

「そうです。神に頼るなんて間違っています。地の世界は地に生きる者のためにある。その生き方もまた地に生きる者の自由です」

「良い言葉だ。司教様には悪いが教会の教えよりもずっと言葉に響く」

 教会関係者には、絶対に聞かせられない内容だ。異端と呼ばれるか、背教者と呼ばれるかは分からないが、問題視される事は間違いない。、

「そうですか。それは少し照れくさいですね」

「そうなのか? アウルが照れるなんて珍しい」

「私を何だと思っているのです?」

「今は猫。そして恩人であり、大切な仲間だ」

「やはり照れますね。さて、そろそろ行きましょうか? 入学式も終わる頃です。それに、あの二人、絶対に怒ってますよ?」

「一応、ここに来るとは伝えてあるぞ」

「入学式が始まる直前にでしょう? 二人にとっては、置いてきぼりを食らったようなものです」

「……それもそうか。じゃあ、行こう。不安も消えたし、もうここには用はない」

 すっと立ち上がって、校舎に向かって歩き出すカムイ。その足元をまとわりつくように駆けているのは、一匹の黒猫だった。

◇◇◇

 学院は初めてではないとは言え、中等部の校舎に入るのは初めてだ。同じような造りだと、高をくくっていたカムイは多いに焦る事になった。
 一年生のフロアは一階だと決め付けて、E組に入ってみれば、どうにも様子が違う。とても新入生とは思えない生徒ばかりが、怪訝な顔をしてカムイを見つめている。
 慌てて教室を出て吊るされている表示を見てみると、2Eと書いてあった。二年生のクラスに間違えて入ってしまったのだ。廊下を歩いていた生徒を捕まえて、一年生の教室はどこかと聞いてみると、なんと三階がそれだと言う。
 中等部にはクラス替えがない。その為、学年が変わるたびに、生徒が教室を移動する面倒を省くために、毎年、教室の表示のほうを移動させていたのだ。
 階段を駆け上り、教室の扉を開けた時には、既に教室の前に担任のミリア先生が立っていた。

「えっと……」

「名前を名乗りなさい」

 教壇に立つミリア先生が、じっとカムイを睨んでいる。

「カムイ・クロイツです」

「ええ、知っています。初日に遅刻する生徒なんて貴方だけですからね」

「だったら聞くなよ」

「何ですって!?」

 小さく呟いたつもりだったのだが、静まり返った教室では、その声は教壇にまで、しっかり届いていた。

「いえ、何でもありません」

「……罰として教室の後ろに立っていなさい」

「はい」

 カムイは教室の扉を閉めて、窓際まで進み、そこで前を向いて立った。

「何故そこに立つのですか?」

「三階ですからね。眺めが良いかなと思いまして」

「はあ?! 貴方、全然反省していないのですね!」

「いえ、そんな事はありません。ノルトエンデの深淵穴よりも深く反省しております」

「ぶっ!」「くすくす」

 静まりかえっていた教室のあちこちから生徒たちの吹きだす声や忍び笑いが聞こえてきた。

「あっ、うけた」

「静かにしなさい!」

 ミリア先生の怒声が教室に響く。慌てて居住まいを正して、口をつぐむ生徒たち。

「カムイ・クロイツ」

「はい」

「もう良いから席に座りなさい」

「良いのですか?」

「その代わり、反省文の提出です。原稿用紙二枚。分かりましたね?」

「いや、さすがにそこまでの反省は……」

「三枚です」

「……はい。えっと席は?」

「空いている席は一つしかないでしょう?」

 教室を見渡すと、確かに廊下側の前のほうに、誰も座っていない席が一つ空いていた。

「ああ、ありました」

 カムイは、生徒たちが座る机の間をすり抜けて、空いている席に座る。それを見届けたところで、ミリア先生は、一つ咳払いをしてから口を開いた。

「ではホームルームを始めます。出席を取ります。アレクシスくん」

「はい」

「イワンくん」

「はい」

「カムイくん」

「…………」

 居ないはずのないカムイから返事がない。

「カムイくん?」

 出欠簿から顔をあげて、ミリア先生は、もう一度、カムイの名を呼んだ。

「先生、今から出席を取るという事は、俺は遅刻ではないのではないですか?」

「……四枚です」

 カムイの問いへの答えは、非情なものだった。

「いや、そうじゃなくて、遅刻でないのであれば、そもそも反省文は」

 それに納得出来ないカムイが、食い下がるが。

「五枚」

「嘘?」

 それは事態を悪化させるだけに終わる。

「教師が教室に入った後は、全て遅刻です。これが、このクラスのルールです。良いですね?」

「……はい」

 明らかな後出しも、ここまで堂々と言われると文句を言えない。言えないのは、枚数が増えるだけに終わるからでもあるが。 

「では。カムイくん」

「しつこいですね」

「ろ――」

「はい! カムイ・クロイツ居ます!」

「よろしい。クラウディアさ……ん」

「はい」

「ケビンくん」

 出席を取り終わると、次はグループ分け。中等部になると集団行動の授業が多くなる。課外授業は勿論、普段の授業でもグループ毎で課題に取り組む事になるのだ。
 これも学院の創立者である初代皇帝が定めたルール。集団行動を行う事で、身分の垣根を取り払う事が本来の目的だが、それも今は全く意味を成していない。
 実家の繋がりや爵位がそのままグループ分けに反映されるのだ。それは垣根を取り払うどころか、却って閉鎖的な集団を作る事になる。
 もっとも今年のE組に限っては、ちょっと事情が異なる。クラス分けの段階で、実家の繋がりを重視した結果、有力家の居ないE組の生徒は系列を持たない子弟ばかりになっていた。

「まずは、確認しておきます。同じグループになりたい集団はありますか?」

 それでもミリア先生は、グループ分けに入るにあたって、確認を行った。

「はい」

 真っ先に手を上げたのはカムイだ。

「えっ? 貴方ですか?」

「何か問題が?」

「別にありません。えっと誰ですか?」

「アルトとルッツは同じグループにして下さい」

「……あら、本当ね」

 出欠簿を見て、ミリア先生が納得している。出欠簿は、ただ出欠を取るためのものではなく、生徒の事が細かく記してあるのだ。アルトとルッツの経歴には、確かにクロイツ子爵家と書かれてあった。二人には姓が書かれていない為に、平民と思って、繋がりなどないとミリア先生は思い込んでいた。

「でも、カムイくんの実家は、辺境領ですよね?」

「それが何か?」

「辺境領の生徒は実家の繋がりは……」

「他家の事情は知りません。俺の所は一緒でお願いします」

 辺境領主の子弟は、有力貴族家の子弟と似たような形で、臣下の子弟と同時に入学してくる。これは辺境領の事情が影響している。辺境領は皇国に滅ぼされた国。そこの子弟が元王族であれば、臣下には元貴族がいる。そういった元貴族の子弟は、特別に無条件での入学が許されているのだ。
 魔法の才を持つであろう、元貴族家の子弟を見逃さない為のものであったのだが、それも今では変質してしまっている。
 皇国に反抗的な辺境領が居ないか見極める為に、その臣下の子弟を含めて皇都に引き出しているのだ。それが分かっている辺境領関係者は、実家の関係を出来るだけ公にしないように、学院では互いに素知らぬ顔で過ごす事が多い。そういった慣習が、いつの間にか出来上がっているのだ。

「分かりました。ではカムイくんとアルトくん、ルッツくんは同じグループですね」

「あとは居ますか? ……居ますか?」

「はい」

「テレーザさん」

「わたしはクラウディア様と同じグループでお願いします」

「はい。クラウディア様、いえ、クラウディアさんとテレーザさんが同じグループですね後は?」

 カムイとテレーザの二人以外は、誰も手を挙げる者は居ない。それを確認して、ミリア先生は先に進める事にした。

「では、後の人たちはくじ引きで決めます」

「「「おおっ!」」」

 生徒から、どよめきの声があがる。生徒たちにとっては、これから先の学院生活を左右するくじ引きだ。盛り上がるのは当然だ。

「箱から一枚引いてください。紙に番号が書いてあります。それが自分のグループの番号です。準備をしますから、少し待って下さい」

 誰と同じグループになるのか、期待と不安が入り混じりながらも、くじ引きを待つ生徒たちは楽しそうだ。

「まずはカムイくんとクラウディアさん」

「「はい」」

「最初に二人のグループ番号を決めます。グループは五人で一グループですから、それぞれ足りない人数分はクジになりますからね?」

「だったら、丁度ですね?」

 ミリア先生の説明を聞いたカムイが口を開いた。

「はい?」

 ミリア先生は直ぐにはカムイの言葉の意味を理解出来なかった。

「俺たちが三人、彼女たちが二人。ちょうど五人です」

 その反応を見て、カムイはミリア先生に分かる様に言い直す。

「それは駄目です!」

 カムイの提案を、ミリア先生は即座に否定した。

「でも、そのほうがクジを引く手間が省けますよ? 俺たちのグループを決めて、それから人数分のクジを抜くなんて手間ですよね?」

「いえ、手間ではありません」

「あの私も、それで良いと思います」

「クラウディアさん!」「クラウディア様!」

 女生徒がカムイの意見を肯定した事に、先生とテレーザ、二人が同時に驚きの声を上げた。

「……何だか、凄く複雑な感じ。そんなに俺と一緒になるのが嫌か?」

「ううん。私も同じグループで良いと言ったよ」

「そっか。嫌がっているのは連れと先生だな。さてどうするか……、まあどうでも良いか」

「どうでもって……」

「こっちは別にどうしても同じグループにしたいって訳じゃないからな。連れの人が嫌なら止めれば良いさ」

「では、その話はなしだ!」

 クラウディアが口を開く前に、すかさずテレーザが同じグループになる事を拒否する。

「あっそっ。じゃあ先生、クジ引くから」

「ええ、いえ。二人のグループを決めるのに、わざわざクジを引きまでもないですね。クラウディアさんのグループがA、カムイくんのグループをDとしましょう」

「……AとBではなく、AとD?」

「何か問題が?」

「……別にありません」

 カムイ・クロイツを評する言葉は色々生まれたが、その中に対象的な二つがある。『信義誠実の人』と『悪逆非道の人』の二つだ。
 これはカムイを見る立場の違いから生まれたものだ。味方から見たカムイは、時に自分の身を危険に晒しても、味方の為に行動する人。一方で敵からすれば、常に策謀を弄して、悪辣な手を平気で使う卑怯者であり、たとえ女子供であろうとも一切の容赦のない非情の人となる。
 後の時代に、このカムイの性状を持ち出して、この中等部一年のグループ分けという小さな出来事を、歴史の転換点などと言い出す者が居た。
 もしこの時、教師とテレーザが邪魔をせず、カムイとクラウディアが同じグループになっていたら、もし、もっと二人が親しくなっていたら、その後のカムイの行動は異なるものになっていたに違いない。
 これは皇国の歴史が、異なる結果になると同じ事というのが、彼らの言い分だ。
 だがこの推測は、カムイとその仲間たちの本質を見ていないとして、評価されていない。
 カムイらにとって、仲間と味方は異なる対象を指していた。彼らは目的の為に味方を選んでいるのであって、目的にそぐわなくなった味方は、もう味方ではない。彼らの信義の対象は味方ではなく仲間に対するものなのだ。
 そして、クラウディアは味方になれる可能性はあっても仲間になれる可能性は皆無に等しい。
 だが、こう評価する人々にも完全に否定し切れない事情がある。中等部時代にカムイは仲間を増やしている。味方ではなく仲間をだ。そのきっかけが、このグループ分けになかったとは言い切れないものがあるのだ。

 結局、この日の出来事が歴史にどう影響を与えたかなど、誰にも評す事は出来ない。分かっているのは、この中等部での三年間がカムイ・クロイツに、この先進むべき方向を選ぶ上で大きな影響を与えたという事だ。
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