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魔王の器  作者: 月野文人
第四章 大陸大乱編
206/218

器の意思

 北に向かう街道に連なる人々の行列。多くの荷物を抱えて力なく歩く人々の表情はどれも暗い。暗い表情にもなる。彼らの多くはオッペンハイム王国の国民、亡国の民だ。勝利者であるルースア帝国軍の暴力や略奪から逃れようと住み慣れた街や村を捨て、新天地を求めてさまよっている人々なのだ。

 だが流民となった人々に対してもルースア帝国軍は容赦がなかった。今もまた武器を持たない民衆の群れに二百人ほどの部隊が襲い掛かろうとしている。


「帝国軍だ! 逃げろ!」


 近づいてくるルースア帝国軍に気が付いた誰かが叫び声をあげた。それに反応して駆け出す人々。重い荷物を持ち、疲れ切っている体では思うように駆けることは出来ないが、その場に留まれば待っているのは死。誰もが必死の形相で逃げている。


「止まれ! 大人しくすれば命までは奪わない!」


 ルースア帝国軍の騎士がこのような言葉を叫んでいるがそれを信じる者は誰もいない。仮に本当に命は助かるとしてもそれ以外の全てを奪われてしまっては、やはり待っているのは死だ。人々の足が止まることはなかった。


「言うことを聞かなければ力づくで止めるまでだ! 後で後悔するな!」


 人々に従う様子がないと見て帝国軍の騎士は実力行使に打って出ることを決断した。

 剣を抜いて人々を追うルースア帝国軍。前を駆ける騎乗の騎士の剣が追いつかれた民の一人に振るわれる、と思った瞬間。


「ぐわっああああっ!!」


 炎に包まれた騎士は叫び声をあげながら馬から転がり落ちていった。


「敵襲! 周囲を警戒しろ!」


 敵の襲撃への警戒を命じる声。それに応えてルースア帝国軍が隊列を整えようと集まったところに、先ほどよりも遙かに巨大な炎が襲い掛かった。

 着弾と同時に爆風が周囲に広がっていく。その衝撃にルースア帝国軍は壊滅的な打撃を被った、はずだったのだが。


「この程度の魔法で俺を傷つけられると思っているのか!?」


 ルースア帝国軍の隊列の前で一人仁王立ちしている人物は帝国の勇者の一人、ライナー・オフィエルだ。

 そのオフィエルの問いへの応えは数十の火と風の魔法だった。着弾と同時にまた爆風が広がる。


「無駄だ!」


 だがやはりライナーはそれを耐えきってみせた。


「……まったく面倒な相手だね。あれだけの魔法をくらって無傷ってのはどういう理屈だい?」


 そのライナーの様子にマリーは馬上で呆れている。勇者の魔法耐性の異常さはこれまでの戦いの中ですでに分かりきっていることではあるが、それでも文句を口にしないではいられなかった。


「我らにこのような中途半端な魔法が効くはずがない。我らは何だと思っている」


「精霊」


「……何だと?」


「そうなんだろ? 外見は普通の人族だけど中身は精霊。それが帝国の勇者の正体さ」


「何故それを?」


 実にあっさりとライナーは自分の正体を認めてしまった。マリーにいきなり正体を告げられた時は驚いたが、実際問題として知られたからといって困ることは何もないのだ。


「どうして知ったかなんてどうでもいいさ。それよりも教えてくれないかね?」


「……何をだ?」


「あんたらはどうすれば消し去れる? もう二度と地の世界に現れないように出来るんだい?」


「そんなことを教えるはずがないだろ! そもそもそんなことは不可能だ!」


 マリーの問いにライナーは自分たちを消し去るのは不可能だと答えてきた。それではマリーは困るのだ。


「じゃあどうしてこれまで姿を現さなかったのさ」


「何度か姿を現している」


「……あたしは聞いたことがないね。それはいつの話だい?」


「聞いたことがあるはずがない。人族にとって想像することも出来ない過去のことだからな」


「ああ、そうかい。それじゃあ聞いたことがあるはずはないね。でもどうしてだい? どうして今の時代に姿を現した?」


「その必要があるからだ」


「必要? 地の世界にきた目的があるって言うのかい?」


「当たり前だ」


「それはどんな目的だい?」


「それは……」


 マリーの問いに初めてライナーは言葉を濁した。そうであれば尚更、マリーとしては聞き出したくなる。


「……ああ、分かった。罪のない抵抗する力もない人々を虐殺することだね」


「そんな訳がないだろ!」


「だって実際にあんたらがやっているのはそれだ」


「それは貴様らのせいだろ! 貴様らが食料の流通を止めるなどという非道な真似を行うからだ」


 ルースア帝国軍が流民を襲っているのは食料を奪うため。そうだとしても力の無い人々を虐げているという点ではマリーの言っていることと変わらない。


「食料……何のことだい?」


「とぼけるな!」


「仮にそうだとしても、それで罪もない民を襲って良いという理由にはならないね。あんたら本当に神の使いかい? あたしが聞いていた神様ってのはもう少し慈悲深いお方だったけどね」


「それは……神のお考えなど我らには分からない」


「そうかね? 弱い者に剣を向ける。神のお考えは分からなくても間違っているとは分かるけどね」


「…………」


 このライナーの反応は自ら望んでの行動ではないことを示している。それがライナー個人の考えか、勇者全体の思いなのかまでは分からないが。


「かつて神は人間を滅亡寸前に追いやったそうだね。今回もそれと同じってわけかい?」


「……それはない。そうであればこの程度で済むはずがない」


「この程度と言うには少なくない人が死んだと思うけどね」


「自業自得だ。人間はすぐに争いを起こす。同じ種族で殺し合いを始める。そのような存在に地の世界を治めさせるわけにはいかない」


 さきほどとは異なりライナーは人族の死を自業自得だと言い、何とも思っていないような態度を見せている。この違いが何なのかマリーには分からない。


「分からないね。あんたらは人族を滅ぼしたいのかい? それとも存続させたいのかい?」


「種を滅ぼすことを神は良しとしない」


「……つまり、あれかい? 滅亡させなければ何をしても良いってのかい?」


「……場合によってはな」


「だそうだ。あんたらを率いている勇者様は、人族を迫害する為に地に降りてきた。その手伝いをしているあんたらの種族は何だったかね?」


 ライナーから必要な言葉を引き出したところで、マリーは問いを後ろにいるルースア帝国の騎士や兵士に向けた。その問いに答える者は誰もいない。だがどの顔にも戸惑いが浮かんでいる。


「……貴様、最初からこれが目的で」


 配下たちから戦意が消えていったことを感じ取ってライナーは憎々しげにマリーを睨んでいる。


「いや、目的はあんたを討つことだけどね。その方法が見つからないから襲撃を止めることを優先しただけさ」


「貴様らなどに討たれる我らではない」


「それじゃあ困るんだよ。正義の味方を気取るつもりはないけどね、あんたらは人族の敵だ。人族は正しくないね。地の世界に生きる者たちの敵だ。そんなあんたらにデカい面をさせるわけにはいかないのさ」


「それはこっちの台詞だ。悪の限りを尽くす貴様らの善人面を許すつもりはない」


「お互い様ってやつだね。でも続きはまた今度だ。こっちは忙しいんでね」


「何!?」


 ライナーが反応した時にはすでにマリーは馬を全力で駆けさせていた。ライナーの配下にはこれ以上、人々を襲う気力はない。それでとりあえずの目的は達している。

 食べるものがなければ戦えない。カムイたちの思惑通り、オッペンハイム王国の都ベステンブルーメ陥落以降、大陸西方西部では軍同士の戦闘らしい戦闘は発生していない。だがこの事態にあたって勇者たちは民衆から食料を奪うという、カムイたちにとって全く想定外の行動を取り始めた。それを防ぐ為にこうしてカムイたちは各地に小部隊を送り込んで勇者たちの邪魔をしている。最後の決着をどうつければいいかを探りながら。


◇◇◇


 ルースア帝国軍の本営は旧オッペンハイム王国の都ベステンブルーメに移されている。大陸西方西部の最大の街であり、西部の中心地。西部制圧の拠点とするには最適であるというのがその理由だ。

 その本営となったベステンブルーメの城内でオスカーが血相を変えて、クラウディアに詰め寄っていた。


「戦う力を持たない民を襲うのが貴女がたの正義なのか?」


「敵国の民を虐げるのはどこの国でも行われていること。正義とは言いませんが悪でもないでしょう?」


 オスカーの問いにクラウディアは冷笑を浮かべながら答えている。本来のクラウディアではない。別の意思に支配されている状態だ。


「悪に決まっている。民衆への乱暴狼藉は軍規によって禁止されている明確な犯罪だ」


「……文句があるのであればカムイ・クロイツに言えば良い。私たちは奪われた食料を取り戻しているだけです」


「何故奪われたものだと分かる?」


「カムイ・クロイツの手の者が食料を支給しているという情報が入っています。他人の食料を奪って、それを民衆に配ることで人気取りを図る。じつに姑息な策です」


 これには少し誤解がある。民衆に配給を行っているのは護民騎士団だ。配っている食料はオットーがもたらしたもので、それには当然西部にあった食料も含まれているがそれが全てではない。これをカムイの策というかは微妙なところで、少なくともカムイは人気取りなど目論んではいない。


「だからといってそれを力づくで奪い返して良いという理屈はない」


「ではどうしろと言うのです? 食料がなければ軍は動かせない。軍を動かせなければ戦いは終わりませんよ」


「本当に戦いを終わらせるつもりがあるのか?」


「……どういう意味ですか?」


 クラウディアの冷たい視線に鋭さが加わった。


「戦う目的が分からない。ルースア帝国本軍は今、窮地にある。そうであるのにどうして援軍を派遣しようとしない?」


 ルースア帝国本軍は敗色濃厚というところまではいっていないが、身動き取れない状況にある。今はすでにヒルデガンドへの拘りなどなく本国帰還を優先させようとしているのだが、その決断は少し遅すぎた。

 大陸西方西部の戦いから離脱した旧シドヴェスト王国連合の軍勢が南からルースア帝国本国を窺い始めたのだ。北の中央諸国連合軍の攻撃を凌ぎながら南の旧シドヴェスト王国連合軍の侵攻を牽制する。ルースア帝国本軍はかなり難しい状況に置かれている。

 その状況を打破するには西方西部からの援軍が不可欠。すでに何度もニコライ皇帝の名で援軍派遣の命令が届いているが、クラウディアはそれを無視し続けている。


「……ニコライ皇帝は何も分かっていない。カムイを討てば良い。それで全てが解決するのです」


「そうであればカムイを討つための行動を起こせばいい。力なき民衆を討って何になる」


「……それを言うのであれば軍を動かすための物資を揃えてはどうですか? 食料問題が解決すればカムイ討伐に全力を傾けることも出来るでしょう。そうですね。正式に貴方に命じましょう。オスカー、貴方に物資の調達を命じます」


「…………」


「これはディア王国の国王としての命令です。それに逆らうのですか?」


「……承知しました」


 物資調達が簡単に出来る状態であればとっくにそれを行い軍を動かしている。命じる側も命じられた側もそれは分かっている。分かっていてクラウディアはオスカーを黙らせる為に命じ、オスカーはクラウディアの口から出た命令であるから受けた。


「ではすぐに動きなさい。朗報を楽しみにしています」


「……分かりました」


 この場を去れ。言葉の意味を正しく理解してオスカーは部屋を出て行った。ただ一人の批判者であるオスカーがいなくなったところで、会議の内容はこれまで同様にどこからどう食料を奪うかに移るかと思われたのだが。


「……ルキフェル様」


「どうしました、フル」


「力なき民を襲うことは神のご意思に沿うことなのでしょうか?」


 従順であるはずの勇者。その一人のフルがオスカーと同じようなことを言ってきた。

 

「……何故そのように思うのですか?」


 それに内心ではひどく驚きながらもルキフェルは冷静を装って理由を尋ねる。


「何故……いえ、理由は分かりませんが、正しいことなのかという疑念がわきました」


「そうですか……もしかすると器の思考が影響しているのかもしれませんね」


 彼ら精霊たちは人間を滅亡寸前まで追い詰めた存在。力の有無どころか性別も年齢も関係なく人間の命を奪っていった存在だ。そんな彼らがいまさら民衆を襲うことに躊躇いを覚えるのはおかしい。フルの発言は彼らの器である人族の思考や感情が影響しているのではないかとルキフェルは考えた。


「器の影響ですか……そうであれば我らを解放して頂くことは出来ないのですか?」


「解放ですか?」


「はい。解放していただけばこのような考えに悩むこともなく、誰の邪魔も許すことなく、すぐに人族の数を減らしてご覧にいれます。このような制約の中で事を為すのは無駄ではありませんか?」


 彼らが人族に宿る形を取っているのはそれによって地の世界に長く留まることが出来るから。確かにそうではあるのだが、それは彼らの本来の力を抑え込むことでもある。それが事態をややこしくしている理由だ。

 本来彼らは人族に宿らなくても地の世界に留まることは出来る存在。少し特殊ではあるが彼らは精霊であり、精霊が地の世界で生きることは神によって許されているはずなのだ。


「貴方たちを解放してしまっては人族以外の種族も滅亡の危機に瀕する可能性があります。それは神の望むところではありません」


「そうならないように、人族だけを滅することが出来るように神によって制約をかけて頂くわけにはいかないのでしょうか? 我らは神によって生み出された存在。創造主であれば可能ではないですか?」


「それは……」


 フルの問いにルキフェルは答えることが出来ない。


「そうでした。神の力を推察することは恐れ多いことです」


「……ええ、その通りです。私には神の御力を測ることなど出来ません」


 フルのほうで勝手に答えられない理由を考えてくれたので、ルキフェルもそれに乗った。フルが言わなくても答えられない問いに対して神の不可侵性を理由にするのはよくあることだ。


「ただ今のままではどうしても決め手にかけます。神のご意志をこの世界に及ぼす為には我らの解放も完全に否定することのないようにお伝え頂ければと思います」


「ええ、検討しておきましょう」


「お願いします」


 言いたいことを言い終えたフルはそれで満足して部屋を出て行く。他の勇者も同じ。ここ最近心の中に溜まっていた、彼らにとって何だかよく分からない鬱屈を解決する方法はフルがルキフェルに願い出た彼らの解放が全て。こう考えてもう何も話すことはないと、フルに続いて部屋を出て行く。残ったのはルキフェル、そして。


「……さすがにやり過ぎですね。人族を滅亡させることは許されません。そうであるなら彼らに神への不信を植え付けるような残虐な行為はいかがなものかと思いますよ」


「ミハエル。お前はいつも綺麗事ばかりだな。そのような甘い考えでいるからカムイのような存在が生まれるのだ。お前が初見でカムイを消し去っていれば、このようなことにはならなかった」


 ミハエルを相手に話すルキフェルは口調が男性のように変わっている。


「あの時の彼はまだ定まっていませんでした。可能性を否定することを神はお許しにならない。それは貴方も分かっているはずです」


「……お許しにならない。それは茶番ではないのか?」


「ルキフェル! 自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」


 ルキフェルの言葉に激しい反応を示すミハエル。神族である彼らにとって許されない言葉だったのだ。


「……失言だった」


 ルキフェルもすぐに自分の過ちを認めた。


「失言など精神体である我らには許されません。まさかと思いますが貴方まで器の影響を受けているのではないでしょうね?」


「私がこのような矮小で卑屈な精神に影響を受けていると? 笑わせるな」


「そうですね。それはそうでしょう。しかし精霊たちは意外でした。七大精霊のような存在が人族の精神に影響されるとは驚きです」


 神族と同じで七大精霊も物理的な体を持たない精神体だ。それが体を持つ、精神的には未発達であるはずの人族の影響を受けた。これはミハイルには驚きだった。


「……決着を急ぐ必要がある。だが、それを見越しているかのようにカムイは戦いを長引かせようとする。厄介な相手だ」


 これはルキフェルの誤解だ。カムイが決戦に踏み切れないのは勝つ算段がついていないから。その方法を探る時間を必要としているのだ。

 だが神族の側にそれを待つ必要などない。


「……そうだとしても所詮は彼も地に生きる人族に過ぎません。我らを倒すことなど出来ない。要は彼を戦いの場に引き出すことです。彼らが私たちに対して行ったように」


「そうだな……」

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