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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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合同演習合宿その二 アルトたちの楽しみ

 あまり近づかないように。ディーフリートとヒルデガンドに伝えたカムイの忠告は、結果として逆効果になった。
 野営の度にカムイたちの元を訪れる二人。さりげなく自分の手の者に周りを固めさせている念の入り様は、さすがにカムイも呆れてしまった。

「ヒルダ。さすがにマティアスさんたちに、俺たちを守らせるのはどうかと思いますよ?」

「彼等は貴方を守っているのではなく、私を守っているのです」

「それは口実ですよね?」

「いえ、事実です」

 明らかに言い訳なのだが、ヒルデガンドは簡単には認めようとしない。

「……まあ、実際に事が起これば、彼等はヒルダを守ろうとするでしょうから、別にかまいませんけどね」

「いえ、彼等には貴方を優先させるように言っています」

「やっぱり、俺を守る為じゃないですか」

 ヒルデガンドは頭も良いのだが、カムイとは頭の使い方が違う。こういう、他人を騙す様な事ではカムイには敵わない。

「……ずるいですわ。今のは誘導尋問です」

「尋問はしていません。普通に話をしているだけです」

「……迷惑ですか?」

 上目使いでカムイに問い掛けるヒルデガンド。こういう仕草は、カムイ以外には、ほとんど見せないものだ。

「俺の事を心配しての事だと分かっていますから、迷惑とは思いません。ありがたいなと思いますよ」

「そうですよね!」

「でも、マティアスさんたちには迷惑ですよね? 彼等も休ませてあげないと、演習が始まる前に疲れてしまいますよ?」

「……はい」

 自分の私事の為にマティアスたちを困らせていると知って、何とも思わない程、ヒルデガンドは傲慢ではない。

「じゃあ、彼らを解散させてください」

「分かりました。すぐ戻ってきますから、待っていてくださいね?」

「……はい?」

 何を待てば。このカムイの言葉を聞くことなく、ヒルデガンドは立ち上がって、マティアスの所へ駆けて行った。
 二言、三言会話を交わす二人。やがて、マティアスがカムイの方を向いて軽く手をあげるのが見えた。それに手を振って応えるカムイ。
 こんな事をしている間に、ヒルデガンドがカムイの所に駆け戻ってきた。

「はあっ。話してきました」

 ヒルデガンドは軽く息を切らしながらも、直ぐにカムイに話しかけてきた。

「そんなに急がなくても、俺はどこにも行きませんけど?」

「急いでこないと、別の人に、カムイの隣を取られてしまいますからね」

 こう言いながらヒルデガンドは、少し先でセレネと話しているディーフリートを軽く睨んだ。睨まれた方のディーフリートは、それに軽く肩をすくめてみせる。

「さて、何を話そうかしら?」

「別に何でも」

「では、領地の事を教えてください。辺境領がどういう所なのか、私は詳しく知らないのです」

 人から教わった知識はあるが、それが全てとはヒルデガンドは思っていない。

「良いのですか? ヒルダにとっても、あまり楽しい話にはならないと思いますよ?」

「……色々な事を知りたいのです。それが先々、私の役に立つと思います」

 カムイの言葉は、自分の知識が限られたものだと示している。

「そうですか。でも領地と言ってもな……」

 何から話せば良いのか。何を話して良いのか、カムイは悩んでしまう。

「クロイツ子爵領はノルトエンデですよね?」

「はい。その名の通り、北のはずれです。でも皇国の中心から見れば、北東ってとこですね」

 クロイツ子爵領は、大陸全体ではほぼ中央の北のはずれにある。元々は皇国から見ても、ほぼ北と言えたのだが、西へ勢力を広げていく内に、皇国内では北東という位置付になったのだ。

「ルースア王国とも国境を接しているのですよね? 問題は起こっていないのですか?」

 ルースア王国はノルトエンデの東。南北に伸びる国土を持つ、皇国に次ぐ大国で、東部辺境領とも接している。このルースア王国があるからこそ、皇国は東へ勢力を拡げられなかったといって良い。
 当然、両国の関係は良いものではない。

「東部辺境領とは違って、全くないと言って良いですね。ノルトエンデの国境は、険しい山脈で区切られています。山脈を越えて入ってくることは。まず出来ないでしょう」

「そう。領内はどうなのですか?」

「東方伯領と比べれば、何もないに等しいですね。街と言えるのは、城があるノルトヴァッヘくらいで、後は小さな村ばかりです。人も耕作地も少ない、厳しい土地です」

「元魔王領ですものね?」

「魔王領だからではないですよ。度重なる戦乱の影響です。嘗ては街と呼べるだけの土地も、いくつかあったと聞いています。でもそれは戦争によって焼かれ、壊され、跡形もなくなったと」

「そうですか……」

 ヒルデガンドの声のトーンが下がった。その侵攻を行ったのは皇国なのだ。領地が近い東方伯家は、侵攻にあたって当然、かなりの兵を出している。ノルトエンデを荒廃させた責任の一端は、ヒルデガンドの実家の軍にもある。

「やっぱり、止めましょうか?」

 ヒルデガンドの様子を見て、カムイは話を止めようと提案してきた。ヒルデガンドが何に落ち込んだか、カムイには分かっている。

「いえ、大丈夫です。産業は何かあるのですか?」

「先ほど話した国境の山脈地帯で、鉄鉱石が取れます。後は……北の海での海産物でしょうか?」

「海産物……それはどのような物なのですか?」

「知らないのですか?」

「東方伯領には海はありませんから」

 海から離れた場所に住む者たちは、海産物など口にした事がない。生ものを遠くまで運ぶ方法がないのだ。

「そうか、そうですね。海に住む魚や貝、海藻類ですね。実は俺もそれほど詳しくないのです。そこで取れる量はわずかですから、ほとんどは地元の住民の食卓に上って終わりです」

 海岸線からカムイの住んでいたノルトヴァッヘまでも、半月以上は掛かる。カムイの知識も、領地巡りで海に近い街に何度か行った時の知識でしかない。

「美味しいのでしょうか?」

「魚は川や湖で取れるものより、味が濃いと思います。貝は美味しいですよ。歯ごたえが良い物やトロリと、とろけるような物、色々あります」

「とろけるような貝……想像がつきません」

 ヒルデガンドが知る貝は、湖に住む貝。身が少なくとろけるという表現には程遠いものばかりだ。

「そうですよね。あれは産地でないと食べられないですからね」

「行ってみたいですね」

「ノルトエンデにですか?」

 カムイからすれば、実に奇特な考えだ。ノルトエンデに行きたいと思う人など、普通は居ない。

「はい。領地としては、それ程離れていませんよね?」

 東方伯家領の北がノルトエンデだ。確かに近い。

「まあ。ノルトエンデの南端であれば、半月もあれば着くでしょうね。そこから北へ。そうですね、片道一月ですね」

「領地に帰ったら、招待してくださいね?」

「招待? ヒルダをですか?」

「嫌なのですか?」

「そうじゃなくて、家の人が了承しないですよね?」

 本人がその気でも、大抵、家族は止める。ノルトエンデはそういう土地だ。

「……そうかもしれません。やはり危険なのですか?」

「それ程でも」

「そうなのですか? でも魔族が住んでいるのですよね?」

 魔王領への侵攻において皇国は、全ての魔族を滅ぼした訳ではない。生き残った魔族は、ノルトエンデの領民として認められている。ノルトエンデの領民の二割近くは魔族なのだ。あくまでも皇国の記録上ではあるが。

「魔族という種族なだけで、領民である事に変わり有りません」

「会った事があるのですか?」

「当たり前です。俺は領主の息子ですよ。領民と接するのは、当然の務めです」

 そういう関係以上に、魔族とは接触しているが、それは言う事ではないと、カムイは話さないでいる。

「……怖くなかったですか?」

「誤解してるな。魔族が冷酷で残虐な種族だなんて、嘘だから。確かに人族を襲う魔族はいる。でもそれは、人族が犯罪を起こす事と何も変わらないだろ?」

 ヒルデガンドの魔族への偏見に、やや感情を高ぶらせるカムイ。敬語はすっかり消え、普段の口調で、ヒルデガンドに向かって話している事にも気が付いていない。

「そうですけど」

「被害が大きくなるのは、魔族の力が強いからだ。やっていることは、人族も何も変わりはない。それなのに、魔族だけ酷く言われるのは何故か? その理由が分かるか?」

「理由があるのですか?」

「ある。魔族を迫害させる為だ。個々の力は、魔族の方が人族よりはるかに強い。だから皇国、皇国だけじゃなくて、他国の人族の偉い人も魔族を恐れている。魔族が増えないように、力をつけないように、そうやって魔族の悪評を広めて、常に魔族が追い込まれるようにしているんだ」

「……酷い」

「酷いと思うって事は、ヒルダはまだ純粋なんだな。こんな事を言ったけど、施政者としては必ずしも非道とは言えない。自分たちを脅かすかもしれない存在を排除しようとするのは、ある意味間違ってないからな」

 人族であろうと魔族であろうと、それが敵であれば排除するのは当然。カムイには、こういう考えがある。

「カムイはそれで良いのですか?」

「まさか。俺は別の選択肢の方が、正しいと思ってる。魔族は決して好戦的な、まあ、少しは好戦的かな、でも少なくとも、人殺しを喜ぶような人たちじゃない。国が彼等を国民として対等に扱えば、ちゃんと共存できるはずだ」

「本当に、そんな事が出来るのですか?」

 幼い頃から植え付けられた魔族への恐れの気持ち。これはカムイから話を聞いたからといって、簡単に消えるものではない。

「それは人族次第だな。忘れていけないのは、他種族を積極的に迫害しているのは人族だけだという事実だ。魔族だけじゃない、エルフ族に対する人族のやりようも、相当酷いからな」

「エルフ族もですか?」

 エルフ族への迫害は、ヒルデガンドの知識にはない事だった。森の奥などで結界を張って住むエルフ族は、人族にとって何の脅威でもない。敵性種族とする理由がない以上は、迫害は公なものではないのだ。

「やっぱり純粋、この場合は純情と言った方が良いのかな。エルフ族の実態は貧民街に行けば、すぐに分かるよ。まあ、行かない方が良いと思うけどな」

「カムイは知っているのですね? 教えてください」

「嫌な気持ちになる」

「かまいません」

「……貧民街の歓楽街には多くの違法な娼館がある。娼館って知ってる?」

 ヒルデガンドの真剣な表情を見て、カムイは説明を始めた。元々、いつかは知って欲しい事なのだ。

「いえ、知りません」

「男が、女もあるか。異性を金で買う所、一晩だけの体の関係をな」

「えっ……」

「体の関係の意味分かる?」

「……分かります」

 少し躊躇いながらも、ヒルデガンドは知っている事を認めた。これだけでヒルデガンドの顔は真っ赤だ。

「その娼館には、沢山のエルフがいる。皆、無理やりに連れてこられて、働かされている」

「無理やり」

「エルフ狩りってやつだ。森の中でひっそりと暮らしているエルフたちの集落を襲って、攫ってくる。そうしたエルフたちは、奴隷商に売り飛ばされて、その奴隷商がまた客に売る。売り先は娼館、だけじゃなくて貴族もだな」

「……強制的な奴隷契約は犯罪です」

 貴族が奴隷としていると聞いて、ヒルデンドは更にショックを受けている。

「そんな事は皆知っている。知っていてやってるんだ。これも皇国の闇の一つ」

「そんな……」

「刺激強かったかな? まあ、こういう事もあるって事」

「…………」

 刺激が強いなんてものではない。カムイと話せる事に浮かれていた気持ちが、完全に消し飛んでしまっている。

「すみません。ヒルダには、まだ、こういう事を話すのは早かったですね? 実際、こういう汚い話は。聞かせたくなかったという気持ちもありました。でも、いつか分かる事です。考える時間は、少しでも長いほうが良いかと思って」

 実際には、カムイに聞かなければ、ヒルデガンドが知る事はなかっただろう。非合法奴隷についてなど、皇子の妃となるヒルデガンドに聞かせる話ではない。

「……謝る必要はありません。私が物を知らな過ぎるだけなのです。教えてもらえて良かったと思います」

「そうですか。そう言ってもらえると助かります」

「それと……。普通に話してもらえてうれしかったです。出来れば、これからも……、その敬語は……」

 魔族の事で感情を高ぶらせた結果。それはカムイの素の表情とも言える。それが見れた事がヒルデガンドは嬉しかった。

「……ちょっと努力が必要ですね」

「私の為にその努力をしてもらえませんか?」

「……それがヒルダの望みなら」

 少し躊躇いを見せながらも、カムイはヒルデガンドの希望に応える約束をした。


「何、あれ?」

 カムイとヒルデガンドが、こんな話をしているのを聞いて、セレネが口を尖らせている。

「何を怒っているの?」

 分かっているのだが、ディーフリートは敢えて聞いてみる。

「私にはあんな真剣な話はしてくれない。いつも軽口ばっかりで」

「それはセレネさんには、その必要がないって事だと思うよ」

「どうせ私はヒルデガンドさんとは違います」

 ディーフリートの話を聞いて、益々尖るセレネの唇。

「そんな拗ねないでよ。僕が言いたいのは、ヒルデガンドは特別だって事」

 困った表情を浮かべてディーフリートは、セレネの機嫌を直そうと説明を始めた。だが、明らかに、言葉の選択を間違っている。

「……そういう事じゃないですか」

「あれ? 言い方がおかしかったな。えっと、ヒルデガンドは良くも悪くも皇国の貴族家の人間だって事だよ。皇国の価値感に縛られているって言うのかな?」

「それは何となく分かります」

 ヒルデガンドと少し接すれば、直ぐに分かる事だ。

「でも、それではカムイは困るって事だね」

「それは分かりません」

「ヒルデガンドが、将来の皇后候補である事は知っているよね?」

「はい」

「カムイは、皇族になるかもしれないヒルデガンドに、少しでも自分たちの考えを理解させたいんじゃないかな?」

「カムイの考えって、何ですか?」

「あれ? 分かってなかった?」

 セレネの問いは、ディーフリートには意外だった。カムイとセレネの距離感を考えると、当然、分かっているものだと思っていたのだ。

「カムイは、私には肝心な事は何も話してくれませんから」

 セレネの不満はここにある。カムイに対等と思われていないように感じてしまうのだ。

「僕も、ちゃんと確かめた訳じゃないけど、今の会話で何となく分かった。カムイは、きっと種族の共存を考えている。どちらかと言えば、人族以外に気持ちは寄っているかな? 魔族やエルフ族の為に何かしようとしている。そう僕は思った」

「……ちょっと違うと思います」

「……そう?」

 カムイの考えが分からないと、言ったばかりのセレネが、自分の説明を直ぐに否定してきた事に、ディーフリートは戸惑いを覚える。

「種族への拘りなんて、カムイは持っていないのではないですか? 恰好良くいえば、カムイは、虐げられている者の為に、何かをしようとしている。こういう事だと思います」

 セレネの話に、やや呆気に取られているディーフリート。
 口喧嘩ばかりのセレネが、カムイの事をここまで考えているとは、ディーフリートは考えていなかった。

「……何だ、分かっているじゃないか。そうか虐げられている者ね。それには当然、辺境領の人たちも含まれる訳だ」

「恐らくは」

「いやあ、改めて考えるとすごい事を考えているよね? そうか、だから中々、僕に打ち解けてくれないのか」

「ディーフリートさんは強者側ですから。虐げている側と言うと、ちょっと失礼ですね」

「個人としては、そういう事をしているつもりはないけどね。でも、ヒルデガンドも、それは同じはずなのに、最近、追い抜かれた気がするんだけど?」

 カムイがヒルデガンドに見せる態度は、明らかにディーフリートとは違う。それが男女の違いだけとは、ディーフリートは思えなかった。

「……二人で話した時に、何かあったのだと思います」

「何か?」

「変な意味じゃないです。カムイは、そういう所は全く鈍感ですから。ヒルデガンドさんが、何か弱みを見せたっていう所じゃないですか?」

「なるほどね……」

 何だかんだ言って、やはりセレネは自分よりも、ずっとカムイを理解している。それが分かって、わずかに自分の気持ちが落ち込むのをディーフリートは感じた。

「……ヒルデガンドの態度もそうだね。カムイには何だか甘えた所を見せている。あれは決して周りには見せないヒルデガンドの顔だ」

「東方伯家の令嬢、派閥の長というのも大変なんでしょうね。あっ、これはディーフリートさんも同じですね」

 ディーフリートも西方伯家の息子、そして派閥の長だ。

「まあね。弱みを見せられない所はあるからね」

「その弱みを見せられる相手を、ヒルデガンドさんは見つけたのですね。それがカムイ」

「そういう事だね」

「……私だって」

「えっ?」

「……何でもありません」

 思わず漏れた本音の呟き。ディーフリートに聞かれてしまった事で、セレネは恥かしさに頬を赤く染めている。

「……何だったら僕が聞こうか? セレネさんの泣き言」

「いえ、良いですよ。そんな、ディーフリートさんに、聞かせられるような事はありません」

「でも、カムイには話せる?」

「それは……」

 口籠ってしまう事が、ディーフリートの問いへの答えだ。

「はあ、やっぱりセレネさんはカムイが好きなんだね?」

 ワザとらしく溜息をついて、ディーフリートはセレネの気持ちを確かめてくる。

「そんな事、ありません」

「からかわれている事は分かっていても、あれだけ何度も言われると、少し期待してしまったんだよね」

「期待……ですか?」

 ディーフリートが何を言い出したのか、セレネは直ぐに理解出来なかった。そんなセレネの気持ちが分かるディーフリートは、遠回しの言い方を止める事にした。セレネもカムイと同じ。鈍感なのだ。

「もしかしたら、本当にセレネさんは、僕の事を好きでいてくれるのかな、なんて」

「……はい?」

「お願いがあるのだけど、聞いてもらえるかな?」

「何でしょうか?」

「僕も君をセレと呼んで良いかい?」

「あの?」

「嫌かな?」

「……そんな事はないです」

 ここまで来ると、鈍感なセレネでも、ディーフリートが何を言っているのか分かる。セレネは恥かしさで顔を上げられなくなった。

「じゃあ、そう呼ばせてもらうよ。ヒルデガンドの事は心配いらないよ。彼女は、ちゃんと自分の立場を分かっている。カムイに好意を持っていても、それでどうにかなる事じゃあないから」

「はあ……」

「それは僕も同じ。自由に相手を選べる立場じゃあない。数年後には決められた相手と婚約、すぐに結婚だね」

「……そうですね」

 じゃあ、何で、こんな思わせぶりな事を言うのか。この疑問は、とりあえず、セレネは口にしないでおいた。

「だから、残り少ない自由な時間を大切にしたいんだ。自分の気持ちもね」

「そ、そうですね」

 結果、直ぐにセレネの疑問は解ける事になる。

「終わってしまうのは嫌だから、ここまでにしておくよ。まだセレとの時間を楽しみたいからね」

「…………」

 ディーフリートに対して特別な感情をセレネは持っていない。だが、相手は女生徒の憧れの的であるディーフリート。
 実際に話すようになって、噂通りに魅力的な人物である事はセレネにも分かっている。
 そんな男性からの告白だ。セレネの頭の中は、大混乱になっている。

 セレネがパニックっている状況を、密かに楽しんでいる奴らがいた。テントの中で寝ているはずのアルトたちだ。

「すげえ、四角関係ってやつじゃねえか?」

「しっ、もう少し声を落として。外に聞こえるだろ」

 さっきまではカムイたち側に寄って会話を聞いていたアルトたちだったが、セレネの方で面白そうな会話が始まったと気が付いて、今はセレネたちのすぐ近くの位置で聞き耳を立てている。

「しかし、ディーフリートさんがセレネさんを。ちょっと驚きだね?」

 オットーまでが楽しそうに、これに参加していた。

「まあ、セレネさんは、実際、かなり美人だからな。気取った所がねえから話しやすいし。男子生徒からの人気は元々高い」

 普段、セレネの前では絶対に言わないようなことをアルトが語っている。

「これはどうなるんだ?」

 ルッツは、この先の結末が気になる様だ。

「僕の予想は、全て成就しないだね」

 それに対して答えを返したのは、意外にもオットーだった、

「おっ、オットーくんも言うね。その心は?」

「カムイくんが鈍感すぎる。よっぽど相手が積極的じゃないと、一生気が付かないよ」

「ぶっ、よく見てるな。そりゃあ、言えてる。何たって、カムイだからな」

 オットーの意見には、アルトも同感だ。

「でも、実際どうなんだろう?」

 今度は、答えを返したオットーが、疑問の声を上げてきた。

「何が?」

「ディーフリートさんがセレネさんを、は明らか。ヒルデガンドさんも、好きまで行っているかは微妙だけど、カムイくんに特別な感情を持っている。ここまでは間違いないよね?」

「ああ、俺もそう思う」

「俺も」

 アルトもルッツも、異論は全くない。この状況を見ている者であれば、誰もが同意見になるほど、明らだ。

「問題はセレネさんだ。カムイくんを好きなのかな?」

 オットーの疑問は、セレネの気持ちに対してだった。

「あっ、俺それ分かる」

「本当に?」

 恋愛事に関する無知さでは、カムイに匹敵しそうなルッツの言葉に、オットーは疑いの目を向けている。

「カムイの事は好きだと思うな。でも、セレネさんもカムイに負けないくらい鈍感なんだよ。セレネさんの場合は、自分の気持ちに鈍感って感じかな?」

「それじゃあ、オットーくんの言うとおり全滅だな。結果が見えたらつまんねえな」

 ルッツの意見に、アルトも納得のようで、結末を全滅と決めてきた。

「いやあ、まだまだ参加者増えるかもよ?」

 だがオットーは、これで話を終わらせたくない。強引に話を膨らませようとしてきた。

「例えば?」

 それにアルトも乗ってくる。所詮は遠足中のお遊び談義だ。

「最近、大人しいクラウディア皇女」

 オットーの口からは、意外な人物の名が出てきた。やや、問題発言でもある。

「馬鹿、皇族じゃねえか。オットーくん、とんでもない事、言いだすなよ」

「でも、向こうが興味を持っているのは、間違いないと思うよ」

「どうして、分かる?」

「気が付いていないんだね? 僕たちが話をしていると、皇女様は、いつも仲間に加わりたそうな顔をして、こっちを見ている。テレーザさんや周りの取り巻きを気にして、近づいて来ないけどね」

「それは恋愛感情じゃねえな」

 クラウディア皇女が、カムイたちを気にしている理由のほとんどは、ヒルデガンドやディーフリートが原因だ。
 だがこの場合は、そんな事実はどうでも良い事だ。オットーは、この場の話を面白くしたいだけだ。

「そうかもしれないけど、接点が増えたら分からないよ? 何たってカムイくんは、ヒルデガンドさんに気持ちを向けられるような人だからね」

「何だか、オットーくん、ノリノリだな?」

「ちょっと疎外感がなくなったからね。それが嬉しくて」

 オットーには、普段とは違うノリを見せる理由があった。

「どういう事?」

「また今度。暗い話だから、今はしたくない。今は四角、いや目指せ、五画関係だね。その方が面白い」

「違いねえ。でも皇女が入っても、カムイに向いたんじゃあ変化がねえな」

 オットーが楽しみたいと言うなら、アルトも合わせる事に異存はない。

「ディーフリートさんを好きになれば良いんだよ。そうなると面白いよね?」

「それは相当問題あるぞ? 姉妹で一人の男を奪い合うのか?」

 ディーフリートはクラウディア皇女の姉の婚約者候補。笑い話にするにも、さすがに設定が酷過ぎる。

「……却下だね。それじゃあ、皇族の内紛だ。そうなると……オスカーさんとマリーさんを加えるのは?」

「マリー?」

 マリーの名が出て驚くアルト。

「それで全派閥勢揃い。オスカーさんが皇女様を、は案外あると思うよ?」

「確かに。合同演習の度に、近づいて話しているからな」

 オスカーの勘違いは、未だに続いているのだ。そして、それを誤魔化し続ける、クラウディア皇女も大したものだ。

「でも、そうなると皇女様は、カムイになっちまうじゃねえか。一方通行だな。もう一捻り欲しい所だ」

 ディーフリートが駄目であれば、男はカムイしかいない。これでは、線がカムイに集まるだけで終わってしまう。

「捻り……じゃあ、こういうのは? 皇女様が、セレネさんを好きになる」

「おい、オットーくん、君、そんな事言ってたら、不敬罪で死刑になるぞ?」

「ネタだよ、ネタ。最近の娯楽本にそういう設定、意外と多いんだよ? 王女と男装の女性将軍の悲恋とかさ」

 つまり、オットーは、そういうスキャンダル的な内容の娯楽本を読んでいるという事だ。

「何か、世の中、乱れてるねえ」

「それだけ、一般の人にとっては平和だって事。そこに更にマリーさんが乱入。マリーさんって、きつい感じがして、女性好きって言っても通りそうじゃない?」

「……まあ、そう見えなくもねえな。でも誰を?」

「やっぱりセレネさんじゃない? セレネさんって、よく言えば気さくだけど、ちょっと男性っぽい所があるよね。素敵なお姉様って感じで」

「ぶっ、お姉様?!」

「何、それだとセレネさんの取り合い? それ面白いね!」

 ルッツは、セレネを二人の女性が奪い合うという設定に、嵌ったようで、大喜びだ。

「だよね!」

 ノリノリで話す三人は、気が付いていなかった。自分たちの声が、いつからか、普段通りどころか、普段以上の大きな声に、変わっている事に。

「……何の話をしているのかなぁ?」

 テントの入り口を塞ぐ黒い影。暗がりでも、その顔が、鬼の形相をしているのが、三人には分かった。

「「「お姉様!」」」

「誰が、お姉様よ! あんた達、今すぐ死になさい!」
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