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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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合同演習合宿その三 波乱の予感

 山中の行軍も、ようやく終わりを迎えている。
 かなり深く入ったところにある、演習用の宿泊地。何年も掛けて整備されたそれは、もう、ちょっとした砦の様相を呈している。
 周りを、人の背丈よりも、遥かに高い塀に囲まれ、入り口は、麓側と奥の二つ。その扉も、何重にも板を重ねた頑丈なものだ。中には、いくつもの建物が軒を連ねており、二百名という大所帯であっても、十分に余裕がある。
 食料さえあれば、何日でも快適に過ごせそうな、その場所に着いたとき、多くの生徒たちは、その場にへたり込んだ。
 魔獣との戦いはなかったとは言え、何日も行軍を続けてきたのだ。
 特に山中に入ってからは、いくらかは道は整備されているとはいえ、起伏の激しい山道。生徒たちの、疲労はピークに達してた。
 その生徒たちを喜ばせたのは、宿泊地に用意されいた大浴場。周りを塀で囲まれた、その中に浴槽が掘られており、既に、小川から引き込まれた水が、その浴槽を満たしていた。
 後は、それを温めるだけ。騎士団員たちによって、火で熱せられた石が次々と投げ込まれ、やがて浴槽から湯気が立ち上るようになった。
 生徒たちの歓声があがる。疲れた体には何よりの喜びだ。早速、その浴場に入っていったのは、女生徒たちだ。その中には、クラウディアやヒルデガンドの姿もあった。

「あれ? セレは入らないのか?」

 近づいて来たセレネに、カムイが何食わぬ顔で尋ねた。

「入るけど、覗かないでよ?」

「覗くかっ!」

 セレネの疑いを、全力でカムイは否定する。

「そんな事言って、ルッツとアルトが、居ないじゃない。オットーまで」

 それでも、セレネの疑いは消えない。探る様な目で、カムイを見詰めている。

「いつから呼び捨てにするようになったんだ?」

「あんな奴等、呼び捨てで十分よ。それで彼らは?」

 話題を変える事を、セレネは許さなかった。

「……さあ?」

「怪しい」

「……そんな事ない」

 珍しくカムイの方が、追い詰められている。

「カムイあったぞ! あの物見やぐらの上だ! あっ!」

 叫びながら駆け寄ってきたルッツが、セレネの顔を見て動揺している。カムイたちの企みは、明らかになってしまった。

「やっぱりね! 先生っ! この人たちが、やぐらの上から浴場を覗こうとしてます!」

「馬鹿っ! 余計な事言うな!」

 慌てて、セレネの口を塞ごうとしたカムイだったが、それは遅きに失した。

「貴様ら、何を考えている! クラウディア様も入っておられるのだぞ!」

 教師の怒鳴り声。それを聞いて、直ぐに物見やぐらに向かった騎士団員によって、隠れていたアルトとオットーが、引きずり降ろされている。

「ああ、ばれた……」

「こんな事だろうと思った。さぁて、入りに行こうっと」

 カムイたちの企みを暴いたセレネは満足気だ。

「ちくしょう」

「カムイ・クロイツ! ルッツ! お前らも来い! 二度と、こんな事を考えないように、きっちりと教育してやる!」

 又、教師の怒鳴り声が、宿泊地に響き渡った。

「完璧、これで他の方法も探せないわね? 頑張ってね」

「はあ、最悪」

「さっさと来い!」

「はいっ!」

 四人の計画は儚くも散った。

◇◇◇

 バケツを両手に持ち、立たされている四人。浴場から出てきた女生徒たちの視線が冷たい。カムイたちが何をしようとしたか、女生徒たちは分かっているのだ。
 セレネは、四人を見つけて、嬉しそうに近づいてきた。

「ざまあみろ」

「うるさい。セレのせいだ」

「覗きなんて、考えるほうが悪いんでしょ。お風呂、入れないのよね? 良いお湯だったわよ。ああ、気持ちよかった。お風呂あがりには気持ちが良い風ね?」

 これ見よがしにカムイたちの前で、髪をかきあげるセレネ。覗く首筋の上気した肌が、ほんのりと赤く色づいている。

「…………」

 そんなセレネを、カムイがじっと見詰めている。

「何よ?」

 カムイの視線に気が付いたセレネは、訝しげな目で、問い掛ける。

「……全く色気がない」

「うるさい!」

 セレネの蹴りがカムイの足に飛ぶ。バケツを持っているなんて、関係ない。軽々とカムイは、それを躱した。

「危ないな。あっ、そういえば大丈夫だったか?」

「何が?」

 カムイは、何かを思いついた様子で、尋ねてきたが、セレネには、何の事か分からない。

「いや、又、劣等感を感じたんじゃないかと思って、心配してるんだ」

「私が、何に劣等感を感じるのよ?」

 やはり、カムイが何を言いたいのか分からない。

「だって、風呂だろ? 裸になれば、はっきりと分かるわけだ。周りとの膨らみの違いが」

「……この変態っ!」

 カムイに向かって、怒鳴るセレネの顔が朱に染まる。同じ赤くなるでも、今度は、本当に色気はない。

「いやだってさ、ヒルダとかと比べると」

 そのセレネの様子を見て、カムイは、更に挑発しようとしたのだが。

「おい、カムイ」

 横に立っているアルトが、足で、カムイを突いてきた。

「何?」

「私が、どうかしましたか?」

 カムイの問いに答えたのは、アルトの声ではなかった。

「うわあっ!」

 セレネとの会話に夢中になっていて、ヒルデガンドが近づいて来ていた事に、カムイは気が付いていなかった。

「立たされているのですね?」

 ヒルデガンドの目を、冷ややかに感じるのは、カムイの罪悪感からだけではないだろう。

「はい……」

「聞こえてましたよ。浴場を覗こうとしたとか」

「それは……。ごめんなさい」

 教師があれだけ、大声で怒鳴っていたのだ。宿泊地に居た者、全員に聞こえている。

「裸に興味があるのですね?」

「……男ですから」

 ヒルデガンドの問いを、少し変に感じながらも、カムイは答える。

「私の裸にも、興味がありますか?」

「はい?」

 これはカムイには、答えられない。

「……冗談です。まったく恥ずかしいですよ。浴場の中まで、先生の怒鳴り声が聞こえて。その後、すぐに貴方が、呼びつけられているのですもの。すぐに分かりました」

「ごめんなさい」

「もう私まで恥ずかしくて、真っ赤になってしまいました」

「……どうして?」

 ヒルデガンドが恥ずかしく思う理由は、カムイには分からない。

「……いえ、お湯が気持ちよくて」

 カムイの問いに、トンチンカンな答えを返すヒルデガンド。

「そうですよね。疲れは取れましたか?」

 そのトンチンカンな答えを、何事もなく、カムイは受け入れた。とにかく、話題を変えたいのだ。

「はい。ゆっくりと浸かりましたから。残念ですね? 貴方たちはお預けです」

「まあ、明日を楽しみにします」

「そうですね」

「髪、濡れてます。早く乾かさないと。それに、今は温まっているでしょうけど、その薄着では、直ぐに体が冷えてしまいますよ? 風邪を引いたら、大変です」

 ヒルデガンドが着ているのは、白いローブのような服一枚。ゆったりとした服装だが、その分、空いた首筋から素肌が覗いてしまう。それがどうにも気になって、仕方がない。

「ありがとう。そうね、そうします。じゃあ、また明日」

「また明日」

 ヒルデガンドが、その場から離れた所で、セレネが口を尖らせて、文句を言ってきた。

「髪、濡れてますよ、だって。私には、そんな事言わなかったくせに」

 ヒルデガンドだけに、優しい言葉をかけた、カムイに怒っているのだ。

「いや、だってさ、この場を離れてもらうのに、それしか思いつかなかったんだよ」

「どうして、追い払うような真似を?」

「だって、セレと違って、あんな服装でも、なあ」

 カムイは、アルトたちに、目線を向けて、同意を求めた。

「ああ、漂う色気が段違い。もったいねえ。もう少し見てたかったのに」

「そうだ、そうだ。こう、前かがみになるとさ、首筋から奥が……」

「もう少しだったのにね?」

 次々と、アルトたちが、エッチな考えを口にしていく。

「……貴方たちって、ほんとに最低ね」

 それを聞いて、更に怒るセレネ。だが、先程までの拗ねた様子はない。いつもの口喧嘩の時の雰囲気だ。

「どうせ、俺たちは最低さ」

「開き直っているし。それで、いつまで立たされてるの?」

「まだ、浴場に女生徒いるのか?」

「もういないんじゃない? 私とヒルデガンドさんが、最後だと思うわよ」

 セレネは、カムイたちの覗きを暴く為に、人より遅れた為。ヒルデガンドは、カムイと、どう顔を合わせて良いか悩んでいたせいだ。

「じゃあ、終わりだ」

「そうなの?」

「要は、晒し者だからな。風呂から出てくる女生徒に、軽蔑されて反省しろってさ」

 この程度で済んだことを、カムイたちは感謝するべきだろう。

「ほんと、反省しろ」

「反省はしてるぞ。特にルッツがな」

「そうそう。まさか、お姉さまが残っているとは思っていなかった」

 これでは、覗きを失敗した事に対する反省だ。

「お姉さまって言うな! それとそれは反省とは言わない!」

「そうか?」

 全く反省などしていない。この態度で、セレネには、はっきりと分かった。元々、この程度で、反省するような奴等ではないとも分かっている。

「……もう良い。部屋に戻りましょうよ? 私、もう眠いの。お風呂入ったからね」

「先に寝てれば」

「……どうして?」

 カムイが変わった事をしようとすると、直ぐにセレネの心には、疑いが生まれる。

「変な事、考えてないから。バケツ返しに行かなきゃならないし、まだ説教もあるかも。待たせるの悪いだろ?」

「そっ、じゃあ、先に部屋に行ってるわね」

「ああ」

 その場を離れて、宿泊する建物に向かうセレネ。その姿が、かなり離れた所で、ルッツが口を開いた。

「無理しちゃって」

「何がだよ?」

「セレネだって色気あっただろ?」

「そうだよね? 首筋見せられた時は、ドキっとした」

 ルッツの意見に、すかさず、オットーも同意してきた。

「オットーくんは、どんどん変態になってるな」

「カムイだって動揺してただろ? それに、セレネを先に行かせたのだって、女を意識したからだ」

「はあ? セレだぞ?」

 ルッツの追及は止まらない。こういう話題で、ルッツが積極的に会話に絡むのは、珍しい事だ。

「セレネだからだよ。セレネだって、ヒルデガンドさんに負けないくらいに美人だろ? さっき見て改めて思った。質素な服装している時の方が、セレネは綺麗だな」

 しかも、セレネをべた褒め状態だ。

「そうだよね。ほんとカムイくんは鈍感だね」

 それに、オットーが又、同意してくる。

「何がだよ? もう変な話は良いから行くぞ」

「はい、はい」

 これだけ言っても、カムイは、セレネを女性として見る発言をしない。ここまで来ると、意地を張っているようにも思えて、ルッツは呆れている。

 セレネの話を終わらせて、バケツを片付けに向かおうとしたカムイたち。

「ちょっと、待て」

 アルトが呼び止めた。

「どうした?」

「浴場から、マリーって出て来てねえよな?」

「何? アルトくんはマリーさんの湯上りも見たかったの?」

 事情を知らないオットーは、さっきまでの話の延長だと思っている。

「そうじゃねえ。風呂入ってねえって事は、奴はどこで何をしてんだ?」

「……何かをしてると?」

 アルトが何を懸念しているか、カムイは分かる。

「それは分からねえ。案外、疲れて眠っているだけかもしれねえしな」

「でも、そうじゃなかったらか……。あいつの部下は?」

「男はこれからだろ?」

 風呂の順番だ。女生徒の入浴が終わってから、男子生徒となっている。

「ここで見張っていれば分かるか」

「どうする?」

「警戒しておいた方が良いだろう。……順番だな。いつ動くか分からない」

「そうなると、オットーくんは、直ぐに寝ろ」

「どうして? っていうか何が起こるのさ?」

 カムイたちが、ずっと何かを警戒していた事は、オットーも分かっている。それが、マリーに関係する事だと、この会話で分かった。
 だが、マリーの何を警戒しているのが分からない。

「それは分からない。でも、何か起きた時に、疲れたままってのは不味いだろ? とにかく、少しでも体を休めておけよ」

「……分かったよ」

 ここで強がりを言える力はオットーにはない。素直に言う事を聞く事にした。

「ルッツも。二人交替で行こう。俺とアルトで、ここを見張る。怪しい様子があったら、直ぐに部屋に戻るから」

「セレネには?」

「……取り敢えず、何も言うな。しっかりと休ませたほうが良い。結構、疲れているみたいだからな」

「そうだな」

◇◇◇

 結局、浴場に、マリーの部下と思われる者は、誰も現れなかった。そうなると益々、怪しく感じられる。
 部屋に戻って、一晩中、交替で見張りを行うことにしたカムイたち。それも、もう夜明けが近い時間帯になった。

「交替だ」

「ああ、怪しい者の気配はないと思う」

「心配しすぎたかな? それとも完全に夜が明けてからか」

「その可能性はあるかな? これだけの人がいるんだ」

 何かするにしても、自分たちが行なったと知られるような事はしないはず。相手に、学院を辞める覚悟が、あるとは思えない。

「確かに。しかし、これを続けられると正直辛いな」

「昼間に時間を見つけて寝るしかないよな」

 二、三日の徹夜であれば、何とかなる自信が、カムイたちにはある。だが、合宿はもっと長く続くのだ。

「ぎぃ、ぎいゃぁぁぁぁぁ」「ぎあ、ぎあ、ぎぁあああああっ」

 カムイとルッツ、二人が、こんな会話をしていると、部屋の外から何のものかも分からない、叫び声のような、泣き声のようなものが響いた。

「何、この声?!」

「分からない。人でないとすれば、魔獣か?」

 人が出せる声とは、カムイには思えない。そうなると、獣か魔獣だ。

「魔獣の襲撃って事?」

「いや、声は塀の中だと思う。……確かめに行くか」

「罠かもしれない」

 宿泊地に魔獣が現れるなど、あり得ない事態だ。ルッツは、それに策略の匂いを嗅いだ。

「あの声なら、宿営地にいる全員に聞こえるはずだ」

 カムイは可能性は低いと考えている。誘いにしても、関係ない者まで、誘っては意味がない。

「寝てるかもよ?」

「それでも騎士団員は気が付くだろ?」

「それもそうか」

「とりあえず、俺が見に行く。騒ぎになったら、直ぐに全員を起こせ」

「了解」

 カムイが、辺りの様子を確かめながら、部屋を出ようとすると、すぐに外から、ざわめき声が聞こえてきた。
 他にも、声に気付いた者がいたのだ。こうなれば、カムイも、少し安心だ。警戒を解かないまでも、扉を開けて外に出た。
 また、叫び声が聞こえる。今度は、それに人の声も混ざっている事を確認して、聞こえてきた方向に向かって、カムイは駆け出した。
 宿営地の中央の空き地に、人だかりが見える。
 そこに向かって歩いていくと、人だかりの中に、ディーフリートの顔も見えた。ディーフリートも、カムイに気が付いたようで、軽く手を上げている。

「何があったのですか?」

「宿営地に魔獣が侵入していた」

「魔獣が? それで戦闘に?」

「いや、戦闘というほどではなかったらしい。魔獣、いや魔物と言った方うが良いのかな? まだ子供だったようだ」

「……子供というのは?」

 例え、子供であっても、魔獣より、魔物の方が遥かに恐ろしい事を、カムイは知っている。

「ゴブリンらしいよ」

「それは何体?」

「全部で二体」

「……騎士団員は、何と言ってますか?」

「何か気になる事があるのかい?」

 カムイからは、張りつめた雰囲気が消えない。それが、ディーフリートには、気になった。

「叫び声が聞こえました。あれは、助けを呼ぶ声ではないですか?」

「魔物が?」

「そういう事があるそうです。魔物といっても生き物です。子供が襲われれば、親はそれを助けようと集まってきます」

「……ちょっと聞いてくる」

 これは魔物も魔獣も同じだ。生物である以上、子供への親愛の情というものはある。
 下手に、幼生や子供と侮って、殺してしまった後に、同種の大群に襲われるという事例は、多く存在しているのだ。
 カムイは、これを、領地の大人たちから聞いていた。鍛錬の時も、幼生や子供には手を出すなと、忠告されていたくらいだ。
 騎士団員なら、これくらい分かっているだろうと、カムイは思っていたのだが、戻ってきたディーフリートの話を聞いて、間違いだと分かった。
 皇都周辺とノルトエンデでは、魔物や魔獣が出没する数が違う。同行した騎士団員は、あまり経験がなかった。
 ディーフリートから話を聞いた騎士団員に呼ばれて、カムイが、説明する事になった。

「魔物が助けを呼ぶというのは本当か?」

「はい。領地で、そういう話を聞きました。幼生や子供には手を出すな。それが魔物や魔獣退治での鉄則と言われています」

「そうか。それは失敗だったな。しかし、ゴブリン相手であれば、問題はないかな? 少々数が多くても、こちらもこれだけの数がいる。討伐は可能だと思うが?」

「はい。ただ、油断はしないでください。子供を殺されたときの魔物は普段と違う力を発揮する事もあるそうです。怒りを力に変える。そんな感じです」

「……それはゴブリンが、ハイゴブリンに変わるようなものかな」

 魔物にはクラスがある。人族が勝手に決めたものだが、同じゴブリンでも、明確にクラス分け出来るくらいの、力の差があるのは、事実だ。

「そうだと思います。ランク一つは、軽く変わる。そう聞いています」

「わかった。情報をありがとう。物見の警戒を強めろ! 通常のゴブリンと思うなよ!」

 騎士団員は、カムイの言葉を素直に受け入れてくれたようだ。その事に、カムイは少しほっとした。

「大丈夫かな?」

「騎士団に油断はないようですから。正直、ほっとしました。子供のいう事だと、まともに取り合ってもらえない可能性もありましたから」

「そうだね」

「それで、その死体は?」

「気になる?」

「念のためです。幼生や子供は、見分けが付きにくいとも聞いてます。弱い魔獣だと思っていたら、一つも二つもランクが上の魔獣だった、何て事もありますからね?」

「……ちょっと見に行こう」

 カムイに、こう言われると、ディーフリートも心配になってくる。

「はい」

 魔物の死体は、まさに埋められようとしている所だった。それを見て、慌ててディーフリートが、作業をしている騎士団員に声を掛ける。

「ちょっと待って下さい。その死体を見せてもらって、良いですか?」

「はあ? 興味本位なら、止めて欲しいのだがな?」

 死体を埋めるなんて、嫌な仕事は、さっさと終わらせたい。そんな気持ちが表に出て、騎士団員は、不満そうな声をあげた。

「ゴブリンか確かめるだけです。少しの時間で結構ですので」

「ゴブリン以外の何だと言うんだ?」

「そう言えば名前を告げてませんでしたね。僕は、ディーフリート・オッペンハイムと言います」

「せっ、西方伯家!? 失礼しました!」

 ディーフリートの素性を聞いて、騎士団員は大慌てで態度を改めた。

「良いかな?」

「もちろんです」

 全く態度を豹変させた騎士団員を見て、カムイは苦笑いを浮かべている。

「使えるものは使わないとね?」

「ええ、俺もそう思います」

「じゃあ、さっそく見ようか。と言ってもな」

 死体は、いずれも剣で頭を割られている。血だけではない、何かが傷口からこぼれ出ていて、あまり正視したくない有様だ。

「ああ、俺が見ますから」

 そんな様子に、全く怯む事なく、カムイは死体の側にしゃがみ込むと、まず最初に、無造作に投げ捨てられた状態の死体を、きちんと並べて置き、その両手両足を綺麗に揃え始めた。

「何をしているのかな?」

「魔物といっても、生き物に違いはありませんからね。死体を粗末に扱うのはちょっと」

「そう」

 この感覚は、ディーフリートには、ちょっと分からない。
 それが終わると、カムイは、死体の口の中を覗きだす。次が頭。ディーフリートは、傷口でも見ているのかと思ったが、カムイの次の行動で、それが間違いだと気付いた。
 首を傾けて少し考えると、カムイは死体の頭を触りだした。その手は途中から、何度も同じ場所を撫でている。

「……あの?」

 しばらくして、立ち上がったカムイが、声をあげた。

「何だい?」

「いえ、騎士団員の方にお願いが」

 ディーフリートが返事をしたのだが、カムイが用があったのは、騎士団員の方だった。

「自分ですか?」

「はい。魔物に詳しい方が居たら、連れてきて頂けませんか?」

「……何か気になる事でも?」

 ゴブリンであるはずの死体。魔物に詳しい者を求めるという事は、そうではないと、カムイが疑っている事になる。

「この頭の隆起。角ではないかと思うんですよね」

「なっ!?」

 カムイの言葉を聞いて騎士団員の顔色が変わった。

「俺の判断だけではちょっと。ですので、別の方に見てもらいたいのです」

「すぐに連れてくる!」

 慌てて駆け出す騎士団員。その様子はただ事ではない。

「どういう事かな?」

 ディーフリートには、騎士団員が焦った理由が分からなかった。

「これが、もし角だとすると、この死体はゴブリンではありません」

「では何だい?」

「俺が知る限り、人型で、下顎に牙が生えていて、ここまでの特徴は、ゴブリンと同じなのですが、更に角があるとなると、それはオーガではないかと」

「オーガ?」

 オーガという魔物の事をディーフリートは知らない。滅多に現れる魔物ではないのだ。

「知りませんか? ゴブリンの上位種です。最上位種と言って良いのかな?」

「……強いんだよね?」

「ええ、確かランクは……、えっと」

「BからCだ」

 答えは、後ろから聞こえてきた。

「アルトか、来たんだな」

 アルトだけではない。ルッツもセレネも、オットーもいる。そしてヒルデガンド、マティアスも一緒だ。
 皆、心配そうに、カムイたちの話を聞いている。

「やばそうだな?」

「ああ、これが本当にオーガだとしたらな」

「そのランクというのは?」

 ディーフリートは、改めてオーガの強さを尋ねた。

「アルトの方が詳しいので、説明はアルトからで」

「じゃあ、アルトくん、頼むよ」

「ああ。ランクってのは魔獣や魔物を、その強さに応じて分けたもの。力だけでなく知力や魔法、特殊能力の有無等も入ってる。最高がSで、最低はE。単体のゴブリンであればE。だがゴブリンは群れをなしているから、討伐ランクとしてはD以上ってぇ事になる」

「ちょっと分かりづらいな」

「じゃあ、上からわかりやすいので説明する。Sランクに該当するのは属性持ちのドラゴン、数えるほどしかいねえはずだし、滅多にお目に掛かる事もねえ。お目に掛かったら死ぬときだな。Aランクは、属性なしのドラゴン。それ以外だとフェンリルとかだけど、説明は省く。強いオーガはその下。それ以外だと一つ目の巨人サイクプロスや迷宮のミノタウロスってえとこかな?」

「……強いんだね」

 アルトの口から出てきたのは通常ではお目にかかる事などない半ば伝説と化している魔獣ばかり。ディーフリートは、それらの魔獣の名前を、ほとんど知らなかった。とりあえず、ドラゴンと下という事で、オーガが強いのだけは分かった。

「おまけにヤバイのが、種族なんだよな。ゴブリンの上位種って事は、ゴブリンを従えることが出来るってえ事で。さて、どれくらいの数が集まることやら」

「従える?」

「軍と同じ。一般兵のゴブリンを率いる力が、オーガにはある。当然、一つ二つ、ランクが上のゴブリンも。何たって、オーガは最上位だから」

「……どれくらいの数が?」

 話を聞けば聞くほど、事態は深刻になってくる。下手をすれば、戦争なみの規模になるかもしれないのだ。

「全くつかない。この辺りに、どれだけのゴブリンが居るかって事だからな」

「……勝てるかな?」

 ここでディーフリートは、カムイに視線を向けた。オーガの脅威は、ある程度は分かった。問題は、どう対処するかだ。

「アルトの言った通り、数が分かりません。勝てる勝てないの判断は出来ません」

「そうだね。でも、砦とは行かないまでも防備はある。手勢は二百名。相当な数でなければ大丈夫だね」

「……まあ」

 さりげなく視線を、アルトとルッツに向けてから、カムイはディーフリートの言葉に同意した。
 だが、その一瞬の動きを、カムイにずっと視線を向けていたヒルデガンドは見逃さなかった。

「カムイ? 何か不安があるのですか?」

「……失敗」

「えっ?」

「こういう時って、あまり不安を煽るような事は、言うべきではないと思っていまして」

「あっ、ごめんなさい。気が付いていても、こっそり聞くべきでしたね?」

「つまり、不安があるという事だね?」

 カムイとヒルデガンドの会話の内容を考えると、こうなる。今更、こっそり聞く気は、ディーフリートはない。

「ヒルダは実戦経験は?」

「ないわ」

「マティアスさん?」

「ない」

「つまり、ほとんどの生徒は実戦経験が無いと考えて良いですね?」

 ヒルデガンドとマティアスの答えを得た所で、カムイはディーフリートに確認した。

「僕に、実戦経験を聞かなかったのが、ちょっと気になるけど、まあ、そうだろうね。今回の合宿が、その経験を積む為のものだからね」

「じゃあ、初戦では、ほとんど役に立たないと思ったほうが良いですね」

「そうなのかい?」

 実戦経験のないディーフリートには、これも分からない。本当に命を失うかもしれない戦いに臨む事への恐怖、生き物を殺す事への忌避感、様々な感情が、実戦では邪魔をする。

「全員とは言いませんけど、初めての時は、実力通りに動ける人は、少ないと思います。これは言い過ぎかもしれませんけど、敵の数が多ければ、最初の激突で、死んでしまう生徒も出るかもしれませんね。そのリスクを、学院が、騎士団が受け入れるでしょうか?」

「つまり?」

「この先は、敵の数が確定しないと、何とも言えません。それに、そもそも、これがオーガだと決まった訳じゃありませんから」

「そう……。そうだね。ただのゴブリンであれば、こんな心配はいらないね」

 だが、案の定と言うべきか、その期待は裏切られた。連れて来られた騎士は、カムイと同じようなやり方で魔物の死体を確認すると、難しい顔をして考えこんでしまった。
 だが、それも長くは続かない。意を決したように、一人で何度か頷くと、他の騎士を連れて、その場を離れていく。
 やがて聞こえてきたのは、騎士たちへ警戒を呼びかける号令と、生徒たちへの部屋を出るなとの指示の声。
 宿泊地は一気に不穏な空気に包まれていった。
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