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魔王の器  作者: 月野文人
第四章 大陸大乱編
161/218

休息前夜

 アーテンクロイツ共和国の進む道を決める会議。ルースア帝国のヴァシリーには、いつになるか分からないと話したが、実際には、その一週間後にはアンファングに主要メンバーが集まって会議が開かれていた。帝国の使者が来る来ないに関わらず、ルースア帝国への対応を考える為に会議を開く予定だったのだ。

 会議の議題は、ルースア帝国に臣従するか否かという重い内容なのだが、その結論はあっさりと出た。

 カムイが臣従を決めているのだ。それを覆すことは難しい。まして臣従の条件は、アーテンクロイツ共和国が戦う大義名分そのもの。それを失っては帝国に反抗する口実がない。

 多くの者が、個人的な感情では複雑なものを抱えながらも、ルースア帝国への臣従は決定された。後は、臣従にあたって何を条件とするかだ。

 さすがに帝国が提示した条件だけで、臣従を受け入れるほどカムイは甘くない。帝国に条件を確実に履行させる手立てを考えなければならないのだ。


「非合法奴隷の解放。果たしてこれが本当に実現出来るかだな」


「禁止令が発布されたとして、それに従う者がどれだけ居るかは疑問だね」


 アルトが問題を提起して、マティアスが答えや質問を返していく。いつもの会議のやり方だ。


「従うわけがねえ。非合法奴隷は言葉の通り、非合法だ。今だって犯罪なんだよ」


 アルトの言う通り。法に背いていると分かっていて、非合法奴隷の売買は行われているのだ。改めて禁止令が発布されたからといって守られるとは思えない。


「取り締まりの強化と厳罰化を求めることになるかな?」


「それは当たり前。こちらが出す条件としては緩い」


 皇帝の名で発布するからには、取り締まりを強化するのは当然だ。それを求めても、やりますと言われて終わってしまう。必要なのは、こういった口先だけで終わらせない為の条件なのだ。


「……まさかと思うけど」


 確実に履行させる方法。これをマティアスは一つ思い付いた。


「その、まさかしかねえと思うが?」


「共和国で摘発しようと考えているのかい?」


「その通り」


 帝国が履行するか分からないのであれば、自分たちが摘発を行えば良い。その方法は、どこよりも共和国が一番良く知っているのだから。


「金銭面の負担が大きくなる。それも帝国に要求するのか?」


「要求はする。だが、そんなに心配してねえ」


「どうして?」


「ルースア帝国というバックがあるんだ。摘発の時は、人数を借りれば良い」


 共和国にとって重要なのは非合法奴隷の解放であって、売人や買い手の摘発は二の次だ。摘発そのものは帝国に任せてしまえば良いのだ。


「そうなると問題は帝国が受け入れるかだね?」


「受け入れてもらうさ。そうじゃねえと臣従する意味がねえ」


 アルト本人は臣従には反対だ。だが、カムイの意向であり、目的を達成するという意味では、これほどの機会はないと考えて、公には反対を口にしていない。

 非合法奴隷の解放はまだしも、自分たちの代では無理だと考えていた異種族の平等が実現するかもしれないのだ。アルトも個人の感情だけでは反対しづらい。


「まあ、交渉しなければ始まらないか。そうなると次は……、難しいな」


 実現は遥か先と思っていた種族平等。それだけに、これを確実に履行させる方法は簡単ではない。帝国がその気になっても、どこまで国民の間に平等意識が浸透するかは分からない。


「それについては無理はしない。帝国相手にどうこうして解決することではなく、人族一人一人の意識の問題だからな」


 マティアスが悩んでいるところで、カムイが話に入ってきた。


「無理はしないにしても、何も手を打たないわけにはまいりません」


「まずは非合法奴隷の解放と保護。それが進んだところで、共和国以外の国に生活圏を広げていくのが良いと思う。まずは信頼出来る国からだな」


 種族平等の意識を世の中に広めるには、ただ国が認めるだけでは無理で、実際に人族と魔族が交流して、お互いに認め合う必要がある。ノルトエンデで行なったことと同じだ。

 だが、ノルトエンデでの成功は、偏見の強い者を強制的に排除したことと、ノルトエンデの暮らしの厳しさがあってのことだ。他の場所では、そう簡単には行かないとカムイも分かっている。


「中央諸国連合と南部ですか」


「それくらいだろうな。そこでも、かなり注意が必要だ」


 中央も南部も、施政者が信頼出来るというだけで、国民がどうかは分からない。安心は出来ないのだ。


「そういえば、中央と南部はどう出るのでしょう?」


 共和国は臣従を決めた。だが、中央と南部の諸国がどうするつもりかは、まだ分かっていない。ルースア帝国のヴァシリーの言葉が本当であれば、まだ、使者も送られていないはずだ。


「どうするかな? まず戦わないと思うけど」


「……各国の意向を確認したほうが良いのではないですか?」


 共和国が戦わないのであれば、中央と南部の諸国も戦わない。これはマティアスも分かっているが、中には共和国を、カムイを頼りに戦いたいと思っている国もあるかもしれない。今回の共和国の決断は、そういった国にとっては、ハシゴを外されたような気持ちにさせるものだろう。


「そうだな。使者を送っておくか。本当は俺が話に行くべきかもしれないけど、あまり大きな動きはな」


「……そうですね」


 カムイが中央、南部で動き回っているとなれば、ルースア帝国は工作を疑いかねない。そうなれば、今回の話はご破算になるかもしれない。


「ただ、余程の事態がなければ、共和国の方針を変えるつもりはないから」


「……はい」


 カムイの意志は固い。これを知ってマティアスはわずかに表情を曇らせている。マティアスの本音もアルトと同じで、臣従には反対なのだ。

 戦乱を求めているわけではない。これで大陸が平和になり、種族融和が少しでも進むのであれば。マティアスもどれほど良いことかと思う。だが、そうは思えないのだ。

 今回の臣従に不満を抱く者たちの心情は共通している。

 カムイが人の下に、それもニコライの下に就いて、物事が落ち着くはずがないという思いだ。


「帝国への正式な回答は二月後。俺がノルトエンデから戻ってきてからだ」


 そんな臣下たちの思いを知ってか知らずか、カムイは話を先に進めていく。


「ノルトエンデにはいつ?」


「直ぐに発つ。のんびりしている余裕はないからな」


「直ぐですか。では……」


 伴を誰にしようかと周囲を見渡したマティアスだったが。


「あっ、部族によっては嫌がられるから、何人も連れていけない。俺と……、ヒルデガンドの二人で行く」


「……えっ?」


 カムイがヒルデガンドと二人で行くと聞いて、マティアスが軽く驚きの声をあげた。


「何?」


「あっ、いえ。珍しいなと」


 これまで、二人が共に行動する機会は少なかった。マティアスの記憶では、これが初めてかと思うくらいだ。


「……悪かったな。仕方ないだろ? 俺とヒルデガンドが別々に動いていたほうが色々と効率的だ」


 軍事においても政治においても、カムイに並び立つのはヒルデガンドだ。並行して動いていた方が効率が良い、というより、人手不足でそうせざるを得なかったのだ。


「お二人が共にですか……」


 マティアスはどこか不満そうな様子だ。ちなみに、これは個人的な感情ではない。


「……何か問題が?」


「お二人が同時に国を離れるというのは、どうかなと」


「あっ、それ言えてる。危機管理上は良くねえな」


 マティアスの意見にアルトも同調してきた。ヒルデガンドはただの王妃ではない。カムイに何かあれば、代理となる身なのだ。そして、カムイとヒルデガンドの代わりになれる者は、共和国には居ない。


「……行くから」


 二人の反対を受けてカムイは不機嫌になっている。


「いや、だから、それは問題だって言ってるだろ?」


「これまで散々、我慢してきたんだ。たまには二人きりで旅行したって良いだろ?」


「旅行って、族長への挨拶だろ?」


 いつの間にかカムイの中で目的がすり替わっている。


「そうだけど、二人で行っても良いだろ?」


「……お前、何を企んでる?」


 カムイの話には、どこか公私混同と思えるものがある。常に公を優先するカムイには珍しいことだ。それがアルトにはどうにも怪しく感じられた。


「……別に」


 アルトの視線を避けるかのように、カムイの目線は斜め上を向く。

 これまで何度も他国を混乱させてきた謀略家とはとても思えない、実に分かりやすい反応だ。


「話さねえと多数決で決めるぞ」


「俺、国王だぞ?」


「俺が国王だからって全てに従う必要はない。これは誰の発言だ?」


「……俺だ」


 無駄な平等意識からの発言。これを初めてカムイは後悔した。


「じゃあ、話せ」


「……オットーが最近偉そうだ」


「……はっ?」


 どうしてここでオットーの名が出て来るのか、アルトにはさっぱり分からない。


「男は子供が出来て、初めて一人前だって、この間、会った時に言われた」


 オットーにとって、自他ともに認めるカムイに優っている点は、父親として先輩であること。ここ最近、この優越感をオットーは楽しんでいる。ヒルデガンドと早く子供を作れというカムイへのプレッシャーの意味も込めてのことだ。


「……つまり、あれか? 子作り旅行のつもりか?」


「悪いか?」


 そのオットーの策にまんまと嵌っているカムイだった。


「……悪くはねえけど、何も族長への挨拶回りの時じゃなくても」


「じゃあ、他にいつ機会がある?」


「別に旅行中である必要はない」


「それだと仕事が邪魔するだろ? 旅行中なら誰にも邪魔されずに、朝から晩までずっと子作りに励める。二ヶ月間、毎日そうやっていれば、絶対に子供も……」


 自分が何を話しているか、全く分かっていないカムイ。周囲の視線がそのカムイに集まる。正確には、そのカムイの後ろに立つ、羞恥で全身を真っ赤に染めたヒルデガンドに。


「朝から晩だと一日何回……」


「カムイの馬鹿!」


 まるでセレネのような言葉を発して、カムイの後頭部に剣の鞘を叩き込むヒルデガンド。鈍い音が会議室に響いた後、ゆっくりとカムイは倒れていった。


◇◇◇


 共和国の将来を決めるといっても良い重要会議は、国王の気絶という何ともしまらない結末で終わった。

 部屋に運び込まれたカムイ。目を覚まさないカムイを心配して、全員が部屋を訪れていたのだが、ヒルデガンドの、政務が滞ってはいけない、という言葉を受けて、全員仕事に戻っていった。

 二人きりになった部屋で、ヒルデガンドは目をつむったままのカムイの顔をじっと見詰めている。


「……いつまで寝たふりをしているのですか?」


 このヒルデガンドの声に反応して、カムイの目が開いた。


「バレてたか」


 子供みたいな照れた表情を見せて、カムイは上体を起こしてくる。


「当たり前です」


「さすがはヒルデガンドだな」


「急所を打った手応えはありませんでしたから」


「……そう」


 カムイの”さすが”は、そういう意味ではないのだが、これも又、さすがはヒルデガンドというところだ。


「どうして気絶した振りなんてしたのですか?」


「……会議を終わらせる為」


「皆、もっと話したいと思っていたわ」


 会議を終わらせたい理由はヒルデガンドには分かっている。他の者たちの感情も。

 いつもであれば、もっときちんと話し合って物事を決めるカムイが、どうして、あんな強引な進め方をしたのかをヒルデガンドは気になっている。


「長く話をすれば本音が出る。一人が本音を言えば、きっと全員が黙っていられなくなる」


 皆が臣従に不満を持っていることはカムイも分かっている。分かっているから、強引に話を進めたのだ。


「その本音が分かっていて、どうして?」


「……俺も悩んだ。帝国が大陸制覇の為に、種族融和を持ち出してきたのは分かっているからな」


 種族融和を目的として、大陸の覇権を握ろうとしているカムイたちとは違う。大陸制覇が成って、共和国を脅威に感じなくなれば、約束を破る可能性は十分にある。


「でも、カムイは受け入れたわ」


「俺たちが成し遂げるより、上手く行くと思ったから」


「どうして?」


 帝国に種族融和に対する情熱などない。それで上手く行くとはヒルデガンドにはとても思えなかった。


「俺たちが種族融和を目指せば、俺たちを敵視している勢力はきっと邪魔してくる。でも、俺たちを敵視している勢力がそれをすれば、邪魔する者は居ない」


「……そうね」


 カムイらしい考え方だとヒルデガンドは思った。目的を達成する為に最適な方法を常にカムイは追い求めている。求める結果を得られれば、その方法は何でも良いのだ。


「帝国が進める種族融和。それに足りないところがあれば、俺たちが補完すれば良い。これが一番良い方法だと思った」


 帝国に確実に条件を履行させる為の手段が重要だ。それは、先程の会議室で話し合っていたこと。それを考えていたアルトは、きっとカムイの考えを理解していたのだ。

 これが分かった、ヒルデガンドは、少しアルトに嫉妬した。


「臣従はしても、帝国に脅威を与え続けなくてはいけないのね?」


「……そう」


 ヒルデガンドの言葉を受けて、カムイは表情を曇らせている。

 共和国に脅威を感じるから帝国は共和国が望む条件を出してきたのだ。条件を守らせる為には、ずっと帝国に共和国を恐れさせ続けなければならない。

 これはある意味では、敵対するよりも、ずっと難しいことだとヒルデガンドには思える。


「……子作りは嘘ね?」


 何をする必要があるのかは直ぐには思いつかないが、これまで以上に忙しくなることは分かる。恐らくは子供を育てている余裕などないほどに。


「嘘じゃない。どんなに仕事が忙しくても、ヒルデガンドの幸せを疎かにするのは、やっぱり駄目だと思う」


 少し口を尖らせてこれを告げるカムイ。これまで疎かにしていた自分に怒っているのだ。


「私は今でも幸せだわ」


 そのカムイの頬にヒルデガンドは手を伸ばす。


「……俺がヒルデガンドの子供を見たいんだ。きっと可愛いと思う」


「私もカムイの子供を見たいわ。きっと……、可愛いかしら?」


 少し首を傾げて、いたずらっぽい笑みを浮かべてヒルデガンドはカムイを見詰めている。


「……酷いな」


 ヒルデガンドに向かってカムイも笑みを返す。その笑みがヒルデガンドには、何故か寂しげで、力なく見えた。


「……ねえ」


「何?」


「ヒルダと呼ぶのは駄目なの?」


 カムイはヒルデガンドを愛称で呼ぶことを止めている。呼び捨てが信頼の証という、約束事を守ってのことだ。


「……ヒルダの方が良い?」


「ええ。その方が嬉しい」


「そうか……。ヒルダが望むなら、そうしようかな」


 あっさりとカムイはヒルデガンドの頼みを受け入れた。ずっと守ってきた約束事を捨てたのだ。


「……ねえ、カムイ。二ヶ月はゆっくり出来るのかしら?」


 暗くなりそうになる気持ちを堪え、無理やり顔に笑みを浮かべてヒルデガンドは、この先の話を始めた。


「まあ。挨拶に回るだけだからな」


「……族長だけでなく、他の人にも会いに行きたいわね?」


「他の人?」


「ディーフリートにセレネさん。モディアーニ会長もね。あっ、戦いが終わったら皇都にも行けるかしら? 貧民街は今どうなっているのかしらね?」


「……懐かしいな。大将とか元気かな? 会えるかな?」


 視線を宙に泳がせて、カムイはしみじみと呟いている。


「……ええ、きっと会えるわ」


 ヒルデガンドは気付いてしまった。臣従を受け入れる理由は確かに納得行くものだが、それだけが全てではないことを。

 カムイは疲れているのだ。ずっと戦い続けてきた毎日に。

 皆がカムイを特別な存在だと考えている。ヒルデガンドもそう思う。だが自分はただの人としてのカムイも見つめていなければならなかった。責任感の強いヒルデガンドはこんな風に考えてしまって、気持ちがせつなくなった。


「……ヒルダ?」


 不意に、ヒルデガンドに頭を抱きかかえられて、カムイは戸惑いの声をあげる。そのカムイの頭を、更にきつくヒルデガンドは抱きしめた。


「……二人きりの旅行なんて初めて。楽しみだわ」


「……ん」


「ゆっくりと楽しみましょう。久しぶりにのんびり出来る時間を」


「……そうだな」


 その時間も束の間の休息であることを、ヒルデガンドも、そしてカムイも知っている。だからこそ、大切にしたかった。限られた時間であるのだから。


◇◇◇


 カムイの部屋を出て執務に戻ったアルトたち。とはいえ、仕事が手につく状態ではなく、結局、会議室に集まってそれぞれが考えに耽っていた。

 その沈黙に真っ先に耐えられなくなったのは、ルッツだった。


「カムイらしくなかったな」


 今日のカムイは常のカムイではない。ルッツだけでなく多くの者が同じように感じていた。


「少し分かるけどな」


 ルッツの言葉を受けて、アルトが口を開いた。


「何それ? 自分だけはカムイの気持ちが分かるって言いたいの?」


 直ぐにイグナーツがアルトに突っかかってくる。元々、仲の悪い二人だが、今はそれとは別に気持ちが苛立っている。


「俺だけじゃねえはずだ。ホッとしたのはな」


「…………」


 イグナーツもホッとしたのだ。こんな結末には納得していないが、それでも、心の片隅で戦いが終わることを喜ぶ気持ちがあった。


「俺でもそうなんだ。カムイが気が抜けても仕方ねえ」


 ずっと忙しく働いてきたのは皆同じだ。だが、頂点に立っているカムイと他の者ではやはり背負っているものが違う。精神的な重圧はカムイの方がずっと強いはずだ。。


「……だからこそ、どうかと思うけどね」


 カムイが背負っているものが大きければ大きいほど、帝国がそれに応えられるとは思えない。ニコライ帝がカムイの上に立つなど不可能だと、イグナーツは考えている。


「将来の為に、必要な休息だと思えば良い」


「休息ね。じゃあ、お前も休んでろよ。俺は諦めない」


 カムイの背中を追うイグナーツとしては、こんな所で立ち止まってもらっては困るのだ。イグナーツには種族融和とは別の夢がある。


「ふざけんな。汚れ仕事は俺の役目だ。今更、人に渡せるか」


 カムイを世界の頂点に。アルトの夢もイグナーツと同じだ。


「……汚れ仕事だって?」


 敢えて汚れ仕事と言ったアルトの意をイグナーツは考えた。思い付いたのは一つだ。


「一人で憎まれ役になることないじゃない」


 マリアもイグナーツと同じことを思い付いた。アルトは、自分たちの夢の為に、もう一度、カムイを戦乱に引きずり込むつもりだと。例え、それでカムイに恨まれることになっても。


「言っただろ? 汚れ仕事は俺の役目だ」


「思い上がるな。お前一人に出来ることなんて限られてる。それじゃあ何も上手く行かない」


「そうそう。頭だけじゃ、物事は進まない」


 イグナーツに続いてルッツも話に入ってきた。カムイを世界の覇者に。これは、いつからか四人の共通の夢になっていた。これまで一度も語り合ったことなどなかったはずなのに。

 そして、これは四人に限ったことではない。


「ふざけんじゃないよ。カムイの臣下はあんたら四人だけじゃないんだよ?」


「マリー?」


 自分たちだけで話を進める四人にマリーが割り込んできた。


「アルト、あんたが一番ふざけてる。あたしはあんたの何だい?」


「……それは、奥さんだ」


「そう。あたしだって想いでは負けてないよ。あんたが堕ちるなら、あたしも一緒に堕ちてやるよ」


 カムイが堕ちるなら、ヒルデガンドも迷うことなくカムイに付いて行く。その想いにマリーも負けていないと告げてきた。

 マリーはもっと深刻に考えている。この先に巻き起こる戦乱は、これまで以上のものになる。それは更に多くの人々の命を奪い多くの人々を不幸にすることになる。それを引き起こそうというアルトたちは、カムイどころか、多くの人々に恨まれることになると。


「……マリー、お前」


 どこか冷めた雰囲気でいるマリーが、多くの者が居る前で、こんな熱いことを言ってきた。アルトはそれに驚いている。


「……子作り旅行なら今のうちにどうぞ」


 皆が見ている中で夫婦の仲を見せつけるアルトに、イグナーツがいつもの調子で嫌味を言ってきたのだが。


「……考えとく」


「ええっ!?」


 アルトに驚きの言葉を返されることになった。

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