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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
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鍛錬もちゃんとしています

 部屋に並べられている沢山の書物と怪しげな素材。机の上には、幾つもの作りかけの魔道具が置かれている。

 学院内にある魔道研究会の部室。その部屋に置いてある、一際大きな机に座るのは会長のマリーだ。机の上で頬杖をつき、目の前に立つ男子生徒を、その切れ長の漆黒の目で見つめている。


「調べはついたのかい?」


 皇国魔道士団長の令嬢とは思えないような擦れた口調で、男子生徒に問い掛けるマリー。


「はい。といっても完全ではありませんが」


「報告して」


「カムイ・クロイツの母親はソフィア・ホンフリートです。父親は不明」


「ソフィア・ホンフリート……。どっかで聞いたことがあるね」


 聞き覚えのある名前に、記憶を探るマリーであったが、それが終わらないうちに男子生徒が説明を始めた。


「有名人ですから。皇国一の美女と言われていたようです。一時は皇太子殿下の婚約者候補にまで名が挙がったくらいです。実家がホンフリートという事で、具体的に話が進むことなく終わったという事ですが、皇太子殿下ご本人は、縁組を強く望んだとか、望まないとか」


「……そんな事で、あたしの記憶に?」


 男子生徒の話は、ほとんどゴシップの類だ。マリーは、そういう話に興味はない。


「いえ、もう一つの通り名のほうが有名ですから、そちらだと思います」


「だったら、そっちを先に話しなよ。あたしはゴシップネタに興味はないよ」


「すみません。光の聖女の再来。神聖魔法の使い手として、皇国最高を謳われていました」


「ああ、そうだ。確か、その実力を買われて、勇者のパーティーに入ったのだったね?」


 魔法以外には、ほとんど関心のないマリーも、カムイの母親の事は知っている。光属性魔法の優れた使い手という点において、マリーも認める存在なのだ。


「はい。ですが、勇者と共に行方不明になり、その後、人知れず、実家に戻っていたと。その時にはもう、カムイ・クロイツを身ごもっていたようです」


「それで父親は不明と」


「勇者ではないかと噂されていた時期もあったようです」


「おい、おい。それが事実なら、とんでもない血筋じゃないか」


 勇者とソフィアの間の子供。この期待が、カムイを苦しめていた事など、マリーは知らない。


「父親が勇者かは、はっきりしていません。本人が魔法を使えないと言う事で、なんとなく否定されたみたいですね。それに確かめようにもホンフリート家は」


「全員死亡。死因は服毒自殺だったね?」


「はい。ただ少々おかしな所はあるようです」


「ん? それは?」


「ワインに毒を入れて飲んだそうです」


「貴族の自殺としては、良くある話だね」


 罪を犯した貴族が、死罪の代わりに、皇帝の名で、毒入りのワインを送られるいう場合が多い。不名誉な死罪を賜る前に、自らの手で、という意味だ。


「でも食前酒です」


「……どういう事だい?」


「食事が綺麗にテーブルに並べられていたそうです。自殺をするのに、食事の用意。おかしいとは思いませんか?」


「役人はその点を調べてないのかい?」


「当主による無理心中という事で処理されたようです。決め手は、私達と同年代の子供たちも、そのワインを飲んでいたという事です。貴族家であれば、子供のうちからワインを嗜むことはあるでしょうが、絶対とは言えません。当主の指示でと考えるのが普通ですね」


「そう……、まあ、それは良いよ。それもゴシップだ。その後の本人の様子は?」


 一瞬頭の中に黒い影のような考えが浮かんだが、それが形になる前に、直感的な恐怖心を感じて、マリーは思考を止めた。


「まったく魔法を使う気配はありません」


「授業はどうしているんだい?」


「魔法の授業は見学。剣術の授業においても、魔法なしで行っていますね」


「魔法なしで剣の授業。それはそれですごいけどね」


「実力の方はそれに見合ったものです。クラス最低の評価ですね」


「……誤検知の可能性は?」


「それは私からは何とも言えません。魔力検知魔道具を作られたのは、マリー様のお父様です。少なくとも、あの時に魔力を検知したのは確かです。それが神聖魔法である事も。複数で確認していますから、その点に間違いはありません」


 マリーがカムイに興味を持ったのは、これがきっかけだ。暗殺未遂、そんな出来事よりも、父親にもらった魔道具が、神聖魔法の発動を検知したという事実が、マリーを驚かせた。

 魔法に優れた才を持つ者を、自分の会に引き込む為に、仕掛けていた網に、とんでもない大物の気配が引っかかったのだ。


「カムイ・クロイツでない可能性は?」


「あの時、近くにいたのは、カムイ・クロイツと同じクラスのアルト、セレネ、ルッツです。そのうちセレネは、水属性魔法を使っていたようですので、除外です。複数属性、同時詠唱が可能となれば話は別ですが」


 そんな人間はいない、言外にそういう意味を込めて、男子生徒は話を付け足した。


「それが出来る人間がいれば、あたしは会長の座から身を引くよ。セレネって女は除外だね。後は?」


「ルッツという生徒は、少し離れた所にいました。あの距離から使ったのであれば、もっと反応は大きかったでしょう。それ以前に、目視で確認出来るのが普通です」


「ルッツもなしと。残るは一人だね」


「はい。アルトという生徒は否定しきれません。ただ、彼は孤児です。これはルッツもそうですね。ですが、ルッツとは違い、アルトの両親が平民である事は明らかです」


 平民の孤児が、魔法を使えるはずがない。こんな偏見に、男子生徒は捉われている。魔法士に多い、自分を特別視する意識が、学生のうちから、備わっているようだ。


「平民の中から、魔法の才を持った者が現れる事は、ない訳じゃないよ」


 さすがに、マリーは片寄った考えに捉われてはいない。


「それは分かっています。そうだとしても、では彼はどこで神聖魔法を学んだのでしょう? 神聖魔法を学ぶ機会があるとすれば、それはソフィア・ホンフリートを母に持つ、カムイ・クロイツからです」


「アルトが使えるのであれば、カムイも使えるはずだ。そう考えているんだね?」


「その通りです」


「うん。論理的だね。良いだろう。引き続き、カムイ・クロイツを探るんだよ。カムイ・クロイツが魔法を使えると分かったら、何としてもこちらに引き込むんだ。神聖魔法じゃなくても、魔法を使えるってだけで、彼には価値があるからね」


「研究材料としてですね?」


「そうだよ。魔力がなかったはずの人間が魔力を持った。その方法が分かれば、魔法は更に発展するはずさ。少々の無茶はかまわない。何としても探り出すんだよ」


「承知しました」


 マリーは、父の考えをそのまま受け継いだ魔法至上主義者だ。魔法の発展は、この世界の発展と同じ、こう考えている。

 その為には、少々の無体は許される。父親ほどではないが、マリーもそう考えている。

 マリーは知らない。カムイも自分を、仲間の身を守るためであれば、手段を択ばない人間だという事を。


◇◇◇


 剣を上段に構え、正面に吊るされた紙をめがけて、一気にそれを振り下ろす。切れた紙の一片が、ひらひらと揺れながら地面に落ちた。


「全然、駄目!」


 満足そうに微笑むセレネに、カムイの厳しい声が飛んだ。


「どこがよ!? ちゃんと切ったでしょ!」


 カムイの駄目出しに、セレネは不満気だ。


「無駄な動きが多すぎる。バランスも悪いな」


「もうちょっと分かり易く説明してくれる?」


 カムイは、普段から言葉足らずな所が多い。人に物を教えるには不向きだ。ある一定の技量を持つ人以外は、という条件が一応はつくが、


「あっ、それが人に教えを乞う人間の態度か? 今の俺はセレの師匠だぞ」


「教えて頂けますか? 師匠」


「良いだろう」


「偉そうに……」


 自分で乗らせておいて、セレネは文句を言っている。カムイと、いつも言い合いになるのは、セレネにも責任がある。


「何か言ったか?」


「別に」


「態度悪いな。とりあえずこれを見て」


 地面に落ちた紙を拾って、セレネに差し出すカムイ。


「これがどうだと言うの?」


 紙を見せられても、セレネには意味が分からなかった。


「切れているのは途中まで。後は切ったというより、破いただな」


 カムイが言う通り、切り口は途中からギザギザになっている。


「……そうね」


 はっきりと証拠を見せつけられては、セレネも自分の未熟を否定出来ない。


「刃がぶれてる。それと速さも足りないって事だ」


「カムイは出来るの?」


「切るくらいならな」


「じゃあ、やって見せてよ。口で言われただけじゃあ、分からないわよ」


「全く。その態度、師匠相手だったら、セレは今頃、ボッコボコだぞ。じゃあ、見てろよ」


 文句を言いながらも、セレネに見本を見せる為に、カムイは動き出した。無造作に紙の前に立ったカムイ。特に気負う事無く、剣を構えると、すっと剣を振り下ろした。


「えっ?」


 全体としては決して早くは見えない動作。だが剣の軌道が、全くセレネには見えなかった。


「はい。こんな感じ」


 セレネが驚いている間に、落ちた紙を拾っていたカムイ。セレネに差し出された紙の切り口は、ぎざぎざなど全くない、真っ直ぐなものだ。


「……今、どうやったの?」


「どうやったって、剣を振っただけだけど?」


「見えなかったんだけど……」


 残念ながら、セレネには、カムイの見本は、見本になっていなかった。


「それは出来るだけ無駄な動きを省こうとしてるから。予備動作って知ってる?」


「何それ?」


「口で言っても分からないだろうから、実際にやってもらおう。上に跳んでみて。但し、膝を曲げたら駄目。上半身を前傾させるのも無しな」


「膝を曲げないで、前傾も無しね。分かったわ」


 カムイに言われた事を守って、跳び上がろうとするセレネ。そこから全く動かなくなった。


「はい。跳んで」


「…………」


 カムイに促されても、セレネの姿勢は変わらない。


「跳んで」


「出来る訳ないじゃない!」


 膝を伸ばしたまま、上半身の反動も無しでは、跳べるはずがない。


「そういう事。跳ぶ前には、逆に体を沈める必要がある。それと同じような事が剣を振るのにも必要。ここまでは良いか?」


「ええ、分かるわよ」


「逆に言えば、この予備動作を見切れば、次に相手がどう動くかが分かる」


「そんな事出来るの?」


「ある程度は自然にやってる。人は相手の体全体の動きを見て、次にその人がどう動くかを感じてるんだ」


「そうなの?」


「そう。その動作を、ほんのわずかなものに止める事が出来たら。相手は次にどう動くのか、分からない事になる。さっき俺がやったのはそれ。だからセレは、俺が剣を振り降ろす、きっかけが分からなくて、気がついたら振っていたって事になったわけだな」


「そんな事が出来るなんて。やっぱり、カムイって、力を隠していたのね?」


 カムイは簡単そうに説明するが、実際にそれをやるとなれば、相当な鍛錬が必要になる事くらいはセレネにも分かる。


「今更言うな。とっくに知ってるだろ? だから、こうして剣を教える事も引き受けたんだぞ」


 剣を教われば、こうして、カムイの実力は分かる。セレネが既に知っているから、カムイは教える事を良しとしたのだ。


「まあ、それはそうね。でも、どうやったら、それが出来る様になるの?」


「最初に言っただろ? まずは動きの無駄を省くこと。人は必ずしも必要な動きだけをしている訳じゃない。くせみたいなものもあるしな。そういう無駄を出来る限り削ぎ落すと、剣がぶれる事もないし、自然と振る速さも早くなる」


「予備動作は?」


「それはそれが出来てから。予備動作を失くすって完全に出来る事じゃない。あくまでも、最少限にするだけだ。少しの動きで、効果を高めるって感じ。それには、動きが無駄に伝わる事を避けなければいけない。それがバランス。傾いた状態で跳ぶのと、真っ直ぐな状態で跳ぶの、どっちが高く跳べるかなんて、やるまでもなく分かるだろ?」


「分かる」


「という事で、無駄の除去とバランスを、セレはこれから鍛える事になる」


「どうやって?」


「ちゃんと鍛錬の用意はしてある。まあ、普段使っている奴だけどな。あの杭、あの上で素振りするのが、当面の鍛錬だ」


 カムイの言う通り、少し離れた所に杭が何本も地面に打ち付けられている。


「……はい? あの上で?」


 だが、その杭は、ただ立っているのも難しそうな細い杭だった。


「最初はゆっくりと。このゆっくりとが大事だから、根気良く続けるように」


 戸惑うセレネに構う事なく、カムイは説明を続ける。


「……分かったわよ。そのゆっくりと言うのは?」


「体を、それこそ今にも止まるくらいにゆっくりと動かすと、体の動きが良く分かる。変に力が入っていたりな。そういうのを、一つ一つ消していくんだ」


「えっと、どれくらい続ければ良いのかしら?」


 カムイの説明を聞いても、セレネには、全く強くなれるイメージが湧かない。


「強くなりたいならずっと。俺もずっと続けてるぞ」


「……やってみて」


「はあ? またぁ?」


「良いじゃない。見せてくれたって」


「ほんと、セレって、我が儘だな。そんな我が儘を言ってると、ディーに嫌われるぞ」


「なんで、そこで……、ディー?」


 ディー。ディーフリートの事だとはは分かるが、カムイがこんな呼び方をするのを、セレネは初めて聞いた。


「そう呼べって。ヒルデガンドさんをヒルダって呼ぶのに、自分はディーフリートさんじゃあ、不公平だって言われた」


「でしょうね。何たって、あのヒルデガンドさんを、ヒルダですものね」


 カムイがヒルデガンドを、ヒルダと呼んだ時の衝撃を、セレネは忘れていない。


「まあ、短くて助かる」


「そういう問題か?」


「さてと。じゃあ、やるから見てろよ? あまり参考にならないと思うけどな」


 こう告げて。カムイは杭の方に向かって歩いて行った。

 少し手前で飛び乗ると、すぐに素振りを始める。素振りなんていうものではない。まるで剣舞のようだ。細い杭を次々と渡り歩き、剣を振っていく。上、下、斜め、流れるようなその動き。剣が風を切る音がまるで音楽のように聞こえてくる。

 カムイの動きに、完全にセレネは見惚れてしまった。


「おお、やってる、やってる。なんだか久しぶりに見るな」


 遅れてやってきたルッツが、それを見て嬉しそうにアルトに話しかけている。


「まあな。集まって鍛錬なんて久しぶりだ。しかし、相変わらず、見事だねえ。俺なんかじゃあ、正直、あそこまで到達できるとは思えねえ」


「俺は追いつきたいけど、まだ遠いな」


「ねえ」


 二人の声に、我に返ったセレネが、声を掛けてきた。


「何?」


 その呼びかけに応えたのは、ルッツだ。


「いつも言っている師匠ってどういう人なの?」


「なんで、そんな事を聞くんだ?」


「どんな教え方をしたら、あそこまでの事が出来る様になるのかなと思って」


 セレネは、カムイの力は、カムイたちを教えた師匠たちのおかげだと思っている。完全に間違っている訳ではないのだが。


「……セレネさんは勘違いをしてるな」


「勘違い?」


「俺らの師匠が凄い人なのは確かだけど、あれは師匠に教わったんじゃなくて、カムイが自分で考えた事だ」


「自分で?」


「そう。魔法が使えない自分がどうやったら対等に戦えるようになるか。魔法で速さを高められないなら、元の速さを鍛えればいい。力もそう。単純な力は無理なら、技術でそれに追いつけないか。悩んで悩んで悩み抜いて、それでもカムイは諦めずに、頑張っていたんだ」


「……そう」


 普段の惚けた様子からは、想像がつかないカムイの過去。はたして、どんな思いで、それを続けていたのだろうと思うと、セレネは少し胸が痛くなった。


「ただ剣が強いってだけで、俺はカムイに付いて来た訳じゃないから。俺はそういう何事も諦めないカムイの強さに惹かれるんだ。孤児として育って、将来を諦めていた俺にとってはカムイのそういう強さは憧れなんだよ」


「諦めない強さ。そうね」


 そう呟きながら、又、視線を戻すと、カムイはもう、セレネに見せるという目的を忘れたようで、一心不乱に剣を振っている。

 滑らかに動くその体。足元を見なければ、とても細い杭の上で、それをやっているようには見えない。木々の隙間から差す陽の光に、振られる剣とカムイの銀の髪が輝いている。


「ほんと、舞っているみたいね?」


「そうだろ。でも、本番のほうが、もっと凄いんだ」


「本番?」


「カムイが剣を振るたびに、血しぶきが宙を舞う。真っ赤な血しぶきの中を駆け回るカムイの姿は……」


「おい。それはセレネさんには刺激が強すぎるんじゃねえか?」


 戦場でのカムイの様子を語るルッツを、アルトが制止した。実戦は、舞のように綺麗では、治まらないのだ。


「……それもそうか。舞うのは血だけじゃないしな」


「血だけじゃないって?」


 ルッツの気になる言葉に、ついセレネは問いを発してしまう。


「えっ、それ聞くの? 首とか手足とかだけど……」


「……それはあれね」


 セレネは、頭を振る事で、頭に浮かぶそうになった光景を振り払った。残酷な光景が消えた所で、セレネの頭に一つの疑問が残った。


「ねえ。それって実戦を経験しているって事よね?」


「うん、まあ」


「それも鍛錬の一環?」


「そう。俺らの師匠のモットーは命の危険を感じない鍛錬は鍛錬じゃないだから」


「なんか、凄いのね?」


「凄いなんてもんじゃないね。最初の実戦なんて、本当に死んだと思ったから。ちょっと剣を使えるようになって、すぐだよ? ウォーウルフの牙が、正面から向かってきた時は、今だから言えるけど、ちょっと小便ちびった」


「ちょっと!」


「ああ、俺も。大の方を堪えた自分を褒めてやりてえな」


 ルッツの話に、アルトも乗っかってきた。


「もう、二人とも下品よ。そうやって、すぐ、からかうんだから」


「冗談じゃなくて、ホントそれくらいの恐怖だから。それだけじゃない。肉を切る感触って、最初は本当に気持ち悪いから。そうだよ、最初の時は三人で終わった後、吐きまくったよな?」


「ああ、まあ、最初だけじゃねえけどな」


 顔をしかめながら、アルトも同意する。その態度が、二人が冗談を話している訳ではないと、セレネに分からせた。


「そんなに気持ち悪いの?」


「口では説明できない。実際に経験しないとね」


「そう。今はもう平気?」


「戦いの最中は。終わった後はやっぱりね」


「簡単には慣れないのね?」


「慣れてはいけないってさ」


「えっ?」


「これは師匠たちに、それこそ口を酸っぱくして言われてる。戦いとなれば相手を殺さなければいけない。でも、決してその事に慣れるなって。殺した相手への慈悲と命を奪う事への恐怖の気持ちは、持ち続けろと言われてる。それがどんな相手でも」


「そう。優しい師匠たちなのね?」


 人の命に憐みの心を持つ。これはセレネにも良く理解出来る話だ。ただ、カムイたちの師匠は、こんな甘いだけの者たちではない。


「それはちょっと違うと思う」


「でも」


「そういう気持ちを持つのはあくまでも決着がついてから、と言うか相手を殺した後だね。敵に対して一切容赦はするな。生かさなければならない場合でも再起不能になるまで、二度とこちらに敵対しようなんて気持ちを持てなくなるまで、相手を叩きのめさなくてはいけない。こうも言われてる。師匠たちの標準は、敵は殺せなんだよね」


「……確かに優しくはないわね」


「さてと、カムイがああなったら、しばらくは終わらないからな。俺達は俺達で、鍛錬するか」


「そうなの?」


「カムイは集中すると時間を忘れるからな。放っておけば、ずっと続けてる」


「そう。カムイって、努力の人なのね」


「いや。天才だよ」


 セレネのカムイ評を、すぐにルッツが否定してきた。


「努力の天才って事?」


「それもある。でも、カムイは天賦の才を持っていると俺は思う」


「でも、元々は魔法を使えなかったのよ」


 セレネが、カムイを努力の人と評するのは、これが理由だ。魔法が使えないというハンデを、努力で乗り越えていると思っている。


「それがハンデにならないくらいの才能だって事。でも、カムイは、それを認めようとしない。与えられた才能は、あくまでも借り物だって意識がある。だから、人一倍努力して自分を納得させようとしているんだ」


「なんだか、カムイが、とんでもない人物に思えてきたわ」


「……そうだよ。あいつは」


「ほら、無駄口叩いていねえで、鍛錬始めるぞ」


 どこか遠くを見つめるような目で、カムイの話を続けようとしたルッツ。それを遮るように、アルトが鍛錬の開始を催促してきた。そのアルトの態度に、少し引っかるものを感じたセレネだったが、カムイたちと一緒にいると、良くある事だ。

 カムイが、彼らが、自分に真実の姿を見せてくれる時が来るのだろうか。セレネは、カムイたちに近づけば近づく程、こう思ってしまう。

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