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銃口。

1、住職


 ヨネムス家へ続く道の最後のカーブに入った。ここを過ぎれば家まで一直線だった。

 小さな雑木林を迂回するように走る雪道を、ヴァンが駆け抜けて行く。

 林の陰から雪原の一軒家が徐々に姿を現した。

 一階に明かりが点いている。二階は真っ暗だ。つまり家の住人は一階に居るという事だ。

 カーブを脱出した。ジーディーの操るヴァンの速度が上がって行く。

(犯人のクルマはどこだ?)

 揺れるヴァンの中で僕は目を()らした。

 窓から漏れる光を浴びて、わずかに自動車らしき輪郭が見えた。白いSUVのようにも見えるが、よく分からない。

 すでに犯人がヨネムス家に到着しているのは間違いない。

 間に合え、間に合え……僕は走るヴァンの中で祈った。

 突然、庭に停車した自動車のような影からレーザー光線が放たれた。レーザーを浴びた一階の窓ガラスが割れて無数の破片が飛び散ったのが遠目にも分かった。

 一歩遅かった。

 ヴァンは加速を続け、雪原の一軒家にどんどん近づいて行く。その間も、レーザーの銃撃は止むことがなかった。

 突然、急制動が()かった。たまらず座っていた助手席から前に()()()()()()。危うくダッシュボードに頭をぶつける所だった。

 銃撃を終えた犯人が素早くクルマに乗り込み、ヨネムス家の敷地を出ようとしてクルマを発車させたのと、出口をふさぐ形でジーディーがヴァンを停車させたのがほとんど同時だった。

 住職の白いSUVが(その時には、僕はもうはっきりとその車体を確認していた)僕らの乗るヴァンの横、運転席側の後部ドアにぶち当たった。衝突する直前、サエコが急いで助手席側に横移動するのが見えた。

 衝撃。

 後部座席のドアがボコンッと内側に()()()()()

 SUVが一旦(いったん)敷地の中へ戻った。何度もぶつけてヴァンを押し退()かすつもりだろう。

 僕は、SUVが後退した一瞬の(すき)を突いてヴァンの外へ出た。

 無我夢中だった。

 犯人が後退から前身へギアを切替える直前、手に持ったレーザー・ハンドガンでSUVのタイヤを撃った。連射モードで何度も何度も撃った。左右両方の前輪タイヤがバーストした。

 それでも諦めない犯人のSUVが、再びこちらへ突っ込んで来る。

 僕は横へ飛び退()くようにしてヴァンから離れた。

 SUVとヴァンが衝突。

 反動でヴァンの方がズルズルと道路側へ押された。

 しかし、そこまでだった。

 前輪のタイヤを失ったSUVには、もう勢いがない。

 とりあえず敵がクルマで逃げる事だけは防げた。

(でも、これからが本当の『命のやりとり』だ)

 僕は思った。

 停車したSUVの運転席に銃口を向けながら、僕はゆっくりと壊れたヴァンに近づいた。

 僕が飛び出したまま開けっ放しになった助手席のドアから、ジーディーが道路へ出たのを視界の端で確認した。サエコは出てこない。おそらく後部座席で姿勢を低くしているだろう。車外に出るように言うか? それとも車内の方が安全か? 一瞬、迷う。

 SUVの運転席のドアがゆっくりと開いた。

 中から住職が雪の上に降り立った。右手に軍の制式アサルト・レーザーガンを持っている。銃口は下に向いていた。

「動くな!」

 僕は叫んだ。

「僕のレーザーガンが狙っているぞ。それだけじゃない。軍用犬も戦闘態勢に入っている。もし僕が撃たれても、その瞬間、物陰からジーディーが飛びかかって銃を持ったその右腕を食いちぎるぞ!」

威勢(いせい)が良いなぁ、コウジくん」

 住職のやや人工くさい声が響いた。

「しかし、その小さな拳銃のレーザーを本当に私に当てられるかな? 月も隠れている。光と言えば、さっき私が銃撃した家の明かりと、君のヴァンのヘッドライト……その反射光だけじゃないか。私の輪郭をようやく確認出来る程度だろう?」

「輪郭さえ分かれば充分だ。銃の狙いを定めるのには、それで充分だ」

「本当にそうかい? 手が震えているじゃないか。君と違って、私には君の姿が良く見えるよ。何しろこんな立派な機械の目を軍が付けてくれたからね。そんなに震えていたら、ちゃんと狙えないだろう?」

「うるさいっ」

 相手が僕を挑発してミスを誘おうとしているのが分かった。

 それとも時間稼ぎか? でも、時間が経てば経つほど不利になるのは犯人の方だ。もうすぐ兄が来る。そうすれば奴に勝ち目は無い。

 僕と犯人の(にら)み合いは十秒も続かなかったと思う。でも僕にはそれが十分にも感じられた。

 突然、ヨネムス家の玄関が開いた。

 懐中電灯の光が犯人を……住職を後から照らした。いつもの法衣ではなく、トレンチコートを着て革の手袋をはめていた。サングラスとマフラーは相変わらずだった。

 ヨネムスのご主人が立っていた。猟銃を構えて住職に狙いをつけている。横で奥さんが懐中電灯の光を住職に浴びせていた。二人ともガウンを着ていた。ガウンの裾から、むき出しの(すね)が見えている。

(生きていたのか……奥さんも)

 犯人に向かってヨネムスさんが叫んだ。

「ゆっくりと、銃を下に置くんだ」

 さすがの住職も、僕とジーディーとヨネムスさんに狙われては諦めるしかないだろう。足元の雪の上にアサルト・レーザーガンを置いた。

「やれやれ……これで全てが終わってしまうのか……悲しい事だ」

 両手を挙げて降参のポーズを取りながら住職がつぶやいた。

 ヴァンからサエコが降りて来て、僕の左ななめ後ろにピッタリと寄り添った。

「拳銃は使えるかい?」

 僕はサエコに聞いた。

「少女兵時代に一応ひと通り習った。多分、大丈夫だと思う」

 僕はレーザー・ハンドガンのメイン・スイッチを切り、銃身を逆手に持ってサエコに渡した。

「これで奴を……住職を狙って。不審な動きをしたら躊躇(ためら)わずに撃つんだ」

「わかった」

 言いながらサエコは両手を挙げている住職に狙いを定め、親指でメイン・スイッチをオンにした。

 僕はヴァンのボディをまわって、雪道に停車したクルマの前へ出た。そして住職の方へゆっくりと歩いて行った。

「妙な動きをするなよ」

 言いながら、住職が足元に置いたアサルト・レーザーガンを素早く取り上げた。

 一気に後退して犯人との距離をとり、銃を構えてメイン・スイッチを入れた。

「僕、サエコ、ジーディー、ヨネムスさん……これで四対一だ」

 だめ押しをするつもりで僕は叫んだ。

「そうだな……」

 住職が答えた。全てを諦めた風にも見えるが、妙に落ち着いているのが気になった。

 サエコのほうを見ると、いつのまにかジーデイーが寄り()っていた。最初の位置関係だとジーディーとヨネムスさんは犯人をはさんで同一線上だった。それを嫌がって移動したのだろう。

 犯人に視線を戻す。

 相変わらず両手を挙げたまま、落ち着いた様子で僕を見ていた。

「この年齢(とし)になると、体のあちこちにガタが来てな……」

 突然、住職が低い声で言った。その場の誰に言うでもなく、まるで独り言のような(しゃべ)り方だった。

「心臓、肝臓、腎臓……日ごろの不摂生が(たた)ってどれも弱り切ってしもうとる。むしろ機械と入れ替えた眼や喉のほうが調子が良いくらいだ。マサテノ先生に掛かり付けて、いろいろな薬をもろうとるがな……ひとつだけ、マサテノ先生には絶対に処方できない薬を、私は持っていた」

「何だ? 何を言っている?」

「墓地の向こうにある軍の研究所で開発された実験薬だ。それをさっき……()()()()()()()()()()()()()。どの道、このままでは……この体のままでは逮捕されて終わりだからな」

(これは時間稼ぎだ。やつは無駄話で時間を稼いでいる。でも何故(なぜ)? なんで時間を稼ぐ必要がある? むしろ不利になるばかりじゃないか?)

 そろそろ兄が到着しても良いころだ。僕は自分たちの農場の方角を振り返り、月の見えない真っ暗な夜空を見上げた。

 それが、犯人に(すき)を与えてしまった。

「危ない!」

 サエコが叫んだ。住職を見た。トレンチコートの(ふところ)から軍用拳銃を出すのが見えた。

 銃口が僕に向けられた瞬間、バシュッという音とともに青白い光線が横から正確に彼の心臓を射抜いた。

 僕の方へ拳銃を突き出した姿勢のまま、住職が雪の上に()()折れた。

 レーザーの放たれた方を見ると、ヨネムスさんが猟銃を構えていた。雪の上に転がった住職の死体に狙いを定めたままだ。

 突然、緊張の糸が切れて、ヨネムスさんはその場にガックリと膝をついた。人間を殺してしまったというショックからだろうか、両手で顔を覆って肩を震わせている。

 真上から激しい下降気流が吹いて来た。

 見上げると、家の明かりに()っすらと照らされた黒い機体が見えた。

 単座式小型偵察ステルス・ホバー「スカイハウンド」がゆっくりと降下してヨネムスさんの庭に着陸した。

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