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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

十三歳編

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 ノワール家の食卓は、にぎやかだ。
 私とミシュリーとお父様の家族三人が揃って食べる夕餉の席。普段ならばその日にあったことをミシュリーも交えながら報告して盛り上がる、楽しい食事の時間だ。気分が良くないと、おいしい食事だって台無しになる。それを心得ている私は、いつだってミシュリーが楽しく食事をできるように場を盛り上げている。
 その食卓の空気が、いまはお通夜のそれだった。

「……」
「……」
「……」

 私とミシュリーとお父様。三人が三人とも黙り込んでいる。カチャカチャと食器を動かす音だけが響く。いつもは闊達に食事の席を盛り上げる私は口を開く気にすらならなかった。食も進まず、ナイフとフォークを持つ手ものろのろとして緩慢だ。食欲は、さっぱり失せている。
 ミシュリーも、また落ち込んでしまっている。心なしかいつもは光輝いている金髪をくすませて、しょぼんと落ち込んいる。ゆっくりとした動作で食事の手を進め、小さな口でぱくりと食べる。かわいい。私の妹は落ち込んでいてもかわいい。
 ただ一人、お父様だけが「どうしてこうなった?」とばかり微妙な表情で、いつも変わらないペースのまま食事を口に入れていた。
 こうなってしまったのは、食事の席で出た話題が原因だ。

「お父様……」

 虚ろになってしまった心だが、それでも私には言わねばならぬことがある。
 運命は非情だ。私の心を折りにかかっている。春から始まる予定だった、私の王立学園の入学。そこには運命が用意した大きな落とし穴があったのだ。
 王立学園は、全寮制だった。
 もう一度言う。
 全寮制の学校だった。
 食事の話題でふとお父様の口からそれを聞かされた瞬間、私とミシュリーの顔が凍り付いた。

「私、王立学園には入学しない」
「……」

 私の訴えを、お父様はあろうことか黙殺した。
 聞こえなかったふりでもしようというのか、食事の手を止めずにいる。見ざる聞かざるを続ければ、物事が解決するとでも思っているのだろうか。しらんぷりを続けようとするお父様は、娘の私から見ても愚かしいと言わざるを得ない。
 隣に座っているミシュリーが、私の裾を掴む。

「お姉さま……どこか、行っちゃわないよね?」
「行かない……私がミシュリーを置いてどっか行っちゃうわけないだろう!?」
「行きなさい」

 私のミシュリーの姉妹間に、さっきまで黙っていたお父様が余計な口を挟んできた。

「お父さま……」

 ミシュリーがすがるような目をお父様に向けた。
 いつもは聞き分けのいいミシュリーの反抗だったが、お父様はあろうことかそっと目をそらして見ないふりをした。
 だが、ミシュリーが私と思いを同じにしているなら、迷う理由はない。不退転の覚悟でもって、私はお父様に立ち向かう。

「なんか文句あるのかお父様! 私が行かないと言ったら行かないんだっ。入学の是非にそれ以上重要なものがあるのか!?」
「むしろなぜそんなに文句が出るんだ、クリスティーナ……」

 やれやれと言った口調のお父様は、まるで正当性のない我がままをわめく子供相手にしているかのようだ。
 黙ることをやめたお父様が、ようやく私の目を見て話し始める。

「クリスティーナ。あの学校で得られる交流が、どれほど重要か分からないお前ではないだろう? そもそも、お前だって入学には乗り気だっただろうに。それがどうしていきなりこんな空気になるんだ?」
「だって……全寮制だって知らなかったんだ」

 寮があることくらいは知っていたけれども、寮に入るのは遠方からのみの生徒だと思っていた。
 まさか王都内に住んでる貴族まで寮にぶち込まれるとは思わなかったのだ。前世の知識では確かにミシュリーも寮に入っていたが、それは原作のクリスティーナの嫌がらせの一環で屋敷にいられなくなったからだと思ってたし、明確に全寮制だという描写はなかった。今日の食事の席でお父様が「春からはクリスティーナも寮生活か。この屋敷も静かになるな」と感慨深そうに言わなければ、直前まで気が付かなかった可能性すらある。
 くそっ。迂闊だった。まさか学園の入学にこんな落とし穴がありだなんて、運命は狡猾にもほどがある。

「知らなかったのはお前の不手際だろうに。それに、カリブラコア家のサファニア嬢も一緒に入学するのだろう? それでいいじゃないか。お前が急に入学を取りやめるなんて言ったら、彼女も悲しむんじゃないか?」
「えぇ!?」

 サファニアが一緒だったら何がいいのかさっぱり意味不明だったが、なぜかミシュリーが激しく動揺した。

「お、お姉さまはサファニアさんと一緒がうれしいの!? わたしがいなくても、サファニアさんが傍にいればいいの!?」
「お父様のたわごとを真に受けちゃダメだ、ミシュリー。サファニアなんて泣かして置けばいいんだよ。……はっ、そうだ!」

 なぜか裾を掴む手に渾身の力をこめ始めたミシュリーをなだめていると、名案が閃いた。
 お父様が、何も言うなと目で語ってきたが、私に止まる気はない。

「お父様が権力を使って、学校側に私の特別扱いを認めさせてくれればいい! 私だけ通学可にするんだ。そうすれば万事丸く収まる!」
「やめなさい。いや、本当にやめなさい」
「いいじゃないかっ。うちは近いんだからっ!」
「規則は規則だ。守りなさい」
「何が規則だっ、バカらしい! 寮に押し込まれるのなんて、辺境から来た田舎者だけにしとけばいいんだよっ」

 理由も言わずに私の名案を押しつぶそうとするお父様の言うことなんて、聞いていられるはずもない。
 私は私の誇りとミシュリーへの愛にかけて、口上を述べる。

「私を誰だと思ってるんだ? 私はクリスティーナ・ノワールだ。この国の御三家、ノワール家の長女だ。ミシュリーのお姉ちゃんだ! 妹のためだったら、全寮制だなん不合理なシステム、この私が打ち砕いてやる!」
「お姉さま、カッコいい!」
「当然だ! 私はミシュリーのお姉ちゃんだからな!」
「お姉ちゃんなら我がままを言うのはやめなさい」

 目をきらきらさせたミシュリーが絶賛した私の演説を、お父様はあっさり我がままと言って切って捨てた。

「確かに休日の外出は正当な理由と正式な許可がないと認められないが、半年に一回の長期休暇はどう過ごそうが生徒の自由だ。お前もその時に帰ってきて、存分にミシュリーと遊べばいいだろう?」

 なるほどなるほど。寮に入っても、ミシュリーに会う機会が半年に一回ある、と。
 ……私に死ねと? 半年に一回しか会えないという驚くべきローペースに耐えろというのか。信じられない。なに言ってんだお父様。

「半年もお姉さまと会えない……? そ、そんなのおかしいよ!」

 私の隣に座って珍しく自分の意見をお父様に主張する天使のためにも、私がここで折れるわけにはいかない。ミシュリーが味方にいる限り、私は不屈だ。

「入学金も寄付金も納めた後だ。いまさら入学の取り消しなんてできるわけがないだろう。ミシュリーも聞き分けなさい。しょうがないことだよ」
「そんなの知ったことじゃない! うちは金持ちだから、その程度なんの問題もないだろう!?」
「いい加減にしなさい」

 なぜか私の意見の時だけ、有無を言わせぬ却下が続く。私の正当な訴えをお父様は聞く気がないようだ。

「お父さま……どうしてそんなひどいことを言うの? お父さまは、お姉さまとわたしのこと、嫌いになったの……?」
「ミシュリー。お前も、クリスティーナの悪いところは真似しちゃダメだ。いや、普段我がままを言わないお前に言われると、心が痛むんだよ……」
「まるで私なら何を言っても心が痛まないみたいな言い方だな、お父様」

 思わずジト目になった私の言葉には反応せず、お父様は逆に説教を返してきた。

「それとクリスティーナ。お前も少しはくらいは妹離れをしなさい。お前がそんなのだから、いつまでたってもミシュリーが独り立ちできないんだ。姉として恥ずかしいと思わないのか?」
「し、してるし!」

 妹離れはちょっとずつ進んでいる。ミシュリーの自立は、ここ二年で格段の成果を上げている。少なくとも、依存と言われるほどの寄りかかりはなくなっているはずだ。私はちゃんと姉としての責務を果たしている。
 お父様は、すっと目を細めた。

「ほう、そうか。参考までに聞いておきたいが、後どれくらいの年数がかかる予定だ?」
「そ、それは……」

 視線をさまよわせたのは、お父様の視線から逃げようしたからでもうろたえたからでもない。
 だって、私の中にはきっちりばっちりミシュリーと離れて暮らしていけるようになるまでの計画は立っているのだ。そう。ゆっくりゆっくりお互いの道を決めていき、私とミシュリーと完全に離れ離れになって暮らしいくまでには……

「……あと、三十年くらい?」
「おい。もう食器は全部下げてくれ。夕食は終わりだ。ああ、そうだ。子供達の分もだ。残っていようが構わないから、下げてくれ」
「お父様!?」
「お父さま、ひどい!」

 娘二人の非難をものともせず、無慈悲に食事の終了が告げられた。
第二回人気投票中。
この結果の一位二位が書籍の表紙を飾ります(※大嘘です)。
相変わらず、クリスがぶっきぎりのトップで、ミシュリーとマリーワさんが二位争いをしています。
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