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唐突にぶちこまれるパラレル久利須(クリス)ちゃんです。

 私は猪羽のわ久利須くりす。天才だ。

 一歳で立ち上がり、五歳で大人顔負けの知性を持ち、十歳で英語をマスターし、十五歳の頃には勉学のみならず、家事全般をマスターしたスーパー才女だ。

 あまりの天才だった私に対して日本の学校制度に小さすぎたために、飛び級制度のあるイギリスのスクールへと留学することになった。そうしてとんとん拍子に飛び級をし、十六歳になった今は歴史ある名門大学に通っている。

 そうして十歳からイギリスで生活している私は、キッチンで朝食を作っていた。

 人生の半分近くを祖国の日本ではなくイギリスで過ごしている私は、親のつながりでエドワルド家にお世話になっている。

 エドワルド家は母と娘の母子家庭だ。家主であり母親であるイヴリアさんは多忙で滅多に帰ってこないため、この家のことは私とミシュリーでとりしきって……


「やっほう、久利須ちゃん。ただいま、今日もいい朝だね!」


 ……まだ朝の早い時間だというのに、けたたましい声ととも家長が帰宅した。

 空をうつしたような青い瞳。たっぷりとボリュームのあるブロンドヘアは娘にも受け継がれている。もうとっくに三十を過ぎているのに、それを感じさせないみずみずしさ。それ以上に、言動からにじみ出る稚気が、彼女を少女のように錯覚させる。


「久利須ちゃん、よく寝たかな? ちなみに私は寝てないよ! 私はまだまだ活動できるっていうのに、一日の短さが悲しいね!」

「ああ、イヴリアさん。おはよう」


 どうやら徹夜明けらしいが、この人はいつもこんなテンションなので気にしない。

 イヴリアさんは、企業所属の研究者だ。基本的に泊まり込みで開発と研究に打ち込んでいるので、めったなことでは家に帰ってこない。


「家に帰ってくるなんて珍しいな。なにかあったのか?」

「うん。今日はちょっとしたイベントがあるからね。久利須ちゃんは今日、大学だっけ? ミシュリーはバカだから、久利須ちゃんの優秀さがうらやましいよ。あ、ちょっとご飯ちょーだい」


 ニコニコとまくし立てながら、ひょいっとつまんでもぐもぐと食べる。

 もう三十を過ぎている自由なそのふるまいには、もうたしなめる気も起きない。


「イヴリアさんは相変わらず自分の娘に辛辣だな。ミシュリーは類稀なほどいい子だぞ」

「いやいや。あの子、バカだから。回転速度は悪くないのに、頭の使い方が駄目なんだよ。なんであんな子になっちゃったかな、私の娘なのに。不思議」


 普段のイヴリアさんを見て、反面教師にしたのではないだろうか。

 お世話になってる手前、言葉にはださない。口には出さないが、天真爛漫をはき違えたようなことの人の性格は、ちょっとだけ苦手だ。天才を自負する私でも、イロイロと手に負えないスペックである。


「ただ、ミシュリーがまだ寝ているみたいなので、もう少し静かにしてもらっていいか?」

「んー?」


 まだ朝早い時間だし、ミシュリーはお眠りの時間なのだ。

 私の言葉にイヴリアさんは首を大げさにかしげる。


「うちのバカな子は、たぶん寝たふりしてるだけだよ。あの子、かまってちゃんだか――」

「お母さんうるさい!」

「――ごふ!?」


 二階から降りてきたミシュリーが、手に持っていた枕をためらいなく自分の母親にぶつけた。

 騒ぎを聞きつけて起きだしたのか。スクールの制服に着替え済みのミシュリーは、いつもは柔和な笑みを消して、珍しく怒りをあらわにしている。


「なんなの、さっきから好き放題で! 帰ってきてそんな騒ぐなら、帰ってこなくていいからっ」

「なに言ってるの? ここ私の家だよ?」

「そのうち名義奪って追い出すから!」


 朝からお冠なミシュリーは、ものすごい言葉を堂々と叩き付ける。


「それにお姉さまに変なこと吹き込まないで。お姉さまに変に思われたらどうするのっ」

「前々から思ってたけどさ、ミシュリー。お姉さまってなんなの?」

「え? いまさらそれ聞くのか?」


 ミシュリーが私のことを『お姉さま』と呼ぶのは、ほとんど最初からだ。


「いやだって、うちの娘は一人きりだよ。久利須ちゃんは私の娘じゃないんだよ」

「お姉さまはお姉さまだもん! お母さんとは関係なく、お姉さまなの!」

「そして私の一人娘は、やっぱり変な子だよ」

「なにさ、親らしいことなんてしたことないくせに。それにお母さんのほうが変な人だし!」


 べーとかわいらしく舌を出すミシュリーに、どこか幼さを残したイヴリアさんはまったく悪びれない。


「おおう? しょうがないんだよ、ミシュリー。世界が私の頭脳とひらめきを必要としてるの。世界技術のブレイクスルーのために、私は研究に没頭する必要があるの。娘に構ってる暇なんてないのだ!」


 かなり人でなしのことを言いきったイヴリアさんの言葉に、ミシュリーの目がきりりと吊り上がる。

 ミシュリーとイヴリアさんの親子は険悪だ。イヴリアさんの態度がいつもふざけて飄々としているため一見して分かりづらいが、特にミシュリーが母親であるイヴリアさんを嫌悪している。

 それは、育児を放棄していたイヴリアさんの責任だ。

 でもミシュリーはこういう感情をむき出しにできるようになっただけ良いともいえる。

 私がイギリスに来たばかりの時のミシュリーは、もっと透徹していて、ガラスのようくだけて散ってしまいそうだった。


「はいはい、ミシュリー。そのあたりにしておけ」

「むー……」


 本格的なケンカになる前に、ミシュリーの頭に、ぽんと掌をのせる。

 イヴリアさんは、こういう人だ。この気質はもう変わりようがない。


「朝ご飯を食べよう。ほら、イヴリアさんも」

「……うん。お姉さまのご飯、大好き」


 さっきまでふくれていたのとは一転、甘えるように笑う。

 うん。かわいい。この笑顔を原動力に、私はイギリスに来てから料理を筆頭とした家事スキルを極めたのだ。

 そうして席についたミシュリーは、じっとりとした目をイヴリアさんに向ける。


「わーい。久利須ちゃんのご飯、ひっさしぶりい!」

「……ロクデナシ。八十七日間家に帰ってなかったこと、あとでマリーワさんに言いつけてやる」

「やめてよ!? マリーワは怖いんだよ!?」


 帰ってきてからずっと能天気だったイヴリアさんが初めて慄いた。

 マリーワは、私が通っている大学の教授だ。権威ある大学で女だてらに教授職にあるだけあって、非常に厳しくとても恐ろしい人物である。どうやらイヴリアさんとは旧知の仲らしいのだが、私がイヴリアさんの家にお世話になっていることを知って、厳しさが二割増しほどになっている感じが否めない。


「マリーワは怖いな。うん。本当に」

「だよねー! うん、久利須ちゃんとは話が合うなぁ。大学卒業した後、うちの研究室来る? 専攻なんだったっけ? マリーワのゼミだったら、人工知能? そのテーマだったらウェルカムだよ」

「駄目だよお姉さま。この育児放棄マザーは、自分を省みないし誰かを顧みるってこともしないから、関わらないのが一番だよ」


 私の作った朝食を食べ終えていた実の母親の台詞を遮って立ち上がる。


「行こ、お姉さま。相手にした分、調子に乗るだけだから」

「ああ!? ミシュリーが私の分のご飯まで食べた!? 太ってしまえ!」

「ふ、太るわけないじゃん、お母さんのバーカ!」


 喧嘩すら起こる余地がないほど溝が深かった頃に比べべれば、微笑ましい範囲で収まっている親子ケンカだった。








 大学から帰ってくると、庭に竹が植えられていた。

 それはもう立派で周囲とまるでそぐわない景観をぶち壊す竹だった。


「どうかな、これは!」

「……よく竹なんて手に入ったな」


 とりあえず、それだけ言葉を絞り出す。

 竹は温暖で湿度の高い地域で繁殖する植物だ。欧州で自生しているところはあまりない。

 その竹をエドワルド家の庭にぶっ刺したのが誰かなんていうのは、言うまでもないだろう。

 庭に唐突に植えられた竹の根元で踏ん反り帰っているイヴリアさんは、ふふんと胸を張る。


「知らないの? 竹って園芸用としては結構人気だから、探せば買えるよ?」

「はぁ、それは知らなかった」


 ともあれ、しげしげと眺める。遠目ではただの竹だと思っていたが、飾り付けがなされていた。


「今日は七月七日だからね。久利須ちゃんもいるんだからって思って取り寄せたの」

「へー……けど、またなんでいきなり?」


 気持ちはありがたいものの、もう五年近くもこの家のお世話になっているが、七夕をやったことはなかった。

 私の疑問に、イヴリアさんはこともなさげに答える。


「気分」


 なるほど、この人はこういう人だ。

 思い付きを実行することにかけて他の追随を許さない。後始末と他人の迷惑をまったく気にしないで敢行するのだ。


「……なんで竹?」


 帰りに合流していたミシュリーは、いきなり自宅に竹が飾られた理由が理解できていないのか、うろんな目を実の母親にむけていた。

 そんなミシュリーの疑問を解消するために、ナゾナゾを一つ出す。


「七月七日は、なんの日だ?」

「ソロモン諸島の独立記念日?」

「それはそれで大切な日だな……」


 確かにソロモン諸島がイギリスから独立した大いなる日だ。

 それはそれで大切なイベントだが、私はなんだかんだで日本人である。


「七夕だよ、今日は」

「タナバタ?」

「日本のイベント。お団子食べて花火を上げてお星様に願い事をするんだよ」

「イヴリアさん。なにかいろいろ混ざってるぞ」


 たぶんイヴリアさんの頭の中で七夕とお月見と夏祭りがごっちゃになっている。


「七夕っていうのは、竹に願い事を書いた紙を飾るんだ」

「ふーん。願い事を……」


 私の指摘にあれ、と首をかしげるイヴリアさんを横目に、さらさらっと願い事を書いていく。


『お母さんの研究が失敗して、爆発四散しますように』

「なんて不吉なことを書くのかな、この子は!?」

「私の心の底からの願いだもん」


 親子が仲悪くじゃれ合っている様子に苦笑しつつも、私は私の願い事を書いていく。


『みんなが仲良く、できますように』

「久利須ちゃん? 私たち、とっても仲良しじゃない」

「いや、ミシュリーとイヴリアさんに向けてる」

「無理。お姉さまのお願いでも、無理」

「はいはい。でも、イベントがあるのはちょうどよかったな」


 二人の視線が集まったのを確認して、買い物袋を持ち上げる。


「今日は豪勢にしようと思ってたんだ」

「「え!」」


 ミシュリーもイヴリアさんも目を輝かせる。


「やった! 久利須ちゃんの料理は美味しいから好きだよ! 愛してる!」

「あ、お母さんずるい! 私のほうがもっと大好きだから!!」


 愛情比べくを始めた親子の言葉を聞き流し、イヴリアさんが飾った短冊を覗いてみる。


『世界が平和になりますように』


 なんともイヴリアさんらしい壮絶にふざけた願い事には、苦笑を禁じ得なかった。


「……ふふっ。いまから仕込みを始めるから、もう家の中に入るぞ」

「あっ、つまみ食いのかかりやる!」

「お姉さま。わたしがお母さんを縛って地面に転がしておくから安心して」

「なにこの子怖いよ!」


 まだ何事か言い争っている二人に先んじて歩き始めると、二人も慌ててついてきた。

 無意識に母の帰りを願い、家族の仲がより良くなることを祈り、世界平和を描く。

 私たちの歩く風を受けて、そんな三つの短冊がふわりと揺れた。



気が向いたので書いた七夕イベントでした。久利須ちゃんはいつものクリスより十割り増しで家庭的で、ちょっぴり日本人気質です。

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