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ヒロインな妹、悪役令嬢な私 作者:佐藤真登

学園編

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 ボードゲームの盤面を叩く硬質な音が響く。
 レオンが一手駒を進めても、対面する相手の表情はまるで揺るがない。すべてが予想の範疇だ言わんばかりに、躊躇いなく一手を返してくる。
 終盤に近付いていくにつれて、レオンの長考が増える。中盤以降からすでに形勢が悪いのはわかっていた。しかしまだ勝負がついたわけではないと果敢に挑んでいたのだが、もうどうしようもないところまで来ている。

「参りました」
「投了の判断が遅いわね」

 ようやくした降参に返ってきたのは、あっさりとした酷評だった。
 対戦相手の少女は、怜悧な美貌の持ち主だ。冷たく細められた切れ長の瞳。美しくも冷酷でとげのある容貌だ。
 サファニア・カリブラコア。
 侯爵家のご令嬢でもある彼女からの傲慢ともいえる評価に、ぽりぽりと頬をかく。どの時点で勝負が付いていたのか、レオンにはわからないのだ。

「勘弁してくれ。今度、マリーワさんとでも対戦してもらえよ」
「トワネット女史は忙しい人よ。こんな遊びに付き合わせるのも申し訳ないわ」

 子供のころは互角だった腕前も、いまでは差をつけられてしまっている。こうやって相手をすることもあるが、とても勝てる気がしなかった。
 昔に遊んだクリスとどちらが強いか。
 レオンでは、もう判断が付かないレベルだ。

「確かにマリーワさんはいろいろやってるからな。……そういえば、ミシュリーとシャルル殿下が入学したな」
「そうね」

 知り合いの話題を振ってみても、サファニアの反応は薄い。冷たく整った美貌の表情は揺るがず、なれない人間からすればそのそっけない応対はひどく冷たく感じられる。
 上流階級の子息と優秀な平民が揃うこの学園内でのサファニアの評判は、たったの一言ですむ。
 『悪女』サファニア・カリブラコア侯爵令嬢。
 サファニアは学園でそう格付けられている
 嗜虐的な気質で、自分の気に入らない者には容赦をしない。男女問わずその美貌でたらしこんで篭絡し、学園の悪徳を取り仕切っている黒幕だともっぱらの噂だ。冷ややかな見た目でそう評価され、見た目通りの人付き合いの悪さで酷評は広がり続けた。
 正直なところ嗜虐的云々はあながち間違いでもないので否定もできないのだが、人付き合いが嫌いなサファニアに他人を篭絡なんて器用なことができるわけない。できるわけがないのにそんな評判が広がったのは、傍にレオンがいたのが原因だ。
 なにせレオンは平民出身であり、サファニアは高位貴族の令嬢だ。本来接点のないはずなのに、入学そうそう二人一組で行動していた結果、男を早速誑し込んだのかと、口さがなくはやし立てる無責任な陰口も流れた。
 そのすべてに対し、サファニアは何も反論しなかった。たぶん、めんどくさかったからだろう。レオンも適当な噂なんてそのうち消えるだろうと、放っておいた。実際のサファニアの人となりに触れれば、彼女がちょっとだけ嗜虐的な傾向があってやたらと内弁慶なだけの、内気な少女ということはわかるからだ。良くはないが、悪くもないのだ、サファニアの性格は。
 だが、とある事件をきっかけにサファニアが悪女だということが半ば事実として定着してしまった。

「殿下はともかく、あの性悪はどうしているの?」
「それが意外とおとなしい。普通に授業受けて、普通に友達の輪を広げてるな」

 サファニアはミシュリーのことを決して名前で呼ばない。単純に、嫌いなのだろう。それに加えて数年前に泣かされたことをいまだに根に持っているから、こんなもの言いになる。

「ミシュリーのことだから絶対、入学し次第クリスティーナに何かすると思ってたんだけどな」
「そうね。そうじゃないのは、あるいは入学前にもうすませているからなのかもしれないわ」
「うわぁ、怖え……」

 ありえそうな答えに、ぶるりと身震いする。
 昔に見た、ミシュリーの無邪気な笑顔を思い出す。彼女の性格からして、クリスのためならあの笑顔のまま、ありとあらゆることをやるだろう。

「平和な学園生活が遠のきそうだな。……クリスティーナの方はどうする? あいつ、なっか知らんけど自分のファンクラブを解体したそうだぞ」
「そんなくだらないこと聞かされても困るわね」

 特に困った様子もなく、サファニアは対戦が終わった盤面を淡々と初期位置に戻していく。
 確かに、レオンもそのことを聞いた時にはなんだそれはと困惑したのだから、サファニアの感想に間違いはない。

「しかも、なんかすごくバカそうな一年生と一緒になってたな。フリジア・イスタル嬢って知ってるか?」
「知ってるわ。すごくお似合いのペアね」

 そっけなく応対するサファニアの顔は、心なしか険しくなっていた。

「ん? どうした? クリスと仲良しな人間が増えたのが気にいらないのか? さすがに心が狭いぞ」
「そんなわけないでしょうっ。……そうじゃなくて、あの性悪の入学と合わせてのファンクラブ解体。自分に好意的なものを自分で潰していってるなんて、わかりやすいくらいじゃない?」
「クリスがミシュリーと対立して、自分から落ちぶれようとしてるって予想か? その説を押すよな、サファニアは。俺はないと思ってるけど」
「そうかしら?」

 サファニアは不機嫌そうに言葉を吐き捨てる。その不快感は、主にミシュリーに向けられていた。

「あのバカのやりそうなことじゃない。妹のために、自分が落ちぶれるだなんて」
「そうかぁ?」

 サファニアはその推論に半ば確信を持っているようだが、レオンは懐疑的だった。
 レオンの知るクリスは、我がままで前向きだ。そしてなによりあきらめが悪い。彼女ならば、もっと前向きな対処をとると思うのだ。
 なによりそんなことを、マリーワ・トワネットの教えが許さない。同じ教師の生徒として、それは断言できる。彼女の許しと、計画実現へのよほどの確信がない限りは、ミシュリーのためとはいえそんな消極的な案を採るとは思えないのだ。
 そして、もう一つ。

「ミシュリーが将来的に不幸になるっていう確信がない限り、いくらクリスでもそんなことしないだろ」
「そのための調査でしょ。あの性悪の出自はわかったの?」

 ミシュリーの出自。クリスの行動原理を解明するために、ノワール家の養女になる前のミシュリーを知るために、サファニアは上流階級の、レオンは中流階層の伝手を使って探ってきた。予想以上に難航したが、それでも収穫があかったわけではない。

「裏は取れてない情報だけど、下町にいまのミシュリーとそっくりな人がいたって証言がやっととれた。もうずいぶん昔に屋台をやってた人の話だけどな」
「あの性悪に似てる人、ねぇ。誰?」
「いまは亡き、イヴリア・エドワルド王妹殿下」
「そう」

 ある程度予想はしていたのだろう。サファニアの目がすっと細くなる。

「黄金よりなお価値がある淑女、特権階級解体の元推進者……正統な血筋の中でも一番厄介なところね、あの性悪」
「確定事項じゃないぞ?」
「別にいいわ、推測でも。断片的であやふやなものでも、集めれば形になる。見えない部分も想像できる。おかげであのバカのやりたいことも、あの性悪がやりそうなことも、大体わかったもの」
「推測なのに?」
「想像力は豊かなほうなのよ」

 サファニアの口ぶりにぶれはない。推測と推測を重ねて、見えない部分を予想する。そういう割り切り方は、レオンにはない思考だ。

「ていうか、サファニア。こんな回りくどいことしてないでさ、いいかげんクリスティーナと仲直りしようぜ。ごめんなさいすりゃ、元通りになるかもしれないんだぜ」
「嫌よ。なんで私が謝らないといけないの」

 見ると、なんだかんで無表情を貫いていたサファニアがあからさまにぶすっとしていた。
 頬を膨らませてふてくされているさまは、学園随一の悪女様とも思えないほど子供っぽい。

「私、なにも悪いことしてないもの」
「悪いことはしてない、ねえ」
「なによっ」

 完全にすねた口調をぶつけてくる。いまだへそを曲げているサファニアの態度に、レオンは内心でため息を吐いた。
 サファニアの悪評は、なにも見た目や人付き合いの悪さがすべてというわけではない。サファニアが悪女と呼ばれることが決定づけられた事件が確かにあるのだ。
 それはクリスティーナとサファニアが、偶然顔を合わせた時に起こった。

「ノワール家とカリブラコア家の令嬢戦争……」

 ぼそりとつぶやくと、サファニアがさっと顔をそむける。
 もう二年近く前のこと。入学して少し経った学園内で不意にばったり鉢合わせた時に、突如サファニアがクリスを面罵したのだ。
 入学する前に突如として交流を一方的に断たれ、その後もなんの音沙汰もない。そうした状況に鬱屈がたまっていたのだろう。サファニアはその場で感情を爆発させた。思いっきり衆目で、傍で見ていたレオンが呆気にとられるほどの勢いで、ののしられたクリスがちょっと涙目になったほどの罵倒の嵐だった。
 あれ以来、サファニアとクリスの立ち位置は決まったといっていい。
 冷酷無慈悲に悪女に見えるご令嬢と、それに罵倒された頼りがいがあるのにどこかかわいそうでなんだか放っておけないご令嬢。
 その対比関係が、今のクリスの人気とサファニアの悪女として立ち位置を確立させたといっても過言ではない。ある意味では、クリスの人気はサファニアのおかげですらあるのだ。
 ただ、あの時のことのみを切り取るならば、レオンはクリスに同情している。

「あのクリスが、ちょっと涙目になってたんだぞ? お前、どこであんな罵倒覚えたんだよ」
「娯楽小説って、読んでいると語彙が増えるわよね」
「ああいうのって教育に悪いよな、やっぱり」

 お嬢様にふさわしくない語彙を追及するがサファニアに反省の色はない。じと目になったレオンをしり目に、いそいそと本を取り出して読み始める。

「いいのよ、別に。あれで周りから疎まれてるのは、万々歳だわ。クリスと違って、有象無象に好かれるなんてめんどくさいもの」

 昔から人付き合いの悪さと趣味は変わっていないのだ。性格も変わっていない。そこらへんに成長は一切ない。
 ただ、泣き虫ではなくなった。見た目にふさわしいような冷静さと分析能力を手に入れている。
 少なからず、彼女は大人になっているのだ。

「で、仲直りしないならどうすんだ?」
「わかりきったことを聞かないでくれるかしら」

 ぺらりと本のページをめくったサファニアは、一言。
 前を見据える瞳には、その美貌から連想される冷ややかさとは真逆の、燃えるような熱が宿っていた。

「私は、前を歩いてるつもりのバカの襟首を引っ掴んで横顔を一発ぶん殴ってやるのよ」
「ぶん殴るのはやめてやれ」

 クリスがかわいそうなので、どうしてか暴力的なお嬢様にはしっかりと釘を刺しておいた。
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