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桜楓姫譚《おうふうきたん》 作者:栗田隆喬
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第一回

登場人物紹介
Illustration 長月 晶

挿絵(By みてみん)
 サワネ  本篇の主人公。薬草採りを生業とする少女。

挿絵(By みてみん)
 おばば  村の薬師。治療の腕は一流。

挿絵(By みてみん)
 青年  尾根から滑落していた謎の青年。サワネに助けられる。

挿絵(By みてみん)
 ヨヘイ  サワネと同い年ぐらいの少年。すばしこい。



第一章

 霧が流れて行く。白く覆われていた急な斜面があらわになった。
 尾根伝いに伸びる獣道。灰色の麻衣あさごろもを身に纏い、背負子しょいこを背にした少女が一人歩いていた。
 年の頃は十二、三だろうか。日焼けした顔。ぱっちりとした目。長く伸びた黒髪。額には四角い渦巻き模様を白い糸で刺繍した頭帯。腰の革帯には山刀と竹筒が動かないように留められている。くずれやすい石で不安定な小道を軽々と、まるでヤマノシカが跳ねるように歩んで行く。
 少女は立ち止まった。強い風でよじれた低木の間に、露のついた丸く包まった芽がいくつか顔をのぞかせている。ナビゴケ。熱さまし、胃腸薬、そして湿布にすれば傷薬にもなった。かがむようにして赤く色づいた新芽を半分ほど手早く摘むと、小さな布に折り畳んだ。腰の布袋にそっとしまい、再び歩きだす。
挿絵(By みてみん)
illustrated by 長月 晶

 少女はサワネと呼ばれていた。タガシ村から離れた山ノ上の小屋に一人で暮らしている。
 山々を渡り歩いては薬草を採って村の薬師のおばばに納め、代わりにヒエや野菜を貰い受けていた。
 サワネは尾根を上り、小さな頂きにたどり着いた。腰から竹筒を取り、口に当てる。ひとくち、ふたくち、喉を潤してから尾根向こうに目をやると、稜線から崩れた茶色の斜面の中腹に白っぽいものがあった。目をこらす。人が倒れていた。動く気配はない。
 下の谷間から霧が上ってきて、再びあたりを包んでいく。
 サワネは竹筒に栓をして腰に戻し、身を翻すと駆けだした。
 体も溶けてしまいそうな濃い霧の中を、尾根伝いに駆け上がって行く。そのまま山頂まで一気に登ってから、注意深く足元を調べ始めた。見晴らしがよければ目で方角を確かめることもできる。だがこの霧では知識と経験、そして方向を見極める己の感覚だけが頼りだった。
 サワネが歩き始めた尾根の稜線は細く、左右は断崖になっていた。積み重なった礫は簡単に崩れて斜面を滑り落ちると視界から消えて行く。
 それでもサワネは歩みをゆるめることなく、霧の中に浮かぶ剣の刃渡りのような細い道を下り始めた。
 濃霧がまた一瞬晴れた。のぞき込むようにすれば左手の斜面の中ほどに、先ほどの人影が見えた。額から顔にかけては流れる血に染まっている。
 サワネはそれまで歩いていた尾根から一気に断崖を下り始めた。砂煙を巻き上げ、礫と砂ばかりの斜面を滑るようにして下っていく。中腹で器用に止まると、ゆっくりと人影に近づいていった。
 まだ若い少年のような顔立ちの男だった。鎧を身に纏い、腰には剣を携えている。サワネは稜線を見上げた。尾根を歩いていて滑落したのだろう。砂ばかりの崩れだが、ここだけ大きな岩が残っていて引っ掛かったらしい。
「だいじょうぶか?」
 意識はないらしく男の答えはかえってこなかった。それでも、息はある。
 首を下手に動かさないように注意しながら、傷の具合を確かめる。かすり傷は無数にあった。ひとつ、額に大きく裂けるような傷があってそこから派手に出血していた。血は滲んでいるが黒っぽく、実際はほとんど止まりかけている。ここの岩に落ちた時にぶつけたのだろう。
 サワネは腰から竹筒を取り出し、指先に水を垂らした。水滴で紫色の唇を湿らせてやると、若い男はうっすらと目を開いた。
「しっかり!」
 生気のない目でサワネを見つめ、口をかすかに動かした。
「なに?」
「……書……を」
 喘ぐようにそう言うと、再び気を失ってしまった。
 サワネはまず額の傷を水で洗った。胸元から長めの布を取り出し、傷口に当てると後ろできつく縛る。それから小刀を取り出し、重い鎧をはがしはじめた。白の鎧板を固定する革の留め具を切り外していく。
 続いて男の剣を腰から外すと刀身を引き抜いてみた。色鮮やかで優雅な模様を織りなす組み紐で滑り止めされた柄の感触。研ぎ澄まされた刃。ずしりとした鋼の重量。サワネは躊躇もせずにその刀を斜面に突き刺すと、空になった鞘だけを男の頭の横へとあてがった。自分が身につけていた腰の山刀も抜いて、やはり空の鞘をあてがう。背負子から縄を取り出すと、首から頭にかけて二つの鞘をちょうど添え木のように縛り付けた。
 サワネは抜き身の剣と引き剥がした白い鎧、そして自分の山刀に背負子を岩の陰にひとまとめにすると、男を背負い、再び霧に包まれはじめた斜面を滑るようにして下りはじめた。
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