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はいそっ 作者:相野仁

二話

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5

 夕飯の時刻になった。
 場所は昼食の時と同じ食堂である。
 今度は迷わずに到着できた。
 席も昼食の時と同じという事だったが、相羽の隣には大崎が座っていたので、恵那島の隣に座る。

「これもローテーション制なのかな?」

 俺が尋ねると恵那島はこくりとうなずき、そして小首をかしげた。

「だめでしたか?」

 みるみるうちに表情が曇っていく。
 今にも泣き出すかもしれないと俺は焦る。

「いや、全然」

 強めに否定した。
 恵那島みたいな子にそんな表情をされて、そうだと返せる男は果たして何人いるんだろうか。
 もし、本人が自分の魅力に気がついていないなら、なかなかの危険人物かもしれない。
 もっとも、英陵は可愛い子が大勢いる上に元女子高なので、自覚する機会がなかったのだとしても責められないけど。
 個人的には色んな子と隣接する機会があるのは嬉しい。
 食事中におしゃべりをするような子は、あいにくと一人もいないんだけどな。
 最低限必要な音は聞こえるものの、それ以外は全くと言っていいほど聞こえない。
 これはこれでかなりのプレッシャーである。
 はっきり言って俺のテーブルマナーなんてまともなものじゃない。
 相羽達の見よう見まねで何とかやっているだけだ。
 彼女達もそれは承知しているのだろう。
 俺がちらちら見ているのに気がついているはずだが、素知らぬ顔を決め込んでくれている。
 ありがたい心遣いだと言える。
 こういう事があると相互理解が深まると言うと大げさではあるが、多少は心理的な壁が低くなる気がするのだ。
 学園側にはそういう狙いも……と考えて、さすがに勘ぐりすぎだろうと苦笑する。
 いくら何でも細部までいちいち計算しているとは思えない。
 それよりも気になるのは、恵那島と左側の女子が俺から若干距離をとっているようなのが気になる。

「もしかして俺、汗臭い?」

 ちゃんとスプレーをしたはずなんだが。
 不安になって自分の汗を嗅いでみたものの、特に気にはならない。
 俺より臭いに敏感な子がいたらアウトなのは変わらないので、もしかしてこの子達が?
 と思っていたら、恵那島は否定した。

「いいえ。どちらかと言えば、私達の汗が臭わないか気になっていまして」

 恥ずかしそうにもじもじしながら教えてくれる。

「全然気にならないよ」

 俺はそう言って安心させてあげた。
 これは本心である。
 女の子達の汗は臭いのかどうか気になっていたりするのだが、口に出して変態扱いされるのが怖いので何も言えない。

「それならばいいのですが」

「やっぱり気にするもんなんだね」

 安心した恵那島に俺がそう言うと、目を瞬かせる。

「恥ずかしいというのもありますが、エチケットでもあるでしょう? 相羽さんだってきちんとケアをしているように思えるのですけど」

 恵那島は不思議そうな顔で言う。
 きちんとしているんだなというのと、やっぱり俺のも分かるのかという思いがあった。
 汗対策、もしやっていなかったとしたら、どんな評価を下されていたのかと考えると恐ろしい。
 これからも注意は怠れないな。
 肝に銘じておこう。
 俺の密かな決意を待っていたわけではないだろうが、夕飯が運ばれてくる。
 メニューは野菜のスープ、白身魚のムニエル、パエリアだった。
 どういう決め方しているのか気にはなったけど、美味そうな匂いに鼻と腹が刺激される。
 体を動かした後という事もあり、腹の虫が大きく自己主張を始めていた。
 隣接してる同級生達には聞こえなかったのが幸いだろう。
 ただ、彼女達も目の前の料理に気を取られている節があるので、もしかすると似たような状態なのかもしれない。
 さすがに今、腹をすかせていない子はいないだろうからな。
 三組の委員長が前に出てきてあいさつをし、食事の時間となった。


 夕飯が終わると入浴時間となる。
 女子の入浴時間が二時間設けられていて、その間自由に入ればいいらしい。
 そしてその後、十五分あけて俺の入浴時間となっている。
 三十分で入れるかと小笠原先生に訊かれたのでうなずいておいた。
 俺の入浴時間の後、十五分の間をあけて勉強会となっている。
 更に勉強会の後にレクリエーションの時間があるんだが、そんな体力が残っているのかは疑問だ。
 男子の俺ですら不安があるのだから、女子達は厳しいんじゃないだろうか? 
 まあ、当面の問題は女子の入浴時間をどうやって潰すかという点だ。
 下手に外をうろうろしていたりすると、覗く気ではないのかと勘ぐられるかもしれない。
 基本いい子達揃いだし考えすぎかもしれないが、この施設の人達はどうだか分からない。
 用心しておくに越した事はないだろう。
 せっかくだし、勉強会の予習でもしておこうかな。
 俺の得意科目は質問されるかもしれないし、慌てずに教えられるようにしておいた方がよさそうだ。
 それと苦手科目もやっておくかな。
 予習しておけば、いざ説明された時に分かりやすいだろうしな。
 集中して始めていると、部屋のドアがノックされた。
 俺の部屋に来るとしたら多分先生くらいだな。
「どうぞー」

 大きな声で入室許可を出すと、案の定小笠原先生がお盆を持って入ってくる。
 どうしてやってきたのだろうと訝しんでいると、机の上にコーヒーを置いてくれた。

「差し入れです」

 そう言ってから俺が開いている教科書とノートを見る。

「頑張っているようですね。分からないところはありますか?」

 わざわざ様子を見に来てくれたんだろうか。

「あ、はい……」

 俺は驚いて一瞬返答に詰まってしまう。
 クールな印象とは違い、かなり親切な人だとは思っていたけど、ここまでなんてな。
 どうしようか迷ったものの、結局質問と言うか確認をする事にした。

「勉強会の事なんですけど、僕の教え方って分かりやすいでしょうか?」

 こういう事は本職の教師に訊いた方がいいのではないかと思ったからである。
 先生はちょっと目を丸くしたけど、すぐに答えてくれた。

「聞いてみないと分からないですね。実際に教えてみてもらえませんか?」

 これは仕方ないよなぁ。

「はい」

 俺はうなずき教科書を取り出して説明を始める。
 先生相手にやるなんて何か緊張するけど、後で恥をかきたくないしな。
 俺の説明を聞き終えた先生は言った。

「悪くないですけど、少し説明が丁寧すぎ、ほとんど答えを言ってしまっているのが難点ですね」

 えっと、どう解けばいいのかヒントを出すのはいいのかな?
 困惑が伝わったのか、先生が同じ問題の説明をしてくれる。

「……というのはどうです?」

 そして俺に訊いてきた。

「分かりやすかったです」

 目からうろこと言ったらさすがに言い過ぎかもしれないが、それでも感心はさせられる。

「数学や国語の場合、正しく解く為の考え方ができないという子が多いです。どうすれば答えにたどりつけるのか、そのプロセスを説明する事を心がけて下さい」

「分かりました。ありがとうございます」

 とてもためになる話だったのでお礼を言っておく。
 答えを言わないようプロセスを丁寧に説明するのって、思っていたより難しいんだな。

「それでは私はこれにて。コップは後で食堂に返却して下さいね」

 先生はそう言って立ち上がったので、俺は慌てた。

「え、先生、もう少し教えてもらえないでしょうか?」

 さすがに短くないだろうか。
 そう尋ねた俺に対して先生は、どこか困ったような顔をする。

「教えるのはやぶさかではないのですが、私が男子生徒の部屋に長時間滞在するのはどう見えるのかという問題がありますから」

 目の錯覚とかじゃなければ先生の頬は紅潮していて、恥らっているようにも見えた。
 いや、確かに小笠原先生は若くて綺麗だけど、先生だぞ?
 先生でもそんな風に見られたりするんだろうか?
 それとも単に先生が俺の事を意識しすぎているだけ……これはないか。
 自分で言ってちょっと悲しくなるけど。

「そうかもしれませんね。僕が不注意でした」

 目を伏せて謝罪すると、先生は口元を緩めて言った。

「いいえ。もしかしたら私が慎重になりすぎなだけかもしれませんから。それでは」

 小笠原先生はかすかな匂いを残して立ち去った……これだと変態チックだな。
 煩悩退散、煩悩退散。
 呪文のように自分に言い聞かせ、再び教科書に挑む。


 風呂の時間になったので浴場に向かう。
 入り口には「注意。男性入浴時間」と赤い太字で書かれた看板が立っている。
 これなら間違って行ってくる女性はいないだろうと安心した。
 暖簾をくぐり、脱衣場に着く。
 どこかのホテルか旅館の大浴場さながらの広さだ。
 二時間で数百人が入れなきゃいけないんだから、当たり前か。
 さっさと入ってしまおう。
 中もやはり広くて立派だ。
 まさか大理石製? と思ったが浴槽を大理石で作るってできるのかどうか。
 考えたら怖くなったので、思考を止める。
 ところどころに長い髪が落ちているが無視だ。
 しなかったらただの変態だ。
 ……何と言うか、ハンドタオルもボディーソープもシャンプーも、置かれているもの全てが高級品のような気がするのはきのせいだろうか?
 やっぱり考えたらダメだな。
 再び思考停止を心がける。


 風呂に入って全然リラックスできなかったのは、正直生まれて初めてかもしれない。
 生まれたての頃の記憶はないので、断言はしかねるが。
 今回のオリエンテーション合宿は二泊三日だから、後一日我慢すればいいわけか。
 あっ、そう言えば先生達っていつ風呂に入るんだろう?
 俺達が寝たりした後とかかな?
 小笠原先生は特に自分の汗の臭いを気にしている素振りがなかったから、あんまり疑問に思わなかったんだけど。
 風呂上がりって感じじゃなかったし、香水をつけていたわけでもなかったが……俺みたいに何らかのケアはしていたという事かね。
 最近になってからやけに匂いとかに意識が向くようになったように思うけど、気のせいなのかな。
 こういった環境で生活しなきゃいけないから、ある程度は必然なんだろうか。
 まあいい。
 部屋に戻って水道の水をコップに入れて飲む。
 風呂上がりだからか、結構美味しい。
 さて、勉強会までの時間はあまり余裕がないはずだ。
 廊下で誰ともすれ違わなかったのは、恐らく皆準備しているからだろう。
 俺も用意して大部屋に向かうとしよう。
 少し早めに行くともう大部分が来ていた。
 早めの行動を心がける子が多いなぁ。
 ところで座席はどうなっているんだろうか?
 近くの先生に訊いてみると、奥から一組から五組、反対の列が六組から十組だそうだ。
 という事は七組はあのあたりだな。
 普通ならこういう時は何部屋かに分かれるもんだと思うが、もはや今更気にしても仕方ない。
 既存の旅館やホテルを利用しているわけじゃなくて、英陵生が使う為に建てられたんだから色々と規格外なんだろう。
 そう思って納得する事にしている。
 近づいてみると相羽は既に来ていて、左隣の座布団があいていた。

「相羽。俺の席ってここかな?」

「あ、赤松君。そうだよ、ここが赤松君の席」

 確認が取れたので腰を下ろす。
 左にいるのは恐らく八組の女子だろう。
 目があったのでお互い会釈を交わす。
 十分端正な顔立ちと言える容姿なのは、ここまで来たらお約束なんだろうか。
 ……何と言うか、反応に困る展開である。
 風呂上がりだから、左右からいい香りが漂っているのだ。
 これは石けんかシャンプーだと思うけど。
 おまけに女子達は普通に白い体操服を着ているのである。
 別に体育の授業の時と同じはずだが、何だか今はとても無防備な姿を晒しているように見えてしまう。
 俺の煩悩のせいだろうか。
 いい加減にしろ、俺。
 自分へ怒る事で何とか精神の立て直しを図る。
 ところでこれはどういう並び方をしているんだ?
 奥の方から名前の順ってわけじゃないのか?
 と言うかこれ、班ごとに分けたりはしないのか?
 そう思っていたら、相羽の右隣に恵那島がいるのに気づいた。
 何だ、俺が見落としていただけか。
 女子をじろじろ見ていると思われたくないという意識が、もしかしたら注意力や観察力を落としていたのかもしれない。
 時間になり、学年主任が一言あいさつをして勉強会が始まった。
 すぐに班同士でかたまりあう。

「えっと、誰から教える?」

 相羽の問いに俺達の班は仲良くお見合いをしてしまう。
 遠慮し合っていると言うか、誰かが言い出すのを待っていると言うか。
 このままじゃ埒が明かないな。
 思い切って手を挙げる事にする。

「えっと、俺予習していたから、俺でよければ……」

 他の三人はホッとした顔で俺の提案を受け入れてくれた。
 小笠原先生の助言を思い出しつつ、なんちゃって講義を始める。
 ところでうちの班は偶然、互いに教えあう事ができそうだけど、そうでない場合はどうするんだろう?
 疑問に思ったものの、よその事を気にしている余裕はなかった。
 三人に向き直る。
 そして教える係は交代していく。
 俺の次は相羽だったけど、彼女もきちんと予習はしてきたらしい。
 と言うか、俺や相羽が予習してきている事を知っても特に反応しないって事は、たぶん他の二人もしてきているんだろうな。
 このあたりはさすがだと言うべきなのだろう。

「えっとね、ここはこうして……」

 相羽の説明は、自分なりのやり方を布教するといった感じだった。
 自分とは違う他人の考えを聞くというのも新鮮だな。
 そして次が恵那島である。
 彼女の教え方は何と言うか独特でふわふわしているとでも言うか?
 相羽のが新鮮なら、こいつのは衝撃的と言うか。
 正直なところ、驚きが先走りすぎてあまり参考にはならなかった。    
 本人もそれを理解したのか、しょんぼりしてしまっている。
 こんな時、どう慰めたらいいんだろうか。
 相羽達も困っているな。
 俺が言うしかないか?
 しかし、下手なフォローは傷口に塩を塗るような結果になったりしないだろうか。
 かと言ってもこのまま見て見ぬふりをするのもな……。
 迷った挙句、俺はフォローする事を選んだ。

「ごめん。恵那島の発想がすごすぎて全然ついていけなかった」

 頭を下げて謝る。
 恵那島は驚いて慌てて俺の手をとった。 

「いいえ。私が悪いんです、赤松さんは悪くありません」

「いや、悪いのは俺だ。本当にすまなかった」

 座布団に頭をこすり付ける、そんなつもりで詫びる。

「わ、分かりました。も、もう止めて下さい」

 恵那島はおろおろとしてそんな事を言った。
 よし、狙い通り。
 少しあざとかったけど、ひとまず恵那島の気を違ったベクトルにする事には成功した。
 すっと顔をあげて手を握り返す。

「許してくれてありがとう」

 そう言って微笑みかけると、恵那島は耳どころか額まで真っ赤になってうつむく。
 よし、ミッションクリア。
 内心でため息をついて手を離す。
 これで恵那島は落ち込むのは止めるだろう。
 あるいは切り替えの早い子かもしれないが、それでもこの後にはレクリエーションが控えているんだ。
 誰か一人でも沈んだ気持ちの人がいたんじゃ、楽しめないもんな。
 最後に大崎の番だなと思っていると、室内の空気がおかしい事に気がついた。
 何故か皆固まった様子でこっちを見ている。
 ……俺はようやく自分が何をして、それがどう見られてしまうのかという事に思い当たったが、これはおそらく手遅れかな。
 厳しい表情で学年主任と小笠原先生がこちらにやって来ているのを見て、諦めに近い心境になった。

「赤松君、少しいいですか」

 学年主任は不審者を職務質問する警察官のような表情でそう言う。
 質問形式ではあるが、言外に「黙ってついてこい」と言っているのは理解できる。
 頼みと言えば小笠原先生なのだが、感情というものが髪の毛一本分程度すら感じさせない。
 気のせいじゃなかったら、俺を見る目の温度が南極の気温レベルだと思う。
 一体、どんな風に見えてどういう感じに誤解をされたんだろうか?
 もしかしたら無駄かもしれないけど、一言言っておきたい事がある。
 俺は無実です。
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